『四界の楔 ー月夜編 2ー』 彼方様作 |
一応そう考えてはいたのだが、何しろ30分に1回程の割合で誰かが覗きに来ると言う、殆ど監視されているような状態だった為、動こうにも動けないと言うのが実態だった。 “死の大地の時と言い、俺の信用って底辺だよな” 自業自得だけど。 今の状況やダイ達のことも勿論気になるが、そんな中でふと浮かぶのは、フローラだった。 “敵わないよなぁ” アバンへの想いを成就させたいと考えた事は一度もないが、彼の心にいたのがフローラなら、もし自分が普通の人間で、本気でアプローチをしたとしても、到底叶わなかったに違いない。 アバンにとっての自分はあくまでも弟子で、他に何かあるとしたら特殊な存在への名状し難い複雑な感情だろう。 “帰りたくなかった筈、無いのに” 次代の勇者を育てる為の旅。 もう少し早く、ダイに会えていたら。 バーンの計画始動が、もう少し遅かったら。 今更、どうしようもない事なのに。 どうしようもないからこそ、余計に考えてしまうのか。 “よし” 先刻のように、眩暈は起きない。 体の気怠さも、かなり軽くなっている。 魔法力は、ほぼ万全。 枕元に置かれていたバンダナを手に取ると、何時もよりきつめに髪を結ぶ。 と、そこへ今度はマァムがやって来た。 「ポップ。大丈夫なの?」 ベッドから出ようとしているポップを見て、目を丸くする。だがそのマァムを見て、逆にポップが問いかける。 「ああ。普通に動く分には問題ない。てか、何かあったのか?」 「え?」 「顔色悪いって言うか…表情暗いぜ」 その言葉にマァムはまた瞠目して、次に小さく息を吐いた。確かに自分は嘘も隠し事も慣れていなくて下手だとは思うが、まさか一瞬で見抜かれてしまうとは。 「――――ダイが…いなくなったの」 「え?」 詳細を話すと、ポップは何度か瞬きした後に小さく苦笑した。 「ポップ?」 「仕方ないっちゃ、仕方ないのかもな」 「どういう事?」 「皆、忘れてるかもしれないけどさ。あいつ、まだ12だぜ?」 本来なら、まだ親の庇護の下にあっていい、寧ろその方が自然な年齢だ。 なのに、その親とは敵対するわ、やっと解り合えたと思ったら目の前で死なれるわ、更に最終目的だったバーンには惨敗するわ、心が折れない方がおかしい状況ではないか。 「でも、あのダイが…」 「確かに真面目で、責任感も強い奴だけど」 ――――だからこそ、なんだろうな 最後の一言は、心の中で。 「どうしたら…」 状況を考えれば、マァムが不安がる気持ちも解る。 ポップはベッドから降りると、俯き加減になっているマァムの背中を少し強めに叩いた。 「ポ、ポップ?」 「だーいじょーぶだって。よく言うだろ、案ずるより産むが易しってさ」 殊更に軽く言うポップに、マァムが漸く微かに表情を緩める。 「それに小難しい事考えんのは、俺の仕事。マァムは姫さんについててやってくれ」 表には出さなくても、ショックを受けてない筈はないから。 「そうね。そうするわ」 ポップに乗せられる形で何とか気を取り直したマァムは、「ありがとう」と一言言って出て行った。 「さて、と」 再び一人になると、ポップは窓へと目を向けた。驚く程大きく見える真円の月が、ポッカリと浮かんでいる。 「――――ルーラ」 一筋の流星が、満月を横切った。 暫くして、レオナ達の所へポップ不在の知らせが届いた。 「あの子が…?」 フローラが心底不思議そうに呟く。 出会ったのは、つい先刻。接していた時間は30分にも満たない。ただ、それでもあの少女が「逃げる」姿は想像が出来ない。 「大丈夫、です」 「レオナ」 「大丈夫です。ポップ君は」 ポップが中途半端に逃げ出す筈がない。理由がないのだ。自分の時間を残り半年だと区切り、今が幸せだと言った彼女が、どうして、何処へ逃げると言うのか。 「そう。貴女がそう言うのなら、そうでしょうね」 柔らかく言われて、レオナは頷いた。 そんな二人の後ろで、マァムは納得の笑みを浮かべていた。きっとポップはダイを迎えに行ったのだ。 あの二人は旅の最初から、ずっと共にいた。