『四界の楔 ー永別編 4ー』 彼方様作

初めて見る、本物のヴェルザーの巨体に圧倒される。

「よく来たな、ダイ」

「…そう言ってくれるんだ」

自分が余り良く思われていない事を知っている為、思わずそう呟いたダイに低い笑い声が落ちてきた。

「別に嫌ってはおらんぞ」

「…え」

「ポップと比べたら、というだけの話だ」

淡々と言われて、ダイは肩を落とした。
ポップを「最高の女」と評し、「将来の正妃」とまで言ってのけたのだ。気の遠くなるような時を生きて来たヴェルザーにも、嫉妬という感情はあるらしい。

「今、ポップは?」

とはいえ、そもそもダイには腹芸など出来ない。出来たとしても、ヴェルザーとは格が違いすぎて、相手にもならないだろう。
だから何時ものようにストレートに尋ねた。
またヴェルザーも、格下であるダイに対して特別高圧的に接するつもりもなさそうだ。

「―――見るか?」

疑問形ではあるが、ヴェルザーはダイの返答を待たずに巨大な尻尾を僅かに動かした。すると、上空にポッカリと穴が空いたように映像が現れた。

「あ」

あれが世界の狭間とやらか。白のような、透明のような、様々な絵の具をぶちまけたマーブル模様のような、何とも形容し難い空間の中、淡い緑の光を放つ半透明の大きな球体に包まれ、胎児のように体を丸めて眠っているポップがいた。

「何、あれ…」

呆然と呟く。
髪が白金のままなのは、まだいい。
ただ、その背に純白と漆黒の二対、四枚の翼。こちらはポップ本人とは逆に大きく広げられている。

「役目を果たす時の楔の姿だ」

人間でなく、神族でなく、魔族でなく、精霊でなく。
同時に、そのいずれでもある。
ポップは自分がこうなる事まで知っていたのだろうか。

「これで、普通に生きろ…って」

呆然としたまま、そう言ったダイの耳に溜息が響いた。

「お前はオレの言った事を聞いていないのか」

「え?」

「役目を果たす時、と言っただろう。眠りが終われば翼は消える」

呆れと共に言われてダイはハッとした。ポップは規格外ともいえる頭脳の持ち主だ。その彼女と比べるのは流石に止めて欲しいと思うが、余りの落差に落胆されているのが解る。

「しかしまぁ、面白いものだ」

ここで初めて、ヴェルザーがラーハルトに視線を向けた。

「四界の種族の中で最も弱い筈の人間とのハーフが、より強化されているのだから」

ダイもだが、ラーハルトもそうだ。
種族としては弱いが、他種族と交わった場合、その他種族の力を底上げするかの如く強靭な子が生まれる。

「だが頭の方は残念なようだ」

クツクツと笑うヴェルザーに、返す言葉もない。
ダイは知識面や精神面はポップに頼りきりで、状況的に余裕がなかったとはいえ、それを変えようとする意志もなかった。戦闘においても、一対一の時はともかくも、それ以外ではパーティ自体がポップに頼っていて…こうして戦闘から離れてみて初めて、それがどれ程重かったか、少しだけ考えられるようになった。

ラーハルトもそうだ。
バランに拾われて以降、物事を余り深く考える事がなかった。その必要性がなかったし、バランの目的の為に戦闘力を磨く事を最優先してきた。最低限の知識だけは身に着けたが、それだけだ。
そのやり取りをやや離れた所で見ていたキルヒースは、苦笑混じりに肩を竦めた。

“活き活きしてますネェ”

普段、話し相手が自分とキュールしかいないせいか、他の者と話す時は、饒舌になる傾向がある。

“今回は相手が相手ですしネ”

