『四界の楔 ー決戦準備 男達編ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪












             










それぞれに新しい武器が渡され、簡単な説明を受ける。

余りやる気などなさそうに見える態度に反して、態々説明書までつけてくれるあたり、表面上よりずっと心を砕いているのが解る。

自分が作った武器に対する自信と愛着、そしてそれを最大限に活かして欲しい、と言う思い。

「俺にも?」

ポップが不思議そうに目をパチクリさせるのを見て、ロンは珍しく苦笑した。

「オレはお前の魔法の腕は詳しく知らんが、丸腰よりはいいだろう」

「はぁ…有難うございます」

包みを開けると、漆黒の杖が現れた。

「ブラック・ロッド」

「基本は理力の杖と同じだ。後はお前の使い方次第だ」

ポップは共に渡された説明書を見て、近接戦闘にも対応可能な事を理解した。

“ってもな”

寧ろそれは避けなければならない戦況だ。

自慢ではないが、体術に関しては才能の欠片もない事を自覚している。

アバンの教えのおかげで一般の魔法使いよりはマシだが、それだけだ。とても実戦レベルとは言えない。トベルーラと言う機動力を得てから、少しは使えるようになった、と言う程度だ。

「んじゃ、俺はこれをダイに渡してくるよ」

修復されたダイの剣を両手で抱き抱える。片手でも持てない事はないが、下手に持つと肘や手首を痛めそうだった。

「ポップ」

部屋を出ようとしたポップに、マァムが思わずと言う風に声をかける。

「ん?」

普通の顔で振り向いたポップを見て、マァムは慌てて言葉を継ぎ足した。

「落とさないように、気をつけて…ね」

「そこまで非力じゃないさ」

マァムの注意に苦笑しながら、ポップは部屋を後にした。

だからポップは知らない。その後、鎧の魔槍―――ヒュンケルの武器を巡って、一悶着があった事を。







ポップがダイとノヴァの姿を見付けた時、二人は丁度休憩中らしく切り株と石に座っていた。

「ダイ、ノヴァ」

「ポップ!」

「大丈夫だった?」

声をかけると、二人はそれぞれに駆け寄ってきた。

「ミナカトールは?」

「ちゃんと姫さんが修得したよ。全員、怪我も無し」

「そっか、良かったぁ」

「何か重そうだけど、それは?」

ダイとノヴァが競うようにポップに話しかける。それに少々面喰いながら、何時も通りに対応する。

「お前のだよ、ダイ」

包みから出して、修復が済んだ剣を手渡す。

「何時の間に」

「ああ、つい先刻な。気付かなかったか?」

ここまではあの喧噪も届かなかったのか。と簡単に説明する。

「そうだったんだ。てか、ポップ。手、大丈夫?」

自分にとっては振るうのにちょうどいい重さだが、ポップには結構重かった筈だ。現に彼女は今、手をパタパタと振っている。

「マァムにも言われたけど、俺ってそこまで非力に見えるのか」

確かに他のメンバーに比べれば、と思うが、ポップに言わせればお前らの力が化け物クラスだよ、なのだ。

「だってポップ。体力とか腕力は普通の女の子じゃん」

―――お前の「普通」の基準は何だ

思わず問い質したい気分になるが、レオナやメルルあたりだろう事は想像に難くない。そもそも「普通」を語れる程、多く「女の子」を知っている訳でもなかろうに。

ああ、そう言えば手櫛で髪を梳いていた時も「普通の女の子っぽい」とか何とか言ってたっけか。

言い返しても不毛な会話になりそうなので、話題を変える事にする。

「ダイ。口開けろ」

「こう?」

言われて、ダイは素直に口を開けた。
自分に対する無条件の信頼、好意に、妙に嬉しいやら気恥ずかしいやら、な気持ちになる。

“ごめんな。それでも俺はお前を置いて行く”

それ以外の道はないから。

「ほら」

ポイッと、腰の飾り紐に括り付けていた布袋から一つ、木の実をダイの口の中に放り込む。

「何、これ」

種を吐きだしてから、甘酸っぱいその実の正体を尋ねる。

「ユスラウメって言ってな。道すがら摘んできた。ほら、ノヴァも」

「あ、ありがとう」

流石にダイにするように、いきなり口に放り込む事はせずに、もう一つの布袋を渡す。

「どうせお前らのことだから、飲み物だって持ってきてないんだろ」

脱水症状なんか起こして倒れたら、シャレにならないと釘を刺す。

「え?でもすぐ傍に川があるし」

「飲める水かどうかの確認は?」

「飲めない川の水ってあるの!?」

心底不思議そうに言われて、ポップは開いた口が塞がらなかった。

“いや、うん。解ってた、解ってたさ。こいつはこういう奴だ。野生児め”

方向は逆なものの、ミスティカが自生する程の泉があるから大丈夫だとは思うが、見た目だけでは判断がつかないのが「水」だ。

ポップは深い深い溜息を無理矢理呑み込んで、ノヴァへ向き直った。

「ノヴァ。こいつがそこら辺の物、ヒョイヒョイ口に入れないように、気を付けて貰ってていいか?」

「ああ、うん。それ位なら」

逆にノヴァには、野生のものを口に入れると言う発想自体がない。

そう言う意味では、ポップも山奥の村出身の人間、と言う事だ。

「酷いや、ポップ!おれ、そこまで見境なしじゃないぞ!」

「ほぉう」

明らかに信用していないその態度に、ダイが憤慨する。

「じいちゃんに色々教えて貰ってたし!」

「―――で。お前はそれを正確に覚えてるのか?」

「う」

ポップの返しに、ダイは見事に詰まった。つまり、そういう事だ。ポップは苦笑混じりの溜息を吐くと更に続けた。

「ま、覚えてても、ここじゃ役に立たないけどな」

「え?」

「気候が違えば、当然育つ植物も違う。ロモスの森でだって、違ってたろ?」

「う、うん」

ダイもそう言えば、と思い出す。
8自分が木の実やキノコに手を出す度、かなり高い確率で、それにはこれこれこういう毒がある、それはもう腐りかけてる、それは逆に食べるには早すぎる、それはこの辺では貴重な小鳥のエサになるからとっといてやれ等々、と手をはたかれた。

