『四界の楔 ー墓参編 4ー』 彼方様作 |
ポップとダイはレオナの墓の前にいた。彼女の墓は歴代の王のものと比べて、一際立派な造りになっている。 王・女王専用のこの霊園は、警備の人間が常駐してはいるが、出入り自体は自由になっている。 「姫さん」 稀代の賢女王として名を遺した彼女。 ――――ええ、任せて 戦後一切、この世界に関われない自分の、いっそ無責任とさえ言える言葉に力強く応え、実現に尽力してくれた。 17歳の時にシナナの三男と婚姻を結び、二男一女に恵まれた。その彼は父の気質を色濃く受け継いでいて、女王であるレオナを盛り立てていた。あの時代には珍しい、女を立てる事を苦にしなかった人物で、プライベートでは穏やかで幸せな家庭を築いたとされている。 墓そのものは、一基ずつ策で囲まれている為に触れる事は出来ない。 「ポップ、これ」 「うん…」 その策の外に、表面をガラスで覆っている碑文が刻まれた大理石がある。 〈親愛なる友へ。もしも来てくれたなら、言って欲しい言葉があるの。きっと貴女になら解る筈〉 「…正義の使徒・レオナへ。汚れ無き正義を実現し続けた貴女を、仲間として誇りに思う。私の期待を裏切らずに貫いてくれた事に、友として感謝する。勇気の使徒・ポップ」 「ポップ。それは、ちょっと…」 「ま、んな堅苦しい言い方より、私ならこうかな。やっぱりあんたは大した人だよ。あんたがあんたであってくれて、本当に良かった。心から感謝するよ、ありがとう」 そしてもう一つ。 「私達の出会いは、一つも間違ってなんかいなかった」 お互いに大きな影響を与えあった。けれどそれは、最後の時にレオナが言ったように生きていれば幾らでもある事だ。 「姫さんと呼ぶのも、もうおかしな事だけど…私はずっとこの呼び方でいるよ。また来るな、姫さん」 ここは今まで回った墓所に比べると来訪者が多い。自意識過剰と言われようが、余り長居はしたくなかった。 「いいのか?」 「ああ。本当に今の言葉でいいのか解らないけれど、これから何度も来るから」 きっとその時々に言葉をかける。 強く優しく、聡明だった自慢の友人。 次に訪れたのはロモス。 マァムの墓は「学校」から程近い場所にある。その斜め後ろに、遊撃隊のメンバーが共に葬られている慰霊碑もある。 「孤児院、か。らしいよなぁ」 しかも怪物と共に暮らすようにするとは。 設立時の内部事情を詳しく書いてあるものはなかったが、その苦労は相当なものだったに違いない。 何しろバーン戦直後だ。 幾ら遊撃隊のメンバーが大人しく賢かったとしても、偏見や差別は大きかったろうし、孤児の中に怪物に家族を殺された者がいなかったとは言い切れない。 それにロモスは、当時クロコダイン指揮下の百獣軍団に襲われていたから、獣系の怪物への忌避感も他国より上だったろう。 「凄いよ、マァム」 改めて、とんでもない精神力だと思う。 マァムは時折ボランティアで手伝いに来ていた、近所の村の青年と結婚した、と記されている。その時のチウの反応を想像すると、ちょっと笑ってしまう。 そして二人の夫婦仲はとても良好だったのだろう、墓石には夫の名も共に刻まれていた。 「生き生きしてたよ」 「天職、だったんだろうな」 ――――幸せになるわ きっと、あの言葉を実践して生き抜いてくれた。 学校から響いてくる子ども達の声を聞きながら、二人はその場を後にした。 最後に訪れたのは、カール。 何だか腑に落ちない表情をしているダイに気付いて、ポップは小首を傾げた。 「どうした?」 「いや、もっと早くに来ると思ってたから」 地上へ出て、今日で一週間。 マトリフの墓を訪れた後、ポップの精神状態がかなり不安定になった為に、同国内でありながら、レオナの墓へ行けるようになるまで三日かかったせいだ。 ただダイの感覚で言えば、両親の次あたりに行くだろうと考えていたのだ。あれだけ「アバン大好き」を隠しもしていなかったのだから。 「あ…まぁ、お前には悪いけど」 「何が?」 「今はお前のおかげで大分落ち着いたけど、最初の方に来てたら…多分、師匠の時より酷い事になってたんじゃないかな」 愛と言う程の強さではなかった。 けれど確かに初恋だった。 それにアバンのことだ。彼もまた、何らかの仕掛けを遺していてもおかしくはない。もしそうだったら、泣くだけでは済まなかったに違いない。 「別にオレは、それでも構わなかったぞ」 「ダイ?」 「それでポップの心が落ち着くんなら」 「甘やかしすぎじゃないか?」 「そうか?」 ダイに言わせれば、まだちっとも足りない。 “そりゃ、ヴェルザーみたいにはいかないけどさ” そもそもスタートラインが全く違うのだ。 「とりあえず行こうか」 「ああ」 王家の墓所に、アバンとフローラの墓は並んでいた。 二人は一男一女をもうけ、王女の方はレオナの次男と結婚している。 カール王国の中興の祖として、アバンはもう一つ、バーンを倒した勇者一行の師として名を刻んでいる。 