思う所も色々あるだろう。
ヴェルザーがもう一度尻尾を動かすと、ポップの映像が消えた。

「では始めるか」

ダイを普通の人間にする事。

「待って。違うんだ」

だがそれに、ダイがストップをかけた。

「どうした」

「おれが何年生きるのか、ヴェルザーなら解る?」

「…ポップを待つつもりか」

「ポップが言ってたんだ。バーンと戦ってた時、あんたが消えた後に。竜の騎士のハーフのおれはどのくらい生きるのかって」

「――――――知らん」

ダイの必死さとは裏腹に、ヴェルザーの返答は余りにも素っ気なかった。勿論それは、ダイへの評価が低いからという下らない理由ではない。

「言っただろう。お前は突然変異体だと。それだけならまだしも、紋章まで二つ持っている。予想もつかん」

「そう…なんだ」

落胆するダイに、ヴェルザーは言葉を続ける。

「普通の人間よりは長く生きるだろうがな」

「人とのハーフは、力が強化されるなら…可能性はある?」

「能力強化と寿命の延長は違うと思うが」

「それでも」

可能性があるのなら賭けてみたい。
ポップは何時も、どんな絶望的な状況であっても、一欠片の希望を決して捨てなかった。そうやって勝利を掴み取っていた。
だったら、自分も諦めない。
いや、諦めたくない。

「―――揃いも揃って頑固な事だ」

それがポップと、そしてヒュンケルのことを言っているのだとはダイにも解った。

「……ダイ様」

ラーハルトが少々不満げにダイの名を呼び、ダイは今まで黙って後ろに控えていた彼を振り返った。そこには何時もならば絶対にしない、困惑顔の彼がいて、ダイは苦笑めいた息を吐いた。

「ラーハルトはポップのことをよく知らないから、納得いかないのかもしれないけどさ。ポップがいなかったら、おれなんてとっくの昔に駄目になってたよ」

パーティの仲間として、魔法使いが要である勇者を支える、なんてレベルではなかった。それに「要」だったのは、寧ろポップの方だったと思う。

「ですが、ダイ様の人生は」

「一度バーンに負けて逃げ出したおれを、ポップは責めなかった。それどころか、もっと自分を愛してやれって言ってくれた」

あの時、自分は本当に負けていたのだ。
バーンに、というよりは。
皆の期待に。
「勇者」の名に。
何よりも、それを受け止めきれなくなった自分に。
初めて、本当に「怖い」と思った。戦う事より、死ぬ事より、皆の中に存在する「自分の影」に恐怖した。

「おれがどんな道を選んでも、おれが胸を張って生きて行けるならそれでいいって」

「それは…」

存在の全肯定。

「きつい言い方するけど、おれはポップを認めない奴を認めない」

「ダイ様…!」

ラーハルトも、ポップを全く認めていない訳ではない。
竜騎衆の前に、初めて彼女が立ちはだかった時。
そしてミスト戦、バーン戦。
あの少女の強靭な意志、強烈な存在感、驚異的な臨機応変さ、周囲への影響力。実力は言うまでもなく。どれをとっても、軽んじる要素はない。
ただラーハルトにとっての重要度が、ダイに比べて低いだけだ。

「それに、おれは人生を棒に振る訳じゃない」

ポップの目覚めを待つ。けれどただボンヤリと時が過ぎるのを持っている程、バカなつもりはない。

「ポップはおれに色々教えてくれた。今度はおれが教える側になりたいんだ」

時間の流れから取り残された彼女の為に。尤も、自分には彼女のような頭の良さはないから、大した事は出来ないかもしれないが。

「それで?」

ヴェルザーが結論を促す。
その声からは、今まで潜んでいた険が消えていた。ダイの本気が伝わったという事だろう。

「ポップと約束したんだ。戦いが終わったら、また一緒に旅をしようって」

それを実現する為に、やるべき事は沢山ある。
ポップの目覚めまで生きられなくても、それらをクリアしていくだけでも充実した人生になる筈だ。
ポップにとってはその場しのぎの言葉だったとしても、自分はそれを目標に生きて行く。

「そうか。ならば、少し手助けしてやろう」

「え…」

言葉と共に、ダイの両拳にある紋章が今までで最も明るく輝いた。

「今の、て」

「不完全だった紋章の記憶継承を完全なものにした。時代による差はあるが、人の社会で生きて行くのに必要な知識も得られよう」

「い、いいの?」

「…お前はオレを何だと思っている」

ポップを間に挟んではいるが、ヴェルザーにはそれでダイをどうこうしようという気はない。それに思い入れに差はあっても、約一年前にアバンに言われたように、ダイもヴェルザーにとっては『自分達が創った存在』としては対等なのだ。

