『四界の楔 ー霧散編 1ー』 彼方様作

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪













ダイとレオナが走り去る姿を視界の隅に納めながら、ポップは小さく囁いた。

「マァム、床を思いきり殴ってくれ」

「え?」

「破片が欲しい」

「解ったわ」

マァムがミストバーンに攻撃を仕掛けるフリをして、その拳を真下に振り下ろす。大小様々な大きさの破片が出来たのとほぼ同時に、ポップの発動の言葉が響く。

「バギ!」

風に煽られ、破片が高く舞い上がる。

「イオ!」

立て続けに次の呪文が発動される。しかも連射だ。破片が欠片となり、次々と誘爆が起こり、粉塵レベルにまで砕かれた破片がイオの爆発と相俟って、弾幕の役目を果たす。

「マァム!」

「っ、ええ」

その凄まじさに呆気に取られていたマァムが、ポップの呼びかけに我に返る。今、ミストバーンの視界は完全に塞がれている。ここを逃してどうする。勿論、ミストバーンが気配も探れないレベルだとは思わないが、それでも目に頼る部分は大きい筈。

「舐めた真似を…」

マァムの攻撃が何度か当たった後、ミストバーンは一歩踏み出した。
幾らポップが人間離れした魔法の使い手でも、連射には限界がある。そして作られた破片ももうすぐ尽きる。

「バギマ!」

「何!?」

ここでポップが呪文の威力を上げた。
バギでは上がらなかった大き目の破片だけでなく、ヒビが入っているだけでまだ床から剥がれていなかった物までもが舞い上がる。

「イオラ!」

再び弾幕が厚くなる。
そしてマァムもパターンを変えながら、休む事無くミストバーンへ攻撃を加え続けている。
だが。

“手応えが…ない?”

当たってはいる。けれど効いていると言う感覚が全くない。

「きゃあっ」

その戸惑いと疑問が隙となり、それを見逃すミストバーンではない。あっと思った時には足を取られ、すぐに鞭のように長く伸びた指で全身を締め付けられる。

「く、あ、ああっ」

「マァムっ」

それを見たポップの魔法が一瞬途切れる。当然、ミストバーンはそちらも見逃したりはしない。

「しま…っ」

「遅いな」

攻撃系ならば、ほぼノータイムで発動できるポップが、次を発動させる間もなく捕えられる。

「あぁあっ」

“ヤバ…い”

せめて、ダイ達の姿が完全に見えなくなるまでは粘るつもりでいたのに。いや、攻撃を受けたからと言って、悲鳴など上げてはいけなかったのに。脊髄反射で、止める意思が働く余地などなかった。
何とか目線だけを階段へ動かすと、案の定出て行きかけていた二人がこちらへ戻ってくるのが見えた。

“ミストバ−ンの思うつぼだ!”

自分達を中途半端に痛めつける事で、ダイ達を呼び戻すつもりだったのだとすぐに解った。そして自分達全員を相手にしても勝てると、本気で考えているのだ、と。
マァムの悲鳴が耳に届く。

“くっそ…”

「来るな、ダイ。行け…ッ」

叫ぼうとするが、途中で息が詰まる。

「く…っふ…ぅ」

――――一閃。

正にその言葉通りに、鮮やかな光がミストバーンの両の指を切り落とした。ただ余りに予想外、一瞬の事だった為にポップとマァムはそのまま床に落ちてしまったが。

“誰…?”

酸素不足で少々ボンヤリした頭のまま、それをやった人物の方へ視線を向ける。シルエットは鎧の魔槍だが、気配が全く違う。それでも、知らない訳ではない、それ。

“バランの、血…?”

有り得ない筈の気配に、けれど、と思い直す。
自分に血を与えたバランが、その生い立ち故に、ただの部下として以上に気をかけていただろう相手に、血を与えない道理はない。尤も、何故今になって、とも思う。蘇生にかかる時間は個々で違うのだろうか。

「ラーハルト…」

呆然と呟いたポップを、ラーハルトは一瞥した。

「何で、あんたが…ヒュンケルは…!」

窒息寸前の状態にまで締め上げられ、今もまだ呼吸が整っていないにも拘らず、自分よりヒュンケルを気にするポップに、ラーハルトは微かに目を見開いた。

「あの男が、そう簡単にくたばると思うのか」

捻くれまくっているが、無事を告げる言葉にポップとマァム、そして戻ってきていたダイとレオナもホッと息を吐く。
そのダイへ、ラーハルトがスッと膝をついた。
バランの遺言。
「仲間」ではなく、「部下」になる、と言う。
それに対するダイの戸惑いと返答。
ダイの呼び名について。
そのやり取りを見ながら、ポップは小さく目を眇めた。

“バランの遺言だから、か。そこにダイ自身はいるのか?”

