『四界の楔 ー墓参編 2ー』 彼方様作 |
そこは、千年前とほぼ変わっていない。 風景もさる事ながら、怪物の楽園のまま。勿論、人との交流がない訳ではないが、「勇者・ダイ」の故郷として一種の聖域とされ、人が訪れる事はあっても居住はしていない。 「何でここに?」 ここに仲間達の足跡はないのに。 「何でって、始まりの場所じゃないか」 ポップの最初はアバンとの出会いだったけれど、二人の始まりはここなのだ。 「それに、まぁ…あんまり人の中に出たくないって言うか…」 まさか自分が、あんな形で有名になっているとは思ってもみなかった。レオナ達の気遣いは気遣いとして解るのだが、どうにもこうにも羞恥の方が大きい。 いや、大多数の人間にとってはただの「伝説」で、自分が復活すると信じている者など皆無に近いだろうが、万が一を考えれば早朝か夜遅くに巡るようにしたいのだ。 「ああ…」 あの恥ずかしがり方を見れば、その気持ちも理解できる。元々、女としての自己評価が極端に低かった所へ「女神」などと言われては、こうもなるだろう。 とは言え、ポップ自身は美化されまくっていると感じている描写も、ダイにしてみれば正当な評価だ。惚れた欲目と言われようが、バレない為の行動としては妥当だと思ってしまう。 と、そこへ。 「よぉ、ダイ。久しぶりだな…って、ポップ、か?」 現れたのはヒム。 現在デルムリン島へルーラでやって来るのは、ダイだけだ。だから何時ものように出て来て気楽に声をかけたのだが…隣にいる人物を見て瞠目した。 「よく覚えてたな」 パッと見も変わっているのに。 「あんたみたいなの、忘れられる訳ないだろうが」 生まれたばかりの自分に、ヒュンケルと同等かそれ以上の衝撃を残していった存在。 「何時からここに?」 最初はチウと共に遊撃隊の一員として、マァムが創設した孤児院にいた筈だ。随分と子ども達に慕われてるような記述も散見された。 「孤児院が学校って奴に変わった頃だな。今じゃ、ここの管理人みたいなもんをやってるよ」 「そっか。お前に言うのもおかしいだろうけど、元気にやってるようで安心したよ」 「ああ。あんたの言った『戦いが全てじゃない』ってのも、解ったぜ。平和ってのもいいもんだな」 「だろ」 by 彼方 「平和」であれば、ヒムの本来の力は必要とされない。けれどそれこそが世界が安定した状態。そしてあの頃には殆ど見る事がなかった、沢山の笑顔。 自分も笑う事が多かった。 これがポップが言っていた「幸せ」とやらか、と思えるようにもなった。 「で、ここに来たって事は、あいつに会いに来たんだろ」 「え?」 「え…って、おい、ダイ?」 説明していないのかと言うヒムに、ダイは頭をかいた。 「うん。オレもポップがここに行きたいって言った時、驚いた」 ポップ特有の勘なのかとも思ったが、勘を働かせるのにもある程度の根拠が必要だから違うだろうと考えて、やっぱり違っていた。けれど、出来るなら…ポップが自分から言い出しさえしなければ、最後にしたい事だった。 「ダイ?ヒム?」 何の事だと二人を見比べている、ポップの手を取る。 「ダイ…?」 「案内するよ」 あの頃は通常装備だった手袋をしていない白い手を引いて、島の奥へと向かう。ただならない雰囲気を感じてか、ポップも離せとは言わずにいる。 森の中。 それでも陽射しが降り注ぐ開けた場所に、それはあった。何も刻まれていない、人の頭位の丸い石。 「これ…」 「ヒュンケルの墓だよ」 ポップは思わずダイを振り仰いだ。 何故。 今ですら人が住まない「怪物の楽園」に、何故彼の墓がある。 「―――――魔族になったんだ」 「…何、言って…」 これを聞けば、ポップが傷付くのは解っていた。だから最後にしたかった。ヒュンケルが自分と同じように生き延びられていれば、話は違っただろうけど。 「ポップが説明しただろ。暗黒闘気の事」 「まさ、か…」 たったこれだけで、ポップはヒュンケルがやった事を悟ったらしい。愕然と瞠目して、その「墓石」に視線を戻した。 「成功はしたよ。五百年は生きた」 そして魔族になっても、彼は彼のままだった。 その心が変わる事はなかった。 「バカな、事を」 「それだけポップのことが好きだったんだ。そこは解ってあげてよ」 ライバルだった。 同時に、仲間で同志だった。 約束をした事はなかったが、数年に一度は必ず会って語り明かしていた。ポップの幻影を一緒に見たりもした。 「バカだなぁ…」 「ポップ…!」 それでも繰り返したポップに、流石にダイが憤りを見せる。けれどポップはそれに構わず、その「粗末」と言う言葉さえ誉め言葉になりそうな墓石の前にペタリと座り込んだ。 