『四界の楔 ー回生編 3ー』 彼方様作 |
「どうした」 「気付いてらっしゃるんでショウ?」 「ああ、恐らくはポップもな」 「本人はどうでしょうネ」 「さてな。オレが口を出す事ではない」 ヴェルザーは向こうから相談を持ち掛けられない限り、我関せずを貫くようだ。 そうして半年。 “やっぱり凄いや” 文字や単語、文法の変化などものともせず、次々と読破していくポップに、ダイは感嘆するしかない。恐らくポップの中ではそういった変化の流れがきちんと繋がっているのだろう。 しかも「フォローを頼む」とは言われたものの、それは殆どない。 本当にないのか。それとも後で纏めて尋くつもりなのか。 “それもそれで、とんでもないな” どんな記憶力だと思ってしまう。そもそも、読み直すという事さえないし、ページをめくる速度も尋常ではない。 そしてその集中力がダイには驚きだ。 これは元々の性格の違いも大きい。一日中部屋の中で本を読み続けるなんて、ダイにはとても無理だ。一応、ポップに付き合って部屋の中にはいるのだが、手持無沙汰な事この上ない。 “でも…” 千年待ったのだ。 同じ空間に居られて、ポップの顔を見ていられるだけでも嬉しい。そうやってずっと見つめていても、彼女が何も言わない事も。尤も、半分は本への集中で気に留めていない、という事なのだろうけれど。 不思議なのは、今まで一度も仲間達のことを尋かれていない事。 確かにレオナやフローラ、アバンに関しては歴史書に載っているだろうし、メルルとクロコダインのことは物語のような形で残っている。マァムは子育てとか教育の分野か。 だが、ちゃんとした形で残っているのは、この位。 早々に離脱した自分とヒュンケルは、バーン戦に関してのみ記述がある程度。 その他の仲間も、それがせいぜい。 尤も、基本的に本を読まないダイは、仲間達のことがどういう風に記述されているか、実際の所は詳しくは知らない。 ポップが本を棚に戻す。 「ダイ」 「うん」 「何か、思ってた以上に色々変わってるんだな」 「そうだね」 「で、一度ヴェルザーの所に戻る」 「?」 「集めて貰った本は、読み終えた。後は実地だ」 「それって」 「約束、だろ。一緒に旅をしようぜ」 だが、ヴェルザーに黙って行く訳にもいかないから、一度戻る。そもそも、身一つで出て行っても、その先が覚束ない。 「ただ、その前に幾つか尋きたいんだが」 「う、うん」 「時々出てくる『月の女神』ってのは、何の事だ?」 ニッコリと、物凄くいい笑顔で問われた事に、ダイはとうとう来たかと思ってしまった。「誰」と尋かないあたりが、余計に怖い。いや、解って当然ではあるのだが。 「ええと。最初は『月の加護を受けた勝利の女神』だったんだけど」 「ああ、それは解ってる。何でこんな事になってるんだ?」 「レオナがさ…」 ポップが目覚めた時に、少しでも生きやすいように。 だがそれは後付けだ。あのバーン戦後、象徴となったのはダイではなく、ポップだった。ゴメちゃんの力により拡散された映像。唯一の戦死者。それが、まだ大人になり切っていない少女だった事。そしてバーンを圧倒した規格外の魔法使い。 それらをひっくるめて、ポップはあっという間に偶像化されてしまった。そして一応は「墓」だったものは、一種の戦勝記念モニュメントとなり、今も尚花が絶えない。 「女神は何時か復活するって」 月のイメージは、ポップが時々やっていた月光浴からのもの。 ポップのその姿を見た誰もが、彼女の人間離れした雰囲気と美しさを語っていた。 「女神なら、姿形がずっと変わらなくてもおかしくないから」 肖像画も多く出回っている。 ダイの説明にポップは頭を抱えた。 「えーと…ポップ?」 「うん、大体は解る。けどな」 月の女神なんて、物凄い美女のイメージではないか?このモダモダした羞恥心をどうしてくれる。 「ポップが『神様』って言うのを毛嫌いしてるのは知ってるよ。それでも」 「――――それも込みで解ってる」 ただ只管恥ずかしい。時代が下る程、つまり今に近くなる程、加速度的に美化されて行っているのだ。正直、ここ100年位の描写に至っては「これは何処の誰だ」と叫びたい位だ。 「オレはそんなに違和感ないけどなぁ」 実際にポップを知っている自分としては、「本物はもっと凄い」と自慢したい位なのだ。 「…止めろ。恥ずかしさで死ねる」 とうとうポップは、両手で顔を覆った。 「ああ、もう。とりあえずバンダナは外して、髪形も変えて…」 切るという選択肢はないらしい。 ここでポップは、意識を切り替えるように大きく息を吐いた。 「で、本題はここから」 「本題…」 「姫さんや先生が何をしたのかは、本には書いてあった。けど事実だけじゃない心情とか、そこへ至るまでの苦労とか…。後、メルルやおっさんの旅の様子。