『四界の楔 ー覚醒編 2ー』 彼方様作


周りが戦闘の喧騒に包まれる中、処刑台の上では次々と光の柱が天へと向かう。
やや離れた場所からそれを見ていたミストバーンは、最後の一人であるポップに目を止めた。

ひ弱な魔法使い。
いや、たった今賢者になったのだったか。
だがどちらにしても、ミストバーンにとっては大差ない。

“バーン様”

唯一絶対の主が、何故あんな小娘に興味を持ったのか。いや、確かに言葉は聞いたが、「ミスト」バーンとしてはどうしても納得しかねるし、したくない。
それに、別に「殺すな」とは言われていない。

“所詮はその程度…”

ミストバーンは、ス、と静かに右手を上げた。伸縮自在の凶器の指・ビュートデストリンガーが、真っ直ぐにポップへ向かっていく。そのままなら、それは間違いなく背後からポップの心臓を貫いただろう。

「させる、かぁ!」

谷中に響くような衝撃音と共に、その凶刃は遮られた。
ビュートデストリンガーを止めたのは、闘気を纏ったノヴァの剣だった。

「ノヴァ」

「ポップ、皆、早く!」

「ああ、サンキュ。お前も負けんなよ」

「当然」

テンポ良く言葉を交わしながら、ノヴァは剣の柄を握り直した。彼の服の下には、ラッキーペンダントがある。
これもポップがマトリフから譲り受けた物だ。

名前の軽さとは裏腹に、状態異常に対する耐性が上がり、尚且つ回避率も上がると言う優れものだ。

“少なくとも、「その他大勢の一人」ではない、と思っていいのかな”

昨夜、いきなりポップが部屋にやって来た時は驚いた。
女の子が一人で男を訪ねてくる時間ではなかったし、彼女が自分に用事があるとも思えなかった。

だから、このアイテムを渡された時はもっと驚いた。
明日は朝から別行動だから、渡しに来た、と。
昼間とは違う、如何にも少女らしいゆったりとした柔らかなマントを纏っている姿に一瞬見惚れてしまったのは内緒だ。

“勝率はゼロじゃない”

先刻のを見る限り、一番の強敵はヒュンケルか。

“ボクはボクの役目を果たす”

彼女達が勝利して帰ってくる事を信じて。
そのノヴァの背後で五色目の緑の光が天を貫いた。反撃の狼煙とも言えるミナカトールの完成だ。

次の瞬間、五人の姿が消える。
ポップのルーラが発動したのだ。ノヴァ達は残された聖なる光輪を守る為の陣形に移行していく。

五人がついた先はバーンパレスの一角。

「さて、ここからどう進むのか、だな」

「前の時はどうだったの?」

レオナの質問に、ポップが前回の戦いを順を追って説明する。

「内部構造は全く解らないって事だよ」

「じゃ、とりあえず」

「ああ」

メンバーの頭脳である二人の少女が、高くそびえる塔へ視線を向ける。残る三人もそちらへ目をやる。

「上?」

単語で尋いてきたダイに、ポップは頷いた。

「大体、玉座ってのは上にあるもんさ」

威厳と言う点でも、護衛と言う点でも。

「まあ、そうよね」

「バーンに護衛なんていらないけどな」

それに加えて、あれ程“太陽”に焦がれているのだ。少しでも近い場所に設えてあると考えるのが普通だろう。
そうして動き出そうとした矢先。
予想外の事が起こった。
その場に残されたのは、二人。ダイとレオナ。

「何が…」

愕然とする二人の前に現れたのは――――ハドラー。
彼の姿を見たダイは、もう一度驚いた。黒の核晶によって受けた傷が全く治っていないのだ。

“そうか…”

もうハドラーには時間がないのだ。
だとすれば、ポップ達を連れ去ったのは親衛騎団のメンバー。ハドラーはずっとダイとの一騎打ちを望んでいたのだから、それを叶える為に。

ダイの意識が、ス…ッと戦闘モードに切り替わる。
たとえバーンとの決戦には関係なくとも、これは自分にとっては避けて通れない戦いだ。
あの夜と同じ事を思う。
ここで逃げたら、自分は自分でいられない、と。






そしてヒュンケルはヒムと対峙していた。
だが戦意が溢れているヒムとは対称的に、ヒュンケルは何処か冷めた目を向けていた。

「てめぇ…」

戦う為に生まれたヒムが、それに気付かない訳もなく。
相手にされていない、そう感じても仕方のない視線。
事実、この時点では確かにそれだけに実力差が存在しているのだ。

またヒュンケルは今でこそアバンの使徒の一人、その長兄としての立ち位置で戦っているが、元々は孤高の戦士だ。
一対一、或いは一対多数の乱戦を得意としている。
余程の事が無い限り、彼がヒムに敗れる事はないだろう。






またマァムは、アルビナスといた。
こちらは逆に、アルビナスがマァムを見下しきっていた。
親衛騎団のリーダーである彼女は、相手の実力を見極める力に長けている。

サババでの一戦で、マァムを「取るに足りない相手」と判断済みなのだ。そして時間的に見て、危険視しなければならない程のレベル・アップなど出来る筈がない、と。
言葉を交わしている内に出てきたマァムの言い分を、アルビナスは鼻で嘲笑った。

