『四界の楔 ー永別編 1ー』 彼方様作

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・元々長編としてお考えになったストーリーの中の一部分なので、このお話を読んだだけでは解明されない謎めいた伏線が多めに張られています。
 ・メルルが女の子ポップに対して憧れの念を抱いているという設定ですが、恋愛感情ではありません。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 この四点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪













決戦の日、帰ってこなかったたった一人。
その明るさで、常に周囲を鼓舞していた少女。
知識と冷静さで、戦局を切り開き続けた魔法使い。

ポップの不在は、当然の事ながら「戦死」として処理された。世界を滅ぼそうとした大魔王との最終決戦だ。死者が一人も出ない方がおかしいともいえる。
だから、ポップの『死』が伏せられる事はなかった。
それ故に戦勝ムードも余り高まらなかった。

ゴメちゃんの力もまた、ポップ本人も知らない間に彼女の存在自体に影響を受けて底上げされていた為、あの時世界に拡散された状況も、より鮮明だった。
大魔王の前に、傷だらけになりながら、それでも毅然と立っていた少女。
ポップ自身は不本意だろうが、その姿は人々の記憶に刻まれていたのだ。

最も大騒ぎになったのは、故郷のランカークス。
外で遊ぶより、本を読むのが好きだった子どもが。
いや、子ども達から聞いて村中の人間が知ってはいたのだ。ポップが勇者一行の一人として戦っていた事は。

ただ、ランカークスに限って言えば、平和そのものだった。
バーンによる世界侵略も村人にとっては遠い話で…。だからこそ、驚愕はより大きかった。

一人娘を喪ったジャンクとスティーヌの心境はいかばかりか。
だが、二人は知っている。ポップが「死んだ」訳ではない事を。
決戦前日。
マトリフの許へ行った後、ダイがポップの帰りが遅いとヤキモキしながら待っていた、あの日。

ポップは実家に寄っていた。
「最後」かもしれない。
その可能性が高い、と。
「ごめん」「ありがとう」と、何度も繰り返されたのが辛かった。
ポップが十歳になった日から、ずっと覚悟をしていた筈の時がとうとうやってきたと知らされた瞬間だった。






ある程度世界が落ち着いてから、招集がかかったメンバーがいた。
それは、最終決戦の場にいた者。
また、破邪の洞窟へ行った者。

そして、まるで形見分けであるかのごとく、ポップにアイテムを渡されていた者。
その条件で呼ばれたノヴァは、少しばかり迷った。
他のメンバーに比べると、明らかにポップとの関係が薄いからだ。

“いや、でも…”

親衛騎団の一員だったヒムや、ノヴァは会った事はないがラーハルトという、あの場に現れるまで敵だった者も参加するという。
胸元に触れる。
もう戦闘はないが、今もずっと身に着けているラッキー・ペンダント。ダイやヒュンケルと違い「アバンの使徒」ではない自分にとって、これが自分とポップを繋ぐ唯一の物。

“ポップ…”

彼女が本当は何者だったのか。
それを知る、最初で最後の機会。

その会合は、パプニカではなくカールで行われた。
当初はパプニカでの予定だったが、既に復興が始まり、レオナがいなくても代わりに動ける三賢者がいるパプニカと違い、カールはパプニカよりも被害が大きく、女王であるフローラと王配となる事が決定しているアバンが、いわば「個人的」ともいえる事で国を離れるのは良くないと判断された為だ。

ただ、パプニカに比べてクロコダインやヒムと言った「異形」に対する抵抗感が大きい為、場内でも余り目立たない場所が選ばれた。

「さて、皆さん。良く今日まで待っていてくれました」

場を仕切るのは、当然のごとくアバン。
ダイやヒュンケルの心情的には、当日にでも全てを聞きたかっただろう。
だが、ポップの別れの言葉。

遺言ともいえるそれは、殆どが戦後の世界や仲間を案じるものばかりで。
その言葉を受け取ってしまったら、勝手な事は言えなかった。
だから、待った。
最後の最後まで、自分より他を優先させた彼女の意思を尊重する為に。

「では、大前提である四界の楔について」

持って生まれた運命。
逃れようのない、それ。
アバンが中心になり、フローラとレオナが所々で捕捉する形での説明に、初めて聞く者達はやはり絶句した。
沈黙が落ちる。

「ポップは…」

暫く経ってから、口を開いたのはダイだ。

「どうしてあんなに、明るくしてられたんだろう」

自分と比べてみても不思議に思う。
幾ら運命を知ってから時間が経っているとはいえ、あれだけ笑顔でいて、周りを励まして。

それも、事が起きない限りは普通に生きられる余白がある竜の騎士とは違い、その時は必ず来る。その上、役目を果たした後も普通に生きる事は不可能。
人として生まれながら、人でなくなる過程も恐怖だったろうに。

