『四界の楔 ー墓参編 1ー』 彼方様作

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・千年後の設定なので、主要キャラの変貌や死亡している場合があります。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。
 ・ダイがポップ以外の女性と付き合った経験を仄めかすシーンがあります(その女性自体は、登場しません)

 以上の点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪












ポップはずっと簡単に束ねていただけの髪をポニーテールにし、更にそれを三つ編みにしていた。今までやった事がない筈なのに、その器用さと手早さにダイは呆気にとられるだけだった。

トレードマークのバンダナはせず、バッグの紐に括りつける。

“しまっておくって選択肢はないんだな”

しるしと共に、今となってはアバンの形見ともいえるそれ。

ヴェルザーが渡した服は、あの時のケープと同じピンクだが、あれよりも淡く優しい色で、膝丈のワンピース。ダイが初めて見るスカート姿だ。

長袖の袖口とスカートの裾には、生地より少し濃いピンクの糸で繊細な刺繍が施されている。

布も糸も普通の物だが、その刺繍の模様に魔法力が込められている。それはポップの魔法力を上げたりするものではなく、逆にその強大過ぎる魔法力を抑える為のもの。

千年前ですら、ポップの魔法力は群を抜いていた。

時代が変わっていく中で、色々便利な道具や機械が増えた。

それにつれ、魔法を使える人間は減り続けた。

今では初級魔法を使えるだけで珍しがられる位だ。

そんな中で、ポップが何の対策もせずに出歩けば、感覚が鋭い者はその魔法力に中てられかねない。千年前は気にする事すらなかった事だが、それ程に魔法は衰えてしまっているのだ。

人間の、魔法に対する耐性そのものが落ちている。

ダイに関して言えば、魔法は得意ではないが魔法力自体は人並み以上である。しかしポップとは違いずっと人の世界で生きてきた為に、自然と内に覆い隠す術を身につけていた。

そして魔法の衰退に関して、本で知ったポップの反応は実に淡白だった。

千年前と違っている事など、当たり前なのだと。






そうして準備を整えて、最初に訪れたのはやはりランカークス。そこに村は既にない。

「霊園」の管理者がいるだけだ。

「うぅわぁ…」

実物を見たポップが、何とも言えない唸り声のような声を絞り出す。“写真”で見て知ってはいても、やはり実際に見るのは違うという事だろう。

花が溢れ、幾つもの供物が供えてある。

確かにこれは人の墓と言うより、女神のシンボルだ。

“けど花はともかく、菓子とかワインとかの食べ物類ってどうしてるんだ…?”

まさか腐るまで置きっ放しなんて事はないだろう。

とはいえ、それは自分が関知する事ではない。

早朝のヒンヤリした空気の中、ポップは一応「自分の墓」を見詰めた。

「ここ、ポップの髪が入ってるって」

「ああ」

あの時、自分が二人に遺せる物はそれしかなかった。魔法アイテムなんてあの二人には無意味だし、それ位なら自分の一部分の方がいいと思ったのだ。

その事が知られているから、今でも余り交通の便が良くないこの場所に、パプニカの物と変わらない人数が訪れるのだ。

「女神」の両親の「静かな場所であり続けて欲しい」と言う願いは守られ続け、周辺にはほぼ何もない。観光地化されておらず、ここを目的としている者しか来ない土地。

周囲を見渡したポップは、瞠目した。

「……ノヴァ?」

彼についての記述は、そう多くない。

その殆どは父・バウスンの補佐として、故国リンガイアの復興に尽力したという事。

ジャンクとスティーヌはともかく、何故。

「ダイ、これって…」

「ノヴァもポップが好きだったんだよ」

「―――――え」

「うん。気付いてないとは思ってた」

と言うか、自分から恋愛に気を回す余裕なんてなかっただろう。あの鈍さはこれも理由だったのかもしれないと気付いたのは、大分経ってからだった。

「ノヴァはロン・ベルクに弟子入りしてた」

「ロンに?」

「何か“下”で戦ってた時に色々あったみたいでさ」

基本はランカークスにいて、必要に応じてリンガイアに行っていた。そしてジャンクとスティーヌと、ポップのことを語り合っていた。

「そう、か」

「楽しそうだったよ」

「…ああ」

元々貴族だし、顔もいいし、「英雄」の一人にも数えられていたから、縁談は引きも切らなかった。けれど、結局彼は生涯独身を貫いたし、バウスンも息子の想いを尊重していたが…これは尋かれない限り話さない方がいいだろう。

