『四界の楔 ー霧散編 4ー』 彼方様作

ユラユラと蠢く、黒い影。
バーンの肉体を失ったとはいえ、あれ自体が何らかの特殊能力を持っていてもおかしくない。

先手必勝という言葉もあるが、先刻のフェニックス・ウィングのように隠し技を持っている可能性がある以上、下手に仕掛けられない。
その為にポップ達が出方を窺っていると、いきなりミストバーンが語り始めた。己の存在、バーンとの出会い、自身の信条等々…。

“なんていうか…よく喋る奴だな”

ヒュンケルやキルバーンから聞いた話では、一度口を閉じたら何ヶ月も、何年も、という事だったが先刻から随分とよく話す。ここにいる者を皆殺しにするつもりだったのだろうから、バーンとの相似性を気付かれようが構わないという事で喋り倒したのだとは思う。

“元々は喋りたがりなんじゃないか?”

それならばバーンに対する忠誠心は大したものだと思うが、何となく生温い気持ちになってしまい、ポップは思わず半眼になった。

「成程、それがあなたの本性ですか」

そこへ不意に涼しげな声が響いた。

「先生!」

マァムの安堵と喜びの入り混じった声にアバンは柔らかく微笑むと、ポップとヒュンケルにも一度視線をやった後に、ミストへと視線を戻した。

〈……キルはどうした〉

「私がここにいる事が答えでしょう?」

剣呑な声での問いかけに、アバンはサラリと答えた。

〈貴様がキルを倒したというのか〉

その結果は、ミストにとっては全く予想外だった。確かにキルバーンは直接戦闘向きではないが、アバンの戦闘力はダイやヒュンケルに比べればかなり落ちる。後れを取るとは思っていなかったのだ。

「意外ですか?そもそも彼は本気での戦闘などやった事はないでしょう?経験値、というのは侮れないものですよ」

余裕の態で話すアバンを、ミストが憎々しげに睨む。
その様子を見ながら、ポップは内心呆れた溜息を吐いた。

“実際は戦ってないよな…一体、何を話してたんだか”

自分のことだけしか話さなかった訳はないだろう。
だからと言って、魔王軍の情報と言った所で今となってはたかが知れている。バーンの弱点など流石に知らない(そもそもあるのか?)だろうし、詰まる所、このミストの正体を先に知らされていた位だろう。

「さて、お喋りはここまでにしましょうか」

〈嘗められたものだな〉

ミストが苛立たしげに言葉を綴る。肉体をバーンに返上したとはいえ、自分自身が全くの無力な存在だと思われているとは、腹立たしい限りだ。

「別に嘗めているつもりがありませんよ」

そう言って、アバンがヒラリとゴールド・フェザーの先端をミストへ向けた瞬間。

「バギ!」

〈何?〉

それに驚いたのは、アバンとポップ以外の全員だ。
今更、バギに何の意味があるのか。幾らミストが暗黒闘気の塊とはいえ、霧散するようなものではないというのに。

だがその驚きが醒める前に、アバンがフェザーを投げた。
それはポップが空気の流れを操り移動させる事で、再びミストを中心に五芒星を作った魔法石の外側に突き刺さり、綺麗に二重の五芒星を描いた。

「マホカトール!」

「ニフラム!」

二種類の呪文の発動の言葉が同時に響く。
破邪の秘法で強化されたマホカトールと、その内側のニフラムが相乗効果を起こし、圧倒的な浄化の光がミストへと降り注ぐ。

〈バ…バカな…っ〉

考えた事もない「攻撃」だった。
何しろマホカトールもニフラムも、本来は戦闘を避ける為の呪文だ。ニフラムは不死系には有効だが、ミストは不死系ではない。

その上、ポップもアバンも目線すら合わせていなかった。それなのに、最初から決めていたかのように同時に動き、最適な組み合わせを選び、呪文が被る事もなかった。

“これが師弟の絆だとでもいうのか!”

徐々に自身の体の輪郭が崩れていくのを感じながら、その二人ではなく、ヒュンケルへ視線を向ける。
一応は「弟子」であった存在。
だがあんな信頼や絆など、自分達の間にはありはしない。

当然だ。
自分達は、ただ利用しあう関係でしかなかった。ヒュンケルはひたすら強くなる為に。自分はヒュンケルの肉体を、バーンの肉体の代替品とする為に。
彼はただ、静かすぎる程静かに、こちらを見ている。

〈が…あ…〉

痛みなどは全くない。
あるのは奇妙な喪失感。死への恐怖すら感じない。

“何だ、これは”

体が失われていけばいく程、喪失感は薄れていき、代わりとでもいうように充足感が満ちていく。

“何故だ、何故…”

この自分が、バーンに仕える以外にこんな感覚を持つなど有り得ない、あってはならない。それも、これから先バーンの為に何も出来なくなるというのに。眼前の敵を、一人も減らせなかったというのに。

「満足のいく死」など、自分にある筈もないというのに!
そこへ聞こえる筈のない声が聞こえてきた。

――――闇に生まれし者、光の中で眠れ

その声の、余りの静謐さと穏やかさにミストは驚愕のままに声の主を見た。そこにいたのは、声と同じような表情をしたポップ。

“何故…!”

この充足感は、あの少女が与えているものなのか。
まるで自分の幸せを願っているようにさえ見える姿。
何故、そんな事が言える。
何故、そんな顔が出来る。
何故。
何故。
何故―――。

全く理解が出来ないまま、消滅していく体とは真逆に、心には温かく柔らかなものが満ちていく。こんなものが世界にはあったのか。これが蔑み続けてきた人間の心なのか。

“バーン様…!”

