『四界の楔 ー決戦準備 少女達編 2ー』 彼方様作


手渡された服を見て、ポップは固まった。

これまでの人生で一度も着た事が無い、そして着たいと思った事も一度もない、薄い布地で作られた、露出度もやたらと高い服。

「……」

「どうしたの?早く着替えないと…先刻から変よ、ポップ」

服を凝視したまま動かないポップに、マァムが声をかける。

「ポップって、普段こんな肌を露出する服は着てないから恥ずかしいのかもだけど、女の子しかいないんだし」

「う…」

その様子を見て、レオナとメルルは顔を見合わせた。

確かに何時ものポップの服は、顔しか出ていない。だから肌を出すのにはかなりの羞恥があるだろうと言うのは、普通の発想だ。勿論それもあるだろうが、ポップが肌を出さない本当の理由は別にある。

こう言う『特別な服』を着て行くとは知らなかったとはいえ、ポップをメンバーに加えた事をレオナは悔やんだ。

しかし、今から外すのも不自然だ。

「…ポップ君」

そのレオナの何処か申し訳なさそうな声音と、心配そうなメルルの視線を受け、ポップは小さく苦笑した。

“過保護?”

実際、こんな服は着たくないし、破邪の洞窟にも行きたくない。けれど変に気遣われるのも、何だかおかしな気分だ。

「必要な事、だもんな」

そんなポップを見て、レオナは「あ、また」と思う。大抵の事は苦笑と溜息で呑み込んでしまう、彼女。この寛大さは、自分を諦めているからこそのものなのか。

少女達の微妙な温度差を感じた取ったのか、フローラが“しるし”の説明の補足を始める。

「魂の色、ですか」

「ええ、そうよ」

そうして試しに、とやってみた結果。

レオナが白く、マァムが赤く光った。

文献の内容、これまでの行動や性格からするに、レオナのそれが正義でマァムが慈愛なのだろうとされた。

「ポップは?」

「あー…」

だがポップの“しるし”は仄かな光さえも灯さなかった。

「どうして…?」

「ポップ君」

「―――ポップさん」

魂の力、という意味ではポップが一番光ってもおかしくないのではないか、という思いが三人それぞれにある。

それ故の驚愕と、そして心配だったのだが。

“仕方ない、か…?”

ポップ本人には、何処か諦念があった。いや、納得と言った方が近いだろうか。

自分を見捨てているような人間に「魂の力」なんて御大層なものがあるとは、とても思えないからだ。

“でも…”

表に出した事はなかったつもりだが、自分のこんな心情も、アバンは見抜いていた筈。その上で「仮」がつくとは言え卒業の証として“しるし”を渡してくれたのなら、きっと意味がある。

無表情ではないが、感情の読めない白々とした表情のまま輝聖石を見つめて立ち尽くしているポップに、誰も声をかけられない。

そんな中、動いたのはやはりフローラだ。

「ポップ」

落ち着いた声に、ポップはゆっくりと顔を上げた。

「言いましたね。貴女達の道程を、アバンは誇りに思っている筈だ、と」

「はい」

「アバンの人を見る目は確かです。アバンを信じるなら、アバンに選ばれた事を、そしてここまで戦ってきた事実を―――貴女自身を信じなさい」

「あ…」

それは昨夜、自分がダイに言った事と酷似していた。

“ああ、もう。本当に”

多分、アバンとフローラは本質的に似ているのだ。

アバンは言葉で直接言う事こそなかったが、態度で、行動で、示し続けていた。

ダイに言った言葉の数々は、そうやってアバンから受け取った物を明確な形にしたものだ。

どんなものを背負っていても、「自分」が「自分」である事を失くすなと。人として生きる事を諦める必要はないと言う事を。

“ほんっと、敵わないよな”

ただそれは、アバンの教えの中でポップが唯一、実践出来ていないものでもあった。

「努力、します」

まさかそれが、ここに来てこれ程大きな問題になるとは。

「ポップ君」

「ま、とりあえず今は、ミナカトールの契約が先だろ」

「え、ええ」

「ポップ。この件に関しては遠慮はなしですからね」

「はい」

初対面時のマァムの言葉を受けてだろうフローラの指摘に、素直に頷く。ただ、何をどうすればいいのかはサッパリなのだが。






破邪の洞窟へはいる際、フローラが用意してた松明の説明をする。

「あ、」

「ポップ?」

「これじゃ駄目ですか?」

ポゥ、とレミーラの光球を作り出す。松明と同じ時間保つだけの魔法力が込められているものだ。

「あら。じゃぁ、そっちの方がいいわね」

洞窟の中なら酸素を消費する松明より、安全性の面も含めてレミーラの方がいい。また、全員の両手が空くのも強みになる。

「では行きましょうか」

フローラが言い、少女達が続く。

だがしかし。

中に入ってすぐに、フワリヒラリとした服が動きにくいと、マァムがいきなり裾を破りたくし上げたのだ。

「マァム…」

「だって動きにくいんだもの」

今にも溜息を吐きそうなポップに、ロモスでの事を思い出してかマァムがやや拗ねたように言い返す。

「確かに武闘家にとって、動きやすさって大事なんだろうけどさ」

しかし、あのフェミニズムの塊りのようなアバンに教えを受けて、どうしてこうなるのか。しかも『僧侶』と言う慎み深さが求められる職業で。

“戦士の血の方が濃いのかね”

元々マァムの魔法の資質はあまり高くないし、今の職業は武闘家。

“にしても、な”