「先生…」 彼の墓に、特別な個所は見当たらない。 マトリフの墓石は裏側…その先が崖なので、そこまで見る者は余りいなかったかもしれない…に魔法陣が刻まれていたが、アバンの場合は横たわる形なので、それもない。 「直接言った事、ありませんでしたよね。貴方に出会えた事が、私の人生最大の幸運でした」 その瞳には、限りない敬愛と哀惜がある。 「私の幸せの全ては、その先にありました」 両親の許で暮らしていた頃が、不幸だったとは言わない。 けれど常に平坦で、それ以上にも以下にもならない。喜びも悲しみも、感情が大きく動くような事は何も。 「知識も技術も、そして経験さえも、あらゆるものを与えてくれました」 あらん限りの尊敬と感謝と親愛を。 「私は二人の勇者に救われました」 外見も性格も能力も、似ている所は一つもなく。その相手が同じく「勇者」と呼ばれる存在だったのも、きっと偶然で。だけど同時に必然だった。 「先生も、幸せに生きましたよね」 女王でありながら、あの年までアバンを待ち続け、独身でいたフローラと共に。 「ですよね、フローラ様」 自分など足元にも及ばない、大人の女性だった。 「ポップ?」 レオナのものとは違い、ここは手を触れられる造りになっている。にも拘らず、触れる素振りもなく踵を返したポップに、ダイは首を捻った。 「何か、やっぱり…もし仕掛けがしてあったら…また取り乱しそうでさ」 もう少し時間をおいてから、また来たい。 「オレはいいのに」 「私は嫌だ」 大体、マトリフの墓のように訪れる人が少ない場所ならまだしも、あんな状態を他の誰かに見られたらどうなるか。恥ずかしい、で済む問題ではない。 「悪いな」 「謝る事はないよ。じゃ、どうする?」 これで大体、近しい仲間の所は回った。 墓所を出て、ポップはダイに向き直った。 「お前のお勧めの場所」 「オレの?」 「あるんじゃないのか?私に見せたいもの、食べて欲しい物、理解して貰いたいもの」 街並みだけでなく、自然の景観でも変わっている場所がある。 また、新たに開発されたり、発見されたりした場所。 そして新開発された乗り物でしか行けない場所。 逆に、千年前に食べられていた物はなくなってしまった物も多い。そんな中、新たに発見された食材、確立された調理法、作り上げられた調味料、新開発された調理機器。 つまり、ポップが食べた事のない料理や菓子が多数存在する。 理解して貰いたいもの、はダイの主観によるもの。 「…どうした?」 どうにも反応が鈍いダイを見て、不思議に思う。 「初めての事だから、ちょっと驚いて」 「初めて?」 「いや、だって…オレがポップをリードした事なんて、一度もなかったから」 何とはなしに、大通りへと向かいながらの会話。 時折すれ違う人がいるものの、特に注目される事はない。少々年齢差はあるが、何処にでもいる恋人の一組、と言う程度の認識だろう。 “まぁ、こんなもんだよな” 周囲の反応に納得して、このまま自分が雑踏の中にいる事に慣れていけばいいと結論付けたポップは、ダイを見上げた。そしてダイにとってはとんでもない事を言い放った。 「別に女をエスコートした経験がゼロって訳じゃないだろ」 「ポ、ポポポ、ポップ?」 「…鳩か、お前は」 「いや、そうじゃなくて!」 「今更、お前の気持ちを疑ってる訳じゃない」 「じゃ、何」 「何て言うか、その辺の事は私は知識でしか知らないけど」 男の生理ってものもあるだろうし。 何か随分といい男になってるし。 言い寄ってくる女なんて、沢山いただろうし。 恋人まではいかなくても、いわゆるワンナイトの相手がどれだけいても不思議じゃないし。 「ポップ…」 ダイがダラダラと冷や汗を流す。 それは確かに、清い体のままですなんて事は口が裂けても言えないけれど、こう言う事には免疫どころか興味さえなさそうだったのに、どうしてこんな知識まで持ってるんだ、彼女は。 だが、ダイのそんな焦りなど知らぬげに、ポップはフワリと微笑った。 「私を女として扱ってくれるんだろ?」 仲間として、相棒として、魔法使いとして、ではなく。 恋人にしたい、愛しい女として。 その為の経験を積んでいたんだと考えればいいだけだ。 ――――ああ、やっぱり敵わない ダイは内心で白旗を上げると、細い肩を抱き寄せた。 (終) 彼方様から頂いた、素敵SSです! ほとんどのキャラが天寿を全うしたとは言え、ポップにとって仲間達との真の意味での別れとなる墓参りは、とても印象深いお話でした。残される立場の方が辛いことを、ポップはこの時になってようやく実感できたんじゃないかと思います。 そして! ついに勇者様とポップに恋愛フラグが立った予感が!(多分) とはいえ、まだまだポップに全面的にリードされまくっている気もしますが(笑) しかし、個人的にはダイに女性体験があったことにびっくりです。うーむ、千年はさすがに長いですね〜。 |