『四界の楔 ー再会編 3ー』 彼方様作


光の矢を真上に向ける。

「行くぞ、ダイ!」

「うん」

熱風と魔法力の波動の煽りを受けて、ポップの髪が今までより更に不規則に踊る。
限界まで引き絞られた矢が放たれ、最強の魔法力が暴力的ともいえる業火を貫き通す。そこから炎の赤とは真逆の、澄み渡った蒼天が目に飛び込んでくる。
それを確認した瞬間、ダイはルーラを発動させた。
だが。
殆ど同時に、文字通りハドラーが崩れ落ちた。

“――――っ!?”

刹那の逡巡。瞬きにも満たないその迷いが、命取りになった。






メドローアの光に続き、ルーラの光が炎の中から飛び出してくる。
その光の着地点に三人が駆け寄っていくが、そこにいたのはダイだけで、活路を開いた筈のポップがいなかった。

「ダイ君!良かった…でも、ポップ君は?」

「え…?」

レオナに言われて、ダイは慌てて自分の周りを見回した。

「な、何で」

何故自分に掴まらなかったのか。ポップらしからぬミスに狼狽えながら未だ燃え盛っている炎へ視線を向けた。

「ポップ!」

ヒュンケルとマァムも、信じられない思いで炎を見る。

「炎、が…」

今までの勢いが収まり、炎が徐々に縮み始める。それはこの罠の最後を意味していた。つまり、中の空間がなくなると言う事。

「は…」

炎の檻に取り残されたポップは、しかし、安堵の息を吐いていた。ダイは助かった。ギリギリ最低限の事は出来た。

“あ、しまった”

自分が死んでも、何らかの形で「復活」させられるのだと言う事を、レオナ達に説明しそびれていた事に気付く。

“まぁ…死なないに越した事はないんだけど”

生命力が削られれば、それだけ眠りの期間は短くなる。その分、自分の計画が上手く行く可能性も低くなる。

“仕方ない”

最初に炎の檻に閉じ込められたのも、脱出し損ねたのも、自分のミスだ。

「え…?」

ふと気付くと、まるで炎から庇うようにハドラーが自分に覆い被さっていた。体のあちこちが崩れ落ち、下半身はほぼなくなっている状態だが、元々の体格差が大きいだけにポップの全身をほぼカバー出来ていた。

「何、やってんだ」

心底解らないと言う風に呟いたポップに、ハドラーは苛立たしげに言い返した。

「ボンヤリしている暇はないぞ。まだ出来る事はある筈だ」

「流石にもう、ムリ。体力も魔法力もゼロだ。つか、この体勢って結構問題あると思うんだけど」

クツリと微笑ったポップに、ハドラーは更に苛立った。

「ふざけている場合か!そもそもなぜ逃げ遅れた、お前が」

言葉は悪いが、ハドラーはポップが非常に「計算高い」事を知っている。その彼女がこんな単純ミスを犯した事が信じられない。

「あー、何て言うか…あんたをただの敵だって、思えなくなってたから、かな」

「!!」

だからもう、見捨てていくなんて出来なかった。
絶対に助からないと解っていても、「まだ生きてる」のに。理性より感情が勝ってしまった。

“肝心な所で、何時も俺はこうだ”

それでも、アバンはポップのそんな所を矯正しようとはしなかったし、マトリフでさえ渋い顔をしながらも「感情優先も悪い事ばかりじゃねぇ」と認めてくれた。

“だって、そうやって生きてきた”

幸せに生きてやると啖呵を切ったのも。
「神」に抗おうと決めたのも。
それこそ絶対に叶わないと知りながら、アバンに初恋なんてしたのも。
全部、感情からだった。

“そっか。俺も少しは自分を肯定出来てたって事か”

「…だから、ハドラー。あんたのせいじゃない。俺のミスだ」

「ポップ。お前は」

死を目前にしながら、落ち着き払っているポップにハドラーは驚愕しか出来ない。16年前、地上を攻撃した時から今まで、こんな人間に会った事はなかった。

「すまん、ポップ。オレは…っ」

頬に涙が落ちてくる。
余りの熱量にすぐに蒸発してしまうが、今度はポップが驚愕する。
「魔王」が泣いているのか。
「人間」の為に。
ポップの唇が弧を描く。

“ねぇ、先生。かつて貴方達と敵対し、地上を恐怖させた「魔王」は…とっくに死んでたみたいです”

ここにいるのは、ハドラーと言う名の一人の武人。それだけだ。
だから。
ポップはそっとハドラーの髪を梳いた。

「何だ?」

「魔界にはないかな。相手の頭を撫でるってのは、親愛の情を示すものなんだ」

あえて、ほぼ年下相手にやる行為だとは言わずにおく。
流石にハグは出来なかった。
自分の手の長さと、ハドラーの胴回りの差から無理があると思ったが、それ以上に自分の力でさえ体の崩壊を早めそうで怖かった。

「親愛、だと」

「それが受け入れられないなら、最後に俺達を助けてくれた礼だと思ってくれればいいよ」

命の礼にしては、やっすいけど。
柔らかい微笑みと共に告げられ、ハドラーは言葉もなかった。
何だ、この生き物は。
師の命を奪い、散々敵対してきた相手に、その相手が変わったから、最後に協力を得られたからと、全てを水に流し許せるのか。
ポップの心情は、とてもではないが理解出来そうになかった。

どういうカラクリか解らないが、大声でもないのに、炎の中の二人の会話は外の四人にも聞こえていた。
そしてハドラー同様、四人も絶句していた。
ポップの考え方が一種独特だとは知っていても、流石にこれは衝撃的だった。