その石に、ポタポタと水滴が落ちる。 「ほんとに、バカだ…忘れてくれて良かった、のに」 丸い石を、何度も撫でる。 「ごめん」 ――――お前の人生を縛り付けて 「ありがとう」 ――――そこまで愛してくれて あの別れの時と同じ単語だけれど、そこに込められている感情が違う事はダイにも解る。「二人」にしてやった方がいいのかと思い始めた頃、やや離れた所で黙って見ていたヒムから声がかかった。 「あいつ、幸せだったと思うぜ」 ポップの肩がピクリと反応する。 「オレも孤児院に長くいて、かなりの人間と接してきたけどよ。あいつ程、優しく穏やかに笑う奴ってそうそういなかったぞ」 戦いの中の不敵な笑みでなく。 心が満たされているのだと、自分にも解った。 「ヒム…」 ポップがゆっくりと振り返る。 痛みと悲しみに濡れた瞳。けれど凛として、透明な空気。あのヒュンケルが人生賭けて求め続けた女の姿。 “成程、女神か” 彼女がもう「人間」でない事は解っているが、確かにこんな空気を纏った人間には会った事がない。 「あんたと会って、愛して、ヒュンケルは幸せだった」 ―――不幸に逃げるな ―――幸せになる事を怖がるな ヒムの言葉に、また涙が込み上げる。それは自分が願った幸せの形とは違っていたけれど、それがヒュンケル自身が望んだ幸せであるならば、喜んでいい事なのだろう。 ちゃんと幸せに生きてくれたのだから。 ポップは墓に視線を戻すと、体勢を低く落とした。 「…ポップ…」 ダイが唖然とする。 一応ヒムや、知能の高い怪物が掃除はしている。けれど、野晒しの石に何の躊躇いもなく唇を落とした行為が信じられない。そしてその意味するところを信じたくない。 「ポップ、今の…」 「何も返せないからな」 ここに彼がいる訳ではないけれど。あの時の掌のキスへの答えにもならないけれど。 「軽く見ていたつもりはない…けど、解ってはいなかったんだろうな」 ヒュンケルがどれだけの想いを自分に向けていたか。 by 彼方 また、丸い石を一撫でする。 「それはお前に対しても同じだった」 「ポップ…」 「正直、何でそこまで好かれてるのか解らない」 「別に解らなくていいよ」 ダイの返しに、ポップはパチリと瞬きした。普通、こういうのは解って欲しいものではないのか。 ちなみに、長年の経験から空気を読む能力に長けたヒムは、この時点で踵を返した。自分が聞いていい話ではないし、ヒュンケルの気持ちが少しでも報われた事が解っただけで満足したというのもある。 「オレもヒュンケルも、他人から見たら物凄く重いのは解ってる」 目覚めた時の、ポップの混乱と驚愕を覚えている。 「だから理由なんて解らなくていい」 立ち上がったポップをそっと抱きしめる。 以前はやりたくても出来なかった体勢。身長差が逆転したからこそ出来るようになった事だ。 ポップは一瞬だけ身を固くしたが、拒絶はなかった。 「愛してる。それだけ、解って」 かつては「好き」とは言われても、「愛してる」は言われなかった。 その意味の違い。 ポップもアバンを好きではあったが、愛してるとは遂に思えなかった。 「すぐに返事をくれなんて、言わない」 「お前…」 「だってポップにとって、オレはまだ“弟”のままだろ」 見てくれは逆転しているし、実際に「生きた」時間はダイの方が遥かに長い。けれどポップの意識が今も千年前から変化していない以上、自分がその意識を変えるべく努力するしかない。 この、旅の中で。 「……私、は」 「ポップ!?」 目覚めて半年。 その間、ポップは頑なに一人称を使わない話し方をしていた。それが何故かはダイには解らなかったけれど、問い質そうとは思わなかった。 会話自体は成立しているのだから、それ程気にしなかったというのもある。 「ずっと、お前と共に在るよ」 「ポップ…」 「お前には悪いけど、何時かは必ず恋愛的に好きになれるなんて約束はできない」 「うん」 未来の気持ちがどうなるかなんて、ハッキリ言えなくて当たり前。そこはポップがどうこうではなく、ダイの行動にかかっている。 「でも生きてる限り…お前と離れる事はない。それは約束する」 ポップが両手で、ダイの頬を包む。 「今は、これしか言えない」 「十分」 ずっと一緒にいてくれるのなら。 「生きてる限り」。 それがどちらにかかるのかは解らない。だが、ダイがポップより生きる事はまずないから…一生、共に在れるのだ。 (続) |
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