『四界の楔 ー風雲編 3ー』 彼方様作

とりあえず他にやる事もないし、言われた通り回復と食事をしていたポップ達だったが、それも終えてどうするかと考えていた。
何もせずにここでボーっとしているのも落ち着かないが、勝手に何処かへ行く訳にもいかない。何となく手持無沙汰になっていた。

「…何か、静かすぎてヤバいよな」

階段の方を眺めながら呟いたポップに、ダイがきょとんとする。

「何がヤバいんだ?」

「ザコ敵の殆どはヒュンケルが引き受けてくれてる。そして構造上、こういう場所って中央部だ。上層へ向かう中間地点だとするなら、ここから先出てくる敵は強敵」

「――――その通り」

ポップの説明の途中で、ゾッとする程静かな、底冷えする声が割り込んできた。

「ミストバーン…」

「下にいたんじゃ」

ダイとマァムの呟きに、ミストバーンが冷笑を返す。

「この私が、あんなザコ共に何時までもかまけていると思うのか」

クロコダインやノヴァ達を見下す言葉に、二人の纏う空気が刺々しくなる。だがミストバーンは最も警戒すべきダイではなく、ポップへと視線を向けていた。

“小娘が…”

しかしそれは一瞬で、ミストバーンは私情でしかないそれを、殊更ポップを卑下する事で断ち切る。
相対するポップは、初めてバーンを見た時に感じた違和感を思い出していた。頭頂部から爪先まで、全身を覆い隠している白い衣のせいでかなり解りにくいが、ミストバーンの気配はバーンのものと酷似している。
そしてその白い衣は、ミストバーンの自由意志では脱げないらしい。

“何者だ、こいつ”

ヒュンケルがいれば何かヒントになる事も聞けたかも知れないが、そうも言っていられない。ただ一つ確かなのは、一筋縄ではいかない強敵だと言う事だ。
一触即発のその空気の中に、割り込んできたのはアバンだった。その後ろにはレオナ。

何処かふざけているようにさえ見えるアバンの話し方に、返ってミストバーンは彼の本質を見抜いた。
アバンはフ、と雰囲気を変え、道化めいた眼鏡を外した。全てを見透かすような怜悧な瞳がミストバーンを見据える。並の魔族ならそれだけで威圧出来るような鋭い瞳。

だが当然、ミストバーンは意に介さない。そして続いた言葉の中で、ミストバーンの恐ろしさが浮き彫りになって行く。
自分を倒すと宣言したアバンが向かってくるのに対し、その視線がアバンの後ろへと移る。

「私が直接仕留めたい所だが、どうやら先約がいたようだ」

ダイ達はこの言葉にギクリとして、ミストバーンの視線を追った。そうして目に入ったのは、胸元を見覚えのある大鎌に引っかけられて空間の歪みの中へ引きずり込まれつつあるアバンの姿。

「先生っ!」

ダイとマァムが反射的に動くのを、片手を上げてアバン自身が制する。

レオナはアバンからの訓示と、自分の力では元々何も出来ない事を理解している為、きつく唇を噛んで動かずにいる。
唯一キルバーンの正体を知るポップは、最初から動く気がない。

“また面倒かけるって事かなぁ”

キルバーンは、ポップのアバンへの気持ちを知っている。
楔の水先案内人の一人である以上、彼がアバンへ危害を加える事はまずない。先刻の罠はともかく、今度はバーンの目も届かない所で何事かするつもりなのだろう。
そして弟子達の目の前で、アバンの姿は消えて行った。

「先生!!」

「ポップっ」

マァムの悲鳴と、助ける方法を求めるダイの声が同時に響く。
だが、ポップは静かに首を振った。

「どうして!?」

ダイもマァムも、信じられないとばかりに非難染みた声を上げる。比べるものではないが、恐らくこの中で最もアバンへの思い入れが深いのはポップだろう。
なのに、何故。

「先刻のヒュンケルと同じだよ。先生の意思じゃないけど、ヘタすりゃこいつより厄介な奴を引き受けてくれた事になる」

淡々と言葉を紡いではいるものの、軽くバンダナを撫で続けている仕種に、ポップの内心の動揺を悟った二人は口を噤んだ。
だがポップのその癖を知る由もないミストバーンは、嘲笑を含んだ挑発の言葉を吐く。バーンを第一とはしていても、個人的に気に入らないポップを傷付けられるチャンスを逃すつもりはないらしい。

