『四界の楔 ー杜門編 4ー』 彼方様作


再び自分と真っ向から対峙したポップの姿に、バーンは口元を歪めた。最早、この少女を「ただの人間」とは口が裂けても言えない。

「余がやろうとしている事が、世界に拒絶されたと言ったな。魔界は永遠に不毛な暗黒の地でいろと言うのか」

「同じ理屈を返すぜ。魔界の為に地上は存在すら許されないのか」

ポップを中心に、輝く黄金の光が溢れる。
先刻、ゴメちゃんが砕けた時と同じか、それ以上の眩さ。

「封印など、術者が死ねばいずれ解ける」

結局は同じ事だとバーンが嘲笑う。
封印が解ける頃には、今の強者は死に絶えている。特に今回のように竜の騎士や神の涙、そしてこの「楔」、そんなものが出揃う事など、有り得ない。
ポップがフ、と笑みを含んだ息を吐き出す。

「これが、ただの封印じゃないんだな」

「何」

「封印されている間、あんたは魔力を削られ、体力を削られ、生命力を削られる。さあ、生きて出られるかな」

封“滅”印。
その名前の意味。

「少なくとも、今と同じ状態は保っていられないし…その頃にはヴェルザーの封印もどうなっている事やら」

「貴様…!」

それにバーンが楔の寿命について知っているとも思えない。
今までの七人の事を考えれば、自分は二百年以上は眠る。そうなれば、五百年近く生きる事になる。それだけの間封じられながら、無傷で出てこれる筈がない。

「何より、あんたのやろうとしてる事は世界から拒絶されたんだ。たとえ竜の騎士や楔がいなくても、必ず反作用は起きる」

何がどうなろうと、あんたの野望が達せられる事はない。
言い切られて、バーンは歯噛みした。
それでは自分の数千年間は何だったのか。
ヴェルザーの言葉を、素直に受け入れていれば良かったのか。
何の確証もないというのに?

「魔界は―――変わる」

そんなバーンの憤りを知ってか知らずか、ポップの言葉が静かに落ちた。

「変わる?」

「ああ。時間はかかるけどな」

「何故そんな事が言える」

「理論を構築したのが俺だから」

アバン、レオナ、マァムが反応する。
ポップは魔界の在り方を変えると言ってはいたが、その方法まで話していなかった。それは自分一人で出来る事ではないからだろうし、恐らくヴェルザーが深く関わっているからだろうと、予想出来る。
理論を構築したのがポップなら―――。

「理論だけで何が出来る!」

「実行する奴がいるに決まってるだろ」

それが、ヴェルザー。
堕天したとはいえ、竜の神なのだ。その力をもってすれば不可能ではない事、これだけポップがハッキリ言い切ったのならば、それはもう理論だけでなく実現出来るものだと考えていい筈だ。

「―――何故だ」

「あ?」

「何をもってすれば、そんな短い時間で、そこまでの事がなせる」

「時間が限られているからこそ、出来る事もある」

悠久ともいえる時を持っていたあんたには、解らない事だろうけどな。
そして、それが「今」である事に意味がある。
眠りの後、人にない寿命を生きるようになってからでは、「神」への挑戦にはならない。

“ああ、俺の都合だよ”

地上と魔界。
二つの世界、そこに在る命を救う事に繋がる事ではあるが、それは後付けだ。現在の世界の仕組みそのものを変えるという、ある意味傲慢とさえ言える望みの為に。
それでも。

“俺はその為に生きてきた”

ポップはバーンを見据えた。

“それこそ傲慢な言い方だけど、あんたには感謝もしてる”

この戦いがあったからこそ、ダイを始めとした仲間達と出会えて、絆を結ぶ事が出来た。
そして、普通に過ごしていたら決して有り得ない程に魔法力を高められた。

「さあ、お喋りはここまでだ」

淡々と告げる。
この三つの光球、そこから齎される力。
それは、世界の意志。
如何なバーンとて、それを凌駕する力など持ってはいない。覇道を歩み続けてきた最強の大魔王は、緑ではなく黄金の光を纏う少女を成す術なく見つめるしか出来ない。
ポップは掌を大きく開いたまま、高々と右手を上げた。
その手を見たアバンとレオナは、目を円くした。
メドローア以上の魔力の塊り。
ただの中継地点だなどと、とんでもない。自分達がいる手前、表に出さないでいるだけで、恐らく相当な負担がかかっている。

「封滅印―――結(ゆい)」

言葉と共に、バーンへ向けて勢いよく右手が振り下ろされた。
それを合図に、光球がその動きを一瞬止め、一度距離を取ったかと思うと、最初と同じようにバーンへ向かって飛んだ。
そして起きた現象に、全員が目を疑った。
光球がバーンの体に触れたかに見えた瞬間、光球もろともバーンの姿も掻き消えた。
「何処」に封じられたのか。
今までのポップの言葉から察するに、世界の狭間とやらか。
いずれにせよ、これが封滅印の完成なのだろう。

「ポップ!」

そのまま、前のめりに倒れそうになったポップへ、いち早くダイが駆け寄る。だが、ポップを抱きとめたのはダイではなかった。

「はい、そこまで」

完全に意識を失っているポップを抱き上げたのは、長身の、全身を黒で包んだ男。

「……誰だ」

ダイが低い声で問う。
あの死神・キルバーンと酷似しているが、仮面はつけていないし、周囲にピロロもいない。
やや不健康な程の白い肌。
夜明けを思い出させる紺の髪。
整った顔立ちは、高貴さすら感じさせる。
そこへ割って入ったのは、アバンだった。

