『四界の楔 ー永別編 2ー』 彼方様作



「ポップの…最後の言葉?」

ダイが食いつく。
しかし、何故キルバーンがその情報を持ってくるのか。

「ボクの本当の主人はヴェルザー様だからね。“キルバーン”って名前の意味を考えれば、解るダロ?」

『死神』としての役目は終わった、というのはそう言う事か。

「で。秘女はもう眠りに入ってる訳だケド」

その眠りから覚めるのは、約千年後。その時、この中で生きているのはせいぜいヒム位だろう。

「勇者君。秘女からの最後の贈り物ダ」

ヒタリとダイを見据える。
ここにきて、誰も言葉を発しない。最もキルバーンを問い詰めたいだろうラーハルトさえ、口を挟まずにいる。

「もし君が、本当に普通の人間として生きたいのなら、その方法はある」

ダイが瞠目する。
レオナ達もハッとして、キルバーンからダイへ視線を移す。

「ヴェルザーがその方法を知っている、と?」

如何にも胡散臭そうに、ラーハルトがキルバーンをねめつける。それにキルバーンは肩を竦めた。どうしても話を「そこ」に持って行きたいらしい。

「じゃァ、結論から言おうカ」

「ちょっと!」

軽く言い放ったキルバーンに、レオナが気色ばむ。キルヒースはポップの思いを汲んでいたのに、それをこうも簡単に覆すのか。

「いや、だってネェ」

キルバーンも、それ位の事は解っている。
だが。

「聞き出さない限り諦めないデショ、この男。秘女やヒースがどうして答えをはぐらかしたかのかって、そう言う事も全然考えてなさそうだしサ」

それはたった今、レオナも感じた不満だった。
本当に彼はポップが言ったように、戦いにのみ自分の全てをつぎ込んできたのだろう。
自分が非難、というか、バカにされているのが解ったラーハルトが地の底を這うような声を出す。

「さっさと言え」

「これダヨ」

キルバーンがまた肩を竦める。
ヴェルザーの正体を知り、そしてポップがダイに話さなかった理由を知るメンバーが眉を寄せる。しかしもう既に、話さないで済む空気ではなくなっている。

「じゃ、教えてあげる。ヴェルザー様こそが竜の神なのサ」

「―――――何?」

余りにも予想外、そしてこれまでの勿体つけ方からは考えられない程にあっさりと言われて、ラーハルトだけでなく、初めて聞くメンバーが呆気にとられた。

「竜の神…だと」

「そうダヨ。つい先刻、お姫様が言ったじゃないカ。15年前、秘女が生まれた年、と。それが秘女が勇者君に対して口を噤んだ最大の理由なんだヨ」

「おれに…?」

キルバーンは、ヴェルザーが堕天した理由、15年前地上に出た理由等、あの時ポップが少女達に語った事とほぼ同じ説明をした。違うのは、その言葉の端々にふんだんに皮肉が込められている事。

「それをサァ。秘女の気遣いを台無しにしてくれて」

「……」

これには流石のラーハルトも何も言い返せなかった。
ダイの心情だけではない、バランの名誉を守る為でもあったのだ。
らしくもなく俯いてしまったラーハルトに、キルバーンは更に追い打ちをかけようとしたが、それは「声」によって遮られた。

『喋りすぎだ、“キュール”』

「えー?でも、ヴェルザー様だって怒ってたじゃないですカ」

『うっぷん晴らしなど、子どものする事だ』

「そりゃ、ヴェルザー様に比べたら、皆子どもデショ」

『口の減らん奴だ。まぁ、言ってしまったものは仕方ない』

あの時とは違い、本当に声だけがその場に響く。重厚ではあるが、禍々しさなどは全く感じられない落ち着いた声。それは確かに「神」と言われても納得できる程のものだった。

『ダイ。竜の子よ』

呼びかけられて、ダイはハッとした。
キルバーン…いや、キュールというのが新しい名前なのだろう男は、まだポップの「最後の贈り物」の核心部分を話していない。とはいえ、それは彼のせいではないのだが。

『もしお前が人の子として生きて行く事を望むなら、テランの神殿でオレを呼べ』

「場所限定?」

『半端な気持ちで、所構わず呼ばれても困るのでな』

ヴェルザーの声が淡々と答える。
部屋に響くその声には、邪悪さなどやはり微塵も感じられない。ここにいるメンバーは、大体においてそう言った気配に敏感なのだが、これだけ聞いても誰もそれを感じ取る事はない。メルルでさえも。
ラーハルトも、そこは認めざるを得なかった。

『お前は突然変異体だ。そして紋章を二つ持つという、本来なら有り得ない状態にある』

ヴェルザーの声に、溜息のようなものが混じった。

『全くポップはお前に甘い』

「え」

やや、忌々しいと言った感じで言われた事にダイは瞬きした。
他のメンバーも少しばかり怪訝な顔になる。確かに彼はポップ=楔の庇護者なのだが、何故ダイに対して敵意のようなものを見せるのだろう。

『あれ程ポップに愛され、大切にされていながら、当の本人は恋愛感情がないと言うだけで不満タラタラなのだからな。最後まで自分のことより、特殊な状況下にあるお前のことを気にかけていたというのに、全く持って報われん』

「……ぅ」

ヴェルザーの言葉に、ダイは何も言えなかった。
実際、その通りだからだ。
ポップが、ここにいる他の誰より自分のことを気にかけてくれていた、という自覚はある。それはとても嬉しい事だし、ポップは誰からも好かれていたから、こっそりと優越感を感じてもいた。

