『四界の楔 ー霧散編 2ー』 彼方様作

容貌が少々変わっているが、それは親衛騎団の一人、ヒムに間違いなかった。しかし、何故自分達に味方するような事をするのか解らない。
戸惑いを隠せないポップとマァムの耳に、良く通る男の声が響いた。

「仲間だ」

「ヒュンケル!」

クロコダインに支えられながらやってきたヒュンケルに、二人共にホッとする。無事とは言い難いが、それでも自分の足で立っているし、普通に話す事も出来るようだ。

“生き残ってはくれた、か”

フ、とポップが微かに口元を緩めると、ヒュンケルも視認出来るかどうかという程、口角を上げた。

「またゾロゾロと現れたものだ」

心持ち柔らかくなった空気が再び凍る。

「フ、フン。お前なんかボク達にかかれば」

それに言い返したのは、命知らずにもチウだった。だが、ミストバーンがチラリと視線を向けただけで強気な言葉は止まり、シッポがブルブルと震え出す。

“何しに来たんだよ…”

ポップの感覚からすれば、足手纏いでしかないのだが。

“あれ、老師だよな。で、おっさんも同行を許したって事か”

ならば、自分がどうこう言うのはお門違いだとは思うが、それでもチウの実力を考えると「さっさと帰れ」と言いたくなってしまう。
ヒュンケルがどうしてヒムがここにいるのかの説明を始める。

「ケッ。てめえが命の指輪なんて御大層なモン持ってなきゃ、オレが勝ってたのによ」

ヒムの何処か拗ねたような言い方に、ポップは瞬きした。

「さて、そろそろ始めようぜ」

様々な思いを断ち切るヒムの言葉で、全員が意識をミストバーンへ戻す。自分から攻撃を仕掛けて来る訳でなく、そこに悠然と佇む白い影。それが非常に不気味だ。

床を蹴って、一気に距離を縮めたヒムがミストバーンへ殴りかかる。今まで何一つ攻撃が効かなかった事を知る三人が注視する中、ミストバーンは避ける素振りすら見せず、その拳を受けた。

「ぐぅ…」

初めてミストバーンから呻き声が上がった。

「効いた…?」

マァムが呆然と呟く。ラーハルトでさえ、それとは解らない位にだが、瞠目している。
ポップがバッとヒュンケルを振り返ると、彼は一つ頷いて、三人へ、そしてミストバーンへ向けて言葉を発した。

「今のヒムは、強力な光の闘気の使い手だ」

「それって…」

ミストバーンは暗黒闘気を主として戦う。光の闘気は、先刻ポップ達が欲したものだ。そして今のを見る限り、光の闘気は確かにミストバーン有効なのだ。

「天敵、だろうな」

「お前な」

何故だか何処となく嬉しそうと言うか、満足そうなヒュンケルに、ポップは胡乱な視線を向けた。随分あっさりとヒムとの事を語ってくれたが、命がけの戦いだったらしい事は想像がつく。

“これも男同士のどうとかって奴なのかね?”

ただそれとは別に、ヒムの在り方は神秘的だ。
魔王に生み出された疑似生命体が、メタル系の生命体として生まれ変わるだけでも奇跡なのに、暗黒闘気ではなく光の闘気の使い手になるなど、一体誰が考えるだろう。

“命ってのは…”

恐らく神々ですら、その全てを理解していないのではないか。
ポップは、ミストバーンへ猛攻を続けているヒムを見た。
四界の安定を繋ぐ為、自分はいる。

“なぁ、神様達。あんたらは、こう言う色々な命をずっと見てきてるんだろ?なのに、どうして”

自分達で世界を、この無数の命を守ろうと積極的に思えないのか。
自分達はこういう「命の営み」の中にいないからか。

“いや…”

考えても同じだ。
そもそも、そんな神々の意識を変える為に、今まで自分は精一杯抗ってきたのだから。

「貴様…」

「!マズイ」

ヒムに一方的に殴られていたミストバーンが、闘魔傀儡掌を発動させる。あれに掴まったらほぼ身動きが取れなくなり、後は嬲り殺しだ。

ダン!!

ヒムが蜘蛛の巣状に広がる暗黒闘気を、力一杯に踏みつけた。それだけで完成寸前だった傀儡掌が一瞬で霧散する。

「何って、力技だ…」

「信じられない」

ポップとマァムが唖然と呟く。
このままいけば、ヒム一人でミストバーンを撃破出来るのではないか。そんな空気が生まれるが、ポップとしてはそこまで楽観は出来ない。それは恐らく長く魔王軍にいたクロコダイン、そして一応弟子と言う立場にいたヒュンケルも同じだろう。そう、恐らくはあの白い衣を取り払った後が本番の筈だ。

その後もヒムの攻撃が続き、ついにミストバーンが倒れる。あの白い衣も随分とボロボロになっている。
だがここで、そのまま進むか、それとも白い衣をはぎ取るかで意見が割れた。

「ポップはどう思う?」

「はい?」

マァムの言葉に、全員の視線がポップに集中する。いきなり最終決定を求められて、ポップは一瞬きょとんとした。いや、ここはミストバーンを一番知っているヒュンケルが妥当ではないのか?
そのヒュンケルに目をやると、静かに頷かれてしまった。

“おい”

信頼されている、という事なのだろうが、非常に重い。
そしてまたミストバーンを見て、ポップはゾワリとした悪寒を覚えた。

「う…」

何だ、これは。
何やらブツブツと呟いているが、そんな事はどうでもいい。問題はあの白い衣の下から漏れ出ている空気だ。これに重なる、のは――――。

“バーン!”

