『四界の楔 ー風雲編 1ー』 彼方様作

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪














 


駆け寄ってきた教え子達を、一人一人確認する。

「レオナ姫、貴女まで」

「私もフローラ様にこれを頂いたんです」

胸元から輝聖石を取り出したレオナに、アバンは目を細めた。

「そうですか。あの方が判断されたのなら、間違いないでしょうね」

言ったと同時に、ポップのしがみつく力が心なしか強くなった事に、今度は微かに眉尻を下げる。

“やっぱり、相当傷付けてしまいましたね”

あの時はあれしかやりようがなかったと、今でも思う。けれど、別れ方はもう少しどうにか出来たかも知れない、とも思ってしまう。
ここでアバンはふと視線を飛ばした。
ただ一人離れた場所にいる、最初の弟子。

「ヒュンケル」

思わずその名を呟くと、ポップの肩がピクリと揺れた。

“おや?”

その反応を不思議に思うが、自分が知らない様々な出来事があったのだろう事は容易に想像出来る。
そう、あれ程自分を憎み、世界の全てが敵だと考えていた子どもが、ポップやダイ達と共に在る事自体、奇跡のようなものだ。自分が成し得なかった事を弟子達がやってくれたのだと思うと、非常に感慨深い。

そんな中、アバンにしがみついたままなかなか離れようとしないポップを、ダイは喜びと悔しさと嫉妬の入り混じった気持ちで見ていた。
アバンが生きていた事は、勿論嬉しい。

けれど、ポップの心の一番奥にずっと存在していた彼が戻ってきた事で、ただでさえ高かった恋のハードルが、また更に上がった事は間違いない。

“最低な考えだって、解ってるけど”

あの時の、ポップの慟哭を知っている。
人は、あれ程他人の為に泣けるのかと驚いた位だ。そのポップの姿が余りにも痛々しくて、けれど流す涙はとても綺麗で。

“きっとおれは、あの時からポップのことが好きだった”

まだ彼女が少年の姿をしていた時だけれど、友人とか兄弟弟子とかそんな感情じゃなく、この人をこんな風に泣かせちゃいけないと、守りたいと、そう思った。

“実際は、守られてばかりだった”

感情を自覚して、一人の男として見て欲しくて、自分なりに頑張ってきたつもりだけど、ポップの自分の扱いは何時まで経っても弟と言うか庇護対象のようで。

せめて、同い年だったらもう少し何か違っていただろうか。
そんな風に自分の思考に沈んでいると、アバンから「走れ」と言う指示が飛んだ。
ハッとして彼の方を見ると、何時の間にかポップも自分の足で立っていた。
何が何だか解らなかったが、他の皆も首を傾げていて、本当に唐突な指示のようだ。

だが、言った相手がアバンだ。
彼の言葉はどんなに荒唐無稽に思えても、必ず意味がある。それを知っている面々は迷わず走り出した。

「ちょ…待っ…」

その中で、体力も魔法力も使い切っているポップがついて行けずにいたが、再び体が浮き上がるのを感じた。

「ヒュ…!おま、何…」

「舌を噛むぞ」

「〜〜〜〜〜」

言外に大人しくしていろと言われ、ポップはあらゆる文句を呑み込んで、落ちないようにしがみつくしかなかった。
お姫様抱っこなんて、柄じゃない。
そこに本物の「姫」がいるだろ、いや、元気だけど。

てか、何でマァムと姫さんは微笑ましげなんだ。
何かダイの視線が痛いんだけど、気のせいだ!気のせいって事にしとけ!
「告白」の時と違い、脳内では言葉が溢れ返っていたが、これもまた一種のパニック状態と言えるだろう。







弟子達が走り去るのを見送って、アバンは静かに言葉を紡いだ。

「それで私に何か御用ですか?死神さんとやら」

その言葉に応えるように、何もない空間から闇色の人影が現れた。

「流石、秘女が心酔する大勇者と言うところカナ」

ふざけた物言いだが、「秘女」と言う単語に反応したアバンは胡乱気にキルバーンを見上げた。

「いやまぁ、信用できないのは解るケド…ああ、うん。ハドラー君のことは悪かったヨ」

一応ホールド・アップの仕種をしながら、それでも「ボクにも立場ってものがあるんだヨネ」などとブツブツ言っている。その様子に、アバンは更に不審な視線を向ける。

「あの子とどんな関係なんです?」

無駄話をしている暇はないと、アバンは鋭く問う。

「キルヒースのコピーと言えば、解るかナァ」

「つまりヴェルザーの部下、だと」

「そう言う事。ボクは秘女の味方だけど、勇者一行の味方じゃないんデネ、その辺は解って欲しいナ」

この言い分に、アバンは溜息を吐いた。

「貴方の立場とかはどうでもいいんですが、これ以上あの子達に害をなさないと言うのなら、先刻の罠だけは大目に見ましょう」

「アリガトウ。秘女に関してちょっと話しておきたい事があるんで、後でタイミングを見て迎えに行くヨ」

「…拒否権はなさそうですね」

「不満カナ」

「いえ。あの子に関する事であれば」

「話が早くて助かるヨ」

話がついたと見るや、アバンは弟子達の後を追う為に走り出した。自分に簡単に背を向けた姿に、キルバーンは小さく肩を竦めると、現れた時と同じように空間の中に溶け込んで消えた。
そしてやや離れた所からアバンはそれを確認した。

“一応は信用してもいいでしょうかね”