「少し不思議なんですが」

そこへアバンがス…と口を挟む。

『何だ』

ヴェルザーの声が、少しばかり柔らかくなる。どうやらポップを支え続けていた存在として、ある程度尊重してくれているらしい。

「楔同様、竜の騎士も神が創り上げた存在の筈。何故、そんなに扱いに差があるんです?」
 
過ごした時間にはかなりの差があるが、アバンにとってはダイもポップも可愛い教え子に変わりない。確かにヴェルザーは楔の為に堕天までしたのだが、神が創った存在としては差がない筈の二人に対する感情の落差が、腑に落ちないのだ。

それに対するヴェルザーの答えは、キュール以外の、この場にいる全員の度肝を抜いた。

『将来、正妃になる女を大切にして何が悪い』

室内が、水を打ったように静かになる。

「は、いや…ちょっと待って下さい。幾らなんでも、それは」

最も立ち直りが早かったのは、やはりアバンだ。

『何か問題があるのか』

「問題、というか…」

理屈ではないのだ。ただ、感情的な部分がどうにも納得しかねるだけで。

『あれはオレの知る最高の女だ。寿命の違い?オレより長寿な者などいるものか。年の差?それこそ下らんな』

「ポップ、の…気持ち、は…」

ダイがどうにか言葉を絞り出す。
元…いや、実質上は今も神であるヴェルザーが、同じ神族や天界の住人を差し置いて、ポップを「最高の女」と評した事も驚きだが、ヴェルザーの尺度で言えば千年でさえほんの一瞬だろうに、それは何の問題もないと言う。

『お前と一緒にするな。無理強いなどするものか』

ヴェルザーはその問いを切って捨てた。
これにもダイは返す言葉がない。自分が告白する度に、ポップは困惑していたのだから。
消沈するダイをそのままに、ヴェルザーの意識は次に移った。

『ヒュンケル』

「――――何だ」

まさか自分に声がかけられるとは思っていなかったヒュンケルの反応が、僅かに遅れる。

『馬鹿な真似はするなよ』

「何の事だ」

『とぼけるな。ポップの言葉を覚えているだろう』

これにヒュンケルは黙り込み、レオナがハッとしたように瞠目する。やや遅れてメルルが微かな非難の色を込めて、ヒュンケルへ視線を向けた。

『怒るぞ。悲しむぞ。自分を責めるぞ』

それは、あの場にいた者にしか解らない、“そうなった時”のポップの反応を言っていた。

「……それでも」

ヒュンケルは拳を握り締めた。

「ポップは、運命が先にあったからだとしても、自分の意志を貫いた。ならばオレがオレの意思を貫いても、文句を言われる筋合いはない」

『その結果がどうなっても?』

「構わない。それに、オレはあいつにちゃんと言った」

忘れたとは言わせない。
そして、これ程こちらの…いや、ポップの動向を知っているのなら、ヴェルザーも知っている筈だ。

「オレの幸せには、ポップの存在が不可欠だと」

言い切ったヒュンケルに、全員の視線が集まる。ダイもまた、自分よりも遥かに覚悟を決めているヒュンケルを、驚きと共に見つめる。

「別の幸せ?そんな都合のいいものがあるとでも?」

あれ程に鮮烈な印象を残しておきながら。
どうやって、他に目を向けろと言うのか。
次に聞こえてきたのは、ヴェルザーの声ではなく、吐息だった。呆れたような、感心したような、聞こえるかどうかという小さな唸り声が含まれた溜息。

『意思は変わらん、か』

「ああ」

『ならば、もう何も言うまい』

ポップもそうだが、この男はそれ以上に頑固そうだ。言葉での説得が無理だからと言って、力づくでという訳にもいかないのだから、これはもうどうしようもない。

『戻るぞ、キュール』

「え、もう?」

『用は済んだ。長居する理由はない』

「解りましたヨ」

「ま、待って!」

別れを告げようとしたヴェルザーに、今まで黙っていたレオナが慌てて声をかける。

『まだ何かあるのか』

少しばかり面倒そうに、それでも留まってくれたヴェルザーに安堵して、言葉を紡ぐ。

「ダイ君が普通の人間になったとして、世界の安全は保たれるの?」

ポップが「守る」世界を脅かす存在は、もう現れないのか。
そう問うレオナに、ヴェルザーが低く笑った。
その笑いの意味は何だと重ねて問いたい気持ちを抑えて、答えを待つ。

『オレの封印が解けるまで、三年もない』

直接の回答ではない。
だがそれは、何があろうと自分が何とかするという意味。即ち、それだけの力がある、という事。

“…これは、天界の神にポップ君が怒る訳だわ”

破邪の洞窟でポップがあそこまで激昂したのは、恐らくこれも理由の一つだ。
ヴェルザーは堕天した当時の力の保持しているだけではなく、魔界で過ごす為、そして楔の守護の為、全盛期当時とまではいかなくとも、盛り返してさえいるのだろう。

だから、ここまで断言できる。
そしてまた、アバンも思う。

“バランに対しては、手加減していたんでしょうか”

ポップ…楔の為に天界に意見をしに行こうとした時に立ちはだかったのが、竜の騎士であるバラン。だがヴェルザーにとっては彼は「敵」ではなかった。
だから途中で退いた、とも取れる。

“いえ、流石にこれは深読みし過ぎでしょうね”

『もう良いか』

周囲を見渡す気配がして、そう告げられる。随分と気を遣ってくれている気もするが、それは、きっと。

「……そうですね。有難うございました」

代表して、アバンが見えない相手に頭を下げる。

『ではな。ポップの愛した者達』

それを最後に、気配がフツリと消えた。

「じゃーネ。秘女の為にも幸せになりなヨ」

もっと何か色々言われると思っていたが、全員の予想に反してキュールもまた彼にしてはあっさりと去っていった。

そして、残された者達は―――――。

                           (続)

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3に続く
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