『お化け小屋の幽霊騒動 ー中編ー』

  
 

 その夜――ジンは眠い目を無理にこすりながら、なんとかベッドを抜け出した。まだ寒くてたまらないという季節ではないにせよ、ほっこりと温まった毛布から外に出ると、ぶるっと寒気がする。

 正直、このままベッドにUターンして朝までぬくぬく眠っていたいのだが、そうするわけにもいかない理由があった。

『じゃ、ジン、後で村はずれでな!』

 今日、別れ際にポップが言い残したその言葉が気になって、ジンはおちおち眠ってもいられなかった。
 勢いと成り行きからポップと村の悪ガキ達が計画した、お化け小屋探検……それは今夜行われるはずだった。

 ラミーのようにきっぱりと断る機会を失ったジンは、不本意なことにそれに参加することになってしまったっぽかった。

(とりあえず、約束しちゃったんなら行かないといけない、よなぁ……)

 あくびとため息の混じった息を吐きながら、ジンはのろのろと寝間着から服へ着替える。

 これが悪ガキ達との約束をすっぽかすのならば、それほど気にはならないのだが。後で多少は文句を言われたり、臆病者だと笑われるかもしれないが、それだけですむ。

 だが、ポップとの約束を破るのは気が引けた。いや、正確に言うのなら「約束」はしなかったのだが、ジンも行くと思い込んでいるポップにとって、ジンが行かないなんてのは裏切りに等しいだろう。
 それを思えば、多少無理をしてでも行くつもりだった。

 だが、困ったことに、と言うべきか、後になってから気づいたのだが、この計画にはあちこちに穴があった。というか、むしろ穴だらけだった。

 ポップも悪ガキ連中も当然のように、『夜にここで』集合だと言っていたが、そもそも夜の何時ぐらいを指して言った言葉かも分からないのがまず問題だった。

 まさか、本当に真夜中に集まる気だとは思わないが、あまり早い時間だと大人に止められてしまう。当たり前の話だが、村の大人達はよほどの理由がないと子供達を夜に外へは出してくれない。

 お祭りでもあるならともかく、普段の日の夜に外に出ようとしたらこっぴどく叱られるだろう。

 それを思えば、とりあえずは大人達が寝静まる時間ぐらいまでは待った方がいいだろうと思って寝たふりをしていたのだが、起きていなければいけない日に限って眠気というのは強まるものだ。

 眠い目をこすりつつ、家の中の気配に神経を尖らせながら待つ時間はやたらと長く感じられた。

 早寝の祖父母はともかく、いつも忙しい両親が眠りにつくのを待つのは大変だったが、なんとかジンはその試練を乗り越えたらしい。――それがいいことか悪いことかは、分からないが。

 寒さに震えつつ普段着に着替え、音を立てないように気をつけながらこっそり裏口から抜け出す。

 明かりまでは用意できなかったが、幸いにも空にはぽっかりと月が浮かんでいる。満月とまではいかないが、半月よりもやや太めの月は夜道を明るく照らしてくれていた。

 それに力づけられて、ジンはそっと家を抜け出す。
 だが、どんなに月明かりがあったとしても、夜道は、やはり怖い。もう、大半の村人も眠りについたのか、どの家の明かりも消えてシンと静まりかえっている。

 ジンにとっては生まれた時からずっと住んでいる見慣れた村なのに、まるで初めて来た場所のようなよそよそしさを感じてしまう。思わずぶるりと身震いしてしまったのは、寒さだけが理由ではない。
 正直、この段階でジンの中の冒険心なんてものは消し飛びかけていた。

(や、やっぱり、もう帰ろうかな……)

 明日、ポップにめちゃくちゃ怒られる可能性と恐怖心を天秤にかけ、後者が勝ちそうになった、まさにその瞬間だった。
 ジンの背中を、なにか固いものがつついたのは。

「……ぃいっ!?」

 驚きが強すぎて悲鳴になりきっていない声が、ジンの喉から漏れる。だが、それと全く同じような珍妙な声が背後から聞こえた。

「ひゃぁあっ!?」

 子供っぽい、聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのはなぜかモップをしっかりと握りしめたポップだった。見慣れた友達の姿を認めて、ジンはほっと安堵の息を吐く。