幾らポップを話題に出されたとはいえ、魔王軍の一員には違いない相手をすぐに信用するなど愚の骨頂。しかし背を向けた相手に追撃しない事は、たとえ計算だったとしても話は出来ると判断していいだろう。

一息ついたアバンはリリルーラを唱えた。
その一方で、城内の自分の部屋に戻ったキルバーンも、大きく息を吐いていた。

“怖い男だネェ”

もし自分が後ろから何かしようものなら、即座に反撃出来る態勢を整えていた。

“流石、先代勇者にして現在の勇者一行の育ての親ってところカネ”

とにかく、お膳立ては出来た。
後はどのタイミングで彼を連れ出すかだ。







先行していたダイ達は、如何にもな扉を前にして立ち往生していた。

「ダイ。これは海底のと比べてどうだ?」

「同じ…だと思う」

「そうか」

この場についた途端に、まだ少し足下をふらつかせながらもさっさとヒュンケルから離れたポップは、その扉に手を置いた。

「材質から地上の物とは違う感じだな」

「そうですねぇ」

そのポップの声に被さるように、居ない筈のアバンの声がした。

「せ、先生?!」

「嘘。どうして」

驚くメンバーをよそに、アバンは何時もの飄々とした笑みを浮かべたままだ。その態度にポップは呆れたような溜息を吐いた。

「リリルーラ、ですか」

「おや、知っていましたか。流石ですね、ポップ」

「確か地上では途絶えて久しい呪文の筈ですが」

「ええ。ですが、何事にも例外は存在します」

「――――破邪の洞窟」

「正解です」

頭脳派師弟の会話に、周りはほぼ置き去りにされている。
ここでアバンは、自分が“死んだふり”をしてまで、何をしていたのかを説明した。戦闘力と言う意味では、年齢的にももう伸びしろはない。ならばそれ以外の部分で、自分にしか出来ない「何か」を身に付ける必要がある。そして戦闘力も全盛期とまではいかずとも、一度鍛え直さねばならないと。

「それに、先刻のあれ」

「何か解りますか?」

「魔法自体はトラマナ、ですよね。でも、幾ら先生でもあの威力はちょっとおかしい。破邪の洞窟で何を入手したんです?」

先刻の再会の歓喜とは打って変わった淡々とした口調。こう言う所は流石と言うべきか。
あえて『契約』とは言わなかったポップに、アバンは微かに苦笑した。

「全く、貴女と言う子は…」

アバンは懐から、金色の羽根を取り出した。

「その通り、そこにあったのは呪文とは違いました」

アバンは破邪の秘法の説明を簡単にすると、扉に向かって五芒星を描いた。

「ここで使う呪文は」

「アバカム!」

ポップの言葉を引き継ぐ形で、アバンの発動の言葉が響いた。同時に五芒星が光を放ち、重厚な扉がゆっくりと開き始める。
それを見ていたダイの表情が、呆気に取られたものからさっぱりとした明るいものへと変化した。

「どうした?」

「ポップはああ言ったけど…やっぱりおれ、力が正義ってのは間違ってると思う」

それを今、アバンが証明してくれたのだと語るダイに、ポップも何処か嬉しげに言う。

「それでいいさ。何も俺の意見が全てだなんて考える必要はない」

自分への傾倒が強すぎたダイが、初めて自分とは違う考えを表に出した事で、少しばかりホッとする。ある意味、自分からの自立の第一歩と言える。
そうして中に入ろうとした時に、唐突にヒュンケルがアバンから離反する発言を始めた。

「ヒュンケル?」

「どうしたのよ、急に」

レオナとマァムが怪訝そうな顔をする。
彼もアバンの復活を心から喜んだ筈だ。
確かに戦闘力は彼の言う通りかもしれないが、今の破邪の秘法が示すようにアバンの真価はそれ以外の所にある。中でもその経験と、ポップを上回る知識量は得難いものだ。
だがヒュンケルは意に介さずに、背を向ける。

「ヒュンケル!」

彼の後を追ったのは、それまで黙っていたポップだった。

「ポップ?」

「ほんっと、バカだな。お前」

俺も人のこと言えないけど。
言いながら、ヒュンケルの手に小さな赤い石を落とす。

「これは?」

「命の石。一度だけ、即死魔法から身を守ってくれる」

魔槍は攻撃魔法には耐性があるが、神経系に影響を与える魔法はその限りではない。

「それなら姫に持たせた方が良いのでは」

最も「死んではいけない」のは彼女だ。

「お前が一番、魔法耐性が低いからだろ」

ポップとしては、自分が持っている事で即死呪文を使われた時、そのターゲットになった仲間に命の石の効力を向けようと思っていた。当然、最優先順位はレオナだが、ヒュンケルが一人で戦うのならその前提そのものが崩れる。
効く、効かない以前に、即死呪文を使わせないようにする事が、一対多数では難易度が跳ね上がるからだ。

「…すまん」

「生き残れって言ったのは俺だ」

そう言ってヒュンケルの心臓部分にそっと手を置いた後、ポップは踵を返した。
仲間の所へ駆けて行くポップと、アバン達を一度視界に収めると、ヒュンケルは前を向いた。
無数のモンスターが迫ってくるのが見える。

“死ねないだろう?”

返事も聞いていないのに。
悲しませるのが解っているのに。
彼女だけでなく、悲しむ仲間がいる事も、もう知っているのに。
ヒュンケルは不敵な笑みを刻むと、グランド・クルスの構えに入った。
今、この時からは一人の戦士。孤高を気取っていたあの頃のように、思う存分、力を振るわせて貰おう。
                        (続)

 

2に続く
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