『四界の楔 ー回生編 2ー』 彼方様作 |
「キレイ…」 ヴェルザーの許へ戻り、石化の解けた「竜神」の姿を見て、ポップは思わずと言う風に呟いた。 「気分はどうだ?」 「実感はない、かな。やっぱり」 体調にも全く変化はないし、魔界も人間界も外の様子を見ていない。ヴェルザーの封印にしろ、自分が眠りについて2,3年で解けると聞いていたから「実感」する要素にはならない。 「驚きは…した、けど」 少々口ごもりながら、ダイへ視線を向ける。 「ああ、それはオレも驚いた」 ヴェルザーもまた、ダイを見る。 「それで、どうする?」 まさか「迎え」があるとは考えていなかっただろうから、予定を変更する事を考えたヴェルザーが尋いてくる。 「いや、変わらないよ」 その意味を正確に理解したポップは簡単に答えた。 「そうか」 ヴェルザーも単語で答える。 「キルヒース」 「はい。無駄にならなくてよかったデスヨ」 「する訳ないだろ」 「知識欲の塊りだネェ」 「必要な事だからな」 しかし、次々に交わされる会話は本当に訳が解らない。 「ダイ」 「うん」 ポップが一声かけると、迷う事なくやって来る。これは変わらない。 「一緒に来るか?」 「…どういう意味?」 これは自分がポップより頭が悪いからとかではなく、きっと誰にも解らないだろうと思う。それでも、ポップに誘われて「行かない」と言う選択肢はない。 「今の世界を知る為に、読書三昧に入るんだよ」 千年前にも「古文書」はあった。 後は社会の常識や風習の変遷などを含めた歴史、新しく創られた道具やその使い方、現在の国の枠組み、国際状況、日常のルールやマナー…。 「そう言う雑多な本を集めておいて貰ってた」 「ポップ…って」 目覚めた後の事まで、最初から考えていたのか。 「ん?」 「ヴェルザーの所にずっといるつもりはなかったのか?」 彼はポップを「正妃」にする気満々だったのに。 「例えそうだとしても、何も知らずにいる訳にはいかないだろ」 それで問題がなかったとしても、「知らないでいる事」に対して自分が不安なのだ。 “きっと今の知識も、すぐ追い越されるんだろうな” 知的欲求だけでなく、記憶力、理解力、応用力…何もかもポップの方が上なのだから。 「後は、まぁ…」 ポップが躊躇うように、言葉を濁した。 「悪い、ヴェルザー。―――もう少し、待ってくれるか?」 「構わん。元々、読書の間は待つつもりでいた」 「そ、か。サンキュー」 「解っていた事だからな」 クツクツと笑うヴェルザーに、ダイはまた疎外感を覚えた。仕方がないと割り切っているつもりではいるが、こんな風にあからさまに立ち入れない会話をされるのはやはり気分が良くない。 「じゃあ、とりあえず案内するヨ」 「ああ、頼む」 言ってから、ポップがダイへ手を差し出す。 「ほら、来いよ。ダイ」 「う、うん」 空間移動を得意とするキルヒースが、二人を連れて「その場所」へと跳ぶ。だがそれを見て、ポップは固まった。ダイもまた驚きに目を瞠る。 「キルヒース…これ…」 「これが一番落ち着くと思ったんだけど」 ポップは立ち尽くしたままだ。 「三日おきに来るカラ、必要な物があったらその時に教えてネ」 「――――ああ」 まだ何処か心ここにあらずではあるが、それでも返事をしたポップに彼はヒラヒラと手を振ると、フ…と消えて行った。 「ポップ…大丈夫?」 「ああ…ちょっと驚いただけだ」 ポップは改めて、その家を見上げた。 「ポップ?」 ダイが後ろから覗き込み、彼もまた動きを止めた。 「…バカだなぁ」 涙混じりの声で、小さく呟かれた言葉にダイはたじろいだ。 「ここまで気を遣わなくていいのに」 「ポップ…」 そっと、その肩を抱こうとしたダイだったが、ポップは以前と変わらない立ち直りの早さで、さっさと部屋に入って行った。 “う〜ん” ヴェルザーとの会話を聞く限り、ポップには千年の時間の経過は一瞬の事だったらしい。 “オレのことも…まだ意識が変わってないんだろうな” 最後まで弟扱いだった、あの頃と同じまま。 「ふーん…本棚の中身だけ違う訳だ」 机とベッドとタンス以外は、ギッシリ詰まった本棚しかない…女の子の部屋としては余りにも殺風景な部屋。 「これで全部?」 遅れて入ってきたダイが声をかける。 「初期の分だな」 「ええ?!」 「千年分だぜ。これだけの訳ないだろ」 言われればそうかと思うが、しかしこれは…一体どれだけかかるのか想像もつかない。 「あ、じゃあ三日おきって」 「読んだ分を渡せば、その分次のを持ってきてくれるって事だ」 他にも食料品とか日用品とかも。 「楔」ではない、「ポップ」の姿。 「で、お前には本だけでは解らない部分のフォローを頼みたい」 「は、え?」 いきなりの頼みごとに、ダイは狼狽えた。 「…何だよ」 「だ、だって、ポップがオレに?」 「お前、どんだけ自己評価が低いんだよ」 ポップは呆れたように言うが、ダイとしてもあの頃のイメージが抜けきれないでいるのだ。知識だけではない、その応用力・機転の早さは忘れられない。あの戦いは、彼女のそれらがあってこそ切り抜けられたのだから。 「ただダラダラと時間を無駄にしてきた訳じゃないだろ」 「それは…一応」 「自信がないってんなら、予定通りヴェルザー達に尋くけど」 「いや、やる!何でも尋いてよ」 本を読んで、生まれた疑問を尋く相手。 「ただ、とんでもなく暇になるから…」 「いいよ、それ位」 「そうか?」 息をして、動いているポップが、自分の傍にいる。それだけの事がどれだけ重要で、大切で、特別か。千年の時間の実感がないポップにはきっと解らない。 「お前も興味のある本があったら、読んでていいぞ」 「う、うん」 その歯切れの悪さに、ポップは苦笑した。やはり基本的な部分は変わっていないらしい。 「ダイ…」 「うん?」 「――――――ありがとな」 「…うん!」 ポップからの初めての肯定の言葉に、ダイは大きく頷いた。少なくとも迷惑には思われてはいない。喜んで、くれた? |
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