『頼れる未熟者 ー中編ー』

  
 

「みんなーっ、いよいよ、出発の日が来たぞっ! もうすぐ、迎えの船がやってくるっ! みんな、ロモス城に行く準備は整ったかぁーーっ!?」

 天まで届けよとばかりに腕を突き上げ、大声で叫ぶチウに答えて遊撃隊のモンスター達が一斉に鳴き声を立てた。
 いつもそうだが、彼らは今日も元気いっぱいである。

 いや、いつも以上の元気さと張り切り具合で吠えたり、鳴いたりするモンスター達は、それぞれが手に何かを抱え込んでいた。大切そうに荷物を抱え込んでいるせいで、彼らの動きはいつもよりもずっと大人しい。

 元気よく跳ねたり、飛んだりしては荷物を落としてしまう可能性があるからだ。

 目をきらきらと輝かせているモンスター達は、それこそとびっきりの宝物を抱え込んでいるかのように嬉しそうだった。
 部下達の様子を見て、隊長であるチウも満足そうに頷いている。

「よーし、準備万端のようだな! こんな素晴らしいプレゼントなら、きっとロモスの王様も喜んでくれることだろう! ぼくも誇らしいぞっ!」

 隊長からの手放しの称賛に、獣王遊撃隊のメンバーも大歓喜の叫びを上げる――ごく一部の例外を除いて、だが。

「……いや、そーうまくいきゃあ、いいけどよぉ……」

 呆れたようにそう呟いているのは、ヒムだった。完全に手ぶらのように見えるヒムは、疑わしげな目を仲間達へと向けている。
 正確に言うならば、その目は遊撃隊メンバーの持っている『プレゼント』に注がれている。

 普通、旅行に行くのならば自分の手荷物を用意するものだが、獣王遊撃隊達は王様へのお祝いのプレゼントを優先した。
 それ自体は、素晴らしい思いやりではある。彼らが熱心に、これはというものを探していたことはヒムも承知している。

 きちんと包装されリボンをかけられているのなら、どんな中身であれちゃんとプレゼントに見えることだろう。

 しかし、そこはモンスターの悲しさと言うべきか。
 遊撃隊が持っている『プレゼント』はリボンどころか、包装もなくそのまんま剥き出しである。

 しかも、店など一件もなく、人間の住んでいないこの無人島では、手に入る物も限られている。
 メンバーの半分近くは花や木の実、果物などを手にしているのだが、いかにもその辺からむしってきました、と言わんばかりの粗雑さに満ち溢れていた。

「いやいや、おまえ達、それはやめておいた方がいいじゃろ。ロモスに着く前に、ダメになってしまうぞ」

 困ったような顔で、ブラスが遊撃隊メンバーに言い聞かせようとしているが、ちょっとおバカなモンスター達にはなかなか通じないらしい。なまじ隊長に褒められたからと自信満々に胸を張っているだけに、採ってきた花や果物が腐ることなんて思いも寄らない様子だ。

 ロモスまでここから船で数日かかるなんてことは、まったく理解していない様子だ。

「……で、おまえさんは一体、何を持ってきたんだよ?」

 懐疑的なヒムの視線に対して、マリンスライムは得意げに鳴き声をあげる。

「リンッ!」
 
 自分が被っているのとほぼ同じ大きさの貝殻に、マリべえは軽く体当たりした。ヒムの目の前に突き出した態度や、その得意そうな表情から見て、自分のプレゼントを自慢しているのだろう。
 しかし、ヒムはそれを見て顔を引きつらせた。

(どうしろってんだよ……!?)

