『四界の楔 ー杜門編 5ー』 彼方様作


一通りの説明を終えると、キルヒースは最後通牒を始めた。

「それじゃ、そろそろ戻ってくれる?何人かはルーラを使えるんだから、送る必要はないヨネ」

「ポップは!」

諦め悪く食い下がるダイに、大袈裟に溜息を吐いてみせる。

「秘女が自分で言ったろ?さよなら、と」

「だけど…!」

「幸せになって欲しい、とも。秘女に執着して、これからの人生を棒に振る気カイ?」

ポップの願いをぶち壊す気かと言われて、ダイは黙るしかなかった。それでも、納得できる筈もない。

「まぁ、こちらがああしろ、こうしろと言える事でもないけどネ」

突き放している訳ではない。
自分がどう生きて行くか、自分で決めろと言っている。

―――お前が胸を張って生きて行けるなら、それでいい

月光の中での、ポップの言葉。あれは、ここまで見越しての言葉だったのか?

“ポップ…”

いや、あの時だけではない。
彼女の言葉は、生き方を示すものが多かった。それは自分自身が傍にいられなくなる事が解っていたから、だったのか。

「それじゃ、こちらの世界の事は君達でどうにでも。秘女のこと、それなりに知っている人も何人かいるケド…その辺の事は解ってるヨネ?」

最後に、口止めと脅迫。

「ええ…ポップ君に恥じない人生を送るわ」

「期待してるヨ」

それを最後に、現れた時と同様にキルヒースは消えようとしたが、そこに誰も予想しなかった攻撃が加えられた。

「…危ないナァ。秘女に当たったらどうするのサ」

自分のすぐ傍をすり抜けて行った衝撃波に、目を眇める。

「そんなヘマはせん」

技を放った本人―――ラーハルトは苛立ちを隠さずに、吐き捨てるように言った。それに対して、キルヒースはこちらも呆れを隠さず溜息混じりに言葉を紡ぐ。

「自惚れるのも大概にしなヨ。自分の力が全く通用しない相手がいる事を、思い知らされたばかりだろうに」

ラーハルトがグッと詰まる。
ミストにしろ、バーンにしろ、最終的に決着をつけたのはポップ。
いや、戦いの流れをコントールしていたのも、ポップだ。戦場において最重要なのが戦闘力であるのは確かだが、それだけではない事を知らしめた存在。
だが、これで引く訳にはいかない。

「…何故ヴェルザーがそこまでする」

ラーハルトにとって、ヴェルザーは「悪」でなければならないのだ。そうでなければ、バランは何の為に戦ったというのか。
なのに、ポップが「秘女」としての正体を現してからの彼女の言葉、バーンとのやり取り、そしてこのキルヒースと言う男の説明。それら全てがヴェルザーが純然たる「悪」ではない、と言っている。

“バラン様!”

「あの方はネ、魔界の事だけを考えておられる訳ではないのサ」

キルヒースは、ポップのダイへの気遣いを汲んでいる。だから焦点をボカして答えたのだが、それでラーハルトが納得する筈もない。

「だから、それはどういう事だと言っている!」

「……君、もう少し口の利き方ってのを学んだ方いいヨ」

それは忠告。

「どう言う意味だ」

「そのままダヨ。誰かれ構わずそんな態度じゃ、半魔だとか以前に、その傲慢さで君は弾かれる」

言いながら、キルヒースはポップの髪を撫でる。
未だ淡い金色に輝く髪。もう、元の黒に戻る事はないのだろうか。

「知った事か。オレはオレだ」

人間に弾かれた所で、痛くも痒くもない。そう言い放つラーハルトだったが、キルヒースの次の言葉に凍り付いた。

「それが君の生き方なら、好きにするといいサ。人間大好きな勇者君がどう思うか知らないケドネ」

慌ててダイを振り返るが、当のダイはただポップを凝視していた。
そしてキルヒースからすれば、ラーハルトがどう生きようが別に気にするような事ではない。
ただ彼の言動に少々ムカついた事への意趣返し込みで、ポップが望む世界への小さな棘を取り除けるならばと言う思いでの言葉だ。

