『四界の楔 ー決戦の朝編 1ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪












             

いよいよ明日、全てを決する戦いが始まる。

“ポップ、遅いなぁ”

言葉通りマトリフの許に行っているのだろうが、ちょっと遅すぎる気がする。まさか向こうに泊って、翌朝に帰ってくるつもりなのだろうか。

“やだな”

―――今生の別れでもあるまいに。

“え?”

ふと頭の中に浮かんだ言葉に、自分で驚く。

確かにマトリフはかなりの老齢だが、何故いきなりこんな不吉な事を思ってしまったのだろう。

そんな思いを断ち切るようなタイミングで、ポップが戻ってきた。だがその出で立ちは、昼とは違っていた。

「お帰り、ポップ」

「ああ、ただ今…って、まさかずっと待ってたのか?」

「だって、あんまり遅いから」

「悪かったな。ほら、入るぞ」

苦笑しながら、自分の頭をポフポフと叩く仕種は何時ものポップだ。こうしてポップ本人を目の前にすると、どうしてあんな不安を感じたのか解らなくなる。

「ね、ポップ。それは?」

ポップに足りない華やかさを演出していたピンク色のケープは、先だってのバーン戦で失われていた。

「師匠がくれた。若い頃手に入れて、そのままだったんだってさ」

「へえ。何か…うん」

「一回も使わなかった、とも言ってたよ」

感想の言いようがないと言う風に言葉に詰まったダイにまた苦笑して、ポップは先を続けた。

「気持ちは解る。どう見たって男性向けじゃないよな」

色彩自体は、ポップが好んでいる緑色。少し透明感のあるそれは、クリスタル・グリーンと言った所か。

ただそのデザインが問題だった。

あのケープの色違いのような感じだ。

「みかわしの服をマント状に仕立て直したって事だけど」

「マトリフさんが?」

「いや、先生が」

まさかあのマトリフが裁縫なんかやるのかと驚いたダイだったが、返ってきた答えに更に驚く。

「なんだかんだ言って、あの人も過保護だよな」

嬉しそうに、何処となく照れ臭そうに微笑うポップに、理不尽とも言える嫉妬の感情が湧いてくる。どうしてポップは、こんなに年上に弱いのだろう。

服からマント風に作り変えられた緑の布地がフワリと揺れる。

「もう少し長ければローブだけど、この長さじゃスカートだからな」

「ポップの膝くらいだもんね」

けれどここ最近では珍しい程上機嫌なポップの気分に水を差すのも気が引けて、話を合わせる。

ただ、それを成したのが自分じゃないのが悔しくて仕方ない。

あのケープよりは少し重い感じだが、それでもポップが動く度、フワリフワリと柔らかく揺れる様子は、少しずつ言動が女性寄りになっている彼女をより少女らしく見せる。

「それで、特訓は上手く行ったか?」

「うん。やれるだけやったよ。ポップは?」

「俺もやり残した事はない、かな」

ヒラリ、とまた緑の裾が揺れる。

何故だろう。

ケープの時には、ただ初めて見るポップの少女らしい服装に、素直に「可愛い」とか「綺麗」とか思っただけなのに。

何故、マントが僅かに揺れる、たったそれだけの事に儚さを感じてしまうのだろう。

「ポップ」

「ん?」

ダイを見下ろす、その表情は、瞳は。

とても穏やかで、優しくて。

それは何時も、当たり前のようにダイに与えられるものだけれど。

そう、なのだけれど。

今、向けられるそれは。

ひどく清々しくて、全てを吹っ切ったような、それは。

まるで「やり残した事はない」と言うより、「思い残す事はない」とでも言っているようで。

「何処にも、行かない…よな?」

「…お前、前にも似たような事、言ってたな」

――――月に溶けちゃうかと

思い出して、ポップは僅かばかり眉を寄せた。

出迎えてくれた時とは全く違う、不安げな様子のダイの頭に手を乗せる。

“多分…”

昼に考えついた推論は、全て正しくはなくとも重なる部分はあるのだろう。過剰な程の心配も、戦闘の事ばかりではないのかも知れない。

「何処に、行くって?」

内心の動揺を悟られないように、尋き返す。

「おれがいけないような場所」

「―――っ」

ヒュ、と息を呑む。

やっぱり、そうなのか。

けれど、知られる訳にはいかない。立ち直ったとはいえ、心の傷が癒えたとは言い難いのだ。これ以上、その精神に打撃を与えたくはない。

“いや…これも言い訳なのかな”

フ、と苦笑のような吐息を漏らす。

「もし、そうだとしたらどうする?」

「え?」

「諦めるのか?」

何だか悪女っぽい言い方だな、等とやや現実逃避染みた事を考えながら尋く。

この言葉に、ダイはこれ以上ない程大きく目を見開いた。

つまりああ言いながらも、ダイはポップが自分から離れるとは、思ってはいなかったのだろう。ただ自分でもよく解らない根拠のない不安を否定して欲しかった、と言う所か。

しかし、次にはムゥ、と太い眉を顰めた。

「ポップ。おれのことバカにしてる?」

「は?」

「そんな、子どもをあしらうような言い方するなよ。おれ、本気なんだから。ポップが何処行ったって、諦めない。ポップが止めたって、諦めてなんかやらない」

「ダイ…」

聞きようによってはストーカー発言だが、ポップとしては全く別の意味で戦慄を覚える言葉だ。

「俺、は…」

先刻までの機嫌の良さが完全に掻き消えてしまったポップを見て、ダイは失敗したかなと思ったが、少しでも自分を「男」として意識して欲しいのだ。

だが、自分を見下ろしているポップの表情を見て、愕然とする。

瞳は今まで見た事がない程に不安定に揺れ、顔色は蒼白になっている。機嫌がどうこう、と言うレベルではない。しかもよく見ると、指先まで震えている。

“どうして…”