勿論、マァムやヒュンケル…ノヴァの事」 ポップの表情が少し痛みを耐えているように見えるのは、ダイの気のせいではないだろう。 「千年も前の事だ。幾ら思い入れが強くても記憶は薄れて行くものだから、お前が覚えている範囲でいい…話してくれ」 この質問だけはダイにも予想出来ていたから、ずっとずっと、何度も何度も、繰り返し思い出し、記憶に刻み込んできた。 「勿論、ここで一気にって事じゃない。旅をしている中で、思い出した時々に少しずつで」 「うん」 「じゃ、行こうぜ」 「え、もう?」 「早い方がいいだろ。千年待たせて、更にまた半年待たせたんだから。それに…自分の目で見たいし」 変わった世界を。 そうして自分に向かって差し出された手を、ダイはそっと、けれどしっかりと掴んだ。 「そうか。楽しんで来い」 報告に戻り、地上に行くと告げると、ヴェルザーはあっさりとそう言ってダイを驚かせた。 確かにこれはポップの意志でもあるのだけれど、ヴェルザーは一体何処まで自分に譲歩するのだろう。 「オレからの餞別だ」 「え…」 フワリと、何処からともなく落ちてきたそれが、静かにポップの手の中に落ちた。 「服?」 「目立つだろう?『月の女神』そのままでは」 「それ、やめてくれ…」 本当にやり切れないというか、恥ずかしいのだろう。ポップは服に顔を埋めた。魔法力が込められている訳でもない、普通の布で作られたその服の色は、緑ではない。 「旅費はどうするつもりだ」 必要であれば、全額自分が出してやってもいい。 今では地上の国家のそれぞれと交流がある。貿易と言う点においては、魔界が圧倒的に有利だ。 また200年ほど前からは一般の交流…旅行者も増えてきた。 故に、外貨には困らない。 「…ちゃんと王様やってるんだなぁ」 一応、それも経済誌など(千年前には、こんなジャンルの本自体がなかった!)で知ってはいたが、やはり実感は伴っていない。 「魔界内部の事はキルヒースとキュールに任せきりだからな。対外的にはオレが出るのが、一番良かろう」 細々とした雑事を行う、いわゆる官僚的な仕事をする者は各地からキルヒースとキュールがスカウトしてくる。 最初の頃こそ人前に出るのは、人に近い姿をした魔族に限定されていたが、旅行者が増え始めた200年前からその縛りはなくなっている。 「うん…溝が大分なくなって来てるよな」 その礎となったのが、あの頃の仲間達の奮闘。 それは、多くの本に、多くの記述があった。 読みながら、何度も泣きそうになった。 勿論、そこには仲間達自身の理想や考えもあったに違いないが、自分の思いを汲んでくれた事が本当に嬉しかった。この辺りの詳しい事は、これからダイが教えてくれる、筈だ。 「それで、どうする?」 「ん。甘えさせて貰うよ」 ダイが何を言う間もなく、話が進んでいく。 “何か…これって…” 『幼な妻を甘やかす、年嵩の夫』に見えてしまうのは、気のせいだと思いたい。 “オレだって、それなりに持ってるんだけどな” ただそれを、ポップが今のように素直に受け入れてくれるかは解らない。ポップにとっては庇護者であるヴェルザーと、弟でしかなかった自分と。 それから色々と話し合っている二人の姿に、何となくイライラする。 “一緒に行くのはオレなのに” ただ――――解ってはいるのだ。 自分には、後千年の寿命など望むべくもない。それはきっとヴェルザーだけでなく、ポップにも解っている。 だからと言って気を遣われている、なんて思いたくはない。 ポップの、本当の気持ちが知りたい。 勇者と魔法使いではなく。 弟と姉でもなく。 それこそ、千年前にヴェルザーに詰られたように、少しでも恋愛感情があって欲しい。 いや、それそのものでなくても、そこに繋がる感情が芽生えていて欲しい。 それ位望んだって、罰は当たらないだろう。 けれどこうなって初めて、あの頃の「恋愛」を忌避していたポップの気持ちが解るような気もするのだ。相手を置いて行く事が解っているからこそ、受け入れられない、と言う。 “けど、オレはポップみたいに優しくないんだ” それがポップの中で消えない傷になっても。それで自分のことを忘れずにいてくれるのなら、寧ろそうなる事を望んでしまう位に。 (終) 彼方様から頂いた、素敵SSです! 今回もタイトルに悩んだあげく、ポップが復活するので回生編に。千年もこの時を待ち続けてきたダイの念願が、ついに叶いました! ……が、その割にはポップの反応は結構あっさり目、そしてライバルは度量が広い上に準備万端という万全っぷりを見せつけています、が、がんばれっ、ダイ! とりあえず、ダイもお金を貯めておく程度の甲斐性はできたことに、心底驚きましたよ。ええ、常識は備わってきたみたいですね、成長してます! 復活したポップを支え、この先何があろうと支えになってやってほしいものです。 |