 成長に合わせて貝殻を乗り換える性質を持つマリンスライムにとって、貝殻は鎧であり、同時に家でもある。そんな貴重で価値がある物をプレゼントしようとするなんて、マリンスライム的には大盤振る舞いだろう。

 ……が、他種族にとっては貝殻は貝殻だ。
 しかも、マリべえはこの貝殻を体当たりしながらここまで運んできたらしい。そのせいで随分と細かな傷がついたり、汚れてしまって、ますます価値がないシロモノに見える。

「あー……まあ、割と大きくて立派な貝殻、だな」

 目一杯気を遣って褒めたつもりのヒムだったが、マリべえにとってはそれは物足りないどころか侮辱に等しかったらしい。不機嫌そうにぷくーっと膨れて見せる。

「リィイッ!」

 怒ったのか、マリべえはヒムに向かって体当たりを仕掛けてくる。尖った貝殻の先をぶつけるので、ごんごんとうるさい。

「おいおい、やめとけって」

 ヒムとしては痛くもなんともないのだが、オリハルコン製の身体とぶつかってはマリべえの貝殻の方が壊れかねないので、やんわりと止めておく。

「ぐおーんっ、ぐ……ぐぉお?」

 マリべえを心配してか、駆け寄ってきたくれた人の良いクマチャだが、いざ止めようとして自分の両手が大きな魚のせいで塞がっていることに気づいたらしい。結果、どうしていいのか分からず、アタフタしているばかりだ。……邪魔な魚なぞ、一旦おろせばいいという発想すら浮かばないのだろう。

(……つーか、その魚ってもう腐ってんじゃねえのか……?)

 プレゼントに魚を捕ったまではよかったものの、あまりにも手際よく早めに捕獲したのが裏目に出たとしかいいようがない。生魚を数日も大事に抱え込んでいては、腐るのは道理という物だ。

 食べたいのを我慢して頑張って大事にしてきたクマチャには気の毒だが、すでにそれはプレゼントではなくなってしまっている。まあ、それは彼らだけでなく、この場にいるほぼ全てのプレゼントも同様なのだが。

 例えば、ラミたなどは得意げな顔で花を採ってきたものの、なにしろウサギなだけに花を摘むのは不得手だったようだ。額の一本角に、幾つもの花を突き刺して持ってきたのは良いが、そのせいで恐ろしいまでに見栄えがしない。

 出来の悪い焼き鳥のごとく原型は無くなっている花のなれの果ては、すでに枯れかけている。他の怪物達のご自慢のプレゼントも、似たり寄ったりだ。
(……なんか、かえって問題になるんじゃねえのか、これって?)
 割と気配り精神に溢れている金属生命体は、ため息をつかずにはいられない。
 人間と怪物の友好のためにと、わざわざロモス王の祝いの席に招かれたのは良いことなのだろう。また、そんなロモス王へ感謝の意を示すために、怪物達が自主的にプレゼントを用意したというのも、美談と言える。少なくとも、気持ちだけはこもっている。

 しかし、その内容がこれでは、さすがにちょっと――そう不安を抱いているのは、どうやらヒムやブラスだけではなかったようだ。

「うむ……気持ちはこもっているのだが、な……」

 普段は豪放磊落なクロコダインも、どこか心配そうだ。
 怪物達の気持ちは大事にしてやりたいが、かといって王への礼儀も掻きたくはない――そんな気持ちの板挟みになっているらしい。

「じゃから、プレゼントはそういうのじゃなくて……っ、あああ、もう、いったいどう話せばいいんじゃっ!」

 ブラスが頭を抱え込んでそう嘆いた時、凜とした声が響き渡った。

「あら、素敵じゃない。記念日にプレゼントをするだなんて、ロモス王はきっと喜ばれると思うわ。なにより、その気持ちが嬉しいものよ」

 よく通る声でそう言いながら、悠然とその場に登場した少女を見て、ブラスもクロコダインらも目を見張る。

「レ、レオナ姫!? なぜ、ここに?」

 慌てたように、ブラスはレオナと沖の方を見比べる。
 いつのまにか、島から少し離れた所にパプニカの紋章の帆を持つ船が停泊していた。騒ぎに紛れて気づかなかったが、いつの間にか迎えの船が到着していたらしい。

 合図を送ってくれればブラス達から迎えに行ったのだが、以前にもデルムリン島に来たことのあるレオナは勝手知ったる士的ばかりに自力でここまで来た様だ。いかにも彼女らしい行動力と、茶目っ気である。

