『四界の楔 ー決戦準備 少女達編 5ー』 彼方様作


ポップの真っ直ぐな視線に、今までとは違う意味で場が静まる。

「言ったろ。俺は幸せだって」

「でも…!」

マァムの声には涙が滲んでいる。

ポップが辛いだろうと言うのは、勿論ある。けれど、自分達がポップに会えなくなるのも辛いのだ。そしてその思いは、ポップが最も懸念していた事だ。

「うん。――――矛盾してる、とは思う」

「矛盾、ですか?」

「皆と会えたのは、目的の為に先生に弟子入りした延長線上での事だ。でも、じゃぁ俺は、楔じゃなかったとしても、同じ行動してたかなって」

「それは…」

「結局、楔だから皆に会えて、今の幸せがあるんだ」

ポップは一度深呼吸して、先を続けた。

「幸せ、なんだよ」

負け惜しみでも、方便でもなく、これは本当に心から。

声が震える。

「幸せだから…っ、辛い」

確実に終わりが見えている時間。ずっと「ここ」にいたい。得難い仲間達と共に歩んでいきたい。

幸せに生きてやると言い切った、あの日。

こんな思いをする事になるなんて、考えてもいなかった。

望んで得た幸せは、決して叶えられない願いも共に連れてきた。

「ポップさん…」

最も早くポップの秘密の一端に触れていたメルルが、あの時と同じようにそっとその手を握る。少なくとも『今はまだ』貴女は独りではないと、教えるように。

レオナはほんの刹那唇を噛み、意を決して口を開いた。

「酷な事を尋くけど…今でも『間違い』だって思ってる?」

自分は「可哀想」ではないと言い切って、なのに自分がいなくなる事で周りの人間が傷つく事は過剰な程に気にしている。

その「間違い」が何なのか、マァムとフローラには解らない。

だがここで話の腰を折るのも憚られた。きっと後でポップ本人か、レオナが説明してくれるだろうと、今は口を挟まずにいる。

そうしてレオナの問いに、ポップは静かに首を振った。

それに、僅かにだがレオナとメルルの表情が明るくなった。

「やっぱり皆に悪い事をしたな、とは思うけど。それは結局、俺の気持ちの問題で…皆が俺を必要だって、大切だって思ってくれているなら『間違い』なんていうのは、俺の傲慢にしか過ぎない」

ポップは緩く微笑んで、言葉を綴っていく。

「――――この生き方を選んだのは、生きたかったからだ」

重ねられた単語を不思議に思うが、誰も口を挟まない。

「今までの7人みたいに、引きこもって何もせず、ただ『その時』が来るまで日々の流れを見送るだけの、生き腐れるような人生だけは嫌だった」

何も残らない。

何も変わらない。

それだけは嫌だった。

だから、どんなに微々たるものでもいい。「神」の中に自分と言う存在を、それこそ楔として打ち込みたかった。

「そして先生に会って弟子入りして、その先でダイに会えて、皆にも会えた」

黙って自分の話を聞いてくれている4人に、深々と頭を下げる。

「有難う。俺を幸せにしてくれて」

メルルの、ポップの手を握る力が強くなる。

マァムは口元を手で覆い、泣きそうになるのを耐えている。

「そんな、の…ポップ君が頑張って来たからじゃない!ポップ君が嫌な奴だったら、こんなに気にしちゃいないわよ!」

レオナも泣きそうになりながら、そう言い切る。

「それでも―――『今』を失うのが辛いと思える程、幸せになれたのは、皆がいたからだ」

今までの7人には、こんな葛藤すらなかっただろう。

少女達を見ながら、フローラは心の中で深い溜息を吐いた。

“アバン…あなたは何て事をしてしまったの”

ポップはアバンには全てを話したと言った。

こんなものを背負い、絶望を抱えながら壮絶な覚悟をして生きてきた少女に、守る為とは言えその目の前で命を落とし、更なる痛みと絶望を与えて遺して逝くなんて。

“それでも…”

