『四界の楔 ー決戦準備 男達編 2ー』 彼方様作

薄暗い牢の中、ヒュンケルとクロコダインはその壁に繋がれていた。

そこへミストバーンがやってきて、ヒュンケルに誘いをかけて去って行ったのは少し前の事。

「ヒュンケル、お前」

「言われたからな」

「何?」

「ポップに―――幸せになれ、と」

全ての命は幸せになる為に生まれてくる。罪を犯しても償える。諦めるな、逃げるな、と。

「そうか」

だから、あらゆる可能性に賭けてみたい。

ここでヒュンケルは、微かに苦笑した。

「どうした?」

「いや…場合によっては、1〜2発位殴られるかもしれんと思ってな」

「そうかもしれんな」

クロコダインもまた苦笑する。

冷静だが情が深く、激情家の一面もある。それが直接命に関わる事であれば、一段と顕著になる。

「それでも、決めた以上はやるんだろう」

「ああ」

何もポップのことだけではない。

恐らく彼らは、もう一度バーンに挑む準備をしているだろう。なのに、自分だけが諦める訳にはいかない。まだ戦力になれるのだから。

と、そこへミストバーンとは対極の漆黒の影が現れた。

「キルバーン…!」

「御機嫌よう、お二方」

相変わらずの人を食った態度に、二人は目を眇めた。

一体、何をしに来たのか。

「魔王軍は暇なのか?」

クロコダインが苛立ち混じりに言う。

「まァ、ヒマと言えばヒマだネ」

何しろ、一番の障害になるだろうと思われていたダイ達一行が、全く相手にならなかったのだ。最早、道を阻む物は何もない、とするなら、暇と言っても差し支えないだろう。

「一つ、いい事を教えてあげようかと思ってネ」

「キャハハッ。親切、親切」

ピロロが囃し立てる。ふざけた口調は同じでも、声質が甲高い分、余計に聞く者を苛立たせる。

返事をしない二人を気にする事なく、キルバーンは話し続ける。

「あの魔法使いちゃんを、バーン様がいたく気に入られてネェ」

「珍しいよねぇ。人間なんかをさ」

「珍しいどころか、初めてじゃないカナ」

告げられた言葉は、二人にはとても無視出来ないものだった。

二人の視線が鋭くなったのに気付いて、キルバーンはクツクツと笑った。そうでなければならない。キルバーンとしては、ポップをバーンから護って貰わなければ困るのだから。






ダイ一行とハドラー達を退けた後、定位置の玉座についたバーンに、キルバーンは少々訝しげに声をかけた。

「何だか御機嫌ですネ、バーン様」

彼らの実力に御不満だったのでは?

その問い掛けに、バーンは僅かに口角を上げた。

「お前も聞いたろう。立場の違いを踏まえてとはいえ、余に『正義』があると言う人間がいるなど思いもせなんだ」

「ああ、そう言えば」

平然と答えたキルバーンだが、内心では舌打ちしていた。楔と言う運命の影響もあるだろうが、確かに彼女の思考は一風変わっている。尤もこれまでの楔達の在り方を思えば、彼女自身の資質の方が大きく影響している筈だ。

「そして、バランの肉体に施した護り。一瞬とはいえ、余の魔力を防いでいた。人間としても幼い者が、どうやってあれ程の魔法力を身に付けたのか――――」

勿論、バーンには遥かに及ばないレベルだ。

だがそれは魔族にしても同じ事。バーンに肉薄する力を有しているのは、今は精霊に封じられているヴェルザー位だ。

「加えて、あの度胸。余の結界を看破した洞察力。実に面白い」

ハドラーが現在の超魔生物にレベル・アップを果たした時と同等か、それ以上に上機嫌なバーンに、キルバーンは肩を竦めた。

元々バーンは力ある者を好む。

大魔王が他者を評価する基準は、常に力だ。

そこに種族は関係ない。

まあ、ポップはその基準すらこき下ろしていたが。バーンに真っ向から反対意見をぶつける者など、居なくなって久しい。それもまたバーンの興味を引いているらしい。

“いや、まぁネ。ヴェルザー様に気に入られる位だから、おかしいとまでは言わないケド”

現・冥竜王にしてかつての竜の神が、幾ら楔とはいえ人間相手にプロポーズをぶちかましたのは、確か彼女が魔界の在り方を変える計画を持ち込んで、暫く経った頃だった。

――――眠りから覚めた後、正妃にならないか、と。

当のポップは、楔としてでも数百年の寿命しかないのに、と笑い飛ばしたらしいが。

“ああ、でも、ヴェルザー様の気持ち自体は否定していなかったっけ”

「それで、どうなされるおつもりで?」

そんな事を思い出しつつ、偽りの主に問いかける。

「あれを余の魔力で魔族に変化させれば、魔の女王が誕生するやもしれんぞ」

楽しげに語るバーンに、仮面の下で眉を寄せる。

確かにバーンの力をもってすれば、不可能ではない。だが、バーンの魔力に対応出来ず、死亡する可能性の方が遥かに高いのだ。そしてバーンにとっては、変化出来るか否かが真の評価の分かれ目になるのだろう。

“全く、冗談じゃないヨ”

四界の理を全く信じなかったのだ。ポップが楔だと告げた所で、一笑に付すだけだと容易に想像がつく。

世界全ての存続の為に、ポップの存在は不可欠だと言うのに。

心情的には、とっとと「キル」バーンとしてしての本性を表に出して動きたい位だが、ダイ達の行動如何によっては「チャンス」が巡ってくる可能性がある以上、軽はずみな事は出来ない。