「貴方が、キルヒースですか」

「そう。直接会うのは初めてだネ。大勇者・アバン君。秘女の心を守り、支えてくれた事。守護者の一人として感謝するヨ」

「それはいいんですけどね」

「―――残念だケド…もうタイム・アップだ」

冷淡ではない。
寧ろ、深い情を感じさせる。
だが、それが救いになる訳もない。

「ポップはどの位眠る事になります?」

「こちらの見立てでは、凡そ千年」

「せ…っ」

その余りの長さに、事情を知るメンバーが絶句する。
確かにポップの魔法力は桁違いだったが、これまでの七人の最長が二百年と言っていたのに、その五倍。それだけの時間が流れれば、現在の常識や知識など、何一つ通用するまい。
ポップ本人は、それも覚悟の上での事だろうけれど。

「その辺の事は、こっちでも考えてるからサ。君達がどうこう出来る事じゃないんだから気にしない方がいい。秘女だって、それで君達が思い悩むのなんて望んでないんだから」

「それは…」

確かにそうだろうとは思う。
あれ程に、切実なまでに自分達に幸せになってほしいと願っていたポップなら。

「それとバーンが落とした黒の核晶。あれはこっちで回収するから、心配しなくていいヨ」

「どうして」

「ん?」

最初よりも更に低い声でのダイの問いかけに、キルヒースは軽く返した。
「そんなに色々出来るんなら、どうして今まで何もしなかったんだ!」
守護者と言いながら、ずっとポップを一人にしていたではないか。
あんな悲壮な覚悟をさせていたくせに。

「そう言われてもネェ。不可侵な部分があるんだヨ」

これ見よがしに、ピクリとも動かないポップを抱き直す。
これにダイはイラついたが、当然、キルヒースは一切気にする事なく先を続ける。

「とにかく、ここから先は君達が手出し出来る領域じゃない」

先程とは違い、バッサリと切り捨てる言葉。

「…一つ、いいかしら?」

今度はレオナが割って入る。
恐らく、彼がポップに運命を告げに来た存在。そう、あたりをつけていた。

「ポップ君は魔界の在り方を変えると言っていた。それに、貴方達は関わっているの?」

これは質問と言うより、確認に近い。
キルヒースは僅かに口角を上げた。

「流石、と言っておくヨ」

これ以上の質問を拒むような答えだが、レオナは怯まない。
何しろ、ろくな戦闘力などないにも関わらず、バーンに真っ向から歯向かった少女だ。最悪でも「攻撃してこない」と解っている相手に、怯む理由など何処にもない。

「黒の核晶を利用する?」

「何故?」

「わざわざ回収すると言った事。ポップ君に免じて、こちらを安心させる為?でも、バーンが使う、地上を破壊するだけの威力のある爆弾なんて、魔界でだって扱いは難しい筈。それをただ、こちらの安心・安全なんてものの為に回収する必要があるのかしら」

感情的になりそうになるのをどうにか押しとどめながら、なるべく淡々と言葉を綴る。
そんなレオナの必死さは、当然キルヒースにも伝わっている。

「秘女以外に、こんなに頭の回る女の子がいるとはネ」

別に説明する必要などない事だ。
だが、国政に携わる彼女なら。
これを知る事によって、今後の人間界に何らかの影響を与えられるかもしれない。

「バーンが求めたのは、太陽」

「ええ」

「そして黒の核晶は、膨大なエネルギーの塊りともいえる」

「―――まさ、か…」

反応したのはレオナの他に、アバンとブロキーナ。それにキルヒースは更に言葉を続けた。

「そのエネルギーを一気に開放するから、大爆発を引き起こす。なら、それを少しずつ引き出して、コントロールする事が出来たら?」

「太陽の代わりにしようというの!?」

「そういう事。その理論を、10歳から14歳の間に構築するんだから、言葉もないヨネ」

それもそうだが、発想も突き抜けている。
爆弾を疑似太陽にしようとするとは。

「魔界が豊かになれば、バーンのような考えを持つ者もいなくなるだろうし、時の流れと共に弱肉強食の考え方も薄れて行く筈」

完全にはなくならなくても。
そうすれば、魔族や怪物の性質も少しずつ穏やかになるだろうし、地上や人間への恨み、妬みも減り、そこまでいけば地上と魔界、両方に住む者達の軋轢も緩和されていく―――。
そこまで上手くいくなんて、甘い考えは持っていない。
けれどそれが、ポップが描いた理想。
やがて、人間側が魔界を「外国の一つ」と捉えられる所まで行ってくれれば、最高の結果だ。

「ポップ君…」

レオナは圧倒されるしかなかった。
王族でも貴族でもない、僅か10歳の子どもがそこまで世界を俯瞰して、先の先まで考えられるものなのか。
幾ら過去の様々な情報を得たとしても、そんな理想を持ち、実現する方法まで構築するとは。
「任せて」と言った、言葉の重みが増す。
だが。
――――投げ出すつもりは、さらさらない。
                         (続)












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