ダイが行ける場所は、ポップも行ける。そしてダイを一番理解しているのもポップだ。 “きっと二人で帰ってくるわ” ―――――神秘の国・テラン。 そこは人の世界において、唯一竜の騎士の伝承を残し、崇めている国。聖地とも言える国だった。 その神殿の前に、ダイはいた。 生まれて初めての大きな挫折。 そして聖母竜に言われた言葉。 「何も、出来なかった…」 バーンに「戦う相手」――――対等な存在とすら認められなかった。そして、あの時盾になったのはポップだった。 一番防御力が薄いのに。 ただ言葉だけで、バーンの動きを止めていた。 あの僅かな時間がハドラーの強襲を間に合わせる事になり、結果として全滅を免れたのだ。 “守られてばかりだ” バーンを倒して、一人前の男だと認めて貰うどころじゃない。その上、逃げ出してしまったとなれば、ポップにとって自分は増々庇護対象でしかなくなるだろう。 勇者として、皆の期待を裏切り、希望を潰した。 男としても、きっとポップを失望させた。 「最低だ」 「何が?」 独り言に返事があって、ダイは思わず振り返った。 満月を背負って立っていたのは、誰より大好きで、けれど今は誰より会いたくない人だった。 「ポップ…なんで…」 「お前がいなくなったって聞いて。デルムリン島には帰れないだろうし、じゃぁ次にお前に取って思い入れが深い、行きそうな場所って言ったら、ここかなって」 お前のことなんて全てお見通しだと言うポップに、ダイは俯いた。 「だったら、何で最低かって事も解ってるんだろ」 そうして、出会ってから初めてポップに対して、少しばかり攻撃的な気分になる。 「――――逃げ出した事か?」 「それだけじゃない」 「バーンに歯が立たなかった事か?」 「ポップだって、呆れただろ!」 ダイは気付いていない。 今の自分の態度が八つ当たりだとは薄々感じているが、それがポップへの甘えである事は。 ポップだけは、何があっても何をしても、自分を見捨てる事はないと言う、絶対の信頼と安心感があるからこその態度だった。 「まぁ、バーンに歯が立たなかったのは、何もお前だけじゃないし」 「けど」 「ダイ」 「父さんなら、少なくとも逃げはしなかったと思う」 明るすぎる月の逆行のせいで、ポップの表情はよく見えない。ただ僅かに肩を竦めたのが解った。 「確かにバランなら、そうだろうな」 無意識に慰めや励ましを期待していたダイは、突き放すかのようにあっさり肯定されて、ショックを受けた。 そんなダイの様子に気付いていない筈はないだろうに、ポップはゆっくりとダイに歩み寄った。 「辛い事や苦しい事、嫌な事」 言いながら、ダイと向かい合う形で地面に膝をつく。 「ポップ?」 「そう言うのから逃げたいってのは、自然な心理だ」 漸くダイにポップの顔が見えるようになる。 声にも纏う空気にもなかったが、その表情にもダイへの失望や侮蔑など微塵も感じられない。 「俺は竜の騎士に関して何もかも知ってる訳じゃないが…多分バランには『逃げる』という選択肢自体が存在しなかったんじゃないかと思ってる」 それはつまり、正当な竜の騎士と人間とのハーフであるダイとの違い。恐らくバランに限らず、戦う事が存在理由の竜の騎士にあってはならないものなのだろう。 推測だけどな、と付け加えられて、ダイはどう反応していいか解らなかった。 ここでポップは地面の上に座り直した。 そして、その横を軽く叩く。 それにダイは僅かに逡巡して、けれど素直にそこに座った。 「心が壊れる前に逃げるのが、悪い事だとは思わない」 「だけど、おれは…っ」 「一人で気負うな」 「え?」 「言ったろ。バーンに力及ばなかったのは、皆同じだ。勇者だからって、何でその敗北の責任をお前一人で負わなきゃならない?なぁ、一緒に背負わせるのに罪悪感を持つ程、俺達は頼りないか?」 「違う!そんなんじゃ」 「うん。それはお前の優しさだよな」 ひどく穏やかな、この夜空のような澄んだ黒い瞳が、柔らかく微笑んでいる。 “優しいのはポップじゃないか” こんな所まで来てくれて。 