『四界の楔 ー永別編 3ー』 彼方様作 |
何もないとは解っていても、ジャンクとスティーヌは一日の終わりに必ずそこを訪れていた。 「ん?」 何時ものようにそこを訪れた二人は、そこに村人ではない者の姿があるのに疑問の声を上げた。 「あんたは」 「マトリフ、と言う。アバンの戦友だ」 マトリフの方は相手に誰かとは尋ねなかった。ジャンクはともかく、スティーヌを見ればポップとの関係は一目瞭然。もしポップが普通に年を重ねられるのなら、こうなって行くだろうと思える程に。 「アバン様の…?」 「ああ。そしてポップの二番目の師にあたる」 アバンが基礎を鍛え上げ、マトリフが魔法使いとして完成させた。戦後すぐに訪ねて来たアバンの話によれば、恐らくあの場でのポップは、自分以上だっただろう。 「アバンの奴ぁ、もう来れそうにねぇんでな」 その立場とネーム・バリュー。 「そりゃ、仕方のない事だな」 ジャンクが独り言のように呟く。 「まぁ、オレもこの年なんでな。次、来れるかは解らねぇ」 そしてマトリフは、二人に小さな…5?四方の箱を差し出した。 「これは?」 「自分が戻ってこれなかった時に渡してくれと頼まれた」 ――――全く、師匠を使い走りにしやがるたぁ、とんでもねぇ弟子だ。 「じゃあな。オレが言うのもなんだが、長生きしろよ」 そう言うと、マトリフは二人が引き止める間もなくルーラを唱えた。 「アバン様とは正反対の方ね」 「ああ。だが、出来たお人だろうよ」 そうでなければ、彼はここまでは来なかった筈だし、ポップも最後の品を託したりはしなかった。 「何でしょうね、これ」 「さてな」 娘とはいえ、離れている間に彼女は大きく成長した。それでなくとも、彼女の頭の中身は自分達には測りかねる。だがそれがどんな物であれ、自分達にとっては大切な物には違いないのだ。 あの会合から数日後。 「そう。やっぱり行くのね」 「申し訳ありません。姫」 ヒュンケルがレオナに深々と頭を下げる。 だが。 ポップにそんなつもりは毛頭なかったのは、解りきっている。けれど、暗黒闘気の危険性を語った言葉の中に、ヒントがあった。 それでも、どんなに危険で細くても、そこに道があるのなら、その道を歩むと決めたのだ。 ただそれを、人目のある場所でやる訳にはいかないから、ここを去る。分不相応極まりないとは思うが、自分の過去を知らない一般大衆からは、自分も「英雄」扱いされている。そんな存在が「闇堕ち」したというような話が広まれば、世界に影を落としかねない。 「ほーんと。ポップ君てば罪な人ね」 「姫…」 「ポップ君に会えたら、伝えて貰える?貴女は確かに勇気の使徒だった、と」 「承知しました」 それはポップへの伝言というより、ヒュンケルへの激励の言葉。 「じゃあね、ヒュンケル。元気で」 「有難うございます。姫もご健勝で」 もう一度礼をして、ヒュンケルは執務室を後にした。 「―――姫様」 続き部屋の扉の奥から、エイミが現れる。 「ごめんなさいね、エイミ。あたしには止められないわ」 「いえ。姫様の責任ではありませんから」 結局、ヒュンケルの中に自分への想いは僅かもなかった。ポップとは、同じ土俵にすら上がれなかった、勝負にもならなかった。 「私が彼にとって重要な存在になれなかった。それだけの事です」 零れそうになる涙を必死に耐える。 “さよなら、ヒュンケル。貴方の願いが叶いますように”
「寂しくなるわね」 「ごめん、レオナ」 「いいのよ。ダイ君の人生だもの。これからどうするの?」 「一度デルムリン島に戻って、じいちゃんと話して。それからポップと旅した所を回ろうと思う」 「え」 「ポップがおれにくれた言葉を、一つ一つ考えながら」 「そう。しっかりね。何かあったら、頼ってくれて構わないから」 「うん。ありがとう」 こちらでは別れの言葉はなかった。 余りにも視野が狭い。 「ダイ君。ちゃんと納得のいく答えを出してね」 「うん」 ダイは元気よく返事をした後、ルーラを唱えた。 「仕方ないわね。女の方で頑張りますか」 マァムはシナナの協力を取り付け、孤児院を開いた。それが普通と違っていたのは、チウを中心とした遊撃隊が共に生活をしている事だ。 ヒムもまた、その全身が白銀という異質があったものの、人間と同じ形で言葉も通じる事から、早い内に打ち解けた。 “小さな一歩だわ。でも、確かな一歩にしてみせる” 周りの目は、まだ厳しいけれど。 メルルはクロコダインと共に旅だった。 勿論、レオナの全面的なバックアップと、表立ってはいないがアバンとフローラのサポートがあっての事だ。 決して解り合えない、などという事はない。 「私、ただポップさんに『よくやってくれた』って、言って欲しいだけなんです」 尊敬してやまない少女に、認めて貰いたいだけ。彼女のような、壮大な理想も理念もない、とメルルは言う。 「それで構わんだろうさ。あいつなら」 クロコダインは「獣王」に相応しい鷹揚さで肯定する。 「そうですね、あの方は」 にこやかに笑い合う。 ノヴァは、ロンの許にとどまった。 己の慢心を打ち砕いた事。 「いいのか?」 「先生?」 「言っては何だが、こんな田舎で燻っていて」 「はい」 屈託なく笑ったノヴァに、ロンは肩を竦めた。 “お前の娘は、本当に対した奴だったようだな、ジャンク” それこそ、殆ど接触はなかったが、そう思う。 そして終戦から約一年。 「ヴェルザー、来たよ」 小さくそう言っただけで、神殿の中の空気がフ…と変わった。だが現れたのは、まだ封印が解けていないだろうヴェルザーではなく、あの時に只一度会ったキルヒース。 「やぁ。何か余計なものがくっついてるみたいだケド」 「……オレはダイ様の部下だ」 「ふーん」 興味なさげな、どちらかというと小馬鹿にしたような態度だったが、そう反応されても仕方のない事をしたという自覚位はあるし、ダイの為にはここは耐えるしかない。 「ま…いいサ。それじゃいこうカ」 キルヒースは僅かに口角を上げた。 |
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