「それじゃ、今度こそサヨナラだ」

ラーハルトの問いを煙に巻き、注意を逸らして、今度は誰が止める間もなく彼は姿を消した。

“馬鹿な事をしてくれたものね”

レオナは冷めた目でラーハルトを見やった。
バランのことを考えれば彼の行動も解らないではないが、肯定は出来ない。もう少しやりようと言うものがあるだろう。それにキルヒースの言う通り、彼の態度は人に受け入れられにくい。

あれは間違いなく、こちらの心証を悪くした。
尤も、彼からすれば取るに足りないものでもあるだろう。ヴェルザーと共に堕天してきた存在なら、バーンより長命な筈だ。そんな存在が一々この程度の事に拘る筈がない。

「さあ―――戻りましょう」

沈滞した空気の中、アバンの声が静かに響いた。

「先生…」

力なく呟いたダイは、縋るようにアバンを見た。ここまで来ても、彼ならばまだ何とかしてくれるのではないか、という期待が込められているのが解る。

「ダイ君。これは私達がどうにか出来る事ではないんですよ」

「ポップは…何者なんだ」

今度はヒュンケルが問う。
「神の姫」だの「四界の楔」だの、そんな名称だけでは何も解らない。他にも「世界の安定を繋ぐ」とか「千年眠る」とか、余りにも断片的で、確たる事は何一つ伝わってこなかった。
察する事が出来るのは、その重さ。
ポップの覚悟。
そして、恐らくそれが逃れられないものである事。

「後にしましょう。早くここを離れるべきだわ」

「レオナ?」

「彼がああいう言い方をしたって事は、ここに長居するのは良くないのよ」

「そうですね」

アバンとレオナ。
ポップのことも、今の状況も、一番よく解っているだろう二人が揃って早く戻ろうと言っているという事は、そうした方がいいと判断するのに十分だ。






ヴェルザーの許に戻ってきたキルヒースは、ポップの髪を軽く引っ張った。

「…何をしている」

そこへ重厚な声が響く。

「いやァ、秘女のことだから、本当はもう目を覚ましてるんじゃないかと思っちゃいまして」

「そんな訳がなかろう」

「ですヨネ」

ポップの魔法力は、人間としては桁違いだ。だがバーン戦で消耗した後に封滅印の行使。体力も精神力も魔法力も、全て絞り出した状態なのだ。

「リミッターも外れかけているな」

「本当、無茶しますヨネ。当代秘女は」

「ああ」

「で、あいつは?」

「お役御免と思ったのか、まだ戻って来とらん」

「元が一つ目ピエロですからネェ。ま、あれはあれで秘女を気にかけてましたからネ、いずれ戻って来るんじゃ?」

「新しい名前を考えてやる必要があるか」

元々は捨て駒のようなものだったが、これだけ長く―――多少いい加減だったとしても―――仕えてくれていれば、情も湧くと言うものだ。

「今度は本名にちなみますカ?」

「いや、全く新しい名が良かろう」

体はコピーだが、精神は別物だ。

「ボクももう、この名前の方が馴染んじゃってますしネ」

天界にいた時の名、つまり本名はエルディスという。堕天した際に響きを残しつつ、魔族っぽい名前に変更したのだ。
ちなみに、ヴェルザーはそのままだ。

「とりあえず、お願いしますネ」

「うむ」

ポップをヴェルザーの巨大な足に凭れかけさせる。石化状態とはいえ、力全てを封じられている訳ではない。
ポゥ…と、その右足に柔らかな光が灯る。
バランの血に蘇生力があったように、ヴェルザーもまた癒しの力を持っている。魔法ではなく、己の体の一部に治癒力が備わっているは、竜族の特徴だ。

