『四界の楔 ー回生編 1ー』 彼方様作

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・千年後の設定なので、主要キャラの変貌や死亡している場合があります。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。

 以上の点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪










少女の体を包む緑の光球が明滅し始める。
それを感じ取ったヴェルザーは、キルヒースを使いに出した。

“執念というべきか、何と言うか”

歴代の竜の騎士の中でも最長寿だ。それでも、そもそもの時間の概念からすれば、よくも千年もの時間を待っていられたものだ。そこは素直に感心する。
封印が溶けたヴェルザーの鱗は本来の輝きを取り戻している。

バーンが斃れて後、何度か現れた敵対者は、かつてレオナに言ったように全て退けていた。そして数百年が経った頃には、魔界は確かに変容していた。
今の魔界はヴェルザーを頂点とした、一つの王国。
かといって、王宮のような場所に住んでいる訳ではない。相変わらず、魔界の一角にドッシリと構えているだけ。

“地上も大分、落ち着いているようだしな”

魔族や怪物、そして人間達との諍いは極端に減った。

“ポップ。お前とお前の仲間達がまいた種は、大輪の花を咲かせつつあるぞ”

マァムが開いた孤児院は、今は学校になっている。その理念は、創設者のものをそのまま受け継いでいる。
メルルとクロコダインの旅は、人間と怪物の友好の祖として、途切れる事無く語り継がれている。

パプニカとカールは、人々の反発を招かない程度のゆっくりとした速度で、政治の中に種族間の融和を促す法を取り入れて行った。その流れに続いたのはテランとロモス。次いでリンガイア。世界にその潮流を作っていった。

千年。
人類全体の意識を変えるには、十分な時間だ。
勿論、何の問題もなく、全てが順調だった訳ではない。特に初期の頃は。しかし初期の頃なればこそ、ポップの仲間達の情熱が凄かった。

“大したものだ”

どうしてこれで「人間如き」と侮れようか。
歩みは鈍いかもしれない。
しかしきっかけさえあれば、劇的に変化する。そしてその継続性と柔軟性は、他の種族には見られないものだ。停滞したままの天界とは比較にならない。
そんな物思いに耽っている間に、キルヒースがダイを連れて戻ってきた。

「久しいな、ダイ」

「うん。直接会うのって、何百年ぶり?」

そこにいたのは、20代半ばの青年。
奔放にはねまくった黒髪や、右頬の十字傷はそのままに、幼い頃は母似だった面差しは、ひげこそ蓄えていないもののバラン寄りになっている。
その傍らに、ラーハルトの姿は既にない。

「後、どの位?」

「ふむ。2〜3時間、という所か」

「そっか」

映像ではない、生身のポップに会える。変わらぬ姿で、あの翼を広げたまま、体勢すら変える事なく眠り続けていた彼女に。
今の自分を解ってくれるだろうか。
待ち続けた事を喜んでくれるだろうか。
それとも、やっぱり最初は怒るだろうか、悲しむだろうか。

「…オレ達は、ポップの思いに、願いに応えられたのかな?」

「完璧ではないが、そもそもポップ自身、何もかもうまくいくなどと甘い考えは持っていなかったのだ。十分だろう」

魔界の疑似太陽を機能させているのがヴェルザーだ。
そしてキルヒースは、各地方や種族等で大まかに出来上がっている自治集団を、キュールと共に巡回している。問題が起きれば知恵も力も貸すが、基本的に自主独立。

現在の魔界の「豊かさ」を支えているのがヴェルザーである事は、魔界全土に知られているから逆らいようがない、とも言える。

とはいえ、環境が豊かになるにつれ、住む者の心も豊かになって行った。ポップが夢見たように。何より疑似とはいえ「太陽」を維持する事がどれだけ大変かも知られている。

ヴェルザーの強大さ。
そして魔界の豊かさの根源たる存在である事。
この二つが周知だからこそ、魔界は地上の国家ほどきっちりした枠組みではなくとも、ヴェルザーを王とした「国」としての体裁を保てているのだ。

「だがまぁ…嫌がるだろうな」

「ああ、あれ」

「止めなかったのか?」

「オレ一人にどうにか出来る事じゃないよ」

それを知った時のポップの反応は、大体想像がつく。けれどそれを成した者達の思いもまた、ポップなら想像がつく筈だ。
キルヒースは、そっと場を後にした。
狭間の空間から楔を連れ戻すのは、彼の役目だからだ。

“随分仲良くなったよネ”

一人の女を挟んで、色々思う所はあるだろうが、何しろお互いに話し相手が限られているから、自然とそうなっても不思議ではない。


ダイは、目覚めたポップと最初に会う役目を譲って貰った。
元々、楔が眠りに入る前の知り合いで、目覚める時まで生きている者はまずいない。だから必然的にヴェルザーとキルヒースになるのだが(これまでキュールはずっとバーンの許にいた為、除外される)今回は特殊だ。

ヴェルザーにとっても、ポップは歴代の楔の中でも最も思い入れが深いのだが、彼は王の余裕と鷹揚さで、ダイに「一番」を譲った。

“ちょっと悔しい気もするけど”

