『四界の楔 ー永別編 4ー』 彼方様作 |
初めて見る、本物のヴェルザーの巨体に圧倒される。 「よく来たな、ダイ」 「…そう言ってくれるんだ」 自分が余り良く思われていない事を知っている為、思わずそう呟いたダイに低い笑い声が落ちてきた。 「別に嫌ってはおらんぞ」 「…え」 「ポップと比べたら、というだけの話だ」 淡々と言われて、ダイは肩を落とした。 「今、ポップは?」 とはいえ、そもそもダイには腹芸など出来ない。出来たとしても、ヴェルザーとは格が違いすぎて、相手にもならないだろう。 「―――見るか?」 疑問形ではあるが、ヴェルザーはダイの返答を待たずに巨大な尻尾を僅かに動かした。すると、上空にポッカリと穴が空いたように映像が現れた。 「あ」 あれが世界の狭間とやらか。白のような、透明のような、様々な絵の具をぶちまけたマーブル模様のような、何とも形容し難い空間の中、淡い緑の光を放つ半透明の大きな球体に包まれ、胎児のように体を丸めて眠っているポップがいた。 「何、あれ…」 呆然と呟く。 「役目を果たす時の楔の姿だ」 人間でなく、神族でなく、魔族でなく、精霊でなく。 「これで、普通に生きろ…って」 呆然としたまま、そう言ったダイの耳に溜息が響いた。 「お前はオレの言った事を聞いていないのか」 「え?」 「役目を果たす時、と言っただろう。眠りが終われば翼は消える」 呆れと共に言われてダイはハッとした。ポップは規格外ともいえる頭脳の持ち主だ。その彼女と比べるのは流石に止めて欲しいと思うが、余りの落差に落胆されているのが解る。 「しかしまぁ、面白いものだ」 ここで初めて、ヴェルザーがラーハルトに視線を向けた。 「四界の種族の中で最も弱い筈の人間とのハーフが、より強化されているのだから」 ダイもだが、ラーハルトもそうだ。 「だが頭の方は残念なようだ」 クツクツと笑うヴェルザーに、返す言葉もない。 ラーハルトもそうだ。 “活き活きしてますネェ” 普段、話し相手が自分とキュールしかいないせいか、他の者と話す時は、饒舌になる傾向がある。 “今回は相手が相手ですしネ” 思う所も色々あるだろう。 「では始めるか」 ダイを普通の人間にする事。 「待って。違うんだ」 だがそれに、ダイがストップをかけた。 「どうした」 「おれが何年生きるのか、ヴェルザーなら解る?」 「…ポップを待つつもりか」 「ポップが言ってたんだ。バーンと戦ってた時、あんたが消えた後に。竜の騎士のハーフのおれはどのくらい生きるのかって」 「――――――知らん」 ダイの必死さとは裏腹に、ヴェルザーの返答は余りにも素っ気なかった。勿論それは、ダイへの評価が低いからという下らない理由ではない。 「言っただろう。お前は突然変異体だと。それだけならまだしも、紋章まで二つ持っている。予想もつかん」 「そう…なんだ」 落胆するダイに、ヴェルザーは言葉を続ける。 「普通の人間よりは長く生きるだろうがな」 「人とのハーフは、力が強化されるなら…可能性はある?」 「能力強化と寿命の延長は違うと思うが」 「それでも」 可能性があるのなら賭けてみたい。 「―――揃いも揃って頑固な事だ」 それがポップと、そしてヒュンケルのことを言っているのだとはダイにも解った。 「……ダイ様」 ラーハルトが少々不満げにダイの名を呼び、ダイは今まで黙って後ろに控えていた彼を振り返った。そこには何時もならば絶対にしない、困惑顔の彼がいて、ダイは苦笑めいた息を吐いた。 「ラーハルトはポップのことをよく知らないから、納得いかないのかもしれないけどさ。ポップがいなかったら、おれなんてとっくの昔に駄目になってたよ」 パーティの仲間として、魔法使いが要である勇者を支える、なんてレベルではなかった。それに「要」だったのは、寧ろポップの方だったと思う。 「ですが、ダイ様の人生は」 「一度バーンに負けて逃げ出したおれを、ポップは責めなかった。それどころか、もっと自分を愛してやれって言ってくれた」 あの時、自分は本当に負けていたのだ。 「おれがどんな道を選んでも、おれが胸を張って生きて行けるならそれでいいって」 「それは…」 存在の全肯定。 