『四界の楔 ー霧散編 3ー』 彼方様作

再び攻守が逆転する。
つい先刻まで、あれ程効いていたヒムの光の闘気も全く通用しない。

“幾らなんでも…”

ポップが目を眇める。あの布越しではない、直接攻撃を受けて掠り傷一つ負わないと言うのは、異常としか言いようがない。

“スカラとは違う”

暗黒闘気に覆われて解りにくいが、注意深く観察すれば強力な魔力も同時に感じる。とはいえ、それはスカラのような一般的なものではない。

“単なる防御力アップの方法を使ってるのとは違う”

それが何なのか、見当もつかない。

「このままじゃ…」

消耗戦の果てに全滅する。
ジリジリしながら、それでも突破口を見出す為にラーハルト達が攻撃を続けているのを、じっと見詰める。
そんな中、ミストバーンが高らかに宣言する。
――――己が魔王軍最強なのだ、と。

“違う…!”

しかし、それに対してポップは直感的にそう思った。何故と問われても明確な事は何一つ言えないが、初めてバーンとミストバーンを同時に見た時の感覚がそう告げている。
一旦、一ヶ所に全員が集まる。

「…凍れる時の秘法」

それを見計らい、ブロキーナがそう呟く。
その名称を耳にしたミストバーンが、僅かに反応する。だがブロキーナはそれに構わず、かつてのアバンとハドラーの戦いを語って聞かせ、その最後にポップへ言葉をかけた。

「確かに普通の攻撃は効かないよ。でも、君はマトリフから受け継いでいるだろう?」

――――最強無比の攻撃魔法・メドローア

“うわぁ…”

仲間の期待が集中するのを感じる。こういう状況は初めてなだけにプレッシャーが凄いが、そんな事を言っている場合ではない。

「あれは隙の大きい呪文でもあるからね。その時間はボクが作るよ」

飄々と言ってのけたブロキーナは、シーツを縫い合わせたような布の裾をひらめかせてミストバーンの前に出た。
道化めいた小柄な姿に、けれどミスたバーンはポップ達を相手にした時のような侮りを見せなかった。

「頼んだよ」

行動を開始する直前に小さく告げられた言葉に、ポップはやや幼い仕種でコクリと頷いた。ここは正念場の一つだ。
そうして始まった戦闘で、誰もが目を瞠り、息を呑んだ。

「すげぇ…」

ヒムが素直に感嘆の声を漏らす。

「なんて動きだ」

自身の実力に絶対の自信を持つラーハルトでさえ、認めざるを得ない。
圧倒的なスピードがある訳ではない。だがミストバーンの動きを全て紙一重で躱し、変則的な動きで的を絞らせない。格闘における実力とは、パワーとスピードだけが全てではないと知らしめるような、いわゆる「柔よく剛を制す」を体現していた。

その中でタイミングを見ては、ミストバーンへ拳や蹴りを入れる。勿論効く訳ではないが、それは少しずつミストバーンの苛立ちを誘い、動きを雑にさせ、判断力を鈍らせていく。

“百戦錬磨って奴だよな”

ポップは一度深呼吸すると、メドローアの準備に入った。恐らく、タイミングは一度きり。マトリフ程ではなくても、ブロキーナもかなりの高齢だ。全力で動ける時間はそう長くないだろう。

「ポップ、今よ」

マァムがブロキーナの動きを見て、そのタイミングを告げる。
ミストバーンの体勢を大きく崩す技、土竜昇破拳が繰り出される前動作に入ったのだと言う。
だが。

――――不発

ブロキーナが息を切らしながら、悔しげに言葉を綴る。武闘家や戦士は加齢が大きく影響する職業だ。
ミストバーンがブロキーナが頭から被っている布の首根っこを掴み、まるで猫の子のようにぶら下げる。これでもメドローアを撃てるのかと言わんばかりに。
ブロキーナを盾代わりにして、何処か得意げにさえ見えるミストバーンだったが、ポップは動じない。メドローアの体勢を崩さないまま、口角を上げた。

「先刻、言わなかったか?手段なんか選んでいられるかって」

「そうだよ、ポップ君。こんな老いぼれ一人の為に、真の目的を見失っちゃいけない」

二人のやり取りに、マァム達が驚愕する。
ブロキーナの覚悟はまだ解る。けれど、あれ程「命」に拘っていたポップの言いようが信じられない。

「お、おい。いいのかよ、ヒュンケル」

ポップに限らず、アバンの使徒一人一人に関してよく知らないヒムが、唯一「知っている」と言えるヒュンケルに慌てて問いかける。

「ああ」

短く肯定したヒュンケルを見て、ヒムは安心したように視線を戻した。その様子に、ヒュンケルは微かに苦笑した。ほんの先刻まで敵対していたと言うのに、随分と人(?)が好い、と言うか。
だが、すぐに表情を引き締める。
ヒュンケルの心配は別の所にある。無策な訳ではないだろうが、ああいう言い方をする時のポップは、自分自身を危険に晒す事が多いのだ。

“勝算をどの位で計算している?”