「こういうのは知識より経験がものを言うから…そのうち、自然に身につくさ」

僅かばかり落ち込んだダイの頭を、わしゃわしゃと撫でる。

そんなやり取りを見ながら、ノヴァは“やっぱり姉弟に見えるんだよなぁ”と思っていた。

ヒュンケルに対しては、ポップへの想いを自覚もしていないうちから苛立ちを感じたのに、ダイに対しては全くそんな感情が湧いてこない。

「とりあえず、特訓はこれからが本番、だろ?」

「うん」

やはり自分の剣があると、自然と気が引き締まる。そして本当の意味で実戦形式の特訓が出来る。

「じゃ、俺は行くな」

「え?もう行っちゃうの?」

「俺は俺でやる事あんの」

「ダイが特訓するようにって事だよ。引き留めちゃ悪いだろ」

ノヴァがポップを後押しするような形で会話に入ってきた事で、ダイが微かに眉根を寄せる。

「ああ。バーンを相手にするんだ。やれる事は全部やっとかないとな」

二人の特訓を見学していた所で、ポップにとっては何の実りもない。

言いながら、飾り紐の背中側に差していたブラック・ロッドを取り出して見せる。

「とりあえずこいつの扱いに慣れなきゃだし、瞑想もやっときたいし、師匠にもアドバイスを貰いに行きたいし」

次々とやる事を挙げて行くポップに、ダイは増々眉を寄せる。

「あ!じゃぁさ。それの扱いに慣れるのに付き合うよ」

いい事を思いついたと言わんばかりに、明るく告げてくるのにポップは無言でブラック・ロッドを振り下ろした。

ガン!と結構な音がする。

そのまま、ガンガンと立て続けに音が響く。

暫く呆気に取られていたダイは、何度目かに漸く避けた。

「いきなり何するんだよ。ちょっと痛かったぞ」

「お前がバカな事を言うからだ」

「バカな事って」

ダイは左の肩当を軽くさすりながら、不満気にポップを見上げる。

「あのなぁ。俺とお前の物理攻撃力と身体能力の差を考えろ。一歩どころか半歩間違えただけで俺は怪我するし、特訓って意味で言えばお前に取っちゃ時間の無駄だ」

「でも」

「そもそも実戦形式なんて出来るレベルじゃないんだよ」

ポップは膝を折って、ダイと目線を合わせた。

「お前が俺を好きだって言って、少しでも長く一緒にいたいってのは解らないでもないけど、今はそんな時じゃないだろ」

「うん…ごめん」

説得されて不承不承頷いたダイに、ポップはホッとすると同時に不思議に思う。

おかしい。

ダイが少しでも長く自分といたがるのは、今に始まった事ではない。メガンテの後からそれは顕著になったし、自分の感情を自覚したらしい後は、更に加速した。

だが、今は状況が状況だ。

一番近い所では仲間の命。

果てには地上そのものの存続がかかっているのに、自分の感情ばかりを優先させるような性格はしていなかった筈だ。

“まさか…”

自分に楔として独特の感覚があるように、ダイにも竜の騎士として備わった感覚があるのは確かだ。けれどそれは戦闘に関する事に限られると思っていた。

もしそれが違っていたら?

戦いの中に生きる宿命を負うからこそ、身近な者の喪失に敏感なのだとしたら?

「ポップがいなくなる」事を、ダイが無意識レベルで察知しているとしたら?

そこまで考えて、ポップは己の推論にゾッとした。

もしこれが正しければ、自分が消えた時、ダイはより大きく傷付きはしないか。

“本当に…何で俺なんだよ”

レオナの方がずっといい女なのに。

どうしたって「仲間」や「弟」位にしか見れない自分と違って、ちゃんとダイを一人の男として好きだと言うのに。

けれど、打つ手など有る筈もなく。

「すぐ戻ってくるさ。俺はお前の魔法使いなんだから」

「うん」

「ノヴァ。こいつ、考えるより先に体が動くタイプだから、ヤバいと思ったら迷わず避けろ」

「解った」

“避けろって…”

立ち上がりながらのポップの忠告に、微かな違和感を覚えながら頷く。確かに自分とダイの間には歴然とした力の差があるが、ダイもそれは解っている筈だから、そんな事態にはならないのではなかろうか。

この数刻後、ノヴァはポップの忠告の正しさを知る事になる。






ルーラでこの場を後にしたポップを見送って、ダイは一つ溜息を吐いた。

どうしてだろう。

今は昼なのに。

何時かのパプニカで。

昨夜のテランで。

月光の中にいたポップに感じたのと同じ不安を感じた。
綺麗で、儚くて。

自分の手が決して届かない、何処かへ行ってしまいそうな嫌な予感。

“気のせい…だよね”

何処へ行くと言うのだろう。

戦いが終わっても、ポップが自分の魔法使いなのに変わりはない。彼女自身、何度も、たった今もそう言ってくれた。

ここでダイは意識を切り替えた。

今度こそ、負ける訳にはいかないのだから。

                       (続)

 

2に続く
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