『四界の楔 ー風雲編 1ー』 彼方様作 |
《お読みになる前に、一言♪》 ・ポップが女の子です。 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪
「レオナ姫、貴女まで」 「私もフローラ様にこれを頂いたんです」 胸元から輝聖石を取り出したレオナに、アバンは目を細めた。 「そうですか。あの方が判断されたのなら、間違いないでしょうね」 言ったと同時に、ポップのしがみつく力が心なしか強くなった事に、今度は微かに眉尻を下げる。 “やっぱり、相当傷付けてしまいましたね” あの時はあれしかやりようがなかったと、今でも思う。けれど、別れ方はもう少しどうにか出来たかも知れない、とも思ってしまう。 「ヒュンケル」 思わずその名を呟くと、ポップの肩がピクリと揺れた。 “おや?” その反応を不思議に思うが、自分が知らない様々な出来事があったのだろう事は容易に想像出来る。 そんな中、アバンにしがみついたままなかなか離れようとしないポップを、ダイは喜びと悔しさと嫉妬の入り混じった気持ちで見ていた。 けれど、ポップの心の一番奥にずっと存在していた彼が戻ってきた事で、ただでさえ高かった恋のハードルが、また更に上がった事は間違いない。 “最低な考えだって、解ってるけど” あの時の、ポップの慟哭を知っている。 “きっとおれは、あの時からポップのことが好きだった” まだ彼女が少年の姿をしていた時だけれど、友人とか兄弟弟子とかそんな感情じゃなく、この人をこんな風に泣かせちゃいけないと、守りたいと、そう思った。 “実際は、守られてばかりだった” 感情を自覚して、一人の男として見て欲しくて、自分なりに頑張ってきたつもりだけど、ポップの自分の扱いは何時まで経っても弟と言うか庇護対象のようで。 せめて、同い年だったらもう少し何か違っていただろうか。 だが、言った相手がアバンだ。 「ちょ…待っ…」 その中で、体力も魔法力も使い切っているポップがついて行けずにいたが、再び体が浮き上がるのを感じた。 「ヒュ…!おま、何…」 「舌を噛むぞ」 「〜〜〜〜〜」 言外に大人しくしていろと言われ、ポップはあらゆる文句を呑み込んで、落ちないようにしがみつくしかなかった。 てか、何でマァムと姫さんは微笑ましげなんだ。
「それで私に何か御用ですか?死神さんとやら」 その言葉に応えるように、何もない空間から闇色の人影が現れた。 「流石、秘女が心酔する大勇者と言うところカナ」 ふざけた物言いだが、「秘女」と言う単語に反応したアバンは胡乱気にキルバーンを見上げた。 「いやまぁ、信用できないのは解るケド…ああ、うん。ハドラー君のことは悪かったヨ」 一応ホールド・アップの仕種をしながら、それでも「ボクにも立場ってものがあるんだヨネ」などとブツブツ言っている。その様子に、アバンは更に不審な視線を向ける。 「あの子とどんな関係なんです?」 無駄話をしている暇はないと、アバンは鋭く問う。 「キルヒースのコピーと言えば、解るかナァ」 「つまりヴェルザーの部下、だと」 「そう言う事。ボクは秘女の味方だけど、勇者一行の味方じゃないんデネ、その辺は解って欲しいナ」 この言い分に、アバンは溜息を吐いた。 「貴方の立場とかはどうでもいいんですが、これ以上あの子達に害をなさないと言うのなら、先刻の罠だけは大目に見ましょう」 「アリガトウ。秘女に関してちょっと話しておきたい事があるんで、後でタイミングを見て迎えに行くヨ」 「…拒否権はなさそうですね」 「不満カナ」 「いえ。あの子に関する事であれば」 「話が早くて助かるヨ」 話がついたと見るや、アバンは弟子達の後を追う為に走り出した。