『四界の楔 ー覚醒編 1ー』 彼方様作


《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪












             









処刑の壇上で行われている事に、ダイ達は絶句した。
ミストバーンの誘いに乗り、暗黒闘気を取り込んだヒュンケルを見て、ポップはきつく拳を握り込んだ。

“理屈は解るさ。解る、けど…でも…っ”

光と闇。
表裏一体の力。
確かに成功すれば、相当強力な力が手に入るだろう。けれど、余りにハイリスクな賭けだ。

“ポップ君…”

そんなポップの様子に、隣にいたレオナが気付く。
暗黒闘気の危険性を知っていれば、当然の反応だろう。そしてポップの話を聞いただけの自分達と違い、多くの文献を読みこんだ彼女の心痛はより深い筈。

血が滲む程きつく唇を噛み締めながら、それでも動かないのはヒュンケルへの信頼か。それとも、他に何かあるのか。
最も暗黒闘気の危険性を知るポップが動かない事で、他のメンバーも何とか踏みとどまる。

―――そして。
一度光と闇のせめぎ合いに敗れたかのように見えたヒュンケルが復活したのを見て、ポップは両手に炎の魔法力を溜めた。

「…行こう」

地面を掘り始めたポップの言葉に、全員が決意を込めて頷く。
処刑台の手前の地面から飛び出してきた「勇者一行」に、流石にミストバーンとザボエラが驚き、僅かに距離を取る。

それと同時に、周囲に控えていた指揮官たるフローラ、ノヴァやバウスン、アキーム達を中心とした軍が姿を現す。
勿論、魔王軍もこの二人だけの筈がない。
フローラの指揮の下、処刑台にいるメンバーを守る形での戦いが始まった。







ポップは無言のまま、つかつかとヒュンケルに歩み寄った。

「ポップ?」

怪訝そうに自分の名を呼ぶヒュンケルに構わず、ポップは大きく手を振り上げた。
次の瞬間、パン!と乾いた音が響いた。

「ちょ…ポップ君!」

鎧の魔槍を宝物の如く大事に抱き締めていたエイミが、思わず声を上げる。だが次の言葉を言う事は出来なかった。

「―――っこ、の…バカが!」

抑えようとして抑えきれなかった、悲鳴染みた罵倒に、一瞬全員の動きが止まった。
ヒュンケルとクロコダインもまた、怒られるだろうとは思っていたが、まさかこんな風に泣かれるとは予想外もいい所だ。

「すまん、だが…」

あれ程暗黒闘気の危険性を言っていたのだ。
予想外とはいえ、理解出来ない反応ではない。

「解ってる!理屈は解ってる。お前にはお前なりの勝算があったんだって事も!だけどっ」

それとこれとは違うのだ。
今にも零れ落ちそうな程、涙を一杯に溜めた目に睨まれて、流石にヒュンケルも二の句が継げられずにいる。

「ポップ…」

まるでそこだけ、今の状況から切り取られたかのような二人―――いや、ポップを見てレオナはそっと目を伏せた。
ポップのこの過剰な反応は、やはり自身の運命からきているのだろう。
人として生まれながら、人でない何かに変化する。

それがどういう事か。
勿論、同一に語れる事ではないが、ポップにとっては恐怖の対象なのだ。
人にない寿命による孤独も。
そしてまた、その逆に短命に終わる事も。

相手がヒュンケルだからここまで顕著な反応になったのだと思うが、そもそも暗黒闘気を体内に取り込む人間など、彼の他にはいないだろう。「扱う」事とは全く別問題なのだから。

ただ――――。
チラリとダイへ視線を投げる。
彼は形容のしようのない、複雑怪奇な表情をしていた。

嫉妬があるのは間違いない。けれどヒュンケルも大切な仲間で、兄弟子で。更にヒュンケルが今まで捕まっていて、とんでもない無茶をしたのも本当で。
何時ものようにポップにくっつきに行くに行けないのだろう。

“ねぇ、ポップ君。やっぱり残酷だわ”

誰にも、どうにも出来ない事だけれど。
話したからと言って、どうにかなるものでもないけれど。
一番辛いのは、ポップなのだけれど。
自分がどれ程ダイを好きでも、ダイが求めているのがポップである以上、どうしようもない。

―――俺には無理だから

変えようのない運命。

“天界にいる神様?犠牲になるのは「楔」一人ではないのよ?”

確かにポップは今までの楔とは違う行動を取っているのだろう。
けれど今までの7人にしろ、家族や10歳までに作った友人達が「失う」痛みや絶望を味わった筈だ。

“力は待っていたって、手に入らない”

「たかが人間」が出来る努力を、何故神ともあろう存在がやらない。いや、寧ろ「神」だからこそやらないのか。
破邪の洞窟で激昂したポップの言葉からすると、そうなのだろう。
力を持つ者の傲慢。

その力を失いつつあるからこその、楔のシステムだろうに。
レオナが思考に沈んでいた時間は、30秒もなかった。

「え―――?」

柔らかな緑の光が辺り一面に広がっていく。それはポップの魔法力の色。だが、これは―――。

“回復魔法…!?”