「うふふっ、ついでよ、ついで。実はあたしも、今回のロモス王のパーティに呼ばれているのよ。どうせ、行く先は一緒なんだから一緒に行こうと思ってね♪」

 コロコロと可愛らしく笑うレオナの言葉に、怪物達は素直に納得する。が、ブラスやクロコダイン、ヒムなどはさすがにそこまでは単純ではなかった。

「し、しかし、パプニカからでは遠回りになるのでは……。姫も、なにかとお忙しいでしょうし……」

 遠慮がちに気を遣うブラスだが、レオナは気にした様子もない。

「そうね、忙しいからこそ息抜きもしなくっちゃ! たまには、散歩も悪くないと思うのよね〜」

 一国の姫君が時間をかけて船旅をするのを散歩とは、決して呼ばないだろう。

 なのに、しれっとそう言ってのけるレオナに対し、彼女との付き合いの長いクロコダインは既に諦めてしまったのか、肩をすくめている。しかし、ヒムは呆れたように呟いた。

「でもよお、あんた、お姫さんなんだろ? こんな風に一人でフラフラしたりしちゃ危ないんじゃねえのか?」

「大丈夫よ、ちゃーんと護衛もいるし、今となってはデルムリン島より安全な場所なんてないでしょ? それよりも……ねえ、ネズミ君やみんなは知っているかしら?」

 後半はチウ達に向き直ったレオナは、いかにも内緒話を装った風に、しかしはっきりと周囲に響き渡る声で言い放つ。

「ロモス王や王妃様はね、実は珍しい貝殻がお好きなんですって! お花や魚をプレゼントするよりも、そちらの方を喜ぶと思うわ」

 それを聞いたチウや怪物達は、キョトンとした表情で互いに互いの顔を見合わせ合う。

「どうかしら? まだ、少しは時間があるし、一人一つずつで良いから貝殻を探してみるのもいいじゃない? 貝殻さえ持ってきてくれれば、ラッピングを手伝ってあげるわよ」

 レオナのお勧めに、チウは顔をしかめて考え込む。

「うむむ……でも、こいつらも頑張って集めたのに……」

 意外と部下思いのチウにとって、彼らの苦労を無にしたくないと思う気持ちが勝るらしい。しかし、レオナはそんなチウの反応などお見通しとばかりに、にんまりとした笑顔を浮かべた。

「ええ、二度手間をかけてしまうのは申し訳ないと思うけれど、でも、その方がきっと喜ばれるわよ。ねえ、あなたもそう思うでしょ――マァム?」

 わざとらしく振り返ったレオナの視線の先には、草を素手で払いのけながら歩いてくるマァムがいた。その後ろにはエイミとバダックも並んでいるのだが、チウの目はマァムに釘付けだ。

「マッ、マァムさんっ! わざわざ、ぼくに会いに来てくれたんですかっ!?」

 いや、違うだろっ。
 と、誰もの脳裏に同じツッコミが浮かんだであろうが、はしゃぎまくっているチウはこれ以上ないぐらい嬉しそうな顔で彼女の元へはせ参じる。

「マァムさんが来てくれると知っていたなら、ぼくはあなたのためにプレゼントを用意しておいたのに……っ!」

 本末転倒したことを言い出すチウに、レオナはにこやかな笑顔のままこそっと囁きかける。

「あー、そう言えば、マァムも綺麗な貝殻が好きみたいなこと、前に言っていたような、いなかったような……この際、マァムの分もついでに探しちゃえばぁ〜?」

 マァムには聞こえない程度のその囁きは、チウにはとてつもない効き目を発揮した。
 一瞬、とろんとした目でうっとりしたかと思うと、チウはシッポをピンと立て、キリッとした顔で部下達全員に向き直る。

「みんなっ、やっぱりプレゼントは本人が喜ぶ物が一番だと思うぞっ! ここはっ! みんなで頑張って貝殻を探そうではないか!」

(……それ、数日前に言ってたことと正反対じゃねーか……)

