『四界の楔 ー決戦準備 少女達編 4ー』 彼方様作

砦に戻り、何時もの服に着替える。

そうしてやや昂っていた精神を落ち着かせると、ポップは早速切り出した。

「まず最初の説明は、メルルと姫さんには繰り返しになるけど」

「構わないわ」

その基本部分がなければ、それ以上のものを理解出来る筈がないのだから。

あの夜話した事を、一気に説明する。

「ポップ…」

その余りの内容に、初めて聞くマァムが絶句し、フローラもまた流石にかける言葉が見つけられずにいる。

こんな重いものを背負いながら、ダイや仲間達を支えてきたのか、と。

「それから…メルルと姫さんには謝らないといけない」

「え?」

「俺はここまでで二つ嘘を吐いた」

眠りにつき、目覚めた後の事を説明する。

肉体の時間が止まる事と、眠りについていた時間と同じ時間を、そのまま生きる事。

これには四人全員が顔色を失くした。

それは一体、どんな孤独だろう。

「で、『楔』が必要な本当の理由」

だがポップは、相手の許容量や理解や納得を待たずに先を続ける。この短い時間でも、決心が鈍らないように。

反応が早かったのはレオナだ。

「それは先刻言っていた事かしら」

「ああ。楔の力が使われるのは、綻びを修復する為じゃない。四界のバランスを保つ為。――――本来、その役を担う神の力の衰退を補う為、だ」

ポップの激昂の理由がよく解る。

こんな運命を強いておきながら、労いどころか申し訳なさの欠片もなく、ああも上から言われては。

「成程ね」

「姫さん?」

「あの時、ポップ君『俺達みたいなのを作らない』って言ったでしょ。不思議だったのよ。竜の騎士と同じく、そんな存在を作れるとしたら神々位しかいない。なのに、人一人の力で出来る事なら、どうして神はそれをしないのかしらって。…逆だった訳ね」

「あ…」

たった一言。

ポップ本人でさえ気にも留めなかった単語から、レオナはそこまで考えていたのか。その思考力の高さは感嘆に値する。

「でも、どうしてそんな事を?」

マァムが素朴な疑問を口にする。

前者は自分の運命の重さを少しでも軽減して見せる事で、聞く者の心理的負担を減らす効果もあるだろうが、後者で嘘を吐く理由が思い当たらない。

「大魔王と戦ってんのに、『神』までこんなんだって知らせるのも、どうかと思ったんだよ」

さして信心深くない人間だって、最後の最期には神に祈ったりするもんだし。

拠り所を奪うんじゃないか、と考えていた。

これが一番刺さったのはテラン出身のメルルで、真っ向から否定したのは、やはりレオナだった。 by 彼方
11:57「確かに、ちょっとは驚いたけど。でもね、元々神様なんて、直接的に何かしてくれるような存在じゃないわ。ミナカトールの契約は天界に連なる存在が相手だったけど、あそこまで赴いたのはあたし達自身の意志で、力だわ」

「だよな…ごめん」

余りバカにしてくれるな、と言うレオナに素直に謝る。

結局は、自分を守る為の言い訳だったのだと認めてしまった今となっては、そう言うしかない。

「“ヒメ”って言うのは?」

まさかダイのように「亡国の」と言う訳ではないだろう。王家の血を引く、身分の高い貴族の娘に使われる事も稀にあるが、ポップの実家を見る限り、それも違う筈だ。

「楔の在り方、だ」

その役目も存在も。決して表に出る事のない、秘められし者。

〈姫〉ではなく〈秘女〉。

「…何か、底意地が悪い感じね」

正しく姫であるレオナが呟く。

大抵の女の子が一度は憧れる姫と同じ響きで、名前だけは美しい。けれどその立場は、課せられたものは、余りにも過酷だ。

「では、ポップさんが男として育てられたのは、もしかして…」

メルルがふとランカークスでの一幕を思い出して、問う。

「楔は俺も含めて、全員が女だからな」

その理由も説明する。

何故、楔が女なのか。

ジャンクとスティーヌが、最初からポップを男として育てたのか。

それに付随して、自分達がそれを、何時どうやって知ったのか。

以前と同じように、感情を挟まず淡々と話す様が返って痛々しく感じられる、と思うのは彼女に失礼だろうか。

「それは…アバンは知っていて?」

「弟子入りする時に、全部」

そこでフローラは少し考え、次の質問をした。

「楔に必要な力は、魔法力と生命力。今の貴女の魔法力は世界トップレベルと言っていい筈。そして眠りの時間が個々で違うと言うなら、貴女はどれ位の期間を眠る事になるのかしら」

「それは―――まだハッキリとは」

なるべく長くなればいい、とは思っている。

ここでポップは、自身の本当の目的を話した。

全ては神に挑戦状を叩きつけ、楔のシステムを終了させる為。勿論これが何事もなく成功するなんて思っていない。例えヴェルザーと言う後ろ盾があるにしろ、失敗する可能性の方が高いだろう。