「随分と冷たい女だな。己の師が危機に陥ったと言うのに、全く気にも留めんとは」

これに反応したのは、ポップより周りの三人の方だった。
ただその三人が何か言うより早く、ポップが口を開いた。

「何とでも言え。バーンの目的を阻止するのに『手段なんか選んでいられるか』」

「正義を標榜するアバンの使徒らしからぬ言葉だな」

「ハッ。もう忘れたのかよ。俺達の正義とあんたらの正義は相容れないって言っただろうが。ろくに理解もしてない事を知った風に語ってんなよ。みっともないぜ?」

「口だけ達者な小娘が…」

「先に仕掛けたのはそっちだろ。言い返せなくなったからって程度の低い悪口とは、お笑い草だな」

少々品のない侮蔑合戦は、ポップに軍配が上がったらしい。 by 彼方
14:07立て板に水でミストバーンを言い負かしたポップに、ダイとマァムは呆気にとられた。ポップが口達者なのは知っているが、この状況で、それもミストバーン相手に、よくこれだけ滑らかに言葉を紡げるものだ。
ポップはブラック・ロッドをミストバーンに突き付けた。

「キルバーンは、先生が相手してくれてる。そして今ここにあんたがいるって事は、ここさえ突破すればバーンの許へ行くのに障害はほぼなくなるって事だ」

隠し玉でもない限り。
言い切ったポップに、ミストバーンは更に苛立った。

“バーン様がお認めになった洞察力と度胸。そして魔法使いとしての頭脳と言う事か”

だがミストバーンにとって、ポップの言葉は机上の空論に等しい。
何故なら。

「私を倒せると思っているのか」

絶対に不可能だと決めつけている嘲りでしかないそれに、ポップもまた冷笑を返す。

「誰が倒すって言ったよ―――姫さん!」

いきなり話を振られて、レオナはハッとした。そうだ、この場の雰囲気に呑まれている場合ではない。

「行け!ダイ!」

「な、何言って…」

「アバン先生からの言葉よ。全ての戦いを勇者の為にせよ、と」

レオナはアバンから託されたフェザーを高く掲げた後、真っ直ぐにミストバーンに突き付けた。先刻のポップと同じように。
かつてマトリフ達も、そうやってアバンをハドラーの所まで辿り着かせたのだ、と。全ては勇者の為に。
ダイが目を瞠る。慌ててポップを見上げると、ポップも力強く頷く。

「何時か言ったよな。お前がいなきゃ何も出来ない程、俺達は弱くないって」

「でも」

自分は直接戦ってはいないが、戦いが終わった後の皆の様子を鑑みれば、ミストバーンが相当な強敵だとは解る。自惚れと言われても仕方ないかも知れないが、本当に自分抜きで大丈夫なのか。

「行って、ダイ。私もその話は聞いてるわ。だから、貴方は先にバーンの所に行って」

マァムもまた、後押しする。

「ダイ君」

レオナが決断を促すように名を呼ぶ。

“お、女の子っ…て”

不意にパプニカの救護室での事を思い出す。あの時は流れるような言葉の連携に驚いたが、今は三人揃って柔らかく、けれど有無を言わせぬ圧力をかけてきている気がする。
ただ、ポップとレオナ。
自分など及びもつかない頭の良さを持つ二人が同じ事を言うのなら、きっとそれが正しいのだろう。

「解った、行く。だけど」

「『死なない』よ」

ダイの言葉を、ポップは途中で切って落とした。未来の事実を告げるような断定的な口調にダイは微かな違和感を覚えたものの、それはきちんとした形になる前に霧散した。

「姫さん、任せたぜ」

「ええ」

返事と共にレオナが駆け出し、ダイもそれに続く。

“ポップ君…”