「メドローア!」

発動の言葉と共に、光の矢が放たれる。

「ルーラ!」

そして間をおかずに発動されたのは、最高の移動速度を誇る瞬間移動呪文。光の矢を追い抜いたポップはブロキーナを奪い返し、移動の勢いを利用してミスたバーンを蹴りつけ、その体勢を崩した。
それで全員がミストバーンの消滅を確信した。

しかしここで、今まで使う機会のなかったミストバーンの対魔法に絶対の威力を誇る返し技、フェニックス・ウィングがメドローアを弾き返した。
それは有り得ない事、だった。
ほんの僅かとはいえ、確かにメドローアがその手に触れたと言うのに、消滅せずに反射したのだから。

“ちっ”

追ってきた光に、ポップは舌打ちした。
何かあるかも知れないとは思っていたが、まさかここまで正確に弾き返されるとは予想外だ。
その光景を愕然と見上げている仲間の一人の名を呼ぶ。

「おっさん!」

「な…っ」

言葉と共に、ポップはクロコダインに向かってブロキーナを投げ落とした。
満身創痍のヒュンケルには頼めないし、ヒムやラーハルトでないのは、ポップ自身の信頼や安心感の違いだ。マァムを外したのは、受け止めた時の衝撃が、腕が太い方が双方小さくて済むからだ。
ボフ、と軽い音を立てて、ブロキーナはクロコダインの腕に納まった。

「ポップ!」

マァムの悲鳴が響く。
だがブロキーナを手放した事で、自由に動けるようになったポップは空中で体勢を反転させ、あろう事か真正面からメドローアを受け止めた。
エネルギーがスパークする凄まじい音と、眩い光が広がる。

「ふざ…けんな――――っ!!」

ポップの叫びと共に、メドローアが相殺される。
以前のバーン戦でもやった事だが、ここまで追い詰められた状況で同じ事をやってのけたポップの精神力は驚嘆に値する。
ポップが床に降り、そのまま座り込む。

ミストバーンは内心ほくそ笑んだ。
あの時もポップは、メドローアを相殺した時点で魔法力が尽きたような事を言っていた。超絶的な威力を誇る一方で、それだけ多くの魔法力を消費するのは当然の事だ。
メドローアを封じたこの時点で、自分の勝利は確実となった。
だが、当のポップがクロコダインを支えにしながら、フラリと立ち上がった。

「ポップ」

クロコダインが心配げに声をかけるが、ポップはそれに軽く頷いただけで、まだ彼の腕の中でへたばったままのブロキーナに頭を下げた。

「すみません、老師。無茶やって」

「君が謝る必要はないよ。元はと言えば、ボクのミスだ」

寧ろ、よくあそこまでやれたと感心する。
この短時間で、ブロキーナは正直、二度死を覚悟した。だがそのいずれも、ポップが回避してくれた。

“本当に…とんでもない子だね”

「しかし、どうする?」

クロコダインの逆側から、ヒュンケルが尋いてくる。
ポップとブロキーナが助かったのはいいが、戦況は最悪だ。万策尽きた、と言っていい。
それに、ポップはニィッと笑った。

「ポップ?」

「大技なんか必要ないんだよ」

「どういう意味だよ」

何時の間にか全員が周辺に集まって来ていた。
メドローアが通用しなかった時点で、ミストバーンに有効な攻撃手段はもう残されていない筈だと、何処となく不機嫌そうにヒムが問いかけてくる。

「最初から不思議だったんだ。あいつとバーンが放つ気配がほぼ同じな事」

「同じ?」

「ああ。違うのは暗黒闘気の濃度位だ」

ポップの視線は、ずっとミストバーンの顔…その中でも額に向けられている。

「そしてミストバーンが大きく動く時、必ず額のあの黒い奴が大幅に揺れてる」

この言葉に、ミストバーンの表情が僅かに歪んだ。
尚もポップの言葉は続く。

「凍れる時の秘法で動かない筈の体を動かしているのが、多分あれだ。そしてあれが暗黒闘気の塊りのようなものなら、二フラムで十分いける」

「ちょっと待て。それでは、まるで」

ラーハルトがポップとミストバーンを見比べる。
だがここで、今まで悠然と構えていたミストバーンが、初めて自ら動いた。

「黙れ、小娘」

「――――あんた、頭は余り良くないよな」

今こんな発言をするなど、ポップの言葉を肯定しているようなものだ。
と、不意にミストバーンの反応が変わった。
誰か―――バーンに違いないが―――と交信しているように見える。そうして暫くすると、ポップが指摘した額の黒い塊が大きく揺らぎ、次いで、その肉体のみが掻き消えた。

「あれが…本体」

ポツリと呟いたポップに、目と思しきものがギョロリと向けられ、その姿がシャドーに似た形へと変化していく。

「どういう仕組みでかは知らないが、つまりあれはバーンの肉体で、バーンの戦闘力をあいつが使ってたって事だ」

バーンがどれ程の力を持ち、元から長命な種族の魔族だとしても、生物である以上「老化」は避けられない。それをほぼゼロにする為の方法が「凍れる時の秘法」であり、ミストバーンは本来動かない肉体を守護する存在だと言う事だ。

「何だよ、そりゃぁ。自分のもんじゃねぇ力を使って、あんな得意げにしてたってのかよ」

ヒムが吐き捨てるように言うと、黒い影が不穏に蠢いた。

〈人形如きが偉そうな口を叩くな〉

「ハン。それでもこれは、オレ自身の力だぜ」

「―――ヒム」

長々とした言い争いになりそうな所を、ポップが止める。
無駄な時間を使っている場合ではないのだ。簡単に言えば、バーンが完全体になったと言う事なのだから。老人の状態でも、あれ程の戦闘力を誇ったバーンが。
一秒でも早く、ダイの所へ行かなければ。
                    (続)

4に続く
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