『四界の楔 ー月夜編 1ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪












    

ポップが目覚めて、その目に入ったのは見慣れぬ天井。

“あ・・・れ…?”

一瞬状況が掴めなかったが、すぐに意識を失う前の事を思い出す。

“負けたんだ…”

負けられない戦いに。

しかし、それはそれとして、一体ここは何処なのか。

自分は途中で意識を失ってしまったが、マァムは宣言した通りに陸まで泳ぎ切ったと言う事だ。

“とんでもないな…”

感心と驚愕と感謝とが一度にやってくる。

“マァムに礼を言って、それから…”

起きたばかりのせいか、どうにも思考が纏まらない。

「ポップさん」

上手く動かない体と、働かない頭を持て余してボンヤリしていると、何時かのテランの時と同じく、メルルがやって来た。

「メルル…?じゃ、ここは…」

「はい、カールです。皆さんをお呼びしますね」

「いや、俺が行く…っ!?」

起き上がろうとして、強い眩暈に襲われる。

「駄目です。大人しくしていて下さい。ポップさん、熱を出して一日眠ってたんですよ」

「え?」

「だから、今は無理をしないで下さい」

それだけ言い置いて、メルルは慌ただしく出て行った。

そう言えば、マァムの姿がない事に今更気付く。そこまで体力差があるのかと、流石に多少落ち込む。

すぐにバタバタと複数の足音が聞こえてくる。

「ポップ!」

「ポップ君!」

勢い込んで部屋に入ってきたメンバーに瞬きする。最後に入ってきた、戦装束のような服を着た美女は誰なのか。

「紹介するわ、ポップ君。カールの女王、フローラ様よ」

「あ…」

それに身を起こそうとして、また体勢を崩したポップに慌ててマァムとメルルが駆け寄る。そして他のベッドの枕を寄せ集めてクッション代わりにして、ポップの背中に当て姿勢を整える。

「ごめん、ありがとう」

「いいんですよ、これ位」

「そうよ。ポップってば、変な所で遠慮するんだから」

「変な所って…。マァム、泳ぎ続けるの大変だっただろ?それは本当に礼を言わせてくれ」

「だから、いいのよ。お互い様でしょ」

二人とのやり取りに区切りがつくと、ポップはフローラに一礼した。

「初めまして、ポップです」

「ええ、初めまして。フローラよ」

フワリと、正に大輪の花の如く微笑うフローラを見て、ポップの中で天啓のように閃いた。

“そうか、この人だ”

時折アバンが視線を空に飛ばして、ここにはいない、誰か、何かを見ているような表情をしていた事を覚えている。

ポップは力の入らない手でシーツを握りしめた。

「すみま…せん」

初対面の人間にいきなり謝ると言う奇天烈さを考えるより先に、言葉が出ていた。そしてそんな奇妙な謝罪に、フローラは動じる素振りも見せず泰然と返した。

「アバンのことなら、貴女が気にする必要はありません」

凛とした、けれど穏やかな声にポップは瞠目した。

「覚悟はしていました。彼の故郷であるカールが蹂躙されても、一度も姿を見せない時から」

「先生は…」

ポップは罪を告白する気分で、当時の事をポツポツと語った。それはレオナやマァムも初めて聞く詳細さだった。

同時にレオナとメルルにとっては、メガンテを撃つ事が遺された者達にどれ程の痛みを与えるか知っていて尚、同じ行動を取った彼女の覚悟を改めて知らされる事になった。

聞き終えたフローラは、小さく息を吐いた。

「しようのない人」

「すみません…。あの時の俺達に、今の半分でも力があれば…!」

足手纏いでさえなかったら。

まるで断罪を待つ罪人のようなポップに、フローラは静かに歩み寄った。そのままユルリと震える少女を抱き締める。

「あ、の…」

「本当にしようのない人。貴女みたいな子を、こんなに悲しませて」

フローラにとって、アバンはずっと想い続けてきた相手だ。その彼が死んだと言う事実には当然ショックを受けたし、傷付きもした。けれど、それを「情報」として知っただけの自分と、その場面を実際に目の前で見た(しかも「何も出来なかった」と言う罪悪感を抱え続けてきた)彼女と。