ポップが言った“きっかけ”は、恐ろしくハードルが高かった。バーン戦ですら発動しなかったものが、今ここで発動するのか。だがこれは恋愛感情云々からではない筈だ。
命の在り方。
ポップを突き動かしたのは、恐らくそれだ。

“しかも二フラムの同時発動って…”

暗黒闘気の影響を少しでも抑える為なのは解るが、とんでもない技術だ。違う魔法を同時発動させると言うのは、伝え聞いたメドローアと初動は同じだろう。

けれど今まで使い慣れてきた攻撃魔法と、全く使えなかった回復魔法を同じレベルで扱える事が驚きだ。

“その上、これってベホマズン…よね”

伝説級の回復魔法。
文献でしか知らないそれは、蘇生呪文を除けば回復系としては最高ランクのものだ。回復魔法のスペシャリストと言われている自分を、一瞬で追い抜いて行った。

“掛け値なしの天才だわ”

そうしている内に、光の波が消えていく。

「ポップ、お前…」

最もその恩恵を受けたヒュンケルが、呆然とその名を呼ぶ。

「何時の間に、賢者に」

「―――今だよ、バカ」

ポップはヒュンケルから離れると、勢いよく目元を拭いた。そこが赤くなっているのは、恐らく羞恥もあるに違いない。

「ん」

そのまま無造作にマントの下から何やら取り出すと、ヒュンケルの目の前にそれを差し出した。

「これは?」

薄紫の小さな宝石があしらわれている指輪。ただの装飾品ではないのは確かだが、石周りの繊細な意匠と細身のリングは女性向けではなかろうか。

「命の指輪。お前に取っちゃ、これ以上の物はないだろ」

身に付けているだけで、微々たるものだが一定に体力を回復させ続けてくれる奇跡のアイテム。

「何処でこんな物を」

「師匠からだよ。――――生き残れ」

無茶をするなとは言わない。言えない。そもそもこれからやろうとしている事自体、無茶なのだから。

「ああ。お前も」

見詰め合ったまま交わされる会話に、その雰囲気に、ダイと共にエイミもまたきつく唇を噛んだ。
いや、彼女の場合、ヒュンケルの想いのベクトルが既にポップに向かっている事を知っているせいで、ダイより遥かに気持ちが沈んでいく。

ギュッと魔槍を抱く腕に力を込める。
ある程度、覚悟はしていた。
ただポップの方が恋愛に殆ど興味を示さない為、一縷の望みを捨てきれずにいた。

ポップがずっとヒュンケルに恋愛感情を持たないままでいれば、その間愛情を示し続ければ、何時かは振り向いてくれるのではないかと言う、微かな希望。

“こんなのって”

けれど今の様子を見ていると、二人の間に入る隙などないのではないかと思えてしまう。
そう、ただ単にポップが自分の感情を自覚していないだけなのではないか、と。

“諦めるしか、ないの?”

理性ではそうした方がいいと思う。
愛する者の幸せを祝福するのも、一つの愛の形。
恋人にはなれずとも、その方がヒュンケルへの印象も良く、これから先良い友人関係を築いていける筈だ。

しかし感情は納得しない。
ヒュンケルの隣に立つのは自分でありたい。

「ヒュンケル」

誰もが場の空気に呑まれ動けない中で、エイミは一歩踏み出した。

「エイミ?」

「これを」

エイミが鎧の魔槍を差し出すと、ポップはスッとヒュンケルから離れた。瞬間、ヒュンケルの視線がポップを追った。
だがエイミはそれに気付かないフリをして、言葉を紡いだ。

「私も、もう戦うなとは言わないわ。でも、お願い。最後まで命を諦めないで」

「ああ」

魔槍を受け取り、頷く。

“結局、ポップ君が言った事と変わらないじゃない。私のバカ!”

何か違う事を言いたかったのに、二番煎じもいい所だ。

「……そろそろいいかしら?」

そこへレオナが少しばかり呆れた風に声をかける。
腹心の部下に対して何だが、暗黒闘気に対するポップの一連の行動はともかく、エイミのこれは完全に私情のみだ。

「は、はい。すみません」

レオナに一礼して、エイミは慌てて処刑台から降りた。その後、レオナはポップに声をかけた。

「ああ、悪い」

「クロコダインにも?」

「そ。豪傑の腕輪」

いわゆる鬼に金棒状態か。
そうしてレオナが簡単にヒュンケルにミナカトールの説明をし、五人が円形に並ぶ。

ダイはすぐ近くに立つポップを見上げた。
破邪の洞窟に行く前には資質があるかどうかも明言しなかったのに、今のはどう見ても「ヒュンケルの為」に覚醒したとしか思えない。

“大人、だろうけどさ”

少なくとも、自分よりは。

“あー、もー!!”

真剣にポップを好きだけど。
これから挑む戦いでは雑念だ。それに、今こんな事を考えてるなんて知られたら、まず間違いなく呆れられる。

“おれは勇者で竜の騎士で、ダイだ”

ポップの隣に立つのに、相応しい人間でありたいのだ。
だから今は、今だけはこの気持ちを封印する。ランカークスで決めたと通り、全てはバーンを倒した後に。
第一そうしなければ、何もかもがなくなるのだから。
                          (続)

 

2に続く
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