「何故それをオレ達に言う」

警戒も露わな言葉に、ニタリと笑う。

「ボクもあの子は気に入ってるんだヨネ。死なれちゃったら、先の楽しみもなくなっちゃうじゃないカ」

「貴様…!」

ヒュンケルの闘気が膨れ上がる。

戦闘の申し子ともいえる彼なら、ここは僅かでも体力を温存しておくべきだと解りきっているだろうに、それすら忘れてしまうとは。

“オヤオヤ”

その様子に、キルバーンはまた笑った。

“あの時の勇者君と言い、モテモテだネ、うちの秘女は”

真っ直ぐに前を見て、長くはない人としての命を燃やし続ける輝きと、その短命さ故の他者への深い思いのかけ方が他者を魅きつけるのだろう。

勿論キルバーンの言う楽しみと、二人が想像している楽しみは一致しない。

キルバーンのそれは、ポップがヴェルザーのプロポーズを受けるか、受けない場合、どんな生き方をするのかだ。少なくとも、今までの七人のような時間を消費するだけの生き方はしない筈。

“そもそも人間の精神は、何百年も正常でいられるようには出来てない筈なんだヨネ”

けれど、ポップならそれを克服出来るのではないか、という期待。

「そういう訳だから、せいぜいあの子が殺されないように頑張って貰えると有難いって話サ」

「せいぜいガンバレ―♪」

ケタケタと笑うピロロの声が、尾を引きながら消えていく。

その後ろ姿を見送って、ヒュンケルはギリギリと奥歯を噛み締めた。

「落ち着け、ヒュンケル」

「――――ああ」

何とか平静な声が出せたと内心でホッとしながら、クロコダインはヒュンケルを宥めようとする。

普段は感情に乏しく冷静な男だが、その実、かなりの激情家でもある。しかし、これは―――。

「ヒュンケル…お前、まさか」

先刻の発言と言い、今の様子と言い、まさかと言いつつも、それは確信に近かった。

問われた事に、ヒュンケルはス…と視線を逸らした。

つまり、それが答えだ。この態度は、ポップへ真っ直ぐに想いを伝え続けているダイへの罪悪感のせいだろう。

「そうか…」

溜息と共に小さく呟いたクロコダインに、ヒュンケルが視線を戻す。

微かに戸惑いが透けて見えるのは、クロコダインもまたダイの想いを知っているから、非難とまでは行かなかったとしても、諌められる位はされるだろうと考えているからに違いない。

「オレが口を出す事ではないだろう」

「しかし…」

「遅い早いの問題でもない」

大切なのはポップの心で、誰を好きになるかは彼女の自由。

それにクロコダインとしては、ヒュンケルがこういう感情をちゃんと持ち合わせ、後ろ向きにも卑屈にもならずにいられるようになったのは、喜ばしい事だと思う。

しかしクロコダインは、全てではないがポップの事情も知っている。

あの少女が、もうすぐ姿を消す事を。

ダイにしろ、ヒュンケルにしろ、「恋人」としてポップの隣に立つ事はないだろう。それだけの時間は残されていないのだから。

“難しいものだな”

解決策のない問題だ。

ヒュンケルが、何時どういう風にポップに告白するつもりか知らないが、それが彼女の重荷にならなければいいと思う。

そうして、ふと思う。

ダイが太陽なら、彼女は月のようだと。

行動を共にしている時に何度か見かけた、月光の中に佇む姿はとても美しかった。人間の「芸術」など自分に解る訳もないと思うが、あれはきっとそう言うものの類だ。

彼女の本質が月ならば、そう言った感覚的な部分でもダイやヒュンケルが魅かれるのは解る。

ダイは対となる者として。

そして長く闇の中にいたヒュンケルにとっては、明るすぎる光より柔らかい光の方が心地いいのだろう。

その一方で、だが、とも思う。

昼とは違い、月下に一人でいる時のあの静謐は、己の運命を知り、受け入れているからなのではないか、と。

更に言えば、ダイやヒュンケルが魅かれた今のポップを形作ってきたのは、その運命によるものが大きいのは間違いない。

“だが…どうにもならん”

拒否する方法があるかどうかまでは解らない。

しかし、世界そのものの安定を繋ぐ存在と言うのなら、恐らくそんな方法はないだろう。

だからダイにもヒュンケルにも、言える言葉をクロコダインは持たない。

「――――何にしても、バーンを倒してからだ」

「ああ」

それはかつて、ダイも口にした事だった。

牢を後にして一人になったキルバーンは、大きく息を吐いた。

“ホントはミストにも目をつけられたっぽいケド、流石に言えないネェ”

余り挑発が過ぎると、逆効果になりかねない。

“ミストにしてみれば、「至上のバーン様」が「魔法使い」に興味を持ったのが、そりゃ気に入らないんだろうネ”

だがそんな事は、キルバーンにとっては知った事ではない。

ポップだけは何が何でも死守しなければならなのだから、これ以上余計な仕事を増やして欲しくないものだ。

キルバーンは、今度はそれと解る溜息を吐いた。

全ては明日。

あの二人の「処刑」からが正念場だ。

                      (終)


 彼方様から頂いた、素敵SSです!  決戦を前にした男達の葛藤の回ですね。しかし、寸暇を惜しんで必死に特訓中のダイとノヴァの勇者組より、囚われのヒュンケルとクロコダイン組の方がずっと男らしく、好印象を与えているように見えるのは気のせいでしょうか?(笑) ヒュンケルが着々とポップへのフラグを立てているように見えてしまうのは、気のせいであって欲しいなぁと思いつつ、お子様勇者を応援中です!












             

 

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