「なんだ、ポップかぁ。ビックリしたよ、こんなとこにいるなんて」

 そう言ったのは、悪気でも何でもない。むしろ、ポップがここにいてくれて嬉しいぐらいだったが、ポップはまるでケチをつけられた様にむっとした顔をする。

「なんだよ、おれがここにいちゃ悪いのかよ!?」

「ううん、悪くなんかないよ。でも、待ち合わせはここじゃないだろ?」

 どこが待ち合わせ場所なのかジンにも定かではないが、村の中心近くにある村長の家付近はどう考えたって村外れじゃないはずだ。どちらかと言えば、鍛冶屋も兼ねた武器屋であるポップの家の方が村はずれっぽい場所にあるのに、わざわざポップがこちらに来た理由が分からなくて、ジンは首をかしげる。
 だが、その疑問はすぐに解消された。

「そっ、そんなことは分かってるよ! 村はずれで待ち合わせって約束しただろ!? けど、もしかしたらジンが忘れてたり、怖かったりするんじゃないかと思って、迎えに来てやったんだよっ! おれは全然怖くないけどっ」

 聞いてもいないことまで一気にまくし立てるポップの本音は、丸見えである。
 つい吹き出しそうになったが、ジンは笑いをぐっとこらえて、人差し指を口の前に立てていった。

「……ポップ、あんまり騒ぐとお父さんやおじいちゃん達が起きちゃうよ」

 そう言うと、ポップは黙り込む。まだまだ文句が言い足そうな顔はしているが、とりあえずはこの場を離れるのが先決と思ったのか、ジンの服を引っ張って先に立って歩き出す。

 二人そろって黙り込み、ついでに足音も殺しながら歩いているので静かなのはさっきまでと変わらないが、さっきまでとは怖さが格段に違っていた。

 一人じゃない、と言うだけで見知らぬ村に見えた夜景への恐怖も薄れる。むしろ、いつもと少し違って見える光景にどこかワクワクする気持ちを抱きながら、ジンは声を潜めて聞いてみた。

「ところでポップ、おまえ、なんでモップなんか持ってるんだよ?」

 ポップが重そうに肩に担いでいるのは、古びたモップだった。房の部分がボサボサになっているそれは、どう見ても使い古したモップに違いない。なぜ、そんな物をわざわざ持ってきたのか、ジンにはさっぱり訳が分からなかったが、ポップはごく当たり前のように言った。

「だって、何かあった時に手ぶらじゃ困るだろ。これなら、柄が長いから離れた場所にいる幽霊もぶったたけるし」

 ……いや、幽霊ってそもそも叩けるものなんだろうか、とか、第一、おまえ幽霊なんかいないって言い張ってたじゃないか、とか、仮にも武器屋の息子が選んだ武器がそれでいいのか、だとか。
 だいたい、そこまでガタガタ震えていてまともにモップを振り回せるのだろうか。

 言ってやりたい言葉は山のようにあったが、あまりにありすぎてどれを口にしていいか分からない。それに、何を言ったとしてもジンが一つ言ったら、ポップはその倍も三倍も言い返してくることは嫌と言うほど知っているジンは、考えた末に別のことを言った。

「…………え、えーと……ところでさぁ、待ち合わせ場所ってこの辺かな?」

 二人で並んで歩いているうちに、いつの間にか遠くまで来ていたらしい。昼間にみんなで騒いでいた辺りまでは来たのだが、周囲には人の気配はなかった。

「おーいっ……、おまえらー……、どこだよーっ……」

 小声で人を呼ぶという、なんとも中途半端な呼びかけに返事はない。その辺の茂みに誰かが隠れていると思っているのか、ポップは持ってきたモップの柄で茂みをつつき回しているが、誰かが出てくることはなかった。

「なんだよ、あいつら! 自分から言い出したくせに、来てないのかよ!?」

 ポップはやけにおかんむりだが、ジンにとっては幾分ほっと出来る事態だった。
 夕方までは本気でも、いざ夜になってみたら怖くなったり、あるいは面倒になって約束をすっぽかすなんてことは、大いにありそうな話だ。実際、ジンもその一歩手前だっただけに、気持ちは分かる。

 もし、ポップがジンの家に来なかったら、今頃ベッドに逆戻りしていただろうと思えば、文句を言う気にもならない。むしろいい口実が出来たとばかりに、ジンはポップの手を引っ張る。