負けて、逃げた自分を責めもせず。 今までと同じに接してくれる。 「怒りも憎しみも悲しみも」 ダイではなく、月を見上げながら、歌うようにポップが呟く。 「恐怖も孤独も絶望も」 「ポップ?」 「全部、誰にだってある感情だ」 ここでポップはダイに視線を戻した。 「それを弱さだとか、醜い感情だとか言って目を逸らしたり切り捨てたりせず」 先刻までとは違う、静かで澄んだ声がダイの心の琴線を震わせる。力強さなどないのに、深く深く響く。 「お前はもっと、自分を愛してやれ」 「え…?」 「愛して、信じて、許して、受け入れてやれ」 「ポップ…?」 言葉の意味は解る。けれど、何故そんな風に言われるのか理解らない。 「竜の騎士や勇者なんて、そんなものに縛られずにお前自身を」 「!!」 「どんな道を選んでも、お前が胸を張って生きていけるなら、それでいい」 そう言うと、ポップは立ち上がった。再びポップの姿が月光に包まれる。何時かパプニカ城で見た時のような、月に溶け込むかのようなその姿に、ダイの鼓動が高鳴った。 綺麗だと思うのと同時に、言いようのない不安が生まれる。 「俺は戦う」 「……おれ、は」 「厳しい事を言ってるのは、解ってる。だけど…お前がどうするかは、お前が決めろ」 そこでポップは、これ以上はないと言う程に優しい笑みを浮かべた。それは絶対の肯定。どんな道を選んでもいい。ダイがダイとして在るのなら、それでいい、と。 その、滲むような微笑みを残して、ポップはルーラでこの場を後にした。 ルーラの軌跡を見ながら、ダイは拳を握りしめた。 どんな道を選ぶか。 “そんなの、決まってる” ここで本当に逃げてしまったら、自分は自分でなくなる。ポップが言った「胸を張って生きる」事なんて、到底できない。 by 彼方 ――――そんなのは、嫌だ 一人で戻ってきたポップを見て、マァムは「え?」と言う表情になった。 「ダイを迎えに行ったんじゃないの?」 「会いには行ったよ」 「会いにって…」 「無理に連れ戻したって、意味ないだろ」 「そうだけど」 マァムはそれ以上は言わず、口を噤んだ。ポップに悲壮感や不安感が全くなく、穏やかでさえあったから。 “やっぱりこの二人って…” 仲間内でも、特別な理解と絆があるのだろうと思う。それが少し、羨ましいとも思う。 マァムのそんな思いとは逆に、ポップの内心はかなり複雑だった。 “自分を愛してやれ、か。どの面下げて言ってんだかね、俺は” 自嘲しか出てこない。 一番自分を見捨てているくせに。 それでも、今のダイには必要な事だと思ったから。自分で自分を追い詰めて欲しくなかったから。 “俺は――――二人の勇者に救われた” アバンには与えて貰うばかりで、何一つ返せなかった。 だからという訳ではないけれど、ダイには自分の力の及ぶ限りの全てを与えてやりたい。 たとえそれが、自己満足でも、お節介だとしても。 (終) 彼方様から頂いた、素敵SSです! 原作屈指の名シーン、月夜の散歩前後のお話ですねv フローラ様に対して、ちょっぴり複雑な気持ちを抱いている辺りが女の子と感じがひしひしとします! 世界の状況や自分の運命よりも、アバンとフローラについてつい思いを馳せてしまうような様な人間味が感じられるシーンがとても好きなシーンだったりします。 そして、挫折したダイへかける言葉は、親友に対してというよりは弟にでも対するような感じが……って、それってダイにはちょっと気の毒な様な気がっ(笑) しかし、女の子ポップのダイへの全てを許す優しさって、対等な相手への言葉と言うよりは、同じ境遇でありながら年下に対して保護意識を感じている相手への言葉にしか聞こえないんですよね。となると――それって、恋人候補というよりはやっぱり弟感覚っぽい気が。 いや、これはこれでいいシーンなのですが、しかしそれにしてもなんともダイの不憫なことか。彼の奮起を期待したい物です♪
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