『四界の楔 ー決戦準備 少女達編 1ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪












             














暫くして、ダイが戻ってくる。

そしてこの場にいる者達への謝罪と、決意表明。

“やっぱり、背負うんだな。お前は”

でも、きっとそれが「勇者」。年齢は子どもでも「勇者」に相応しい気概が、間違いなく彼にはあった。

「ポップ!」

それが終わると、ダイは真っ先にポップの許へやって来た。

「ダイ」

「ありがとう、ポップ。おれを『見つけて』くれて」

「ああ―――お帰り、ダイ」

「うん、ただ今」

ポップが殆ど癖になっているダイの頭を撫でる事で、迎え入れる。ダイもまた、子ども扱いは嫌だと言ったその行為を、今ばかりは嬉しげにされるがままになっている。

そんな二人の様子を、ダイが立ち直った安堵と喜びと、それでいて羨ましさと妬ましさの入り混じった複雑極まりない感情で、レオナとノヴァは見詰めていた。

仕方がない事だと、頭では解っているのだけれど。

とりあえずの一段落がついてすぐ、その凶報はもたらされた。

いや、一応生きている事が解った部分だけは、朗報と言っていいのか。

鏡を通信手段として、魔王軍から「裏切り者の軍団長・ヒュンケルとクロコダインの処刑」の報せが入ったのだ。

勿論、罠だ。

だがそれが解るからと言って、無視など出来る筈がない。

そこでフローラから一つの提案がなされる。

「ミナカトール?」

マホカトールの上位呪文。伝説級のシロモノだ。

フローラの説明の最後に、五人目の「アバンの使徒」として指名されたのはレオナだった。

輝聖石のペンダントが渡される。

特殊な技法で生成された、あえかなものとは言え聖なる力を持つ石。

だが、それに強硬に反対したのはダイだった。

「女の子だから」

「お姫様なのに」

ダイの言い分は、一応は理解されるものだ。けれど、勿論それにレオナが大人しく従う訳がない。ダイが心から自分を心配してくれているのが解っていても。

「あのね、ダイ君。女の子、女の子って、それじゃマァムやポップ君はどうなるのよ」

「え、いや、それは」

強く言われて、急にタジタジになったダイへ援護が入る。

「そりゃ純粋に戦闘力の差だろ」

バッサリとやられて、レオナが柳眉を寄せる。

「傷付けるのも覚悟で言うけど、姫さんの戦闘力じゃ足手纏い以下だ。ダイも、俺達の誰も、姫さんを守りながら戦う余裕なんて持てない」

「ポップ君!」

余りにも辛辣な言いように、エイミが気色ばむ。

だがそれを当のレオナが制する。

「確かにそれは、否定出来ないわね」

レオナが直接戦闘に参加したのは、あのバラン戦だけだ。それ以降は世界を一つに纏める事と、前線に出る者達のバックアップに専念してきた。当然、自身の戦闘力を鍛える事などしていない。と言うか、そんな時間はなかった。

「それにこういう言い方も姫さんは嫌がるだろうけど、俺達が死ぬのと姫さんが死ぬのとじゃ、訳が違う」

庶民である自分達と、パプニカ王家唯一の正統な王位継承者であるレオナの死は、同一レベルでは語れない。

「そうね。命の価値は同じでも、存在の意味は違うわ」

二人の会話は緊張を孕みながら、異様なほど淡々と進む。

それを周囲の者達は固唾を呑んで見守っている。フローラも口を挟まない。

「―――だけど」

レオナが決して退かないと言う意思を込めて、ポップを見詰める。

二人の美少女が真っ向から対峙している図は、男から見れば眼福である筈だが、正直生半可な男では裸足で逃げ出すような迫力がある。

「だよなぁ」

けれど対するポップは、レオナの気合いを殺ぐようなあっけらかんとした声で答えた。

「ポップ君…?」

拍子抜けしたレオナが、それでもポップに言い包められまいと飄々としている彼女を注意深く見返していると。

「ほんと、人材不足って嫌だね」

レオナの参戦を認める言葉が出てくる。

「ポップ!」

今度はそれに、ダイが反応する。レオナを止めてくれるんじゃなかったのか。

ポップが言ったように、レオナを守りながら戦うなんて不可能だ。

最も怖いのは、咄嗟の場合、自分は戦闘力や戦闘経験など度外視で、レオナよりポップを守る方に体が動く可能性を否定できない事だ。もしそれでレオナを失う事になれば――――後悔なんてものでは済まない。

「ダイ?」

そんなダイの内心を知ってか知らずか、ポップが瞬きする。

「マホカトールなら、ポップだって使えるじゃないか」

「あれは魔法石の媒介があったからだよ」

「でもマホカトールは賢者の呪文だって、レオナも言ってた」

言われてポップは、レオナを見た。それにレオナは微かに苦笑しただけだ。何時そんな事を、と思うがすぐに思い当る。

“死の大地の時だよな”