ポップにはアバンへの負の感情は、一切ないらしいのだ。

何て強い子だろう。

「それに俺が死ぬまで、それでも天界の連中が何一つ変わらなかったら、今度こそヴェルザーは天界に打って出るって言ってたし」

ならば、自分のした事は全くの無駄にはならない。

元々ヴェルザーは三柱の神なのだ。精霊の封印も他の魔族に比べれば効き目は弱い。

更にヴェルザーが封印されなければ、バーンはこうまで地上破壊に専念出来なかっただろう。

天界がヴェルザーの来訪(帰還?)を恐れたのは、皮肉な事に堕天したが故にその当時の力をそのまま保持していたからだ。弱体化してしまえば他の魔族に付け入られ、楔の保護という目的に支障をきたすから。――――つまり、力を保つ努力をしていたのだ。

言ってしまえば、今の状況は天界の自己保身が発端なのだ。

なのに、やはり天界は動かない。

「何もしない」と言うそれが、ポップの怒りを増している一因だ。

「ポップ。今を変える…つまり自分を救う方法を捜そうとは思わなかったの?」

魔界の在り方を変える事も、魔法力を鍛えて役目を長く果たす事も、どちらも未来を見据えてのものだ。

彼女程の頭脳があれば、自分を救う方法を捜す事も不可能ではなかった筈だ。

「無理です。俺はもう、生まれてしまっているから」

「どういう事…?」

「なんて言うのかな…楔の存在って、ランプの油みたいなもんなんですよ」

眠りの間、神はその分の力を蓄える事が出来る。

その蓄えた力が底をつき、自らの力のみではバランスを保つ余裕がなくなる直前に楔が生まれ、その楔が眠りにつけば、またその分の力を蓄える。その繰り返し。

「だから、俺が役目から逃れる術はありません」

どれ程嫌でも、納得出来なくても、四界全てと自分一人を天秤にかける事など出来ない。かけたとしても、四界が消えれば、結局自分も自分の大切なものも消える。

ランプの灯を消してはならないのだ。

フローラは、今度こそ実際に溜息を吐いた。

恐らくポップは、今までの7人の思いも抱いてい

る。

「生き腐れたくない」と言った彼女は、そういう生き方しか出来なかった7人の絶望を知っている。そしてそれは恐らく彼女自身の絶望でもある。

けれどだからこそ、彼女は今の生き方を選んだ。

そして、その行動の果てに「幸せになれた」と微笑う。

ただそれは同時に、勇者一行の魔法使いとしてバーンに挑むと言う、楔とは別の意味で世界の行末を背負う事にもなった。

楔として。

魔法使いとして。

二重に世界の命運を背負う。

一人の人間が持てる重さを、完全にオーバーしている筈なのに。

よく潰れずにいられるものだ。

泣けばいいのに、と思う。「辛い」のなら、泣けばいいのに、と。

涙には感情を浄化する効果がある。そして泣いてくれれば、まだ言葉のかけようもあるのに。

“いえ、これは勝手な言い分ね”

自分が運命から逃れる術は最初からないと言い切ったポップにどんな言葉をかけようと、それはかける側の自己満足を満たすだけの行為。

それにポップが望んでいるとも思えない。

ポップは自分が思われている事を知っている。

ならば、更に言葉を重ねる事は、ポップの「辛さ」を上乗せするだけになりかねない。

“自然体が一番、なのでしょうね”

