『其は竜の神を崇める者達 ー中編ー』 |
その年の平和祭は、一際見事だと誰もが口を揃えて褒めたたえる壮観なものだった。 だが、アバンの使徒達は至って無欲であり、人前に出ることを好まない。そのせいで、その名こそ有名でも、一般民衆が実際の彼らを見る機会などほとんどないのだ。 派手好きのベンガーナ王の意向により、大がかりなパレードが組まれ、アバンの使徒達はそれぞれが手を振って人々の歓喜の声に応える。 勇者一行の中でも知名度が高く、また親友と噂に高いその二人が一緒に乗っているのを、大勢の人々は疑問にも思わずに見物し、絶え間のない歓声を送る。
悔しげにそう言いながら、貴婦人はオペラグラス越しに見える二人の少年に注目していた。 「困ったものだな、あんな人間ごときのために神の眷属ともあろうお方が、心動かされるとは」 溜め息混じりに受け応えたのは、同じくオペラグラスを手にした男だった。 彼らは、竜の騎士を崇め、信仰する者達。 「チャンスがあれば、と思っていたのだがな……」 リーダーの男が、苦々しげに呟く。 しかも、ただ隣にいるだけではない。 見る者が見れば、ダイの一挙一動がポップへの攻撃を警戒し、いざと言う時はすぐに庇えるように配慮していると分かるだろう。 「計画の変更が必要なようですね。やはり、後夜祭に狙いを絞るのが得策と思いますが」
「しかし……あの魔族の男、信用できますでしょうか?」 あからさまな疑いと共に、仲間の一人が口を挟む。だが、リーダーは悠然とした笑みを浮かべたまま答える。 「できるわけがないだろう、あんな半魔など」 ごく当たり前の様に、リーダーは言い切った。 「だが、あの男の情報は役に立つ。それに、最初からあの男に期待しているのは、竜の騎士様を引き止める役目のみだ」 そっけのない言葉ではあったが、そこには確かな自信が含まれていた。 「すでに、ベンガーナ城内にはこちらの手の者を幾人か送り込んでいる。あの男が変な動きをとればすぐに知らせが入るし、竜の騎士様や大魔道士の情報も入る様に手配済みだ。 情報通り、大魔道士がのこのこと城の外にでればそこを狙えばいいし、そうでなければ城内で暗殺するまでだ」 それは、竜の神を信仰する信者の中でも、幹部クラスしか知らないトップシークレットだ。 勇者一行は知るよしもないだろうが、この計画のために一年がかりで熱心な信者が侍女や侍従、兵士に身をやつして、ベンガーナに潜り込んだ。 ラーハルトの参加など、些細な問題にすぎない。彼が協力しようとしまいと、ポップ暗殺の成功率は変わらないだろう。 「なに、あの半魔の漏らした情報が真に役に立つのは、大魔道士が死んだ後だ。竜の騎士様が大魔道士の死を嘆かれるようであれば、あの半魔がしたことを教えて差し上げようではないか。 せせら笑うような表情が、リーダーの顔に浮かぶ。それは、ダイの側にいるポップを見下したのと全く同じ表情だった。 「竜の騎士様は、神にも等しいお方だ。そんなお方の側に人間ごときがいるのも不快だが、半魔なぞがその側にお仕えするなど、業腹だとは思わないかね?」 傲慢なリーダーのその言葉に、一同は今度こそ得心が言ったとばかりの満足げな顔で頷いた――。
と、大欠伸しつつぼやくポップのその姿は、どう見ても大魔道士などと言う偉大な名前と一致しない。 「今日のパレード、すごく時間かかったもんね。人がいっぱい来ていたし」 「それだけ平和になったってことよね。いいことだと思うわ」 仲間内で楽しげに会話を弾ませているアバンの使徒達は、隣室で掃除をしている侍女に注意を払わなかった。 だが、侍女の方はアバンの使徒達の会話に全神経を集中させていた。会話を聞き取りやすくするため、わざわざ隣室とアバンの使徒達のいる客間の窓を開けっ放しにしているのだ。 本来なら同じ部屋にいた方がより詳細な会話を聞けるのだが、アバンの使徒達は並の帰属とは訳が違う。侍女や侍従を家具か空気の様に考え、気にもかけないという態度をとりはしない。 たとえ侍女であろうと一人の人間として接し、気を使う傾向が強いのだ。それは下働きから見ればありがたい気遣いではあるが、スパイとしてはその親切は大いに困る。 公式行事をすべて終えた彼らは、この後、翌朝の帰国の時間まではフリータイムのはずだ。 普通に考えればこのまま朝まで、彼らが各々の部屋で休むのがこの先のスケジュールだろう。 「じゃあ、おやすみなさい。ダイ君もポップ君も早く休んでね。言っておくけど――この間みたいに、こっそりと抜け出したらタダじゃおかないんだから」 「へいへい、分かってるって。お休み〜」 などと、気楽に仲間達と別れた後、ポップは一緒に残ったダイに声を潜めて話しかける。 「えー? だって、今、レオナにダメって言われたばっかじゃないか」 「バカだな、バレなきゃ問題ないって、そんなの。なんだよ、おまえ、祭りに行きたくないのかよ?」 「そりゃ、行きたいけどさ〜。でも、ポップ、今回は魔法、使えないんだろ?」 「平気だって、そんなの。別に危険なところに行く訳じゃないんだしよ」 などと、やり取りしているところにノックの音が聞こえてきた。 「失礼します、ダイ様。折り入ってお話があるのですが」 「なに、ラーハルト?」 ダイの口から聞こえた名前に、侍女はより一層緊張して耳を凝らす。ポップの暗殺計画は、ラーハルトがダイを引き止められるか否かで、難度が大きく変わるのだ。 しばらく、ラーハルトがダイに何かを耳打ちしているのか声は全然聞こえなかった。侍女からすればやきもきして何を話しているのか気になってしょうがないが、ポップにとってはさして気にもならなかったらしい。 「ふーん、話が長引くみたいだし、おれ、もう部屋に帰るや」 席を外そうとするポップに、ダイが心配そうに声をかける。 「あっ、ポップ、まさか一人で祭りで行ったりなんかしないよね?」 「一人じゃつまらねえし、今日はやめとく。もう寝るよ。じゃ、おやすみな、ダイ、ラーハルト」