ヴェルザーの場合は、鱗にある。
それが本物かどうかはともかく、「りゅうのうろこ」なるお守りが売られている所以だ。
徐々にポップの血色が良くなってくる。
そうして10分ほど経った頃、ポップの瞼が開く。そこから覗く瞳の色は漆黒。肌にも、もう紋様は浮かんではいない。ただ髪だけが白金のまま。

「ポップ」

「ヴェルザー?」

「よく、頑張ったな。流石はオレの知る最高の女だ」

「また…何言ってんだか」

ヴェルザーがどれだけ長く生きて来たか、正確には知らない。だが三柱の神である以上、それこそ悠久の時を生きて来た筈だ。その中で、どれだけの数の女―――人間に限らず―――を見て来たか、想像もつかない。
そんな存在の言う「最高の女」なんて言葉を、信じる方がどうかしている。

「信じられんか」

「…あのさ。寧ろ信じる方がおかしいだろ」

男女としての付き合いがあったかどうかは関係ないのだ。
すると、ヴェルザーは喉の奥で低く笑った。

「何だよ」

「竜は嘘はつかん。知っているだろう?」

ここで初めて、ポップは彼の顔を見上げた。かなり上にあるヴェルザーの瞳は酷く穏やかで、その表情は優しい。
何度か瞬きして、ポップは苦笑した。

「一瞬だぜ?」

「だが、その時間は幻ではない」

「物好きだな」

「大きなお世話だ」

「…で、俺はどの位眠るんだ?」

「大体、千年と見ている」

それを聞いて、ポップはもう一度クタリとヴェルザーに凭れかかった。フゥッと大きく息を吐く。

「ま、十分かな」

それだけ長ければ、天界にも少しは何か響くだろう。

「ヴェルザー」

「何だ」

「俺が目覚めるまであんたの気が変わってなかったら…考えてやってもいいぜ」

黙って二人のやり取りを聞いていたキルヒースが、「おや」と言う顔をする。まさかポップからそんな言葉が出て来るとは。確かに彼女が目覚める頃には、彼らの子孫すらいるかどうか解らないけれど。

「ふむ。では、楽しみに待つとしようか」

ヴェルザーが笑いながら、言葉を紡ぐ。
ポップの言葉が本気だとは思っていない。
仲間に「今生の別れ」を告げたばかりで、弱っている事は解っている。だから出た言葉なのだろう、と。それでも前向きな言葉が出たのは初めてで、多少なりとも気分も良くなる。
それこそ、千年でもヴェルザーにとっては大した時間ではない。
己の足元で再び微睡み始めたポップを見て、ヴェルザーも目を閉じた。封印の影響は大分薄れているが、絶え間なく睡魔が襲ってくるのは如何ともし難い。

「お休みなさい、お二方」

次に両名が目覚めた時が、ポップが役目に入る時。 
                  (終)


 彼方様から頂いた、素敵SSです! ついにポップが本来の役目を果たし、永劫とも思える千年の眠りに就くシーン……言わばこの物語のクライマックスとも言えるシーンです。

 今回の題は四字熟語の杜門却掃(ともんきゃくそう)から取りました。客の訪問を拒み、世間との交わりを絶つと言う意味ですが、自分への思いや仲間への未練を断ち切って自ら眠りに就いたポップの心境にあった言葉のように思えて、この題にしました。

 本当はシンプルに眠りや、悠久のような長い時間を指す言葉の方が分かりやすいかなとも思ったのですが、題名でネタバレさせてしまうのも気が引けたので(笑) パッと見ただけでは意味が掴みにくい言葉を選んでみました。ここで、物語上ではポップの時間は止まりますが、千年の時間の流れによって世界がどう変わるか――それが最大の楽しみですv

4に戻る
四界の楔専用棚に戻る
 ◇神棚部屋に戻る

inserted by FC2 system