ちょっとした不信。
だがそれはダイが判断する事であって、自分が口を出す問題ではない。それに共に戦い、同じ時間を過ごして行けば自然と変化していくだろう。
そうしてラーハルトが自身の実力を見せる事で、ダイに先行を促し、ダイも先刻より素直にこの場を後にした。

“仕方ないけどさ。これに勝ったのか、ヒュンケルは”

確かに戦力的には大幅に増強できたのは事実だが、何となく悔しいと思うのは押さえられない。
ポップは一つ息を吐くと、何故か今まで大人しくしていたミストバーンへと意識を戻した。

「足を引っ張るなよ」

“あ、やっぱり、こう言う性格か”

何となく解ってはいたが、少々脱力してしまう。ヒュンケルも今でこそ随分丸くなったが、戦士系の男とはこんな風なのが多いのだろうか。

“自信と傲慢って、紙一重だよな”

が、とりあえず今は、それは置いておく。
戦力としては申し分ないし、戦術の幅が広がったのは本当だ。

暫くすると、先刻マァムが感じた違和感が事実として浮き彫りになる。

「手応えが、まるでない」

あれ程自信に満ちていたラーハルトの息が、微かに上がっている。

「それは私も感じたわ」

「…幽霊に攻撃してるようなもんか」

ポップ達の戸惑いと、自身の特性を理解したらしいと感じたミストバーンが、その優位性を愉しげに告げる。

「これで解っただろう。貴様達に勝ち目がない事が」

攻撃が当たらない、と、効かない、は違う。

“魔法も効かないんだよな、こいつ”

直接当てるやり方ではなかったが、あの数のイオとイオラを至近距離で浴びたと言うのに、焦げ跡一つついていないのだ。本体には熱さえ届いていないだろう。

「物理も魔法も効かない」

ポップが、余裕の態でこちらを見下ろしているミストバーンを見返す。

「残るは、闘気」

これにラーハルトとマァムが、思わず顔を見合わせた。

「闘気、か。あの男の得意技だな」

残念ながらラーハルトもマァムも、闘気技は使えない。そしてヒュンケルがこの場に来たとしても、最早戦える状態ではない。また彼と共にいた、あの銀色の戦士の戦闘力をラーハルトは知らない。

「ま、ないものねだりしても仕方ない」

ポップはあっさり切り替えると、ミストバーンに視線を戻した。

「どうするの?」

「まだ弱点がないと決まった訳じゃない」

今まではミストバーンが人型の為、人体の急所が集中している上半身のみへ攻撃をしていた。ならば次は下半身を責めてみるべきだ。少しでも体勢を崩せれば、そこから攻め手を見付けられる可能性もある。

「このままよりは、マシか」

「そうね。何もしないよりは」

一応の方針が決まり、三人が再びミストバーンに向き直る。

「何をしようが結果は同じ。貴様達の全滅だ」

「それで素直に諦めるようなら、ここにはいないんだよ」

ポップの背中で、毛先が僅かに揺らいでいるのがラーハルトの目に入る。それはポップの戦意に、魔法力が呼応している状態。
バランもそうだったが、竜騎衆の中で魔法をメインに戦う者はいなかった。故に、話に聞いた事はあるものの、実際に目にするのは初めてだ。
当然、呪文を使える者なら誰でも、という訳ではない。

“人間にこれ程の魔法の使い手がいるとはな”

かつて足止めの為に、たった一人で自分達に立ち向かってきた少女。あの頃とは別人かと思う程レベル・アップしている。

“新鮮なものだ”

個々の戦闘力が高かった事もあり、同じ戦場に出る事はあっても「チーム」として戦う事などなかった為、参謀的な役割を担う者はいなかった。あったのはバランの「命令」だけだ。
しかも話している間に、どうやらベホイミあたりをかけられたらしく、随分と体が軽くなっている。
一方でミストバーンは微かに苛立っていた。

“気に入らんな”

仲間の士気を鼓舞する存在。
自分個人の感情を抜きにしても、「勇者パーティの要」ともいえるポップは、最初に消しておくべきだろう。

“ヒュンケルへの影響力も大きいようだしな”

処刑台での二人のやり取りを思い出す。
ポップを殺せば、ヒュンケルは闇に染まりやすくなるだろう。たとえそれがポップの意思に反すると解っていても、理屈で憎悪を制御するのは非常に難しい。

この時点で、ミストバーンの最初の標的はポップに固定された。
この後、ラーハルトのようにどれ程加勢が増えても物の数ではないが、やりにくくはなる。そうなる前に、一気に片をつけるのが得策。

「え…」

マァムとラーハルトの反応が遅れる。
「後衛」のポップが、真っ先に狙われるとは思っていなかったからだ。
だがこれも、定石の一つには違いない。回復と攻撃の双方をこなせる賢者は、攻撃一辺倒の戦士や武闘家より厄介な事がある。更にミストバーンは、ポップがベホマズンを発動させた所も見ている。仲間全員を一気に全回復させる存在など、敵対する方からすれば鬱陶しい事この上ない。

「ちぃっ」

後ろに飛び退こうとするが、間に合わない。
ブラック・ロッドで払おうにも、ポップの腕力では逆に弾き飛ばされて終わりだ。
ビュートデストリンガーが、ポップに突き刺さろうかとした瞬間。

「な、に」

銀色の何かが、視界全体に広がった。その「白銀の男」は、ビュートデストリンガーを自身の体で受け止め、ポップを振り返った。

「よお。よくピンチになってる奴だな」

「ハ…や、ヒ、ム?」

「おお」

咄嗟にハドラーの名が出そうになって言い直したポップに、ヒムがニヤリと笑った。けれど、嫌な笑みではない。

「お前…何で」

「色々とあってなぁ。とりあえず、今はアレだろ」

行って、ヒムは「敵」を見据えた。
                  (続)

2に続く
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