「来てないんじゃ、しょうがないじゃん。おれ達もそろそろ帰ろうぜ」

 今からすぐに帰れば、親に見つからないうちに帰れる――ジンは真っ先にそう思ったし、ポップの方もどうやら同感だったらしい。

「そ、そうだよな……、うんっ、せっかくここまで来といて残念だけど、でも、あいつらが来てないんじゃな! おれ達だけで行って抜け駆けしたなんて言われても、しゃくだし!」

 いかにももっともらしく言ってはいるが、手にしたモップを盾にでもするようにすがりついているのだから、格好がつかないこと甚だしい。が、ジンにしてみれば、ポップが文句も言わずに帰ろうと言い出した好機を、逃す気はなかった。

「そうだよ、またみんながそろった時に来ればいいよ! じゃあ、帰ろ!」

 そんな機会などもう二度と来ないことを願いつつ、くるりと後ろに振り返ったジンとポップだったが、ちょうどその時――本当に、狙い澄ましたように嫌なタイミングで茂みを揺らして現れた人影があった。

「「「ひっ!?」」」

 ジンとポップだけでなく、その人影までもがそろって小さな声を漏らす。今度こそお化けかと思ったものだが、やっぱり今度も人間だった。

「な、なんだよ、ジンとポップじゃねえかよ。おまえら、ほんとに来たのかよ、ふん、来ないかと思っていたぜ」

 ふてぶてしくも小馬鹿にしたようにそういったのは、悪ガキの一人だった。いつもいつもガキ大将の後ろについて歩いては、尻馬に乗って騒ぎばかりを起こす子だが、その態度は一分と持たなかった。

 周囲を見回してここにいるのが自分とジン、ポップの三人だと気がついた途端、あからさまに動揺する。

「え……な、なんでおまえらだけしか、いないんだよ? テッドやジミーは? ジャンもいないのかよ?」

 ランカークス村はごく小さな村なだけに、村にいる子は全てが顔見知りで幼なじみだが、全ての子が均一に仲良しというわけでもない。大人達がそうであるように、年齢や性別などで分かれて幾つものグループを作っている。

 ジンとラミー、ポップがほとんど同い年どうして固まって遊ぶのを好むように、悪ガキ連中も同年代の男子で固まりがちだ。
 それだけに、他の悪ガキ連中が誰も来ていないことにショックを受けたのは、ジン達よりもむしろその悪ガキ――トビーの方だったらしい。

「なんだよ、テッドもジミーもジャンも、あんなにおれに遅れるなって言ってたくせに……」

 やけにしょんぼりとしている悪ガキを思えば気の毒にもなったが、ジンにとってはこれはチャンスだった。

「で、でもさ、来ていない奴が半分もいるんだったら、中止した方がいいんじゃないのかな?」

「え? で、でも、勝手にそんなことしていいのかな、テッドがやるって言ったのに……」

 この期に及んでガキ大将の意見が気になるのか、トビーは煮え切らない様子だ。どう見たってこの冒険を楽しんでいないのは一目瞭然なのに、自分からやめたいと言い出せないらしい。

「だって、そのテッドが来ていないじゃないか。なら、おれ達だけで勝手に行った方が文句を言われそうだし」

「そ、そう、かな? いや、そうだよな……」

 普段から仲間の尻馬に乗るタイプのトビーは、誰かが強く言ったことには流されるタイプらしい。そのせいがジンの言葉に、ほとんど頷きかけていた。だが、それでもこの中で最年長だという益体もないプライドがあるせいか、胸を張って言い直す。

「ま、まあ、それなら仕方がないよな、うん! みんながいなかったらおまえらだって心細いだろうし、中止にするしかないか」

 やたらと恩着せがましい言い方ではあったが、ジンはそれに腹を立てるよりも嬉しさの方が強かった。

(やった! このままなら、帰れる)

 と、ジンは心底ほっとしたのだが、思いがけない横やりがせっかくの状況をぶち壊した。

「なに言ってるんだよ、おれ、怖いなんて一言も言ってねえだろ! それに、テッドがこなくったって、おれ達だけで幽霊の正体ぐらい確かめられるだろ!? 来ない奴らなんか放っておいて、おれらだけで行こうぜ!」

((ぇえええっ))

 せっかくなんとかまとまりそうな方向だったのをひっくり返すようなポップの言葉に、ジンは内心悲鳴ものだった。それに、気のせいかもしれないが内心悲鳴を上げたのは自分一人だけでなく、トビーも同じに思えてならない。
 とりあえず、ジンはポップの腕を軽く引き、トビーには聞こえないように小さく囁きかける。