「きつい言い方するけど、おれはポップを認めない奴を認めない」 「ダイ様…!」 ラーハルトも、ポップを全く認めていない訳ではない。 「それに、おれは人生を棒に振る訳じゃない」 ポップの目覚めを待つ。けれどただボンヤリと時が過ぎるのを持っている程、バカなつもりはない。 「ポップはおれに色々教えてくれた。今度はおれが教える側になりたいんだ」 時間の流れから取り残された彼女の為に。尤も、自分には彼女のような頭の良さはないから、大した事は出来ないかもしれないが。 「それで?」 ヴェルザーが結論を促す。 「ポップと約束したんだ。戦いが終わったら、また一緒に旅をしようって」 それを実現する為に、やるべき事は沢山ある。 「そうか。ならば、少し手助けしてやろう」 「え…」 言葉と共に、ダイの両拳にある紋章が今までで最も明るく輝いた。 「今の、て」 「不完全だった紋章の記憶継承を完全なものにした。時代による差はあるが、人の社会で生きて行くのに必要な知識も得られよう」 「い、いいの?」 「…お前はオレを何だと思っている」 ポップを間に挟んではいるが、ヴェルザーにはそれでダイをどうこうしようという気はない。それに思い入れに差はあっても、約一年前にアバンに言われたように、ダイもヴェルザーにとっては『自分達が創った存在』としては対等なのだ。 「ありがとう」 「せいぜい頑張るがいい。もし、その時が来るまでお前が生きていたら、呼んでやる」 「うん」 両者の話し合いが終わると、キルヒースが前に出た。 「それじゃ、送ってくヨ。何処がいい?」 「ランカークスへ」 「OK。ヴェルザー様、いいんですヨネ?」 「ああ」 念の為に確認したキルヒースに、短く頷く。そしてそのまま静かに目を閉じると、気配が薄くなった。 「ヴェルザー?」 「気にしなくていいヨ。封印の影響で眠ってる時間が長いんだ」 これにラーハルトが僅かに目を逸らした。
「さて勇者君。これはおまけダ」 「え?」 ダイの胸元が、ホワリと緑に光った。 「今のは…」 「実用的なものじゃないケド、君が持ってる秘女の魔法力が込められた水晶球に、道を作った」 「どう言う事?」 「君が念じれば、秘女の姿を見る事が出来る。先刻みたいにネ。ま、秘女はずっとあの状態だからあんまり意味はないかもだケド」 「そんな事ない!ありがとう!」 ダイが「太陽のよう」と称される笑顔で、これまでのギクシャクした雰囲気などなかったかのように、真っ直ぐに礼を言った。 “成程。秘女はこれにやられた訳カ” 小さく苦笑する。 “ただの能天気じゃなければネ” そこまでの見極めは、まだ出来ていない。とはいえ、これ以上話し続ける意思もない。そもそもキルヒースにとっては、彼は主のライバルでもあるのだ。 「それじゃ、また会えると良いネ」 「うん、またね」 キルヒースは、微かに頷くと姿を消した。
“ヒュンケルには、ちょっと申し訳ないけど” もし何時か何処かで会う事があったら、一緒にポップの姿を見るのもいい。お前だけズルいなどという人ではないし、ポップのことを語り合う事も出来る。 “待ってて、ポップ” 絶対に、もう一度。 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回のサブタイトルは惜別にしようかとも思ったのですが、ポップは死んではいないとは言え千年もの間眠り続けるのでは、仲間達にとっては二度と会えない眠りには違いないので、こちらのタイトルに決めました。 ポップと二度と会えないことにショックを受けながらも、決して諦めないダイとヒュンケルが今回のツボです! すでに勝者の余裕すら感じさせるヴェルザーを相手に、(一応は)人間の範疇に入るこの二人が、この先、ポップのいない長い長い時をどう過ごすのか……無事に再会できるのか興味津々です。二人以外の、特に女の子達はすでにポップとの別れを受け入れて前に進んでいる様な逞しさを感じるのも、好印象♪ でも、そんな中でなにやらひどくみんなからの顰蹙を買いまくったラーハルト君がなにやら気の毒に思えてなりません(笑) ま、まあ、でも一作品に一人ぐらいはこの手の狂言回し的役目というか、損な立場になってしまう人がでてしまうものなんでしょう、たぶん。 |