「ヴェルザーって、確か」

ダイの出生の説明を受けた時に聞いた名。

かつて地上へ侵攻しようとして、バランと精霊によって石化封印された存在の筈。

そんな者が何故ポップに、いや「楔」に協力するのか。

「――――あれこそが、堕天した元・竜の神。俺達に楔の事を伝えに来たのは、その眷属だ」

「ど、どういう事?」

「15年前。ヴェルザーは地上を攻撃しようとした訳じゃない。天界へ行く為には地上を経由しなきゃいけないってだけだ」

ヴェルザー達が堕天したのは、楔達を守護する為。

魔界に居を構えたのは、流石に地上に住むのは無理があった為。

そして天界に行こうとしたのは、8人目であるポップが生まれ、何時まで今の状況を続けるのかと物申す為。

精霊の封印が効いたのは、魔界にいた時間が余りに永く、魔の影響を大きく受けていた為。

また天界に近すぎるが故に、精霊は神に逆らうと言う思考を持たない為。

「ちょっと。それじゃバランの戦いって!」

レオナが愕然と叫ぶ。

「ああ。必要なかった。いいように天界の連中に利用されただけだ」

「そんな…」

「流石に、こればっかりはダイには言えないよな、て」

「そう、ね」

誕生の経緯。父子の業と確執。そしてバランの最期。

ダイの心情を考えれば、とても話せる内容ではない。そしてあの夜、ポップがダイにだけは話さないと言った理由には、きっとこの事も含まれているに違いない。

「後は…俺の賢者の資質について、か?」

話の内容を確認するようにポップが呟く。

レオナが軽く頷くのを見て、続きを話す。

「結論から言うと、資質はある。先生にも師匠にも、そう言われた」

「じゃぁ、どうして?」

自分より遥かに魔法に対する資質の高いポップが回復魔法を使えれば、今までの戦いはぐっと楽になっていた筈だ。ポップにその程度の判断が出来ない筈がない。

責めている響きはないが、何処かしら不満が滲む声。

マァムにしてみれば、これまでの怪我人への思いもあるのだろう。

それに対して、ポップは小さく苦笑した。

「魔法力が一番上がるのは、魔法使い。そして時間が限られている以上、効率よく魔法力を上げる為には、賢者より魔法使いの方が適していたからな」

言われて、たった今説明されたポップの真の目的を思い出し、マァムは俯いてしまった。
どうしてこう自分は近視眼的なんだと、自己嫌悪する。

ポップもマァムの気持ちが解らない訳ではないが、流石にここは「自分が」フォローする場面ではないだろうと、先を続ける。

「まぁ…契約はしてるから、何かきっかけがあれば使えるようになるとは思う」

「きっかけ?」

「師匠が言うには、俺が回復魔法を使わざるを得ない所まで追い詰められれば、て事だけど」

「それって、相当厳しいって事よね」

「まぁ、俺がこんなだからさ」

それこそ開き直ったのだろう。

ポップは苦笑と共に、小さく肩を竦めて見せた。

何しろ今までの戦いだって、どれもこれもギリギリだった。つい先日のバーン戦など、その最たるものだろう。それでも発動しなかったのだから、このハードルはかなり高い。

その根底にあるのは、ポップの「神」への怒りと嫌悪。

“これは、あたし達がどうこう言えるような事じゃないわよね”

神に強いられた運命故に「僧侶」の呪文が使えない。

“それでもダイ君の為なら、そのストッパーを振り切れるのね”

マホカトールも、メガンテも、バシルーラも。

“なら、彼女が回復魔法を使えるようになるには、ダイ君が危なくなる必要があるって事?”

恋愛云々はさておき、ポップにとって最も心を揺さぶる存在がダイなのは間違いない。

とはいえ、これはただのレオナの想像にすぎない。

話しぶりからするに、ポップ自身その辺りは正確に把握していないようなのだから。

「他に何かあるか?」

話せる事は全部話す、と言うポップに、メルルが恐る恐る尋く。

「バーンの目的が地上を破壊する事でも…ポップさんに新たに負担がかかる事はありませんか?」

それはレオナも尋きたかった事だ。

マァムとフローラもずっとポップから視線を外さずにいる。

「あー、うん。確かに管轄は移動したけど…負担って言うか」

「管轄?」

マァムが鸚鵡返しする。

戦う者と護る者。その差は歴然だ。けれど管轄とは一体どういう意味なのか。

「バーンの目的が地上の侵略じゃなく、破壊だからさ」

パワーバランスを保つ為にいるのが竜の騎士。

楔は、四界そのものの安定の為にいる。

「それで、半年の期限は有効なの?」

レオナがズバリ切り込む。

「一応な。ただ―――場合によっては、次のバーン戦の最中になる」

知らず、全員が息を呑む音がした。

それが解っていて、どうして彼女はこうまで平然としているのか。

それが「覚悟」なのか。

「何か、条件があるのね」

年の甲と言うべきか、レオナですら絶句している中、フローラが口を開く。ポップはコクリと頷き、困ったように微笑った。

「条件はヴェルザーの許可が下りる事、です」

「何の許可かしら」

「すみません。これに関しては、俺の独断では話せないんです」

「そう?」

「信用出来ないとは思いますけど…この許可が出るのは、現戦力ではバーンに勝てない事が確実に解った時だとだけ」

これを聞いて、レオナはテーブルの下で両手を合わせ、握り締めた。

メルルの質問には言葉を濁していたが、純粋な戦闘で勝てなければ、ただでさえ短い己の「人としての」時間を全て差し出し、ポップが一手に引き受けると言う事だ。

レオナを始め、四人の表情を見て、ポップはまた苦笑した。

「あのさ。あんま悲壮な顔しないでくれないか?」

いっそ、明るいとさえいえる声で言い切る。

「俺は『可哀想』なんかじゃないんだからさ」

                         (続)

 

5に続く
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