『四界の楔 ー杜門編 1ー』 彼方様作

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪













カツ―…ン。

固く、冷たい音を立てて、幾つかの宝玉のような物が床に転がった。そしてそれと同じ人数が減っている。

「ダイ…姫さんもあの中か?」

「うん」

ダイが出来るだけの説明をする。

「何と言うか、まぁ」

バーンからすれば、大した戦闘力もないのにウロチョロされるのが鬱陶しいという所だろうが、こちらとしても悪い話ではない。

「どういうこったよ」

ヒムが不機嫌そうに尋く。

「バーンが戦うまでもないと判断したって事は、それだけ戦闘力が低いという事だ。言い換えれば死亡確率が高い奴が瞳ってのにされたと考えれば―――親切だとも言えるんじゃないか?」

奴の魔力で作られたものなら、そりゃ頑丈だろうしな。
皮肉気に言いながらバーンを見据えたポップの、その逆転の発想にヒムとラーハルとは瞠目し、バーンは口角を上げた。

「相変わらず、面白い考え方をする奴よ」

「…あんたと会ったのは、まだ二度目だけど」

冷ややかなポップの返しに、バーンはクツクツと笑った。

「どうだ?余の許に来んか?」

それはポップ達が来る前、ダイとレオナにもかけられた誘いだった。どうやらバーンは、気に入った相手は一度は勧誘しなければ気が済まない性格らしい。

「相容れない、と言ったよな」

「余は二心を持っていようと構わんぞ」

“ふうん”

成程、キルバーンの事はとっくにバレているらしい。
まぁ、ザボエラなど、忠誠心の欠片もないような奴だし、フレイザードもそうだった。

最初からそうだった訳ではないが、裏切ったクロコダインやヒュンケルの行動にも、大して思う所はなさそうだ。ハドラーに関してはバーンの方が裏切った。尤も、ハドラーにも魔王としての矜持はあっただろうから、下剋上を狙っていたとしてもおかしくはない。

バランもまた、バーンに忠誠を誓っていたというよりは、自分の目的の為に魔王軍を利用していたと言った方が正しいだろう。

“改めて考えると、魔王軍ってバラバラだよな”

だからこそ、こっちは何とかやってこれたのだが。
ポップは小さく息を吐いた。

「主義主張以前の問題でさ、俺は『自分だけが大事』な奴と一緒にいたくはないね」

そんな魔王軍の中で、唯一バーンに全身全霊の忠誠を捧げていたのは、恐らくミストだけだろう。それも何千年という、気の遠くなるような長い時間を。
 
そして今、自分達がこうして現れたという事は、ミストの死、そうでなくとも無事ではないと誰でも察せられる事なのに、気にする素振りすらないのだ。それは信念以前の、感情の問題だ。感情が納得しない相手の手を取るなど、余程の利がなければ出来ないし、その利が全くないのだから出来る筈がない。

「そうか。惜しいな」

バーンもまた、ダイやレオナに誘いをかけた時と同じく、執着はしなかった。
だが。

“まぁ、今でなくとも構わん”

レオナとは違い、実際の戦闘力があり。
ダイとは違い、ただの人間。
そう、ただの人間でありながら、自分の目に留まる程の魔法の使い手。そのアンバランスさが興味を引く。上手くいけば、初めて自分の隣に並び立てる存在が手に入るかもしれない。

「俺達は、あんたを倒す為にここまで来た」

ポップがスゥ…と戦闘モードに入る。
その瞬間、その全身をフワリと緑の光が包み込んだ。それが見えたのは、ポップより魔法力が上であるバーンだけだったが、そんな風に魔法力で防御力を上げる事が出来る存在が、どれだけ稀少かを知っている。

尤も、バーン自身はそんな事をする必要がないので、やってみようと思った事もないが。

“やはり面白い”

「ならば来るがいい」

他のメンバーどころか、ダイですら置き去りにして、バーンと真っ向から対峙しているのはポップだった。

「焦んなよ。俺一人であんたとやりあえる訳ないだろ」

薄く笑ったポップに、バーンもまたニヤリと笑った。
それを合図とするように、今まで一人で戦い体力の消耗が激しいダイと、この中で唯一後衛タイプであるポップを庇う形で、残っていた三人がバーンの前に立つ。
アバン、ヒム、ラーハルト。
その動きを見て、バーンも応戦の構えをとった。

「あれは」

それを見たダイが飛び出しそうになったのを、ポップが引き止める。

「ポップ。バーンがあの構えをとった時はヤバいんだ!」

「だからだ」

反発したダイに、短く答える。
危険だからこそ、今はあの三人に任せるべきだ。それは三人自身も解った上での行動の筈だ。この中で、バーンの恐ろしさを知らない者などいないのだから。