「ありがとう」

「せいぜい頑張るがいい。もし、その時が来るまでお前が生きていたら、呼んでやる」

「うん」

両者の話し合いが終わると、キルヒースが前に出た。

「それじゃ、送ってくヨ。何処がいい?」

「ランカークスへ」

「OK。ヴェルザー様、いいんですヨネ?」

「ああ」

念の為に確認したキルヒースに、短く頷く。そしてそのまま静かに目を閉じると、気配が薄くなった。

「ヴェルザー?」

「気にしなくていいヨ。封印の影響で眠ってる時間が長いんだ」

これにラーハルトが僅かに目を逸らした。
他意など全くなく、ただ単に説明しただけだったキルヒースは、妙な罪悪感を覚えているらしい彼に対して、小さく肩を竦めた。だがそれだけで、フォローを入れる事もない。
キルヒースにとって、ラーハルトは気遣いをする存在ではないからだ。







ランカークスの村外れに着く。

「さて勇者君。これはおまけダ」

「え?」

ダイの胸元が、ホワリと緑に光った。

「今のは…」

「実用的なものじゃないケド、君が持ってる秘女の魔法力が込められた水晶球に、道を作った」

「どう言う事?」

「君が念じれば、秘女の姿を見る事が出来る。先刻みたいにネ。ま、秘女はずっとあの状態だからあんまり意味はないかもだケド」

「そんな事ない!ありがとう!」

ダイが「太陽のよう」と称される笑顔で、これまでのギクシャクした雰囲気などなかったかのように、真っ直ぐに礼を言った。

“成程。秘女はこれにやられた訳カ”

小さく苦笑する。
確かにこれ程の素直さと屈託のなさは、彼女にはないものだ。己の運命を知っても変わらなかったのだから、これは称賛してもいいかもしれない。

“ただの能天気じゃなければネ”

そこまでの見極めは、まだ出来ていない。とはいえ、これ以上話し続ける意思もない。そもそもキルヒースにとっては、彼は主のライバルでもあるのだ。

「それじゃ、また会えると良いネ」

「うん、またね」

キルヒースは、微かに頷くと姿を消した。







ダイが、アバンのしるしと共に首にかけている小さな水晶。ポップに渡されたそれを、レオナに頼んでペンダントにして貰ったのだ。
キルヒースはああ言ったが、ダイにとってはこれ程意味のある事もない。千年間、顔も見る事も叶わなかった筈のポップの姿を見られるのだから。

“ヒュンケルには、ちょっと申し訳ないけど”

もし何時か何処かで会う事があったら、一緒にポップの姿を見るのもいい。お前だけズルいなどという人ではないし、ポップのことを語り合う事も出来る。

“待ってて、ポップ”

絶対に、もう一度。
                       (終)






 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回のサブタイトルは惜別にしようかとも思ったのですが、ポップは死んではいないとは言え千年もの間眠り続けるのでは、仲間達にとっては二度と会えない眠りには違いないので、こちらのタイトルに決めました。

 ポップと二度と会えないことにショックを受けながらも、決して諦めないダイとヒュンケルが今回のツボです! すでに勝者の余裕すら感じさせるヴェルザーを相手に、(一応は)人間の範疇に入るこの二人が、この先、ポップのいない長い長い時をどう過ごすのか……無事に再会できるのか興味津々です。二人以外の、特に女の子達はすでにポップとの別れを受け入れて前に進んでいる様な逞しさを感じるのも、好印象♪

 でも、そんな中でなにやらひどくみんなからの顰蹙を買いまくったラーハルト君がなにやら気の毒に思えてなりません(笑) ま、まあ、でも一作品に一人ぐらいはこの手の狂言回し的役目というか、損な立場になってしまう人がでてしまうものなんでしょう、たぶん。

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