『四界の楔 ー風雲編 2ー』 彼方様作


戻ってきたポップに、レオナが苦笑と共に話しかける。

「よく解ったわね」

「ま、経験者ですから」

「素直に言ってくれた方がよっぽどいいわ」

「止められる可能性を無くしたいもので」

かつて嘘を吐いた者と吐かれた者のやり取りは、他の者には解りにくくはあったが、とりあえずポップが今のヒュンケルと同じような事をやった事だけは解った。
唯一、その場にいたダイは記憶喪失という状態で、当人であるポップは勿論、居合わせた他のメンバー全員が後で態々それを話す事もなかった為だ。

「一番危険な役割を引き受けてくれたんだ」

「そうですね。私を恨み、復讐するつもりでいたとはいえ、私の教えはきちんと血肉にしてくれていたんですね」

アバンがしみじみと言う。
存在そのものが特殊なポップとはまた別の意味で、思い入れの深い弟子だ。何と言っても、一つ間違えば死に別れていたかも知れない子どもであるから尚の事。
殿で、後ろからの追撃を全て食い止める事の必要性と危険性。
それを簡単にダイ達に説明していると。

「グランド・クルス?」

その光がここまで届く。
「人間」が放つ闘気技で、最大の威力を持つだろう、それ。

「行こう」

毅然と前を向いたポップに全員が頷き合う。その中でアバンだけがひっそりと溜息を吐いた。

“本当に…この子は…”

誰より情が深いのに、時と場合によっては切り捨てる事も出来る。レオナのように指導者としての教育を受けてきた訳でもないのに、この年でこんな事が出来る事自体が驚きだ。

“マトリフの影響もあるんでしょうね”

何かを聞いた訳ではないが、ポップが纏っているマントを見れば解る。あれはまだ、ハドラーの軍勢と戦っていた時に自分がマントに仕立て直したみかわしの服だ。

“取っておいてくれたんですねぇ”

こんな時ではあるが、思わずほっこりしてしまう。
そうしている内に、大広間のような場所に出る。外観もそうだったが、とても「大魔王」と言う単語からは想像出来ない壮麗さだ。

「何と言うか、本当にお城ね」

その造りを見たレオナが、呆れとも感嘆ともつかない声で呟く。
ここでどれ位の魔族や怪物が過ごしているのか知らないが、この美しさを理解し、楽しめる知能と精神と余裕を持っている者がどれ位いる事か。

「ふむ。丁度いい場所ですね。ここで一旦休憩としましょうか」

「せ、先生!?」

いきなりの言葉に、全員が驚きを露わにする。

「ダイ君もそうですが、特にポップ。貴女、このまま進んで行って大丈夫なんですか?」

「それは…無理でしょうね」

今の状態では戦うどころか、バーンがいるだろう最上部へ「ただ」行くだけでも一苦労だ。そして体力は大人しくしていれば多少は回復するだろうが、そもそも「大人しく」している事自体が無理な話だし、魔法力の回復はもっと無理だ。

「という訳で、ヒュンケルが頑張ってくれている間に、皆の回復を済ませちゃいましょうね」

言いながら、ピクニック・シートやら弁当箱やらを取り出し、準備を整えたアバンを言葉もなく見つめる。

「どうしました?」

「――――何処に持ってたんです」

「嫌ですねぇ。それは尋かない約束ですよ」

半眼のポップに向かって、アバンはチッチッと指を振る。その仕種にポップは小さく溜息を吐いた。旅をしている時もそうだったが、何処にどれだけの物を隠し持っているのだろう、この人は

“師匠なら知ってたかな”

それどころではなかったから記憶に上ってくる事もなかったが、今になってあの頃のモヤモヤが蘇ってくる。
更に、変に凝った中身を見て、もう一つ溜息。

“まさか、これ作ってて遅れた、とか言わない…よな”

あの場にいきなり現れたのだってリリルーラだったのだろうが、流石にこの疑問は口に出来なかった。
呆れ返ったようなポップを見て、アバンは誤魔化すように頬を掻いた。素直に自分を慕ってくれていたし、目的や生来の才もあってとても優秀な弟子だったが、妙な所までやたら鋭くて困る。

「まあ、とにかく座って下さい」

コホンと少しばかりわざとらしい咳払いをして、シートの上に座るように促す。

「で、ポップ。貴女にはまずこれです」

アバンが懐から取り出したのは、銀色の羽根。

「色違い、ですか」

「先端部分を強く握ってみて下さい」

言われた通りにギュッと握り込むと、全身がフワリと光に包まれた。

「ポップ?」

暖かく柔らかな光で、またアバンが持っていたアイテムによるものだから危険はないと解っていても、全身が光ると言う現象そのものに驚いて、ダイは思わず声を上げた。

「あ…」

ポップもまた、羽根を握り締めたまま驚きに目を見開いている。

「どうなったの?」

右からダイが、左からマァムが覗きこんでくる。
その二人を交互に見て、ポップが呆然と呟く。

「魔法力が…回復してる…」

「え?」

バッと全員の視線がアバンへ戻る。それを受けて、アバンは二種類の「フェザー」の説明を始めた。

「それにしても、ポップ…」

「はい?」

「これ一本で一般的な魔法使い2,3人分の魔法力を満タンに出来る筈なんですが…随分一気にレベル・アップしたんですねぇ」

そうは言ったものの、ポップが少女の姿に戻っているのを見た時点で、予想出来ていた事だった。それは本来なら喜ぶべき事、師としては褒めるべき事なのだが、彼女に限っては複雑な思いが先に立つ。