「ポップ!」

「闇雲に全員でかかって、どうにかなる相手じゃないだろ」

「それは、そう…だけど」

ポップの拘束など、ダイにとって何の意味もない。振り払うのは簡単だが、目に入ってきたポップの表情に息を呑んで…動きを止めた。
戦いに対する直感、本能的な部分はダイの方が遥かに上だ。

けれど、それだけではどうにもならなかったのも事実。ならば、今まで何回も絶望的な状況を打破してきたポップに任せて、作戦を練って貰うのが得策だろう。
そうして、三人を迎え撃ったバーンの技を見て、ポップはゾッとした。

“何だ、あれ…”

技の威力もさる事ながら、驚くべきはその反応速度だ。

“方法は、一つ”

「ポップ…」

「ああ。お前も解ってはいたんだろ?」

「うん」

その短いやり取りの後、バーンの嘲笑混じりの言葉にポップは反射的にそちらへ向かった。

「先生!」

「…後は頼みましたよ、ポップ」

全幅の信頼を置いた笑みを向け、アバンも瞳の中に封じられた。ポップはほんの一瞬だけ俯くと、勢いよく顔を上げてバーンへと視線を向けた。

「ポップ」

ダイが心配げに声をかけるが、ポップはダイの頭に軽く手を置き、不敵に微笑ってみせた。

「心配すんな」

やる事は、決まっている。

自分の最強の呪文、メドローアすら見せ技に使い、必殺のタイミングを教えてくれたポップ。そのポップの呼びかけに応じ、命までかけてくれたヒムとラーハルト。

更にポップは、三つの技全てを受ける役を引き受けるという。
これを無駄にする訳にはいかない。
いや、無駄にしてしまえば、それはイコールで敗北だ。バーンの挑発など気にする必要はない。

「俺達は二人で戦ってるんじゃない」

ポップの声がダイに届く。
耳に心地いい、落ち着いたアルトの声。何度も自分を助けてくれた、支え続けてくれた人。彼女を信じずに、一体何を信じるというのか。

「愚かだな。絆や魂などで余は倒せん」

「言ってろ」

ポップが床を蹴り、バーンへ飛び掛かる。
一撃目、二撃目を簡単に返され、三撃目の返し技であるカイザー・フェニックスの炎がポップを包み込む。
バーンの哄笑が響く中、ポップの胸がブワリと白銀の光を放った。

「何!?」

「跳ね返せえぇ―――っ」

余りの魔力の大きさ故に、反射した瞬間にシャハルの鏡は砕け散った。

“バーン。これも絆の一つだぜ”

自分達は憎しみで敵対していた訳ではない。
そしてハドラーがバーンから離反していたあの時には、利害関係すらなかった。あったのは、意地とプライドの張り合いだった。
そしてそのポップの様子を「瞳」の中から見ていたヒムは、満足げに口角を上げた。

“やってくれたぜ、シグマ”

今度はバーンが炎に包まれる。
それを見ながら、ポップは素早くマントの残りの布―――下半身部分をポンチョのような形で上半身に巻き付けた。
殆ど魔法力を消費しないトベルーラを応用した形で大分重量を減らしていたが、正直あれはかなり重かった。

“ま、誰にも見られちゃいないだろ”

全員、バーンの方へ注目していた筈、だ。
そのバーンは未だ硬直から抜け出せず、炎の中にいる。どれ程魔法への耐性が高くても、あれでは呼吸が出来ない。どんな生物だろうが、呼吸が出来なければ死に至る。

“けど…これで勝てるんなら苦労はないよな”

ポップがそう思うとほぼ同時にバーンが炎を蹴散らした。
その瞬間を狙いすまして、ダイがバーンの片腕を切り落とし、その事でほんの刹那バーンが茫然となった隙を見逃さずに、返す刀で彼の心臓にダイの剣を突き立てた。

「ダイ!」

これで天地魔闘はもう使えない。
だが、剣を突き立てた状態で、これ以上どうやって攻撃するつもりなのか。

「な…っ」

ダイが選んだ攻撃方法に絶句する。
剣を避雷針に見立てたライデインの連発。確かにダメージそのものはバーンの方が大きいだろうが、元々の耐久力もバーンが上だ。あれでは共倒れになってしまう。
ポップは拳を握り締めた。

止めた方がいい。
けれど―――他が思いつかない。
ここにきて、ダイの命を代償にしかねない状況に甘んじなければならないのか。

“くっそ。考えろ、考えろよ!手が全くないなんて事、絶対にない!”

どれ程バーンの戦闘力が高かろうと、生命力が強かろうと、完全無欠ではない筈だ。それを見つけてダイを援護できるのは自分しかいないのに。
しかしポップが動くより先に、バーンが最大の切り札を切った。
―――黒の核晶の発動。

“あの柱にそんな意味が”

そして最後の一本を、この真下に落とすのだという。
止めようが、ない。
この瞬間、全員の心の中に絶望が広がった。

                          (続)

2に続く
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