ダイはポップが戻ってくる森の中の開けた空間で、そう思った。自分は「恋敵」相手に、あんな余裕は今でも持てない。

「じゃ、後は任せたヨ」

あと五分もせずに戻って来るカラ。
ある程度落ち着いたら、一度ヴェルザー様の所に来る事。
勝手に旅立ったら、はっ倒すヨ。
変に秘女を刺激したりしないように。

幾つもの注意事項を並べて、キルヒースは去っていった。
それからすぐに、今まで「何処」とも言えない空間にいたポップの姿が上空に現れた。緑の光球に包まれたまま、シャボン玉のようにフワリ・ユラリと落ちてくる。

「あ…」

その途中、あの純白と漆黒の4枚の翼が、光の粒子となって空気の中に溶けて行く。
翼が綺麗に無くなると、フ…ッとその瞳が開いた。それは最後の時に見た翠緑ではなく、本来の黒。その瞳に光が戻るとほぼ同時に、足が地面につく。

それは約千年も使っていないとは思えない程しっかりしていて、フラつく事もない。
ここにきて、白金のままだった髪も黒に戻った。

白金とは比較にならない地味さだが、トレードマークであるバンダナが映える。そして服も、翼の強烈な印象に気を取られて余り気にしていなかったが、バーン戦の時の服…みかわしの服のマントから全て、元通りになっている。

千年前に戻ったかのような感覚に襲われる。
けれど明らかな違いは、その目線。
あの頃とは逆になった、それ。

ポップはきょとんとした…記憶にある限り、ダイが一度も見た事がない幼いともいえる表情でダイを見上げている。

「……ダイ、な訳ない、よな…?子孫にしたって、似すぎってか、何で、ここに…いや、でも、この気配…」

ポップの混乱は当然のものだ。
楔が目覚めた時に、ヴェルザーやキルヒース以外がいる事など本来有り得ない。第一、眠る前の知り合いが生きている事自体、想像もしない事だろう。

「オレだよ。皆と一緒に、バーンと戦ったダイだ。――――お帰り、オレの魔法使い」

ポップの瞳が驚愕に見開かれる。
以前からそうだったが、目覚めてすぐでよくもこうまで早く頭が回転するものだ。

“寝起きはいい方じゃないのになぁ”

「何で…」

呆然と呟くポップに、ダイはニッコリと笑った。

「覚えてる?ポップが何処へ行ったって諦めてなんかやらないって、言ったの」

「それは…」

覚えては、いる。だが、それが可能だとは全く考えていなかったし、可能だったとしても、まさか千年も待ち続けるなどそれ以上に予想外だ。

「そして約束した。戦いが終わったら、また一緒に旅をするって」

「あれは…だけど…」

「ポップにとっては、その場しのぎだったかもしれない。だけどオレにとっては希望だった」

「―――――ごめん」

「責めてるんじゃないんだ。あの時のポップはああ言うしかなかったんだって、今は解ってるから。ただそうだったとしても、ポップがそう言ってくれた事が嬉しかった」

例え嘘だったとしても。
他の理由をつけて「無理だ」「戦いが終わったら、別の道を行く」と突き放さなかった、その事実が嬉しかった。ポップが彼女自身の心より、自分の心を守ろうとしていてくれた事を理解した時の喜びは、きっとポップには解らない。

「ダイ…」

ポップはまだ落ち着かない風だ。
混乱からは脱したようだが、ダイの行動、その想いの強さを受け止めきれずにいるのだ。

「とりあえず、ヴェルザーの所へ行こう」

「え、ああ。そう言えば、ここって魔界か?」

木漏れ日が降り注ぎ、爽やかなそよ風が吹き、鳥の囀りのようなものまで聞こえてくる。ただ、楔が目覚める場所は魔界以外にはない事を知っている。だからこれは、期待を込めた質問。

「そうだよ。ポップが確立した世界だ」

「基礎になる理論を構築しただけだ。実行する奴がいなけりゃ意味がない」

「でも、最初に理論が無かったら、実行も何もないじゃん」

「…お前」

「何?」

「ああ、いや」

千年経ったんだな、と姿を見た時以上に実感する。あの頃のダイなら、こう言った話題で自分に反論する事はなかった。いや、反論したいとは思っても、それに見合うだけの知識や言葉を持っていなかった。

「そうだよな。実質、もうお前の方がかなり年上なんだよな」

感慨深げに呟くポップだったが、ダイは内心では不満だった。驚きが過ぎているのが原因だとは思うが、ポップの反応が余りにも淡白で。

“もう少し、何か、こう…あると思ってたんだけど”

別れの時に比べて、随分とあっさりしているというか。
だがそれを表に出して、「変わったのは外見だけ」と思われるのは、どうしても嫌だった。
ずっと眠っていたポップはともかく、千年前の感覚が抜けきらない自分はどうかと思う。思いはするのだけれど。

“きっとオレ、一生敵わないんだろうな”

そして、それでいいとも思う。
自分は優位に立ちたい訳ではないのだ。
                      (続)








2に続く
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