『四界の楔 ー決戦の朝編 2ー』 彼方様作 |
今日で全てが決まる。 砦にいる者達が、二人の処刑場に指定されたロロイの谷へと向かう。 「あ、姫さん、これ」 ポップがレオナに何かを手渡す。 「これは?」 「守りのルビー。気休め程度だけど、防御力が上がる」 如何にも女の子向けのアクセサリーに見える美しいブローチ・タイプのアイテムだが、僅かとはいえ効果は確かなものだ。 「ありがと。でも、何処にあったの?」 名前だけは聞いた事があるが、結構な貴重品の筈だ。 「ああ。師匠って、長ーい人生の中で、色々貯め込んでてさ。今回あれこれ探してくれてた」 「そうなの」 “きっとマトリフ師も知ってるのよね” レオナは、彼とそれ程の親交はない。 その数少ない接触で感じた事は、自分にも他人にも厳しい人。そしてかなりの皮肉屋で人嫌い。 だが年齢的に考えて、生涯唯一の弟子であろうポップに対しては随分と甘い、とテランでの夜に感じた。 あの年齢でいてかなりの女好きな人だから、ポップが年若い少女だと言うのも理由の一つかもしれないが、恐らくそれは大した事ではない。ああいうタイプの人間が「弟子」に対して、そんな理由で甘く接する筈がない。 だとすれば、考えられるのはポップの運命と覚悟を知っている、と言う事。 “比べる事じゃないんだけど” 自分達よりずっと早く知っていただろう事実が、何となく悔しい。 「で、これはマァムに」 「何かしら」 「疾てのリング。素早さが上がるアイテムだ」 邪魔にならない指に付けてくれればいい。それかアバンのしるしに通しておくか。 「おじさんって…どれだけの物を持ってるのかしら」 祈りの指輪なんて、とんでもない貴重品まで持っていた。あれは残念ながら、贈られた本人であるポップが一度も使う事なく、壊れてしまった。 “やっぱり…ちょっと申し訳なかったわよね” 使うべき時に使うとポップは言っていたし、使用時期は間違っていなかったと思うが、もし自分にもう少し魔法力があれば、あれ程何回も使わずに済んだ筈だ。 限界使用回数は指輪ごとに違い、運にも左右されるから気にする必要はないとも言ってくれたけれど。 “だってあれが残っていれば、バーン戦で使えたわ” そうすれば、もしかしたら今の状況はなかったかもしれない。 “しても仕方のない仮定だけど” そしてこれは、自分の中だけに留めておくべき後悔。 「ポップ。おれにも何かある?」 昨夜は何も言ってなかったけれど、雰囲気的に渡しそびれてしまったのだと思いたい。 「ああ、これ」 「…これ?」 掌の上に落されたそれを見て、ダイは首を捻った。 レオナやマァムに渡された物と違い、何の加工もされていない、ビー玉のような物。透き通る緑色で、メルルの水晶玉を小さくした感じなのだが、一体何なのだろう。 「水晶ってのは正解。違うのは師匠のコレクションじゃなくて、俺の手作りってとこかな」 「ポップの!?」 こう言う時ではあるが、初めてのポップからの「プレゼント」にダイは目を輝かせた。 「どんな効果があるの?」 「二人に渡した物と違って、持続性がある訳じゃないんだ」 ポップの指先が軽く水晶に触れると、緑の光が仄かに濃く、明るくなる。 「水晶は師匠が用意してくれた物で、俺が魔法力を込めた。お前には装備品より、こっちのがいいと思って」 レオナとマァムも興味津々で覗き込んでくる。 「一度だけ、だけど」 「うん」 「俺が使える魔法を、俺と同じ威力と精度で使える」 「え!」 「ちょっと、それって凄くない?」 「そうね。一回だけでも、ポップ君と同じ魔法を使えるなんて」 それはある意味、とても爽快な事のような気がする。 魔法が得意でないダイにとっては、お守り的な要素もあるだろう。 「使い方は、普通に魔法を使う感覚でいい。まぁ、流石に師匠のオリジナルのベタンやメドローアは無理だけど」 「じゃあ、おれがメラゾーマやイオラとか使えるって事?」 「ああ。何時、どう使うかはお前次第だ」 「うん。ありがとう、ポップ」 満面の笑みで答え、落とさないようにズボンのポケットの奥へ入れる。 ダイにしてみれば、その有用性もさる事ながら、ただマトリフが持っていた物をくれるのではなく、態々ポップが自分の為に作ってくれた事実の方が重要だった。 「それにしても、随分器用な事するわね」 「やり方は、前に師匠に聞いてたんだ。ただかなり繊細な制御力が必要でさ。今なら出来るだろうと思って」 「…つまり、ポップ君レベルにならないと無理って事ね」 しかしマトリフが作っておいても良かったろうに、どうしてポップが作ったのだろう。少しでも力を温存しておいた方がいい、前夜と言う時に。 そう言うと、ポップは説明を続けた。 「作った人間の癖が出ちゃうんだよ」 「癖?」 「感覚的なもんだから説明しにくいけど、先刻言った威力と精度もそうで、魔法を撃つ瞬間の発動のさせ方とか」 つまり殆ど見た事のないマトリフの魔法より、よく見知っているポップの魔法の方が扱いやすい、と言う事らしい。 「齟齬なんて、無い方がいいだろ」 「それはそうね」 ギリギリの戦いになるのは間違いないのだから、確かにその方がいいだろう。 が、その会話に水を差したのは、水晶を貰ったダイ本人だった。 「ソゴって、何?」 余りにも無邪気と言うか、素直に尋かれてポップは言葉を詰まらせた。 「あー、言ってみれば認識の相違…」 そこまで言って、ダイが更にきょとんとした表情になっているのを見て、説明の方法を変える。 