だがそんなポップの思いは別にして、罠の終焉は確実に近付いている。それはイコールで中にいる二人の命も終焉が近いと言う事。
四人は言葉もなく、それを見詰めるしか出来ない。

自分達の力ではどうにもならない事が、既に解っているからだ。唯一、何とか出来るかも知れないダイは、この事態に陥った時から力を使い果たしている。

“こんなにも、無力なのか…”

先刻ダイが思った事を、ヒュンケルも思う。
違うのは、ヒュンケルは力が残っていると言う事だ。使える力があるのに、今まで鍛え上げたその力が役に立たないのだから、ダイよりもその無力感は強いと言える。

「ポップ…」

マァムの瞳からボロボロと涙が溢れる。

“慈愛、なんて…私よりポップの方が相応しいんじゃ…”

そんな、現実逃避染みた事が頭をよぎる。

「どうして…」

レオナもまた、愕然としていた。
ポップの役割、その運命。だと言うのに、ポップは一度メガンテと言う「死」を選択している。そしてミナカトールの番人が言った事。
まさか彼女は自分の命さえ「運命」に握られている?

「ポップ君!!」

もう―――炎が一点に集約していた。






誰もが絶望に包まれた時、五つの銀の光が鋭い風切り音と共に飛来した。
それが炎を取り囲む形で五芒星を描いた瞬間、何をしても消えなかった炎が瞬時にかき消された。

正に奇跡としか言いようがない現象に、五芒星を描いている銀色の羽根が飛んできた方向を見て、更なる「奇跡」を目にする事になった。
ゆっくりとこちらに向かってくる人物。

一風変わった髪形に、己の真価を隠すような眼鏡。たなびくマントにひどく派手な真紅の服。
ポップは起き上がれないまま、何とか首だけを巡らせてその姿を視界に入れる。

“先…生…?”

聖魔の気配は感じられない。
人間、だ。
そして魔法――――モシャスの感覚も伝わってこない。

“本物、なのか?”

それでも信じられない。寧ろ自分の感覚がおかしくなったのではないかと思ってしまう。
何か、他の、自分の感覚以外での確証がないと信じられない。
その存在の大きさ故に、信じるのが怖いのだ。
他の皆も同じ気持ちなのだろう、誰も何も反応を示さずにいる。
すぐ傍にまで来たその男を、ポップは瞬き一つせずに見詰めている。

“ああ…”

ここまで近くで彼の気配を感じて、ポップは漸く小さく息を吐いた。間違いようがない、暖かく穏やかで、落ち着いた、けれどそれだけではない強かさや計算高さを内包した、彼特有の気配。
アバンはポップの頭を一撫ですると、ゆったりと微笑んだ。

「良く、頑張りましたね」

ですが、もう少し待っていて下さい。
ポップを庇う形で覆い被さっていたハドラーを抱き起こす。そのハドラーを見る瞳は「敵」を見るものではなかった。
だがかつての仇敵同士の最後の場面に邪魔が入った。
それを間近で見たポップは呆れの溜息を吐いた。

“何やってんだか…”

と言うか、最初から失敗する事を前提にしていたように見えるのは気のせいだろうか。

「あ…」

しかし今の一撃で、ハドラーの体の崩壊が加速した。

「ポップ…『神』と言うのは…なかなか粋な、真似をする…」

「ハ、ドラー?」

ポツポツと、満足げに語りながらハドラーの体は灰となって散った。微笑みと共に。

“最期の言葉が先生へじゃなくて、俺かよ”

一体自分の何が、そんなにもハドラーを揺さぶったのか解らない。
けれど。

“神、ね…”

ハドラーの最期の思いに水を差すつもりはないが、ポップからすれば「そんないいもんじゃない」と言いたかった。
ポップの運命を知るアバンも、何処となく複雑な表情をしている。

「え…?」

動けないままのポップの体がフワリと宙に浮く。

「せ、ん…せい」

「はい、私です」

永遠に失ったと思っていた、何よりも、誰よりも――――。
いわゆるお姫様抱っこ状態で、ポップはアバンにしがみついた。

「ふ…っ、う…ぁ」

小さな子供のように手放しで泣き出したポップの頭を、アバンも幼子にするように優しく撫でた。

「貴女には辛い思いをさせてしまいましたね」

その二人を見た残りのメンバーも駆け寄ってくる。ポップがこれ程の無防備を晒す相手が偽物の筈がない。

大勇者・アバン―――復活。
                        (終)


 彼方様から頂いた、素敵SSです! 最初は実はこのお話は勇者ダイの戦いに敬意を表して、『死闘編』にしようかと思いました。が、ダイの勇者としての活躍よりも他の男性キャラクターらの活躍の方が上回っているように思えましたので、途中で考え直しました。意外とお茶目なキルバーンは言うまでもなく、ポップを壁ドンならぬ床に押し倒す姿勢で庇っているハドラー……っ、なんかいいとこをぶんどってませんか!? しかも、ポップもポップでハドラーを意識しているっぽいですし!

 これまでは女の子扱いされたら「おれは女っぽくないから」と平然と流していたのに、今回は自分からこの姿勢はまずいとか言っちゃってますし、ハドラーの髪を撫でるなどとアルビナスでさえやったことがなさそうなことをやってますしっ! これまでほぼポップと絡みがなかったのに、なぜか美味しいところを持って行くのが魔王の実力なのか? しかし、その遙か上を行くのは、やはり大勇者……。一番良いところで、一番美味しい役を攫っていきましたよ! 他のキャラを一気に十馬身ぐらい引き離してしまった感じがします(笑)












             

 


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