「生来の性格もあるでしょうね。ですが、一番は今までの七人の事があると思いますよ」

「それって、どういう事ですか?」

竜の騎士にも、紋章を通しての記憶の継承があると言われるが、ダイ自身にはその実感はまだない。

「ポップ以前の七人は、運命に負けて絶望の中に生きていた、という事ですから」

ポップはそれに猛烈に反発した。
だから、可能な範囲での神への挑戦を試みた。
それが魔法力を鍛え上げ、役目を長く果たす事と、魔界の在り方を変える事だった。

「あの日、ポップを迎えに来たキルヒース…最初に彼が運命を告げに来た時に、あの子『幸せに生きてやる』と言い切ったという事ですし」

「凄い、な」

小さく呟いたのは、ダイではなくヒュンケルだった。
だがそれは、この場にいる全員の思いでもあった。それ以外に、何を言えるというのか。

「―――ポップのあの知識量は、疑似太陽を作る理論を構築する為、か」

「そうね。きっとあらゆる文献を読み込んだんでしょうね」

ヒュンケルの問いに答えたのはレオナ。

「その中で、薬草類のレシピや暗黒闘気、竜の騎士についてのあれこれを学んだんじゃないかしら」

「でも、どうやってそんなに多くの文献を手に入れたの?」

その答えに、今度はマァムが疑問をぶつける。

「私もそこまでは聞いていませんが、恐らくヴェルザー達だと思いますよ」

更に答えたアバンの言葉に、ラーハルトが反応する。

「ええ。永い時を生きている彼らなら―――そう言ったものを持っている、何処にどんな書物があるか把握していてもおかしくはないですものね」

アバンの言葉を、フローラが補う。
それにレオナも頷く。
ヴェルザーはポップの目的と理想を最初から聞いている筈だし、彼の本来の立場からすれば協力しない理由はない。

ポップの最後の感情をダイレクトに受け取っていたメルルは、何も言わない。もう、彼女にとっていうべき言葉はないのだ。
只管に憧れた、人生の指針とすら思っていた少女はもういない。

だが絶望はしない。
ポップ程の強さは自分にはない。それでも、彼女の生き方を、思いを知った。彼女と出会う以前の、すぐに逃げを選んでいた自分には絶対に戻らない。

“私の力はとても小さい。でも、ゼロではない。ポップさんの理想の実現に少しでも貢献できるよう、頑張ります”

きっとそれが、自分に「生きる」事を教えてくれた彼女へ出来る、唯一の恩返し。
ノヴァもまた、何も言わない。

“先生。貴方の直感は当たっていました”

師と仰ぐロンが、自分のポップへの感情に気付き、ただの魔族の勘だと言いながら話してくれた事。

“ポップ…”

また、そっと胸元に触れる。
それはポップが良くやっていた、バンダナを撫でる癖とよく似ていた。
何も話してくれなかったなどと、言うつもりはない。ダイやヒュンケルにも、彼女は話していなかったのだから。

アバンは知っていて当然だと言える。
そして女性陣は、破邪の洞窟での出来事により、もう誤魔化せないと判断して話してくれたのだと言う。

つまり、本当に彼女が自分から進んで話したのは、アバンとマトリフ―――二人の師だけだと思えば悔しいという気持ちは湧いてこない。寧ろ、「話して貰えなかった事」でショックを受けているのは、関係性の深さで言えば、ダイとヒュンケルの二人だろう。
それに何より。

“ボクだけが貰った言葉も、確かにある”

あの夜、泉の畔で。
語られた言葉の数々にあれ程の説得力があったのは、知識や実力からだけではない、過酷な運命に真っ向から立ち向かっている生き方の力があったからなのだろう。

「あの賢者、ポップがどんな存在で、どんな考えを持ち、何を成そうとしていたかは大体解った。だが、何故そこにヴェルザーが関わってくる」

二人と同じように、今まで黙っていたラーハルトが口を開いた。
これにレオナが溜息を吐いた。

「―――知らなければ納まらない、という事かしら」

「当たり前だ。15年前、地上を侵略しようとした冥竜王が、何故…」

言ってみれば、バーンと大差ない存在の筈だ。

「15年前。ポップ君が生まれた年ね」

「それが何か関係あるのか」

非常に険悪な空気が流れ始める。

「姫」

「レオナ」

アバンとフローラが、少しばかり咎めるような声を出す。
ポップと最も長い時間を過ごしたアバン。
レオナと同じく、ポップから直接話を聞いたフローラ。

「ええ、解っています。ですが」

レオナがラーハルトへ冷えた視線を向ける。だが、当然ラーハルトはその程度では引かない。
レオナがまた溜息を吐く。
バーンの問いにポップが口を閉ざし、キルヒースもまたラーハルトの問いをはぐらかした。そこで「何か話せない理由」があると察する事は出来ないものか。

「どーしても知りたいのカナ」

そこへいきなり、軽い声で黒い影が割って入った。

「キルバーン!」

ダイを始めとして、数名が殺気立つ。瞬時に戦闘態勢に移行できるのは、流石というべきか。

「お止めなさい」

だが、この場で唯一キルバーンの正体を知るアバンが、静かに制する。それにダイ達が踏みとどまった。

「フフ。やっぱり君の言葉には力があるネェ、アバン君」

「お前」

その違和感に最初に気付いたのは、ヒュンケルとクロコダインだった。現れたキルバーンの手には、彼の象徴ともいえる大鎌がなかった。

「そりゃ、ボクの『死神』としての役目は、もう終わったしネ」

ちなみに、名前ももう違うんだヨ。
クスクスと笑う。

「秘女の最後の言葉を伝えに来たんだケド、随分楽しそうな話をしてるじゃないカ」

その笑いを納めて、やや冷えた声で言葉を綴る。
この場を選んだのは、ポップとダイ―――この二人が何者であるかを知っている者が集まっているからだ。
                           (続)

2に続く
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