自分に簡単に背を向けた姿に、キルバーンは小さく肩を竦めると、現れた時と同じように空間の中に溶け込んで消えた。 “一応は信用してもいいでしょうかね” 幾らポップを話題に出されたとはいえ、魔王軍の一員には違いない相手をすぐに信用するなど愚の骨頂。しかし背を向けた相手に追撃しない事は、たとえ計算だったとしても話は出来ると判断していいだろう。 一息ついたアバンはリリルーラを唱えた。 “怖い男だネェ” もし自分が後ろから何かしようものなら、即座に反撃出来る態勢を整えていた。 “流石、先代勇者にして現在の勇者一行の育ての親ってところカネ” とにかく、お膳立ては出来た。
「ダイ。これは海底のと比べてどうだ?」 「同じ…だと思う」 「そうか」 この場についた途端に、まだ少し足下をふらつかせながらもさっさとヒュンケルから離れたポップは、その扉に手を置いた。 「材質から地上の物とは違う感じだな」 「そうですねぇ」 そのポップの声に被さるように、居ない筈のアバンの声がした。 「せ、先生?!」 「嘘。どうして」 驚くメンバーをよそに、アバンは何時もの飄々とした笑みを浮かべたままだ。その態度にポップは呆れたような溜息を吐いた。 「リリルーラ、ですか」 「おや、知っていましたか。流石ですね、ポップ」 「確か地上では途絶えて久しい呪文の筈ですが」 「ええ。ですが、何事にも例外は存在します」 「――――破邪の洞窟」 「正解です」 頭脳派師弟の会話に、周りはほぼ置き去りにされている。 「それに、先刻のあれ」 「何か解りますか?」 「魔法自体はトラマナ、ですよね。でも、幾ら先生でもあの威力はちょっとおかしい。破邪の洞窟で何を入手したんです?」 先刻の再会の歓喜とは打って変わった淡々とした口調。こう言う所は流石と言うべきか。 「全く、貴女と言う子は…」 アバンは懐から、金色の羽根を取り出した。 「その通り、そこにあったのは呪文とは違いました」 アバンは破邪の秘法の説明を簡単にすると、扉に向かって五芒星を描いた。 「ここで使う呪文は」 「アバカム!」 ポップの言葉を引き継ぐ形で、アバンの発動の言葉が響いた。同時に五芒星が光を放ち、重厚な扉がゆっくりと開き始める。 「どうした?」 「ポップはああ言ったけど…やっぱりおれ、力が正義ってのは間違ってると思う」 それを今、アバンが証明してくれたのだと語るダイに、ポップも何処か嬉しげに言う。 「それでいいさ。何も俺の意見が全てだなんて考える必要はない」 自分への傾倒が強すぎたダイが、初めて自分とは違う考えを表に出した事で、少しばかりホッとする。ある意味、自分からの自立の第一歩と言える。 「ヒュンケル?」 「どうしたのよ、急に」 レオナとマァムが怪訝そうな顔をする。 「ヒュンケル!」 彼の後を追ったのは、それまで黙っていたポップだった。 「ポップ?」 「ほんっと、バカだな。お前」 俺も人のこと言えないけど。 「これは?」 「命の石。一度だけ、即死魔法から身を守ってくれる」 魔槍は攻撃魔法には耐性があるが、神経系に影響を与える魔法はその限りではない。 「それなら姫に持たせた方が良いのでは」 最も「死んではいけない」のは彼女だ。 「お前が一番、魔法耐性が低いからだろ」 ポップとしては、自分が持っている事で即死呪文を使われた時、そのターゲットになった仲間に命の石の効力を向けようと思っていた。当然、最優先順位はレオナだが、ヒュンケルが一人で戦うのならその前提そのものが崩れる。 「…すまん」 「生き残れって言ったのは俺だ」 そう言ってヒュンケルの心臓部分にそっと手を置いた後、ポップは踵を返した。 “死ねないだろう?” 返事も聞いていないのに。
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