『四界の楔 ー永別編 3ー』 彼方様作



中身のない墓。
世界を救った英雄の一人として、記念碑的な意味も込められて作られた華やかなパプニカのものとは別に、ランカークスの村外れの墓地にもう一つそれはあった。

何もないとは解っていても、ジャンクとスティーヌは一日の終わりに必ずそこを訪れていた。
村人達もそこまでの頻度ではなくともよく来る為に、パプニカの物ほど溢れかえっている訳ではないが花が途切れる事はなかった。

「ん?」

何時ものようにそこを訪れた二人は、そこに村人ではない者の姿があるのに疑問の声を上げた。
白いマントを揺らして振り返ったのは、かなりの老人。

「あんたは」

「マトリフ、と言う。アバンの戦友だ」

マトリフの方は相手に誰かとは尋ねなかった。ジャンクはともかく、スティーヌを見ればポップとの関係は一目瞭然。もしポップが普通に年を重ねられるのなら、こうなって行くだろうと思える程に。

「アバン様の…?」

「ああ。そしてポップの二番目の師にあたる」

アバンが基礎を鍛え上げ、マトリフが魔法使いとして完成させた。戦後すぐに訪ねて来たアバンの話によれば、恐らくあの場でのポップは、自分以上だっただろう。

「アバンの奴ぁ、もう来れそうにねぇんでな」

その立場とネーム・バリュー。
彼に寄せられている期待は、カール王国の復興だけではない。流石に多少の遠慮はあるものの、彼の叡智は世界中から欲されている状態だ。本人の気持ちはどうあれ、既に存在しない人間の為に使える時間はないだろう。

「そりゃ、仕方のない事だな」

ジャンクが独り言のように呟く。
それに彼は、自分がそう言った状況となる事を予測してか、戦後間もない時、夜間にヒッソリとやってきて、ポップの最後の様子を語ってくれた。
自分達も知らなかった、ポップの壮大な理想と共に。
貪るように本を読んでいたのはその為だったのかと得心すると同時に、自分達の娘の頭脳がとんでもない代物だったのだと、改めて思い知らされたのだ。

「まぁ、オレもこの年なんでな。次、来れるかは解らねぇ」

そしてマトリフは、二人に小さな…5?四方の箱を差し出した。

「これは?」

「自分が戻ってこれなかった時に渡してくれと頼まれた」

――――全く、師匠を使い走りにしやがるたぁ、とんでもねぇ弟子だ。
そう悪態を吐きながら、それでもその頼みを引き受け、きちんと果たしてくれた彼には、感謝するしかない。
これは、娘の「遺品」だ。

「じゃあな。オレが言うのもなんだが、長生きしろよ」

そう言うと、マトリフは二人が引き止める間もなくルーラを唱えた。

「アバン様とは正反対の方ね」

「ああ。だが、出来たお人だろうよ」

そうでなければ、彼はここまでは来なかった筈だし、ポップも最後の品を託したりはしなかった。

「何でしょうね、これ」

「さてな」

娘とはいえ、離れている間に彼女は大きく成長した。それでなくとも、彼女の頭の中身は自分達には測りかねる。だがそれがどんな物であれ、自分達にとっては大切な物には違いないのだ。

あの会合から数日後。

「そう。やっぱり行くのね」

「申し訳ありません。姫」

ヒュンケルがレオナに深々と頭を下げる。
本来ならば、これからもパプニカの復興に従事すべきなのは解っている。そしてその中で「別の幸せ」を見つける事が、ポップの望みなのだろう事も。

だが。
もう一度、ポップと会えるかもしれない術がある。
―――暗黒闘気。

ポップにそんなつもりは毛頭なかったのは、解りきっている。けれど、暗黒闘気の危険性を語った言葉の中に、ヒントがあった。
失敗して、早死にするかもしれない。
成功しても、千年以上の寿命が得られるかは解らない。
また、人格が変わってしまう可能性も否定しきれない。

それでも、どんなに危険で細くても、そこに道があるのなら、その道を歩むと決めたのだ。
自分にとって、ポップはそれだけの価値がある存在だから。

ただそれを、人目のある場所でやる訳にはいかないから、ここを去る。分不相応極まりないとは思うが、自分の過去を知らない一般大衆からは、自分も「英雄」扱いされている。そんな存在が「闇堕ち」したというような話が広まれば、世界に影を落としかねない。

「ほーんと。ポップ君てば罪な人ね」

「姫…」

「ポップ君に会えたら、伝えて貰える?貴女は確かに勇気の使徒だった、と」

「承知しました」

それはポップへの伝言というより、ヒュンケルへの激励の言葉。

「じゃあね、ヒュンケル。元気で」

「有難うございます。姫もご健勝で」

もう一度礼をして、ヒュンケルは執務室を後にした。
きっともう、会う事はない。本当は自分の戴冠式位には、と考えていたレオナだったが口にはしなかった。
何処かで小耳にでも挟んで、祝杯の一つでも挙げてくれればいいな、と思う。