バーンとの戦いには必要な事で、この最終メンバーにいる以上当然の事だとも言えるのだが。
そんなアバンの心情は、当人であるポップにも解る。

“俺が甘え倒した結果だよなぁ”

今思えば、両親よりずっと若いこの人にかなりの負担をかけてしまった。それでもあれらを全て呑み込み、自分の望む知識を、技術を、経験を、能う限り与えてくれた人。

ダイやヒュンケルには悪いが、本人を前にすると“やっぱり好きだなぁ”なんて思ってしまう。それこそアバンが自分をそう言う対象にする事はないと解っているのに。

“その方が良いよな”

下手に二人の内のどちらかに魅かれるより、楽な気がする。自分も、相手も。どの道、自分は応えられないし、応えられても困るのだから。

「それって、何本位あるんですか?」

「一応、作れるだけ作って来たので、足りなくなる事はないと思いますよ」

そんなお互いの心情など、両者ともおくびにも出さずに話を進める。
レオナとマァムも、ポップの魔法力が大きくなる事がどういう意味か解っているが、自分達が口を出せる事ではない事も解っている。

「さて。三人は回復に集中して下さい。レオナ姫は大丈夫ですね?」

「はい。私は戦っていませんから」

「ではちょっと手伝って貰いましょう!」

「え?は…きゃぁっ」

殆どアバンに引きずられるようにして、レオナが連れて行かれる。
それを唖然と見送って、数秒後にホォッと息が零れた。

「相変わらずだな、先生」

「そうね」

残して行ってくれたシルバー・フェザーを一本手に取り、先刻と同じように握り込む。ポップの体が再び光に包まれ、それが収まるとマァムが少し遠慮勝ちに尋いてくる。

「どう?」

「んー。大体、大丈夫、かな」

二本使って漸く、と言う風なポップの魔法力は、つまり一般レベルの五人分以上だと言う事か。そんな二人の驚愕を置き去りに、ポップはダイに羽根を差し出した。

「お前も、だろ?」

「う、ん」

ダイの体も、ポップと同じように光に包まれる。自分の魔法力が回復するのを感じながら、ダイは感嘆の息を吐いた。

「ポップの魔法力の最大値って、凄いんだな」

「そりゃ、お前らと違って、俺は魔法力が尽きた時点で戦力外だからな。上げられるだけ上げとこうって思うだろ」

ポップはそう言うが、ダイとマァムからすれば「それは違う」と言いたい。ポップの最大の武器は、その頭脳だ。だが本人としては、実際の戦闘力がなければ駄目だと言う事なのだろう。







一方でアバンとレオナはキルバーンの罠を潰しつつ、あれこれと話していた。一番は、この中では戦闘力がないに等しいレオナに、戦場でのリーダーシップのとり方と、覚悟の決め方を教える事。
そして、もう一つ。

「あの…ポップ君のことは」

「はい。全てを聞いた、と思っています。あの子が話せる範囲であれば、ですが」

「そうですか」

微かに目を伏せたレオナは、アバンがまだ知らない筈のバーンの目的を話した。そしてミナカトール契約時のポップの様子と、その後彼女に聞いた楔の事を。

「それは…」

考え込む仕種を見せたアバンに、レオナも柳眉を寄せる。

「あの子はもう、芯から覚悟を決めているんですね」

出会った当初から、そして共に旅をしていた一年間でも解っていた事だが、それがより強固になったと言うべきか。そのきっかけとなったのは―――。

“恐らく、ですが…言う事ではありませんね”

その役目のせいか、元々ポップの思考は攻撃より守りに大きく比重が傾いていた。ダイや他の仲間達と出会った事で、ただ強いられた運命としてではなく「大切な者を守りたい」と言う思いが前面に出てきたと考えられる。
言う事ではない、と言うより、言ってはいけない事だろう。

「あたし達に出来る事って、ないんでしょうか」

「今まで通りが一番だと思いますよ。“特別”だと意識させるような事は返って嫌がるでしょうし」

「やっぱり、そうですよね」

ポップ本人もそう言っていた。
ただ、それでも、と思ってしまうのは身勝手なのだろうか。
そんなレオナの気持ちを察したのか、アバンは柔らかく微笑んだ。

「姫。貴女のそんな思いやりは、きっとポップも解っていますよ」

「はい」

「さて、ちょっと遅くなっちゃいましたね。三人が何かあったんじゃないかと心配し始める前にさっさと戻りましょう!」

心なしか暗くなってしまった雰囲気を変える為、アバンがわざとらしい程の明るい声と大きな動きで、今来た道を指差す。

“こう言う所、ポップ君と同じなんだわ”

ポップの、あのムードメーカーな所は持って生まれたものもあるのは確かだろうが、アバンにも多大な影響を受けているらしい。
どうしても暗く、重くなりがちな戦いの中で、明るく振る舞う事がどれだけ大切で、けれど難しい事か。

そうして思い返してみると、戦力として以上にポップがいなかったらと考えると、改めてゾッとする。勿論、戦力としても彼女がいなかったらもっと追い詰められた状況になっていただろうが、精神的な支柱としての存在感の大きさが凄いのだ。

“特に、ダイ君にとっては”

ダイの危機を救ってきたのは、何時だって彼女だった。
――――本当に、何て、残酷な
彼女がいなくなったその時に、自分は、彼女のある意味遺言とも言える、ダイを支える事が出来るだろうか。
                         (続)

3に続く
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