「例えば、お前がアバン・ストラッシュを撃つ時と、魔法を撃つ時って集中の仕方が違うだろ?」 「うん」 「物理攻撃と魔法程極端な差はなくても、俺と師匠じゃ魔法を発動させる時の精神集中には違いがある。それに、俺にはあれ程の熟練度はないからな」 経験の差だけは如何ともし難い。 「だから、お前にとって馴染み深い俺の魔法の方が、使う時にミスしにくいって事さ」 「つまり、おれが使いやすいようにしてくれたって事になるんだよね」 「…一番簡単に言えば、そうだな」 これ以上は無理と言う位に噛み砕いて説明したポップへの返事は、「本当に理解ったのか」と言いたくなるようなものだった。 「それと、メルル」 「わ、私にもですか?」 実際に戦う訳ではない自分にもあるのかと、メルルは驚きを禁じ得ない。 「ん、これ」 白い掌に落されたのは。 「何だか不思議な力を感じます」 「やっぱり解るか。メルルにはあんまり必要ないかもだけど、精神の安定度が上がる」 理性のリングって言うんだってさ。 「それにしても、よくこれだけの物を」 レオナが感嘆と共に呟く。 ダイに渡された物にしろ、それだけ純度の高い水晶を持っていたという事だ。 マトリフの所蔵品を全て鑑定すれば、その辺の貴族などより資産があるのではなかろうか。 「伊達に長く生きてないって事だよな」 勿論、それだけでこれ程の物が集められる訳がない。 彼が世界一の魔法使いと言われるのは、何も実戦レベルの実力だけを称しての事ではない。魔法に対する造詣の深さこそがその真骨頂。 その知識。知識と経験から生まれる知恵。 彼の持つ全ての能力をしての「世界一」の称号。 尤も、そこまで見ている者は何人もいないだろう。 「それに俺達が負けたら、世界の終りな訳だし」 「だったら、使える物は渡してしまえって事ね」 「宝の持ち腐れなんて、バカバカしいからな」 「そうね」 相槌を打ちながら、けれど、とレオナは思う。 もしそこにポップの存在が無くても、彼はこの様々なアイテムを放出してくれただろうか。 最初はかつての盟友の弟子、でしかなかっただろう。 だが今は、彼はポップ本人の為に動いてくれている。 “本当、ポップ君って天然タラシよね” 半ば世捨て人だったマトリフですら、こうなのだ。一番長く一緒にいた、人生経験の浅いダイではひとたまりもなかっただろう。 “でも魅かれて当然よね” レオナ自身、そうなのだ。 感情の種類が違うとはいえ、少なくともここにいる人間でポップを嫌っている者はいないだろう。 「おじさんがここまでポップに甘くなるなんて思わなかったわ」 確かに女好きな人ではあるが、イコールで女性に甘いという訳ではない。剰え「弟子」に対して、女だから甘くなるような人ではないのだ。 “でも、先生に話したって事は、おじさんに話しててもおかしくないわよね” ポップの運命とその覚悟を知っていれば、幾ら彼でも多少なりとも甘くもなろうと言うものだろう。 「そうなんだよなー。甘いって言うか、過保護って言うか…そんな人じゃない筈なのに」 確かに修行自体は死ぬ程厳しかったけど。いや、実際何回か死にかけたけど。 「でも、本質的には優しい方でしょう?」 そうでなければ、こんなにあれこれと手を貸してはくれない筈だ。特に、あの高齢でテランまでやってくるなど。 そしてそのテランでの彼の様子を思い出し、感覚を研ぎ澄ませてみると、恐らくポップの事情を知っているのだろうと言う結論に辿り着く。 「――――ああ…とても」 噛み締めるように呟いたポップに、メルルはホゥと息を吐いた。 メルルとマトリフが会ったのは、そのテランでだけだが、彼とポップの間に深い絆がある事はこれだけで解る。 “お辛いでしょうね” 孫よりも若い弟子が、死ぬ訳ではなくとも自分より早くこの世界からいなくなる事が確定しているのだから。 「でも、ま。期待もしてくれてるって事だから」 「ええ、そうね」 絶対に負けられない戦い。 大袈裟でも何でもなく、自分達が負ければ世界が終わる。本当はもう終わっていてもおかしくはなかった。 “だから、あの五本の柱…あれにはきっと大きな意味がある” 幾らバーンでも、地上そのものを破壊する力はないだろう。いや、相当な時間をかければ可能かもしれないが、そんな回りくどい事をするとはとても思えない。 マトリフでさえ、明確な判断は下せなかった。 “もうこれは、その時になってみないとどうしようもない” 問題は「その時」に対処できる事なのか、だ。 ただ、そればかりを考えて目の前の戦いを疎かにする訳にはいかない。 “もう一つ気になるのは、ハドラー” あれは完全にバーンに反旗を翻していた。だが、こちら側につく事は決してない。あの一団がどんな行動を取るか。 “いや、今はミナカトールに集中しないと” 罠の中に突っ込んで行くのだから。 ――――ロロイの谷まで、後少し。 (終) 彼方様から頂いた、素敵SSです! ついに決戦当日ですが、マトリフ師匠の明らかに男女差のある援護になにやらものすごく納得できるような、贔屓だと文句を言いたいような(笑) そして、ダイはポップに助けられているにもかかわらず、『可愛い弟』感が半端ない点が気になって仕方がありません! これから原作屈指のポップの見せ場が待っているにもかかわらず、混迷する恋愛模様が気になってしまう筆者は、連載当時のレオナを非難できないようです(笑)
|