今言っても不自然ではない言葉の端々に、彼女の運命をほのめかすような不穏さを感じてしまう。彼女自身にはそんな意識は全くないのが解るだけに、その根深さが伺える。
生まれる前から定められた運命。
すぐそこにまで迫っている、その時。

“ダメ。今はダイ君のサポートに集中しないと”

考えた所で、何も変わらない。
それに、ただでさえ自分の戦闘力は自分の身を守ると言う最低限の事でさえ、覚束ないレベルなのだ。他の事に気を取られている余裕など、一ミリもありはしない。


一方、キルバーンに何処とも知れない場所に引きずり込まれたアバンは、わざとらしく大仰な溜息を吐いた。
レオナに伝えるべき事は伝えたし、ポップなら間違える事なく自分の意を汲んでくれると信じてはいるが、ミストバーンとの戦闘直前というこのタイミングは。

「余りいいとは言えませんねぇ」

あの僅かな接触でも解る。
あれは普通の魔族ではない。ただの強敵ならば、これ程気にしたりはしない。あの白い衣の下から漂っていた覚えのある感覚。

“まさか、とは思いますが”

かつて自分も使った、一種の禁呪。
もしこの直感が正しければ、弟子達がどれ程レベル・アップしていようと関係ない。足止め程度ならまだしも、決して勝てない。そしていずれは力尽きる事になる。

「そう言われてもネ。ミストが出てきた以上、ここから先のタイミングはないと思うんだヨネ」

ケロリと言ってくれた魔族に、アバンは今度は気付かれない程度に溜息を吐いた。この魔族――――キルバーンにとって、気にかける相手はポップだけなのだろうが、そのポップまでも危険に晒している状況に思えてならない。

「焦る気持ちは解るケド…秘女から何処まで聞いてる?」

「あの子が独断で話せる範囲でなら、全てだと思っています」

ポップも死の大地でそう言っていた。ならば、話す事はそう多くない。多くはないが、更に重い内容ではある。

「そう。でも期限が大分近くなってるんだヨ」

「何故です?ポップはまだ15ですよ」

10代後半――――どんなに早くても、16歳以降だと思っていた。実際、ポップも今までの七人で一番早かったのが、17歳の誕生日を迎えて一ヶ月後だと言っていた。なのに、何故。

「状況のせい、ダネ」

これまでずっと破邪の洞窟にこもっていたアバンが知りようのない、ポップの三ヶ月間をキルバーンは滔々と語った。

「最悪、バーン戦の最中って事になるネ」

純粋な戦闘で勝ち目がない場合、その「力」の発動許可が出る。
それは楔のみに使える力だが、今までの七人は使う必要のなかった力であると同時に、恐らく使いこなせなかっただろう力。生来のずば抜けた魔法センスと鍛え上げた魔法力、戦いの中で研ぎ澄まされた魔法力の扱い方。それらが揃っていてこそ、使える力。

けれど、「それ」を使うような事態が訪れるとは、アバンに弟子入りした当初はポップ自身、想定もしていなかったに違いない。
その力を使う事は、イコールで人としての時間の終わりを意味する、リミッター解除とはまた違うもの。

「本当に、神と言う存在は…」

文字通り天界から高みの見物を決め込んで、何処まで負担を強いるのか。
アバンから漂う怒気に、キルバーンは目を細めた。

「私は、私のやり方で、あの子を支えます」

避けられない運命ならば、少しでも、たとえ気休めでも、ポップの心が救われるように。

「うん。頼むヨ」

水先案内人としては失格だが、この役目自体はアバンが最適なのだから。
                         (終)


 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回はヒュンケルの見せ場……と言いたいところが、毅然としたレオナ姫が全てを持って行った様な気がします(笑) 主人公的にピンチな退場をしたアバンといい、勇者君の活躍の場はますます狭まっていく一方な気がするのは気のせいであると思いたいです。実はキルバーンよりも見せ場が少ない様に見えるだなんて、勇者応援隊からは言いにくい事実(笑)

 

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