女としての感覚が相当ズレているのだろう自分がこう思ってしまう事自体、マァムもズレているのかも知れない。

そんな自分があれこれ言うのもなんだが。

「とにかく…男の前ではやめとけよ」

「―――解ったわ」

マトリフに言われた事ではないが、自分達の周りにいる男達はいわゆる「紳士」的な男なのだろう。この緊迫した状況のせいもあるとは思う。だからこそ、この戦いの後が心配なのだ。

少々乱暴な所もあるが、マァムは外見も中身も魅力的は少女だ。こんな行動を当然のようにやって、変な男に引っかかって欲しくない。






そして。

宝箱から出てきたのは、平凡な「ひのきの棒」。

「……レオナ」

今度はマァムが溜息混じりの声を出す。

「た、宝箱があったら、開けないと勿体なくない?」

王女とは思えない倹約精神と言うか、節約精神と言うか、だが。一番割を食っているのは、ポップだった。

「姫さん。言っちゃなんだけど、時間と魔法力の無駄」

「でも、もしかしたら何か良い物が入ってるかもしれないでしょ」

「俺の経験上、こんな浅い階層で貴重な物が入ってる可能性はほぼゼロだ」

その後ろで、マァムとメルルがこれまでの「成果」を確認する。それはとても「宝」と言えるような物ではなく、無駄と言われても仕方ないレベルだった。

「インパスって、そう魔法力を使うもんじゃないけどさ」 by 彼方
13:45それでも出てくる物が「あんなの」ばかりでは、実際の労力以上に疲れるのだ。

「だったら最初からそう言ってくれれば」

「姫さんがそれで納得すればな」

「解ったわよ。もう開けないわよ。さっさと進めばいいんでしょ」

ポップが言っている事は間違ってはいないのだが、流石にレオナがむくれる。確かに自分の性格上、一個も開けずにはいられなかっただろうけれど。

“あらあら”

そんな少女達の小さな諍いを、フローラは微笑ましく、ほんの少し羨ましく思いながら見ていた。

王族として生まれた者が、本来なら望んでも得られない「対等な友人関係」がそこにあった。それはこの非常事態があってこそだろうが、似たような状況だった15年前、自分がついぞ得られなかったものだった。

“良い友人を得たわね、レオナ”

勿論、彼女達の性格による部分も大きいに違いない。

戦後になっても、彼女達のこの気のおけない関係が続いてくれればいい。

一方、不機嫌なまま、レオナはズンズンと歩いて行く。

その後ろをポップとマァムが苦笑交じりについて行く。

そこへ、メルルが遠慮がちに声をかけてきた。

「あ、あの…そちらは」

「メルル?」

これにいち早く反応したのはポップで、メルルが先を続けようとするが残念ながらやや遅かった。

ビシリ、と嫌な音がして、かなりの広範囲で床が抜けた。

だが、多くの大小様々な石の欠片と共に落下したにも関わらず、誰も掠り傷一つ負わなかった。

「あっぶな」

五人を軟着陸させただけでなく、無数の落石の落下スピードさえ操ったのはポップのトベルーラだった。対象物に触れる事なく、空間全体に力場を発生させたのだ。

「助かったわ。有難う、ポップ君」

ほんの数分前の不機嫌さなど微塵も感じさせず、レオナが素直に礼を言う。

「ここじゃ派手な攻撃魔法は使えないからな」

こう言う時の為にいるんだろ、と笑うポップに、レオナもクスリと笑う。敵以外の不測の事態に最も対応力があるのが、ポップの魔法なのは間違いない。

「すみません。私がもう少し早く言っていれば」

それこそ、自分はその為にいるようなものなのに、とメルルが頭を下げる。

「いや、十分だったぜ」

大人しく、普段余り自分から話しかける事のないメルルが、こう言う時に声を発するなら、それだけで何かあると判断するに十分。

言葉と共に肩を叩かれて、メルルはほんのり頬を染めた。

“本当に、この人は…”

人の気を引き立てるのが上手い。

ちょっとした事でも、拾ってくれる。特に自分のように、余り自信を持てない者には効果は絶大だ。






そんなすったもんだがありつつも、着実に地下へ進んでいく。

しかし途中で、レミーラの光が明滅を始めた。

「あ…」

「ポップ。これは時間と言う事かしら」

「後五分もないですね」

「では、もう戻らなければ」

時間が足りなくなると言うフローラに、レオナが待ったをかける。

奇跡を、と。

その力強い言葉に、フローラは自分の目に狂いがなかった事を確信した。

だがそれとは別に、僅かな罪悪感もない訳ではない。

ここにいるのは、全員10代半ばの少女。

ダイに至ってはまだ12だ。

そんな子どもを最前線へ送り出すしかない、大人としての不甲斐なさ。アバン達も当時は10代だったが、前回と今回で決定的に違うのは、これが「2回目」だと言う事だ。

ハドラーの侵攻は、今回のように全世界規模ではなかった。

だが、どうして自分達は次代を育てる事を怠ったのか。どうして再びの魔族による侵略の可能性を考えなかったのか。

前回の戦争に深く関わった者の中で、次代の育成に力を注いだのはアバンだけだった。

その結果がこの、少数精鋭と言うのも憚られる程の戦力の少なさだ。

中でもポップはマトリフに、マァムはブロキーナにも師事したと言う。

その二人もまた、前回最前線に立った者だが、彼らは当時から既に老人の域にあった。

それを考えれば、自分達世代の責任はとてつもなく大きい。

“謝って済む問題ではないわ”

だから、せめて最大のバックアップを。






目指す場所は、もうすぐだった。

                    (続)












     

 

3に続く
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