手早く着替えをすませたポップは荷物の中にこっそりと隠してきた、古いマントを羽織る。 さらに言うのなら、短期間とはいえベンガーナに留学していたポップは、この城の抜け道も承知している。 一般兵や侍女だけが使う通用門は夜勤の人間も受け入れる都合上、ほぼ一晩中開放されている。 魔法など使わなくとも、そこから抜け出してそこそこの時間で戻ってくれば十分だ。本来はダイと一緒に行く予定ではあったが、たまには一人でぶらつくのも悪くない。 (だいたい、あいつ、最近年下の癖に生意気なんだよな) 魔法を使えない間は、ダイはいつも少しばかり心配過剰になる。普段だったらレオナやみんなに内緒で城を抜け出そうとする誘いに、一もにもなく乗ってくるくせに、今日に限って窘められたのが気に入らない。というか、魔法封印以来、ダイときたらボディーガードよろしくポップにぴったりとくっついて、離れようとしない。 ダイが自分を心配して守ろうとしてくれているのは、分かる。 (だいたいちょっと町に出るぐらい、危険なわけねーっつーの) ポップがこっそりとお忍びで出かけるのを、仲間達はあまり快く思ってはくれない。もし、何かあったら危ないだの不用心だのとうるさく言われるが、ポップにしてみればそんなのは過保護で心配し過ぎな意見としか思えない。 レオナのようなお姫様や、ダイのような勇者ならまだしも、所詮は庶民にすぎない自分をわざわざ狙うような物好きがいるだなんて、ポップは本気で考えたこともない。 出し抜かれたことを知ったら、後でダイやレオナは怒るかもしれないが、祭りの珍しいお菓子でも土産に持って行けば機嫌を取れるだろう ポップはそんな風に軽く考えていた。 心はすでに祭りの夜へと飛んでいるポップは、自分の背後を尾行してくる女性の姿には全く気が付かないままだった――。
侍女にとっては幸いなことに、理想通りの方向に話は進んだ。 最悪の場合、ベンガーナ城内での暗殺も視野に入れていたとは言え、それはできれば避けたい出来事だった。 だからこそベンガーナ城への影響力も持っているのだが、暗殺の真犯人を捜された場合、それは弱味にもなりかねない。 まだ若く、将来を嘱望されている二代目大魔道士の死亡は、パプニカやベンガーナだけでなく世界から注目を集めるだろう。ましてやそれが暗殺ともなれば、各国とも事件の徹底した追究と犯人捜索に全力をあげるのは間違いあるまい。 その際、重要な客人であるポップの警護に抜かりがあったと責められる立場に追いやられるベンガーナは、それこそ国の威信に懸けても徹底追及をするだろう。 ベンガーナでは、城で働くためには貴族の発行した紹介状が必須だ。この侍女にしても、胸に入れ墨を刻んだ貴婦人の紹介でやっと城に潜り込めたのだ。 竜の騎士を崇める者達にとっては、自分達の存在をまだ世に知られたくはない。 だが、その崇高な目的を、世の中は認めようとはしない。それだけに信者の存在が明るみになるのは避けたい。 どんな拷問を受けても口を割るまいと決意しているし、いざと言う時のために自決するための毒薬や覚悟も持ち合わせている。 だが、できるならやはり生きていたいと望み、都合よく問題が片付いてほしいと考えるのも、自然なことだろう。 そうならば、言わばポップの自業自得だ。 彼らにとってまさに理想とも言える行動を自らとる愚かな獲物を、侍女は胸を弾ませながら見守っていた。 そして、その出口の外はさして広くもない裏庭と通用門しか存在しない。 それを確認した侍女は、ランプを手にして急いで窓際へと寄った。すでに暗くなった外には、祭りの明かりや家々の明かりが広がっているのが見える。 大きな輪を描く様に丸を描き、決められた回数をきちんと数える。それは、予め定められた仲間達への通信方法だった。 侍女の連絡を見た実行犯もまた、明かりの点滅で返事を返す約束になっているのだ。実行犯がどこに潜んでいるかまでは侍女も知らなかったが、戻ってくる光を見てそれを悟った。 ベンガーナ城のすぐ近く、おそらくは城の者だけが使う通用口替わりの城門からさして離れていない場所。
早くそっちに行こうと、ポップは一歩踏み出そうとする。だが その瞬間、力強い腕で掴まれる。 「……?!」 驚きのせいで声も出なかったポップだが、たとえ声を出そうとしたとしても同じことだっただろう。 その腕は、ポップを掴まえると同時に、騒ぐなと言わんばかりに口も押さえていたのだから。 《続く》
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