それがミストの最後の意識だった。
光に包まれた濃密な闇の生き物が、その光の中に溶け込んで消えていく。
ミストが消滅したのを見届けると、ポップは支えにしていたクロコダインの足元に座り込んだ。

「お、おい」

「大丈夫か」

「ちょっと疲れただけだから」

バギもニフラムも呪文としては難しいものではないし、魔法力の消費も少ない。ただ、メドローアを実質連発した直後であるだけに、実際以上の負担を感じてしまうのだ。
それとは別に、もう一つ。

“無茶をしますねぇ…”

アバンがそっと溜息を吐く。
それこそどんな手を使ったのかアバンでさえ図りかねるが、ポップはミストへ心を添わせていた。それが呪文を同時発動させ、シンクロさせていたアバンにも余波が来ていたのだ。

ポップは光の闘気の使い手ではない。
全くの無防備の状態でミストの精神に触れるなど、無謀としか言えない、のだが。

“全ての命は幸せになる為に生まれてくる、ですか”

ポップの持論を思い出す。
素晴らしい理想だと思うと同時に、そこへ辿り着いたポップの背景や心情を想像すると、どうしても痛々しさを覚えてしまう。だがこれは、誰が口を出していい事ではない。

「ポップ」

座っている彼女の前に同じように座り、シルバー・フェザーを差し出す。

「先生…あの」

それを受け取りながら、ポップが少し伺うような上目遣いでアバンを見る。
恐らくアバンに余波が行っていた事を自覚し、自分がどれ程無茶な事をしたかも解っているからなのだろう。
その様子に、アバンは毒気を抜かれたような気分になる。

“これが無自覚なんだから、困りものですよね”

もしも師弟でなかったら。
これ程、年齢差がなかったら。
フローラがいなかったら。

“意味のない仮定ですね”

何より、ポップはそれを望んでいないのだから。

「無茶だったとは思いますが、間違ってはいませんよ」

「…はい!」

アバンの言葉にポップはパッと表情を明るくして、嬉しげに頷いた。
フェザーで魔法力を回復させると、その流れでベホマラーを発動させる。全員体力の消耗こそあるが、特別重傷を負っている訳ではないので、ベホマズンまでは必要ないだろうと判断したのだ。
そして一度バンダナを外し、バサバサになっていた髪を軽く整えて結び直す。

「さて。次が正真正銘、最後の戦いだな」

「行くつもりなのか」

ラーハルトの問いに、ポップは小首を傾げた。

「寧ろ、ここで行かない選択肢なんてあるのか?」

「完全体のバーンが待ち構えているんだぞ」

「―――ミストバーンに歯が立たなかったのは、ここにいる全員同じ事だろ。それに敵わないのが解っているから戦わないっていうんなら、俺はあんたと顔を合わせてさえいないぜ」

言われて思い出す。
この少女は、今とは比較にもならない程未熟だった時に、たった一人で竜騎衆の前に立ちはだかったのだ。ダイの、為に。

「ここにいる皆、そうさ。自分だけが特別なんて思うなよ」

「ああ…そうだな」

どうやら自分はポップを、更にはこの場にいる者達を見くびりすぎていたようだ。

だがここで、ポップはつい、とチウに視線をやった。その目は明らかに「お前も来るのか?」「場違いだぞ?」「庇ってやれないぞ?」「死ぬぞ?」と言っていた。

だが、当然チウにはそんな事は解らない。ただ、余り仲がよろしくないポップから邪険にされている事だけは、何となく察したらしい。絶対についていくとジタバタし始めた。

それを見ながら、ポップは「バシルーラかけてやろうか」などと不穏な事を考えていたが、マァムが慌ててポップからチウを引き離した。ポップは緩く首を振ると、階段へ向けて歩き出した。






最上階。
ダイは一人でバーンと対峙していた。
まさかバーンが「若返る」など、予想出来る者などいないだろう。そこからは一方的だった。
つい先日の、殆ど何も出来ずに敗北した記憶が蘇える。いや、突破口は見えている。ただそれが、一人では成せないだけだ。

“もう、負けられないんだ”

後がない。
けれど、今のままでは勝率はゼロに等しい。

―――仲間が欲しい

切実にそう思う。戦闘力を持った仲間が、欲しい。
任されたのに、そう思ってはいけないのかもしれないけれど。
こう考える時点で、気持ちが負けているのかもしれないけれど。

そこへ、複数の足音が聞こえてくる。ダイだけでなく、バーンもそちらへと視線を向ける。現れたのは、ダイが望んでいた仲間達。
先頭にいたのは。
アバンではなく。
戦闘力の高いラーハルトでもなく。
ポップだった。
                         (終)


 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回活躍キャラは、文句なしにヒロインポップでしょう。敵対していたミストバーンにへも注がれた慈愛の精神は、まさにヒロイン……! そして、出番がほぼ抹消されてしまったマァムが何とも不憫で…っ。まさか、マァムにダイに対するのと同じ不憫さを感じる日が来ようとは思いもしませんでした。いや、ヒュンケルの出番が減ったのはさして同情しないのですが。

 それにしても、クロコダインのさりげない好感度アップや、密かに発生してきたアバン先生の浮気疑惑(笑)など、恋愛面でもポップは大活躍中ですね♪

 

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