あれは、あの時の自分にとっては必要な事だったが、今からすればとんでもない失策だったと言わざるを得ない。

マホカトール、メガンテに続いてバシルーラ(言い訳はしたが)。「魔法使い」としては規格外に過ぎる。

「あのな、ダイ」

「ポップ」

「仮に資質があったとしても、今現在俺は賢者じゃない」

「……」

「それにミナカトールを発動させるのに五人が必要だって言うなら、もし俺がミナカトールを修得出来たとして、五人目をどうするつもりだ」

「えーと…ノヴァ、とか?」

いきなり名指しされて、ノヴァが目を丸くする。
全員の視線が自分に向いて、ノヴァは仕方なしに口を開いた。

「ボクとしては、ポップの言う事も、ダイの言う事も理解るけど」

それでも、理があるのはポップの方だ。

「最初にポップが言ってたのは、レオナ姫が戦場に出る事の危険性と、その時の覚悟や行動の基盤を自覚させる為のものだろうし」

ノヴァの感覚では、やはり女の子が戦場に出るのは歓迎出来るものではないが、ポップが言う通り「人材不足」が酷いのだ。将としての教育も受けてきたノヴァからすれば、ダイの意見は感情だけの我儘として映る。

「それに単純な戦闘力で言えば、ボクが上だけど…求められてるのはそういうものじゃないんだろうし」

正直、これ以上言葉を重ねるのは微妙に情けない気持ちになるのだが。

「ボクじゃ駄目な理由があるって事」

軽く肩を竦めてみせる。

それでもどこか不服そうなダイの頭を、ポップがポンポンと柔らかく叩いて撫でる。それで漸く渋々ながらダイは引き下がった。

何とか場が収まって、ノヴァはホッとした。

“ボクだって、行けるものなら行きたいさ”

ダイには力及ばずとも「勇者」と呼ばれていた矜持。

そして、何よりも。

――――心惹かれる少女。

同じ室内にいるのに、その距離は果てしなく遠い。

何やら次の段階に移った話し合いを見ながら、溜息を吐きたいのを懸命に耐える。

そうして準備の為に、一旦解散となったらしい。

“え?”

部屋を出て行く面々の中で、ポップがその流れから外れてノヴァへと向かってくる。

「どうかした?」

「とばっちり喰らわせて悪かったな。けど、助かった。有難う」

「あ、いや…別に」

まさか礼を言われるとは思っていなかったノヴァは、しどろもどろに返した。それに意外ではあったが、嬉しい事に違いはない。ちゃんと自分を見て、気遣ってくれたのだから。

“誰にでもそうだとしても”

そう言う気配りが出来る人間で、自分の見る目は確かなんだと思える。

「ノヴァ?」

あまり反応しないノヴァを不思議に思ったのか、ポップが小首を傾げて覗き込んでくる。

「や、何でもないよ」

「そうか?」

「うん。準備があるんだろ」

「ポップ!」

「ぅ、わ!?」

そんな二人の会話に、急にダイが割り込んでくる。
いきなり腕を引っ張られたポップがバランスを崩したのを、逆の手をノヴァが掴んで倒れるのを防ぐ。

「ダイ!」

暴挙と言えるダイの行動に、ポップが非難の声を上げる。実際、全く予想外だった上に結構強い力だった為、ノヴァが支えてくれなければ間違いなく後ろへ倒れていただろう。

「だって、もう皆行っちゃったよ」

「だからってなぁ…」

ポップが深い溜息を吐く。

そもそも自分は行くつもりもないのだ。「神」と縁の深い場所になど近付きたくもない。

「ちょっとポップ、何やってるの。早く行かないと」

そこへ一度部屋を出たマァムが戻ってきて、時間に余裕はないんだからとポップを急かす。

「は?俺は行く気は」

「せっかくなんだから女の子全員で行こうって言ったじゃない」

「いや、だから」

「ほら、早く」

殆どマァムに引きずられる形で、ポップは部屋を出て行った。

“えーと…”

何を言えばいいのか。

ポップに取り残される形になって困っているのは、会話に割り込んできたダイではなく、寧ろノヴァの方だった。

こう見えても宮廷育ちのノヴァからすれば、ダイの行動は今まで経験した事のないものだけに、その困惑は大きい。

が、ノヴァとは真逆に野生児のダイは、ポップさえ関わっていなければ実にあっさりとしたものだった。

「ノヴァはこれから時間ある?」

「まぁ、特に予定はない、けど」

「なら特訓に付き合って欲しい」

「それは構わないよ」

と言うか、必要な事だろう。

「うん。女の子達が頑張ってる間、ボーっとしてる訳にはいかないもんね」

“女の子、ね”

ダイの言葉に、ノヴァは何とも言えない気持ちになる。

レオナの参戦を強硬に反対したあたり、彼女に好意を持っているように思えたが、たった今自分達の会話を強引に邪魔した事を考えると、本命はポップなのだろうか。

“うーん”

一人っ子の自分が言うのもなんだが、二人を見ているとどうにも姉弟のイメージが拭えないのだが。

“ボクが口出しする事じゃないけどさ”

自分がポップに好意を持っていても。

何より今の状況で、ダイの心理状態を乱す訳にはいかない。

「じゃ、行こう」

「ああ」

二人の『勇者』は、連れ立って部屋を出た。

                      (続)

 

2に続く
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