「―――姫様」

続き部屋の扉の奥から、エイミが現れる。

「ごめんなさいね、エイミ。あたしには止められないわ」

「いえ。姫様の責任ではありませんから」

結局、ヒュンケルの中に自分への想いは僅かもなかった。ポップとは、同じ土俵にすら上がれなかった、勝負にもならなかった。

「私が彼にとって重要な存在になれなかった。それだけの事です」

零れそうになる涙を必死に耐える。

“さよなら、ヒュンケル。貴方の願いが叶いますように”







それから更に数日後。

「寂しくなるわね」

「ごめん、レオナ」

「いいのよ。ダイ君の人生だもの。これからどうするの?」

「一度デルムリン島に戻って、じいちゃんと話して。それからポップと旅した所を回ろうと思う」

「え」

「ポップがおれにくれた言葉を、一つ一つ考えながら」

「そう。しっかりね。何かあったら、頼ってくれて構わないから」

「うん。ありがとう」

こちらでは別れの言葉はなかった。
そしてレオナは、ダイの後ろに控えているラーハルトには一言も声をかけなかった。彼女のラーハルトに対する評価は、ヴェルザーに関する言動のせいで最底辺だ。

余りにも視野が狭い。
ダイを任せられる大人というよりは、寧ろ悪影響を与えてしまうのではないかと危惧してしまう程。

「ダイ君。ちゃんと納得のいく答えを出してね」

「うん」

ダイは元気よく返事をした後、ルーラを唱えた。
その光の軌跡を見送って、レオナは小さく溜息を吐いた。「英雄」達が去っていく。さて、これをどうフォローするべきか。

「仕方ないわね。女の方で頑張りますか」






マァムはシナナの協力を取り付け、孤児院を開いた。それが普通と違っていたのは、チウを中心とした遊撃隊が共に生活をしている事だ。
最初は怯えていた子ども達も、自分達と余り変わらない体格で言葉が通じるチウから馴染んでいった。

ヒムもまた、その全身が白銀という異質があったものの、人間と同じ形で言葉も通じる事から、早い内に打ち解けた。
そこから順次、余り大きくない者、見た目が可愛らしい者から溶け込んでいった。

“小さな一歩だわ。でも、確かな一歩にしてみせる”

周りの目は、まだ厳しいけれど。
―――人間も魔族も怪物も、命の価値は同じ。それを少しでも理解して貰う為に。広める為に。






メルルはクロコダインと共に旅だった。
これはレオナの依頼が主だ。各地を旅して、その土地、その土地の状況を報告して貰う為。メルルならば、普通の人間が気付かない所まで目が届くだろうという事で。

勿論、レオナの全面的なバックアップと、表立ってはいないがアバンとフローラのサポートがあっての事だ。
そしてクロコダインは彼女の護衛であると同時に、華奢で非力そうな少女と巨体で屈強な怪物が共に在る姿を、広く見せて行くという目的がある。

決して解り合えない、などという事はない。
手を取り合う事は可能だと、その姿を見せる為に。

「私、ただポップさんに『よくやってくれた』って、言って欲しいだけなんです」

尊敬してやまない少女に、認めて貰いたいだけ。彼女のような、壮大な理想も理念もない、とメルルは言う。

「それで構わんだろうさ。あいつなら」

クロコダインは「獣王」に相応しい鷹揚さで肯定する。

「そうですね、あの方は」

にこやかに笑い合う。
この姿もまた、誰かが見ているだろう。






ノヴァは、ロンの許にとどまった。
他の仲間達と比べて、最もポップに近い場所。また、ノヴァがポップについて知っている事は少ないが、それでもジャンクとスティーヌに彼女のことを語ってやれる。

己の慢心を打ち砕いた事。
それだけでなく、フォローもしてくれた事。
何時でも、人の輪の中心にいた事。

「いいのか?」

「先生?」

「言っては何だが、こんな田舎で燻っていて」

「はい」

屈託なく笑ったノヴァに、ロンは肩を竦めた。
内容は話せない、との事だったが、あの会合から帰って来てから、何かが吹っ切れたのか表情が変わった。彼には彼の生き方、思いがある。そこにまで口を出す気はない。
それに幾らルーラが使えるとはいえ、リンガイアとしょっちゅう往復するのは大変だろうに、バウスンの補佐も務めている。

“お前の娘は、本当に対した奴だったようだな、ジャンク”

それこそ、殆ど接触はなかったが、そう思う。






そして終戦から約一年。
この日だけは、と、レオナに頼まれていたダイは、記念式典に出席した後、そのままテランへ向かった。
育ったデルムリン島に次いで、思い出深い場所。

「ヴェルザー、来たよ」

小さくそう言っただけで、神殿の中の空気がフ…と変わった。だが現れたのは、まだ封印が解けていないだろうヴェルザーではなく、あの時に只一度会ったキルヒース。

「やぁ。何か余計なものがくっついてるみたいだケド」

「……オレはダイ様の部下だ」

「ふーん」

興味なさげな、どちらかというと小馬鹿にしたような態度だったが、そう反応されても仕方のない事をしたという自覚位はあるし、ダイの為にはここは耐えるしかない。

「ま…いいサ。それじゃいこうカ」

キルヒースは僅かに口角を上げた。
                      (続)












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