比べられるものではない。

それにレオナとマァムから「アバンの使徒」と呼ばれる彼の弟子についての説明も聞いている。

ポップはおよそ一年もの間、アバンと共に旅をしていたと言う。過ごした時間の濃密さは、彼女の方が上だろう。

何より、誰に強制された訳でもない、アバンが自分の意志でやった事だ。

フローラは、海水に濡れたまま、濡れタオルで拭いただけでまだ洗い流していない為、乾いてはいるが少し軋む黒髪を優しく梳いた。

「大丈夫です。アバンは自分でやった事を後悔する男ではないし、これまでの貴女達の道程は、寧ろ誇りにすら思っているでしょう」

情だけではない。

自分が命をかけて守った二人の弟子は、確かにそれだけの価値があったのだと。

ただの慰めなどではなく、揺るぎない事実のように言われて、ポップの瞳から涙が溢れた。

声も出さず、肩さえ震わせず。

ただ涙だけが白い頬を伝って行く。

ずっと心の奥にため込んでいたものを、やっと吐き出せたかのように。

そうしてポップが泣き止むまで、フローラはずっと髪を撫で梳いていた。

暫くして泣き止んだポップは、少々気恥ずかしそうにフローラから離れた。

「落ち着きましたか」

「はい、あの…すみません。有難うございます」

ポップは涙を払うと、周りを見渡した。

「その…取り乱して、ごめん…」

「いいのよ。寧ろ嬉しいわ」

「マァム?」

「そうね。ポップ君って、一人で抱え込み過ぎよ」

「姫さん…」

「辛い事や哀しい事は、吐き出した方がいいんです」

「メルル」

次々と言われて、ポップは小さく苦笑した。

マァムはともかく、レオナとメルルはきっとあの事も含めて言っているのだろう。出来るなら、全部話してしまえ、と。

“だけど、もう…”

バーンが、ただパワー・バランスを崩す存在ではなく、四界の存続そのものを脅かすとハッキリした以上、猶予はなくなった。

「楔」であるポップ自身が、それを直接知った事と。

残るピースは、あと一つ。

ここでポップは意識を切り替えた。

今はそれを考える時ではない。

「――――状況は」

ポップのその切り替えの早さと、まだ体調が不完全にも拘らず、強い光を放つ瞳に、フローラは感嘆の息を吐いた。

成程、パーティの参謀を担うだけの事はある。






僅か一日で激変した状況に、ポップは唇を噛んだ。

「無差別攻撃…」

五本落とされた巨大な柱。けれどバーンの目的を考えると、それだけの物とは思えない。

そんな中、何よりポップを打ちのめしたのは、ヒュンケルとクロコダイン、そしてダイが生死不明のままだと言う事だった。

戦力の激減もさる事ながら、存在そのものの大切さ。

「姫様!」

その重苦しい空気の中、エイミが息せき切ってやって来た。

「ちょっと、エイミ」

フローラの手前、普段はあまり上下関係に厳しくないレオナが、流石に咎める。

「も、申し訳ありません。あの、ダイ君が見つかったんです」

しかし、齎された情報は、誰もが待ち望んでいたものだった。

ポップは二〜三度瞬きした後、マァムを見た。マァムも嬉しげにポップを見て頷いた。

「ポップ」

マァムが手を差し出す。

まだ自力では動けないポップを、ダイの所まで連れて行ってやろうと言うのだろう。

その気遣いに、けれどポップはゆっくりと首を振った。

「ポップ…?」

「いいよ。お前だって、まだ万全じゃないんだろ。ダイが無事なら、そこまで急がなくったって大丈夫」

「――――ポップ君」

マァムとは別に、レオナも気遣わしげにポップを見る。

「行ってくれ、姫さん。本当に大丈夫だから」

ユルリとした微笑みを浮かべるポップに、レオナはやや俯くとそのまま部屋を出た。

「…皆も、な?」

まるで一人にして欲しいと言わんばかりの言葉に、少しばかりの戸惑いを感じながらマァム達も部屋を後にした。






廊下を歩きながら、レオナはダイが見つかった喜びより、持って行き場のない強い憤りを感じていた。

“何であんな風に微笑うのよ…!”

解っていた筈、だった。

彼女はとっくに「自分」を諦めている。だからこそ―――体調的に余り動きたくないのも本当だろうが―――ダイと最初に会うのを何の葛藤もなくレオナに譲った。

けれど、本当の意味では理解っていなかったのだろう。

彼女が背負っているものも、その覚悟も。

更にバーンの目的が地上…四界の一つを破壊する事だと言うのなら、ポップにかかる負担はどれだけのものになるのか。

もしかして「半年」の期限も、短くなりはしないか。

「姫様?どうかされましたか?」

レオナの浮かない、険しさまで感じさせる表情を見て、エイミが声をかける。

確かに状況はとても厳しいが、ダイが見つかったこの時だけは少し位は喜びを表に出してもおかしくないのに。

そんな不思議さと隠しきれない微かな苛立ち(ヒュンケルは未だに消息不明だ)を滲ませるエイミに、レオナは小さく首を振った。

「何でもないわ。心配しないで」

そして安心させるように微笑って見せる。

“あたしが周りに不安を見せちゃいけない”

今は、王女として、指導者として在らねばならないのだ。あれ程のものを背負いながら、ポップが人前では常に明るく振る舞っていたように。






部屋で一人になったポップは、深い溜息を吐いた。

――――長くて半年。

あの夜、レオナ達に言ったそれは嘘ではないが、多分に希望的観測を含んだものだった。

もしバーンの目的が予想とは違っていたら、半年のままで良かった。

“まだ、決まった訳じゃない…”

確かに管轄は移動した。

だが、まだ最後の条件がある。

問題は、それが揃うか、否か。

それだけだ。

                     (続)

 


 ◇2に続く
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