そう言えば、パプニカの救護室で好きだと言った時も、ポップはただ動揺していただけだったように思う。

「ポップ…おれがお前を好きなのって、迷惑?」

「え…」

「年下ってだけで、駄目?」

ポップの幼馴染に言われた事が、頭をよぎる。

「年齢」なんて、努力のしようもない事で振られるなんて冗談じゃないと思うけれど、今のポップの姿を見るとトラウマレベルの事でもあったのかと勘繰ってしまう。

「俺は…お前の重荷になりたくないんだよ」

そうして告げられた言葉は、ダイには全く理解出来ないものだった。

そっと頭を撫でる手は、何時もと同じ仕種なのに、何時もよりずっと重さを感じない。まるでダイに触れるのを躊躇っているかのように。

「重荷って何だよ」

それは寧ろ、自分の方ではないか。

基本的に戦いを好まないポップにとって、竜の騎士なんて「戦う宿命」を負った存在と共に在る事は、何時か苦痛になるのではないか。

ずば抜けて頭の良い彼女は、そんな未来を予測して、だから自分の「告白」をスルーし続けてるのではないか。

認めたくはない、けれど心の奥の奥に居座り続けている思い。

だと言うのに、ポップの方が自分の重荷になると言う。

「ポップ…!」

そう言ったっきり黙り込んでしまった彼女の名前を強く呼ぶ。流石にこれはちゃんとした理由を教えて貰わなければ、納得出来ない。

いや、聞いたとしても納得出来るかは、また別の問題だが。

「俺はね、お前が思ってる程大した人間じゃないよ」

「何言って…」

ダイから見たポップは、3歳しか違わないとは思えない程大人で。

信じられない位頭が良くて、何でも知っていて、何でも出来て。

誰にでも優しくて、細々とした気遣いが出来て。

戦闘しか取り柄のない自分とは大違いだと思う。

「かなり依存心強いし、一度寄りかかったら多分もう駄目だ」

「だから大人じゃないと駄目だっていうのか」

「ただ単に年取るだけで『大人』になれる訳じゃないけどな」

何歳になっても、子どもみたいな奴もいるし。

言いながら、何処か哀しげに、寂しい微笑みを浮かべるポップに、ダイは頭の上に乗せられたままの彼女の手をギュッと握り締めた。

「ダイ?」

「じゃあ、おれが先生みたいな大人になれば、ポップはおれを見てくれるのか?」

「先生みたいなって…不可能だろ」

「何で!」

余りにも強烈な否定に、ダイは泣きそうになる。

ポップにとって、そこまでアバンは特別なのか。

今、ポップが纏っているマント。
魔法使いはどうしても、防御力が低い職業だ。アバンが態々、マント風に仕立て直したのも、マトリフの為なのは解る。

ただ、それでも全体的な雰囲気が女性的で、マトリフでなくとも男が着用するのには抵抗がある。

だが、だからと言ってアバンがそこまでしてくれた品を捨てる事は出来ずにずっと保管していた。それが今、二人共通の弟子であるポップに渡った。

不思議な縁を感じるが、問題はそこではない。

ポップがあそこまで上機嫌だったのは、マトリフがあの雑然とした空間からそれを捜してくれた事に加えて、「アバンの手が入っている」事が重要なのに違いない。

「何でって、お前はお前だろ」

「え?」

だがダイの悲壮感とは裏腹に、ポップはケロリと言った。

「お前だけじゃなく、誰だって先生みたいにはなれないよ。誰も、自分以外の誰かにはなれないんだから」

「それは、そう、だけど」

ポップが言っている事は当たり前すぎる程、当たり前の事だが、ダイが言いたい事とは意味が違う。

「そして、なりたい自分にはなれる」

「なりたい自分…」

「お前位の年なら、まだそう言うのが固まっていなくてもおかしくないさ」

握られた手はそのままに、何時の間にかあれ程の動揺を綺麗に収め、ダイの気持ちを引き上げる「何時も」のポップの話し方になっている。

「先生を目標にする分には構わないし」

「うん」

それでもダイとしては、ポップに振り向いて欲しいと言う思いが強い。とはいえ、冷静に考えると「アバンのような大人」になるのは、とんでもなく遠い目標だと言わざるを得ない。

とりあえず、こんな風に励まされてばかりでは駄目なのは解る。

“何でおれって、こうなんだろう”

これでは何時まで経っても、自分は彼女にとって庇護対象のままだ。

“うー”

勿論今は、この事は二の次にしなければいけないのだけれど―――ポップがいなくなるかもしれないと言う得体の知れない不安のせいで、集中しきれない。

“いや、ダメだろ、おれ”

つい先日、全く敵わなかったバーンに挑むのに。ヒュンケルとクロコダインは捕われたままなのに。

ポップが「勇者の魔法使い」を自認するのなら、それこそ自分は「勇者」としての役目を果たさなければならない。

「ポップ」

「うん?」

「この、戦いが終わったら」

「――――うん」

「すぐには無理でもさ。また一緒に旅しよう」

戦いなんか関係なく。

二人で世界中を巡ってみたい。―――アバンとそうしていたように、と言う多少の嫉妬は隠して、そう告げる。

「ああ…そうだな」

勝利が前提のダイの誘いに、ポップは小さく微笑った。

                  (続)

 

2に続く
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