「ポップ?」

驚愕と恐怖が混在した表情で立ち尽くしたポップに、マァムが不思議そうに声をかける。

「…っ」

早くダイ達と合流した方が良いと思う。幾らダイが驚異的なレベルアップを果たしたとはいえ、一人でバーンを相手にするのは、流石にきつい筈だ。それに、何度か起きた衝撃も気になる。

だが同時に、これを放って行く事に大きな不安もある。倒した訳ではない。一時的に無力化しただけにすぎないのだ。実際にどの位のダメージを受けているのか、それはどの位で回復するのか。バーンとの戦闘中に割って入って来られたら?

「態々衣をはがす必要は、ない。だけど…動けないようにはしておくべきだ」
「ふんじばっておけってか?」

ヒムが首を捻りながら言う。

「いや」

ポップは倒れたままのミストバーンへ近づくと、ブラック・ロッドで床にガリガリと円を書き始めた。書きながら左手でマントの襟にあしらわれている魔法石を取り外す。

みかわしの服は布そのものにも魔法力を込めてあるが、それを更に強化しているのがデザインの一部として縫い込まれている魔法石だ。それを外すと言う事は、ポップの防御力が落ちると言う事だ。

だが、この場でそこまで魔法に造詣の深い者はいない。
ただ一人、正体を隠している(つもりの)ブロキーナを除いては。
ポップは外した五つの小さな魔法石を、描いた円の上に均等に置いて行く。そして、最後の一つを置いた瞬間。

「ポップ、離れろ!」

ヒュンケルとクロコダインの声が同時に響いた。
しかし円を書き始めた時から、既に呪文の集中状態に入っていたポップの反応は鈍い。最も早く反応したのは、当然と言うかラーハルトだった。

ポップの腕を取ると、瞬時に離れる。
その一瞬、ミストバーンの指がポップの足首を掠めた。ブーツに細い裂け目が入る。ミストバーンもまた、ポップが最も無防備になるこの瞬間を狙っていたのだろう。

「全く、たかが人間の小娘が、よくここまでの力を身に付けられたな」

事ここに至って、ミストバーンでさえ認めざるを得ない。
ポップが使おうとしていたのは、マホカトールだ。
通常のそれは、魔法陣の内側を聖域とし、外部から邪なるものが入らないようにする為のものだ。しかし、今ポップがやろうとしたのは邪なるものを内に閉じ込め、外に出られないようにするもの。

「よくもまぁ、こんなアレンジを思いつき、実行できるものだ」

破邪呪文と言う、高等呪文で。
笑みを含んだ声でのミストバーンの説明に、全員がポップへ視線を向ける。ポップが魔法のアレンジを得意としているのは、ここまで共に戦ってきた仲間なら知っている事ではあるが、それをその場その場に応じてぶっつけ本番で可能な事が脅威なのだ。

つい先刻、ダイがギガストラッシュを撃った時に、ポップがダイに対して感じたのと似たような事をこの場にいた者達はポップに感じてしまう。
いや、応用の幅広さはポップの方が上かも知れない。
ブロキーナが布の下で、呆れとも感嘆ともつかない溜息を吐く。

“はてさて。勇者と大魔道士、二人に師事したとはいえ、随分とまぁ化け物じみた子だねぇ”

ブロキーナがポップの魔法を見たのは二度目。
一度目のロモスでの武闘大会。
あの時も彼女は、ギラと言う、本来は複数の敵を攻撃可能なそれを一点集中させる事で、焦点への威力を極限まで高めていた。更に、メラゾーマ三発を同時に放つと言う離れ業もやってのけた。

“マトリフ以上の天才が生まれてくるとは”

世の中、広いと思う。
オリジナル・スペルを生み出す事も並大抵の才能と努力で出来る事ではないが、既にきちんと系統と威力、効果範囲等が定まっている呪文にアレンジを加えると言うのは、口で言うほど簡単ではない。

最低でも必要とされるのは。
繊細な技術力。
桁外れの魔法センス。
そのまま使うよりも高い集中力。
仲間の呼びかけに反応が鈍かったのは、そのせいだろう。

”10代半ばでこれなら、一体何処まで行く事やら”

肉体的な強度や身体能力が、その力を大きく左右する戦士系とは逆に、呪文使いのピークは身体的には衰え始める20代後半以降になるのが一般的だ。
精神の成熟度が大きく関わる為だが、ポップの現在の実力を見ると、末恐ろしい以上のものを感じる。

マァムが修行の為に訪れた時もその成長速度に驚いたが、この少女は「常識的な範囲内」を遥かに越えている。この年齢で、ハドラーと戦っていた時のマトリフに肉薄しているのだから。

“大丈夫なのかねぇ”

「竜の騎士」だというダイもそうだが、ポップもまた迫害の対象になりかねない。マトリフと言う前例を知るからこそそう思うが、「女」であるだけに他の可能性も危惧される。

“杞憂に終わってくれればいいね”

ブロキーナがつらつらとそんな事を考えている間に、事態は進んでいた。
ミストバーンが、衣を脱ぎ捨てたのだ。
現れたのは、端正な顔の偉丈夫。だが、そんな外見に意味などない。この威圧感、圧倒的な力感。全身の血が凍りつくような怖気。

“これは…”

ポップはその姿に、戦慄と同時に疑問を覚えた。

“何、なんだ…よ”

酷似、どころではない。これでは、バーンと同一だ。違いと言えるのは、せいぜい暗黒闘気の濃度位か。
―――――それでも。
負けられないのだ。
たとえ相手が『何』であれ。
                   (続)




3に続く
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