「お、おい、ポップ、何を言い出すんだよ、さっきはもう帰ろうって言ったろ?」

「やだよ! さっきまでとは状況が違うだろ。もしかしたらテッド達もここに来て、こっそり隠れているかもしれねえじゃないか」

「へ? なんのために?」 

 本気でポップが何を言い出したのか分からず、ジンはきょとんとして聞き返す。来ているのなら、合流すればいいだけの話ではないか。隠れる理由など、ジンには思いもつかない。

 だが、ポップはそんなことも分からないかとばかりの顔で、噛みつくように言い返してきた。

「だから! おれ達を驚かせるために、その辺に隠れているかもしんないだろ!」

「ええっ!? そんな……、そこまでやるかな?」

「やるだろ。あいつら、人をからかったり笑うためなら、手の込んだ悪戯ぐらい平気でやるじゃないか」

「だって、トビーもここにいるんだぜ?」

 まだ仲間がここに来るかもと思っているのか、落ち着きなくキョロキョロと周囲を見回しているトビーの落ち着きのなさは、ジンにはとても演技には見えなかった。
 だが、ポップはトビーを疑い深げに見やっている。

「うん、おれも演技とは思わないよ。だから、あいつらトビーだけには何も言わなかったんじゃねえの? それなら、おれ達も油断するし、おとり役にちょうどいいし」

(……本当によくこんなこと思いつくよな)

 ジンには思いもつかなかったことをすらすら言ってのけるポップに、内心舌を巻かずにはいられない。
 そういえばポップは、かくれんぼや缶蹴りのような遊びがひどく得意だ。誰もが気がつかないような場所にこっそり隠れたり、逆に敵の不意を突いて行動することにおいては、ポップはずば抜けている。

 勉強が嫌いだから目立たないが、相当にポップの頭がいいことにジンはとっくに気がついていた。――が、頭の良さと、性格は別物だ。

「……ってかさ、そこまで読めているなら、なおさら帰った方がよくない?」

 念のために聞いて見たが、ポップの返答は予測通りだった。

「やだよ! もしそうなら引き返したりしたらあいつらの思うつぼだし、それにここで帰ったりしたら後で何言われるか、分かったもんじゃねえだろ!!」

 これ以上悔しいことはないとばかりに言うポップは、この辺で引き返しておこうなんて殊勝な考えはこれっぽっちもないらしい。

「おい、おまえら、いつまでコソコソ話してるんだよ、帰るんじゃないのか?」

 ジンとポップの長話に焦れたのか、トビーが口を挟んでくる。

「帰らないよ! 行こうぜ、小屋は確かあっちだったよな」

 そう言って、ポップは先に立って歩き出す。……とはいえ、モップをしっかりと身体の前に身構えながらだから、格好がつかないにもほどがあるのだが。

(ったく、ポップらしいと言うか、なんというか……)

 驚くほどの頭の回転であれこれ考えることができるくせに、決して利口で安全な道は選ばないポップは、賢いのか、賢くないのかよく分からない。

 罠っぽいと考えていながら、進んで先に進もうとしているのだから、勇敢と言うよりも無謀もいいところだ。だが、そんなポップを放っておけるぐらいなら、最初から家を抜け出そうなんて思わなかった。
 ため息をついて、ジンもその後を追う。

「待ってよ、おれもいくよ」

 二人が進むと、慌てたようにトビーも追ってくる。
 三人に増えたが、ジン達はさっきよりもずっと静かに森の中を進んでいた。ぐっと暗さを増した森は、一応道らしきものはあるが獣道と大差はない。迷ってしまうのを恐れたのか、ポップがモップを逆さに持って柄で地面に線を引きながら進んでいく。

 その足取りに合わせるせいで、どうしてもさっきまでよりも歩みが遅くなる。なまじ、ゆっくりと歩くせいか、森の中の動物の声がやけに耳をついた。
 特に耳をつくのが、フクロウの声だ。
 妙に人間めいて聞こえるその声に怯えを感じつつもなんとかやり過ごし、周囲の暗闇に気を配っていた彼らは、ほとんど同時に気がついた。

「――!」

 息をのむ音が、自然に重なる。  
 一瞬、見間違いであることを願ったが、そうもいかないようだ。闇の中では、あまりにも目立つ光が見える。ちょうど、ジン達の背丈と同じぐらいの高さに浮かんだ光が。
 暗い木々の向こうで、その光がちらちらと揺れていた――。    《続く》

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