「それで、私に何のメリットがあるのですか?」

「え?」

「貴女にハドラー様の延命が出来ると?」

「そ、それは――――でも、ポップなら」

「あの娘は魔法使いでしょう」

「賢者になったわ」

「それはそれは。ですが、貴女は貴女の望みを叶えるのに、自分は何もせずに仲間を利用すると?」

「利用だなんて」

「何が違うと言うのですか」

アルビナスは、増々冷たくマァムを見下す。そして更に追い詰める為の言葉を紡ぐ。

「あの娘・・・ポップが力及ばなかった場合、彼女は無力感と罪悪感に傷つき、貴女は彼女をけしかけただけで『出来る事をやった』と満足するのでしょう」

「そんな事!」

酷い侮辱だと憤るマァムを、アルビナスは歯牙にもかけない。
正に女王然と傲然と言い放つ。

「貴女に私の言葉は通じないようですね。ですが、これだけは覚えておきなさい。自分の正義が絶対だなどと自惚れない事です」

アルビナスが臨戦状態に入ったのを見て、マァムは思わず一歩引いた。だが、引く訳にはいかない。

――――正義の意味だって変わる

あの時のポップの言葉が甦る。
マァムはギュッと胸元を握り締めた。そこには輝聖石と共に、ポップに貰った疾てのリングがある。

“ポップ…貴女の勇気を私に貸して!”

過酷な宿命を背負いながら、決して折れずに真っ直ぐに生きてきた一つ年下の妹弟子。彼女に恥じない自分でありたい。






最後はポップとシグマ。
何となく状況を察したポップは、静かにシグマを見上げた。

「俺にはもう、あんたと戦う理由はないんだけど」

「…どういう意味だね」

「黒の核晶の一件からでも解るけど、バーンにとってハドラーは捨て駒に過ぎなかった。そしてハドラーもバーンから離反した。そしてハドラーが超魔生物になった理由」

そこから導き出される答えは一つ。
「ハドラーの最後の望みは、ダイと決着をつける事」

勝敗よりも、自分の全身全霊をかけて「勇者・ダイ」と戦う事が全てなのだろう。

「あんた達の役目は、俺達にその邪魔をさせない事」

違うか?
そう尋かれて、シグマは嘆息した。

「魔法使いはチームの頭脳とはいえ、君の推察力と思考力には恐れ入るよ」

そこまで解っているのなら、何故戦おうとしないのか。

「邪魔をする気がないからさ」

何を当たり前の事を、と言うポップに、シグマは首を捻った。

「何故?君達にとってハドラー様は師の仇。敵以外の何物でもない筈だろう」

「先生の仇ってのはその通りだけど…俺は今のハドラーをただ憎むとか、軽蔑するとか出来ない」

「―――解らんな」

困惑するシグマに、ポップは小さく肩を竦めた。多分これは、シグマだけでなく大抵の者には理解されないと解っている。

「だから、」

戦う理由がない。
そう続けようとしたポップを、シグマが遮る。

「例えそうだとしても、それとは別に私自身が君と戦ってみたいのだよ」

言葉と共に槍を構えたシグマに、ポップは一度目を閉じて、その後苛烈に見据えた。

「ったく。好戦的なのは、やっぱハドラー譲りかよ」

「光栄だ、と言っておこう」

ブラック・ロッドを取り出したポップへ、シグマは不敵な笑みを浮かべて見せた。

ダイVSハドラー。
ヒュンケルVSヒム。
マァムVSアルビナス。
ポップVSシグマ。
それぞれの意地とプライド、信念をかけた戦いが始まった。

そして彼らの戦いを、遥か高みからバーンは王者の余裕で見物していた。
一応は自分の視界に入った「強者」のカテゴリーに入った者達だ。
だがそれも精々、地上消滅までの暇潰し程度の意識でしかなかった。少なくとも、この時点では。
キルバーンはその近くに控えながら、ポップを中心に見ていた。

“まぁ、シグマ位なら、シャハルの鏡があったとしても、レベル・アップには丁度いい感じカナ”

力の消耗もあるだろうが、それはある程度彼女達も対策を立てている筈だ。

“ミナカトールなんて、殆ど化石みたいな物まで持ち出して来ているし”

主導権を握っているのは魔王軍だから、時間に追い立てられ、完璧とは言い難いと思うが、出来得る限りの準備はしているだろう。

“ホント、こんなにアクティブな秘女は初めてだヨ”

だからこそ。

“頑張ってほしいヨネ”

他のメンバー達に目をやる。
少しでも長く、彼女の「幸せな時間」が続くように。
                        (終)


 彼方様から頂いた、素敵SSです! 覚醒編、と銘打った割には、ポップが賢者になるシーンよりも、ヒュンポプルートのフラグが気になって仕方がありません(笑) ノヴァ君も、すっかり恋敵はヒュンケル設定でダイには目もくれていないし。……しゅ、主人公、がんばれっ。












             

 

1に戻る
四界の楔専用棚に戻る
 ◇神棚部屋に戻る

inserted by FC2 system