きっと、3人もそうだろう。

「ポップ」

「はい?」

「貴女は『勇者の魔法使い』。それで、いいのね?」

ポップは一瞬、虚を衝かれたように目を丸くしたが、すぐに頷いた。

「貴女達も、それで?」

「ええ。フローラ様」

ポップの感情もそうだが、やはり公にしていい話ではない。

ここでフローラは一度手を叩いた。

「では、この話はここで終わり。今からは対バーン戦に集中よ」

今ここにいる者達は、全員その為にいる。

バーン・パレスに突入する為に必須のミナカトールを修得したレオナ。

主戦力であるポップとマァム。

神秘の力で、また雑務も引き受け、裏から支えてくれるメルル。

フローラの言葉に全員が頷き合う。

さあ。

ここからが正念場だ。






それから暫くして、砦の入り口に魔族が近付いて来ていると騒然となった。

慌てて外へ出て、その「魔族」を見て彼を知る少女3人は脱力した。

「ロン・ベルク…」

「え?彼が?」

ポツンと呟いたポップに、隣にいたレオナが驚く。

「うん。けど、何でバダックさんが」

中から出てきた主君を始めとする、対バーンの「軍」の中の「花」ともいえる少女達に気付いたバダックが闊達に笑った。

「おお、姫様。ポップ君達も」

ダイやヒュンケルはともかく、これと言った武器を持たないメンバーの新たな武器の制作を頼みに行っていたのだと言う。その途中でダイの剣、鎧の魔槍の修復が加わった、とも。

「…どうやって行ったんだ?」

「いやぁ、ランカークスに行った事のある魔法使いがおってのう。運が良かったわい」

「ああ…」

そう言えばロモスの魔法使いがいたな、と思い出す。あの人、ランカークスに行けたのか。故郷に対して何だが、あんなド田舎に。

このやり取りの間にマァム達がロンのことを周囲に説明し、警戒していた人々が砦の中へ戻って行く。

「全く…仕方のない事とはいえ、余り気分のいいものではないな」

「無礼を謝罪致しますわ、ロン・ベルク。パプニカ王女レオナです。この度はご協力感謝致します」

レオナが優雅に最上級の礼を取る。

それでもロンは尊大な態度のままだが、レオナは気にしない。以前にポップから簡単に為人を聞いていたからだ。

「久しぶりだな、ジャンクの娘。ポップ、と言ったか」

「はい。あの時は挨拶も出来なくて」

「状況が状況だったんだ。気にするな」

話しながら、ロンはポップの気配の変化に気付いた。

あの時感じた聖魔の気配が完全に消えている。と言うか、人間としての気配自体も薄れている。

“本当に、何者だ?”

だが、そんな質問など流石に出来ない。

「新しい武器について説明してやる」

そう言うと、ロンはさっさと歩きだした。

流石にレオナが瞠目するが、ポップが苦笑と共に軽く肩を竦めたのを見て、仕方がないと言う風に小さく息を吐いて、踵を返した。

そして数歩先を行くポップの、頼りない程細い背中を見る。

この背に、地上と他の三界全ての存続がかかっている。

自分が助かる方法は、生まれてきた時点でないのだと言った彼女は、10歳の時からどんな思いで生きてきたのだろう。

引きこもってしまったと言う7人の方が、まだ理解出来る反応だ。

“ポップ君”

辛いと思える事すら幸せだと言ったのは本心だと思うが、彼女のそんな強さは残酷だとも思う。

周囲にも、当人にも。

もうすぐ失われる存在に、一体何が出来るだろう。いや、そんな「特別」など望んでいないだろうけど。祈る事位、許してほしい。

“どうか…”

せめて、あと半年の方で。

皆の力がバーンに届きますように。

                           (終)


 彼方様から頂いた、素敵SSです!  今まで頑なに秘密を守り続け、自分は幸せだと言い張っていたポップが、仲間達にやっと心を開くようになりましたね。その相手がダイでは無く、女の子達という辺り、なんとなく勇者の立場が台無しな気が(笑) むしろ、女の子達の友情強化イベントとなっているような気がしますが、絵面が麗しいので大賛成♪ 惜しむらくは、美少女ポップの破邪の洞窟ドレスをダイやノヴァが見る機会がなかったこと……!

 最大の見せ場を見逃した挙げ句、アバン先生にいいところを全てかっらわれている勇者の今後の活躍を祈っておりますv

 

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