『四界の楔 ー杜門編 2ー』 彼方様作 |
“それでも…届かないのか…” ポップは唇を噛んだ。 ―――限界、か 「ダイ…お前、まさか」 「もう、それしかないから」 竜魔人化するつもりなのか。だが純粋な竜の騎士ではないダイに、その能力は備わっているのだろうか。 「あ…」 そこで気付く。 “継承されてたんだ” そう言えば、あの時ダイはバランの手を握っていた。仕組みは解らないが、バランの父としての子を思う心が宿ったものなのかもしれない。ただそれはそれとして、竜魔人化などさせる訳にはいかない。 「ポップ…?」 「お前がそこまでする必要はないよ」 「何、言って…」 怪訝そうに見上げてくるダイに、小さく笑う。 「何か手があるとでも言うのか。ただの人間であるお前に、今更」 あからさまに見下した言葉。 それは、まだいい。 “これが、ただの人間、か?” ポップはフ、と息を吐くと一歩前へ出た。 “…最後、が…” レオナの瞳の中で、黒髪が揺れる。 地上では、メルルが顔を覆った。 「メルル?」 「行って…しまわれる…ポップさん!」 引き攣れるような、細く小さな高い声は、隣にいたフローラにしか聞こえなかった。他に聞こえたとしても、その意味は理解できないし、説明も出来ないが。 “あの子は…帰ってこない…” フローラは愕然と空を見上げた。 「どうしたの?」 エイミがそっと声をかける。 「少し…疲れたので…」 「そう。仕方ないわよね」 「すみません」 理性のリングの力で底上げされているとはいえ、他者と意識を繋ぐ事で心身にどんな影響があるのかは誰にも解らない。故に、メルルを引き留める者はいなかった。 “ポップ…さん…” 彼女の強さに憧れた。 “ああ…” 流れ込んでくる彼女の心に、一切の迷いがないのが悲しい。 “ポップさん…!” どんな言葉も思いつかない。
「赤の動印」 静かな呟きと共に、ポップの右掌の上に赤ちゃんの拳程の大きさの赤い光球が現れる。 「青の静印」 今度は左掌に青い光球。 「白の流印」 そして頭上に白い光球。 「発動―――封滅印」 ポップが言い終わると同時に、三色の光球がバーンへ向かって飛んだ。それはバーンを中心にして、まるで衛星のように弧を描いて回り始めた。 「これが、何だと」 それらを軽く振り払おうしたバーンだったが、その手が光球に触れる事はなかった。それは何度やっても変わらない。 「貴様!一体何をした」 「八代目、神の秘女の名において―――大魔王・バーン、あんたを封じる」 「余を封じる?」 鼻で笑おうとしたが、実際に大して速度がある訳ではない光球に触れる事も出来ず、そればかりか、気付くとその場に縫い留められたかのように足が動かない。 “神の姫?” 蚊帳の外に押し出された形のダイは、初めて聞く単語に眉を寄せた。名前の感じからすると、自分(竜の騎士)と同じく神の手によって生み出された存在なのか。 「ポップ君…」 そこへレオナの微かな呟きが聞こえてきた。 「レオナ!ポップは」 ダイの問いかけに、レオナは小さく首を振った。 「もう…どうにもならない…」 「どういう事だよ」 「あれは、最後の手段なの」 何時、「許可」が下りたのかは解らない。確かにヴェルザーの幻影は現れたが、少なくともそれと解るようなやり取りはなかった。いや、メルルと精神が繋がったように、ヴェルザーとの間でも同じ事が起きていてもおかしくはない。 「…あ」 微かな、けれど確かな驚愕を含んだ声が、レオナから零れた。 「え?」 再びポップを見たダイは、目を疑った。 「ポ…プ…?」 しかもその髪は風もないのに、不規則にフワフワと揺れている。 「き、きさま…っ一体…」 「言ったろ?神の秘女―――もう一つの名を四界の楔」 「楔だと!?」 「ああ。あんたは話半分に聞き流していたらしいがな」 これにレオナはハッとした。ポップ達、楔の庇護者として堕天したというヴェルザー。彼は彼で、動いていたのだ。もしバーンがその言葉を聞き入れていれば、今回の戦い自体なかった。そうでなくとも、ヴェルザーが自由の身であったなら。 “あれは…” 僅かに見える、背中と二の腕の素肌に文様が浮かんできている。光球と同じ色のあれが、恐らくメルルが見たというものなのだろう。ダイやバーンにも見えているようだ。あれが普通に見える事、それもまた「最後」を表していると言える。 「…展開」 ほぼ無音となったその場に、ポップの声が響いた。 「おいおい。何者だよ、あいつ」 重い空気をぶち壊す勢いで、早々に言葉を発したのはヒムだ。 一部だけとはいえ、直接話を聞いていたクロコダインは、太い腕がもう一回り太くなる位に拳を握り締めた。 「アバン君…」 ブロキーナが静かにアバンに水を向ける。だがアバンは無言で、「失われる存在」である弟子の後姿を見詰めている。ただ、同じように黙って自分に視線を向けているヒュンケルに気付くと、絞り出すように言葉を綴った。 「こうなってしまったら、私達に出来る事は…ありません」 先刻のレオナと同様の言葉に、ダイも反応する。 「先生?」 「あの子は、そういう運命を背負って生まれたんです」 「運命、て…」 アバンの次の言葉を待つダイ達だったが、それより先にバーンの声が響いた。 「あんたの目的が地上の支配なら、ダイ…竜の騎士の管轄だった。けど、破壊なら俺の方だ。俺は楔。世界の安定を繋ぐ者」 最後の言葉に、バーンの脳にかつてヴェルザーから説明された四界の理が浮かんだ。一つの世界が失われれば、いずれ他の世界も失われる。そんな事がある筈がないと鼻で笑っていた事が真実で、だから今、楔だというこの少女が自分を封じようとしているのか。 「世界全てを滅ぼす者として、あんたは世界に拒絶された」 「余が世界の邪魔者だというのか」 「あんたのやろうとしている事が、な」 そして一度発動した封滅印は、中断される事はない。光球は輝きを保ったまま、バーンを囲み回り続けている。 |
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