「ノヴァが…それに納得して充実して…幸せだったんなら、それいいよ。今更でもあるし」

例えその場にいたとしても、口を出せる事でもない。

ポップは自分の物と比べると、格段に小さくシンプルな墓石をそっと撫でた。

「ありがとう」

好きになってくれて。

両親の心を慰めてくれて。

その後、ジャンクとスティーヌの墓にも、祈りを捧げる。

「もういいのか?」

「ああ。これでもう、何時でも来れる」

世界中の街並みが様変わりしている以上、現在ポップのルーラは役に立たない。

写真を見てはいても、それだけでは心許ないのも事実。

「次は?」

「テラン」

あの頃、滅亡寸前状態だった国はバーン戦後、流出していた国民がある程度戻ってきた事で息を吹き返した。

ただの伝説だと思われていた「竜の騎士」が実在し、勇者としてバーンを「倒した」ダイの存在は大きかった。「祖国」を誇りに思える事実が出来たのだから。





そこへ着くと、ポップは感嘆の声を上げた。

千年前の面影を色濃く残しているのは、フォルケン王の遺志が今でも息づいているからだろう。どの国にとっても、あの時代の王は特別なのだ。

向かうのは、やはり墓地。

「何か…凄いよな」

「うん」

メルルとクロコダインの墓は隣り合っている。それはこの時代であっても珍しい。

勿論、メルルの方がクロコダインより相当早く亡くなっている。その後クロコダインは長い時間を共にしたメルルの故郷であるテランにとどまり、歴史の語り部として、またテラン近辺で人や魔族・怪物の小競り合いが起こった時の調停部の顧問として過ごしていた。

「頑張って、くれたよな…」

メルルの墓石には、彼女が愛用していた水晶がはめ込まれている。
一点の曇りもなく磨き込まれているその水晶にそっと触れると、フワリと柔らかい光が灯った。そしてポップの魔法力に反応しているのか、徐々に透明から緑へと変化していく。

そしてその光は水晶から離れ、光球の中に半透明で等身大の人の姿が浮かび上がった。

「メルル…」

ダイが驚きに目を瞠る。

だがポップの方は、まるで解っていたかのように目元を緩めた。

―――来て下さいましたね、ポップさん

「久しぶり、メルル」

―――私、頑張りましたでしょう?

「ああ、凄いよ。千年も残る偉業だからな」

―――ふふ…ポップさんに褒めて欲しかったんです

「…そ、か。よくやってくれたよ、本当に」

会話が、成立している。

つまりこのメルルは、ただの残留思念ではないという事か。だがどうもダイのことは視界に入っていないようだ。尤も、これがどういう仕組みで成立しているかは解らないが、元々「ダイがいる事」を想定せずに作られたとすれば、当然か。

―――ええ。でもクロコダインさんとの旅は、本当に楽しかったんですよ

「おっさんだからな。なかなかのフェミニストだし」

―――私、ポップさんのお役に立てましたよね

「十分すぎる位にな。本当にありがとう」

―――良かった。恩返しが出来て

「恩返しって…」

―――ポップさんに逢えなかったら、私の人生は逃げるだけのものになっていたでしょう。勿論、大変な事も怖い事もありました。ですが、それ以上に充実した幸せな人生になりました

「けど、それは」

―――否定は受け付けませんよ。私がそう思っているのですから

「強くなったなぁ。でも会えて良かったと思ってるのは、メルルだけじゃないからな」

―――あら、有難うございます。嬉しいですわ

微笑むメルルの表情はとても懐かしく、けれどあの頃にはなかった強かさが感じられる。それはきっと、長い経験から生まれたものだろう。

ダイは二人の「少女」の会話を黙って聞いている。

認識されていないのだから、これは仕方ない。

“メルルって、確か80位まで生きたよな”

けれどこの姿は、ポップといた頃の姿だ。確かにその方がポップには解り易いとは思うし、恐らく老いた姿を見せたくなかったのだと思う。

メルルのポップへの想いは、何処か恋愛めいたものがあったから。

―――ポップさんもこれから…あの頃よりずっと幸せになって下さいね。でないと怒りますよ

「ああ。その予定ではあるよ」

―――良かった。ああ…もう時間です

この「奇跡」の時間の終わり。メルルの姿がボヤけ始める。同時に水晶の輝きもまた、弱まって行く。

―――ポップさん。貴女は本当に私の女神でした

鮮やかな微笑みを残して、メルルの姿は光の中にかき消えた。ポップは暫くその空間を見ていたが、やがて大きく息を吐いた。それは感嘆の吐息。

「流石、稀代の占い師」

「ポップ、解るのか?」

「一度、精神が繋がったから…多分それを利用したものだとは思うけど…」

詳しくは解らない。

それは魔法とは別物だからだ。そして恐らく、これが可能な者はもう出てこない。魔法と同じく、占いも衰退しつつある力の一つなのだ。

メルルの子孫も探せばいるかもしれないが、彼女程の力など望むべくもないだろう。

「おっさんも、頑張ってくれたよな」

どっしりした、大木のような男だった。アバンやマトリフとは全く別の意味で、ポップにとっては支えだったのだ。そして全力で己の言葉に応えてくれた。

メルルと共に、彼は政治とは別分野での融和の先駆者であり、象徴だった。

「ありがとう」

どんなに礼を言っても足りない。

幾つもの要因が重なり、絡まり合って「今の世界」がある。けれど自分の仲間達が果たした事はとても大きい。

「ポップ…」

かつての月下にいた時の雰囲気を彷彿とさせる静謐さに、ダイは遠慮がちに声をかけた。

「デルムリン島へ行こうぜ」

だがその空気を振り払うように、急に明るく告げたポップに驚きつつも、反対する理由もないから素直に頷いた。

                      (続)












2に続く
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