 不信の目を浮かべつつも、ヒムは内心だけでそう思う。
 プレゼントは気持ちがこもっていればなんでもいいと、遊撃隊メンバーに檄を飛ばしたのは紛れもなくチウだ。

 しかし、他の怪物達はすでに数日前のことなど忘れてしまったらしい。チウの新たな発言に、怪物達は素直に注目し、じっと耳を傾けている。

「ノルマは、一人一個でいい! できるだけ綺麗な貝殻を探してくれたまえ! 苦労をかけてしまうが、なに、諸君ならあっと言う間に成し遂げられると信じているぞっ! なにしろ、おまえ達はぼくの自慢の部下なのだからなっ!」

 胸を張ってそう言い切るチウは、本心からそう思っているに違いない。それが伝わるのか、怪物達も嬉しそうに目をきらきら輝かせている。
 そして、元気の良い鳴き声を上げたかと思うと、隊長の期待に応えるべく、一斉に動き出した。もちろん、隊長たるチウもそれに後れを取るはずがない。

「なに、ほんの30分もあれば任務完了しますのでっ! ではっ、待っていてくださいね、マァムさんっ! あなたのために、ぼくは部下の二倍、貝殻を探してきましょうっ!」

「いや、それ、倍というより単に二個だろ……」

 さすがに我慢しきれなかったのか、ついついヒムがツッコむが、スキップせんばかりに駆け去って行くチウの耳には聞こえなかったらしい。
 勢いよく走って行ったチウを見て、マァムは不思議そうに首を傾げる。

「私のため? なんのこと?」

 きょとんとしているマァムに、レオナはすました顔で言ってのける。

「ああ、いーの、いーの、マァムは気にしなくっても♪ ただ、あのネズミ君からプレゼントを渡されたら、喜んであげてくれれば良いのよ」

 ますます分からないとばかりに小首を傾げながらも、マァムは素直に頷いた。

「そんなことなら、簡単だけど……でも、どうして?」

「あら、殿方の贈り物に喜んでみせるのなんて、淑女の基本でしょ? 女の子なら、それぐらいはしなくっちゃ!」

 そう言って、こともなげに笑う姫君を横目に、ヒムは小声で呟く。

「……大物だねえ。なんつーか、色々とすげえお姫さんだよな」

 それはただの独り言で、特に誰かに聞かせるための言葉ではなかったのだが、すぐ近くにいたクロコダインの耳には入ったらしい。彼は太い首で、小さく頷いた。

「うむ。同感だな」

 魔王軍との戦いで、レオナと肩を並べて戦った経験のあるクロコダインは、かの姫の傑物さ加減を実感している。

 普段は気さくなおてんば娘のように見せかけて、レオナは驚くほど聡明で先々まで見通す目を持った指導者だ。

 口ではふざけたことを言っているレオナだが、実際には怪物達がロモス王に会いに行く際、少しでもスムーズに行くように手助けするため来てくれたのだろう。

 ブラスやクロコダイン達では、怪物達の突飛なプレゼント選択をどうにもこうにもできなかったが、レオナはあっさりとそれを解決してくれた。

 怪物達の気持ちややる気を損なうことなく、それなりに受け入れやすいプレゼントになるように体裁を整えてくれたのだから、頭が下がる。いつからここに来ていたのか分からないが、ほんの僅かなやり取りを聞いただけで事情を察し、問題解決策を即座に思いつく機転の利きはたいしたものだ。

 そう思い、感心してレオナを見ているヒムの足元に、ぽよんぽよんと何かが当たる。

「?」

 見おろすと、そこにはひっくり返りそうなぐらいに反っくり返ったマリべえがいた。

「リリンッ!!」

 これ以上ないぐらいのドヤ顔で、マリべえは傍らにある貝殻の周囲を跳ね回る。それを見て、ヒムは苦笑せずにはいられない。

「あー……確かになぁ。結局、みんなで貝殻を贈るってんなら、最初からそいつを持ってきたおまえさんが一番目が高かったってぇわけか」

「リィンッ!」

 その通りだと言わんばかりに、マリンスライムは得意げに甲高い鳴き声をあげた――。   《続く》

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