『四界の楔 ー墓参編 3ー』 彼方様作


風が吹き抜ける岬の先。

「………墓?」

「一応」

花束だけでなく、周囲は花壇に囲まれていて、遮るものが何もないにも関わらず仄かに甘やかな香りが漂う位に、咲き乱れている。

「何もないのに」

「それは関係ないと思うけど」

「物好きだよな」

「そんなに嫌?」

「いやまぁ…こう言うのが必要なんだって事は解るさ。ただ、その対象が自分だっていうのが恥ずかしいというか、納得いかないというか、理解に苦しむというか」

「ポップて、自己評価低いよな」

あの頃も、周囲の高評価に無頓着…以前に全く気付いていなかった。好かれている、必要とされている所までは解っても、それ以上の事になるともう駄目だった。

「そうか?」

不思議そうなポップに、ダイは苦笑するしかなかった。

「まぁ、どうでもいいか」

人の評価がどうだろうと、その中に入って行けない以上関係ない事だ。

「師匠の墓って、あそこか?」

「あ、うん」

ここに来たのは、ただの確認。ランカークスとは違い、完全に観光地になっている。その差を見に来ただけの事。







マトリフの墓は、彼が住んでいた洞窟の崖の上にあった。
彼に関する記述は、殆どない。ポップの第二の師として僅かに残されている程度。直接大戦に参加していなかった事と、ポップの師としてはアバンの陰に隠れてしまったせいだ。

それでも歴史マニアや、廃れ続けている魔法に興味を持っている者が、時折訪れている。

「申し訳ない気もするけど…師匠ならこの位がいいのかな」

そもそもが人嫌いで、騒がしいのも嫌いだった。

ただマトリフ自身がどう思うかはともかく、完全に忘れ去られてしまうのは、ポップとしては忍びない。誰が欠けてもバーンの許には辿り着けはしなかったが、彼の力はその中でも特に大きかったのだから。

「マトリフさんは、その後の弟子志願者を全員蹴散らしてた」

「それも物好きな」

あの偏屈さと横暴さ、度を越えたスパルタっぷりを知らないのは幸せな事だ。尤も、その根底には深い愛情が存在している。それに気付けるまで付き合えるかは、その人次第。

「ちゃんと墓なんだな」

「え?」

「師匠の性格だと、墓なんか作るなとでも遺言しそうだからさ」

「あー」

それは何となく解る。

「ポップ、これ読める?」

この墓を作ったのはレオナではなく、アバン。場所を考えればおかしな事だが、当時はアバンとマトリフが共にハドラーを退けた戦友だと知られていたから、許された事だった。

墓石に刻まれている文字は、ダイが見た事のない物。

アバンに尋いた事もあったが、彼は激励のつもりなのか「ポップに教えて貰いなさい」と微笑うだけだった。或いはダイが一念発起して自ら学ぶ事を望んだのか。

「古代神聖文字」

果たして、ポップはあっさりとそう言った。

「あの頃でも読める人間は限られてたからな。今なら専門の研究者がやっとって位じゃないか?」

「レオナも読めないって言ってたよ」

「姫さんには、これを勉強するより優先する事…やらなきゃいけない事が山ほどあったからだろ」

「そっか」

話している途中で、ポップの声が震えたのを不思議に思う。

「それで、何て書いてあるんだ?」

「―――――初代大魔導士、二代目大魔導士に後を託して、ここに…眠る」

「……どう、いう」

「解らない」

自分は二代目を名乗った事はない。マトリフより先にこの世界を去る事が解っていたから。
そして彼の年齢と、ダイの説明からするに、自分より後に彼に弟子入りした者はいないと考えていい。とすれば、この「二代目」は自分のことなのだろうが、後を託すとはどういう意味なのか。

まさか、魔法を盛り立てて欲しいなどという事ではあるまい。

「そして…」

「そして?」

「この単語で終わってるんだ」

ポップはこれまでと同じように、墓石に触れた。メルルがそうしていたように、マトリフも何か仕掛けを遺していてもおかしくはない。それだけの魔法力と技術力を持っていたのだから。それを成す、ポップへの思いも。

墓石をこれにすると決めていれば、生前に仕込んでおくのは不可能ではない。

ポップが触れた瞬間、墓石の裏側が光った。

―――よぉ、戻って来たか

メルルとは違い、マトリフの声だけがその場に響き始めた。

―――ダイとヒュンケルが、執念でてめえを待つつもりでいるぞ。どうだ、会えたか?

「師匠…」

―――目覚めりゃ、寿命はともかく自由に生きられんだろ?だったらちゃーんと「女」としての幸せも掴めよ。ああ、相手は別にその二人でなくてもいいぞ。オレにとっちゃ、二人よりてめえの幸せの方が重要だ

「…マトリフさん」

この言い方に、ダイはガックリ肩を落とした。

確かに関わりと思い入れの深さ、自分達が千年後まで生きられるかどうか解らない事を考えれば、仕方ないと言えなくもないが。

―――ポップ。オレは人生の最後にてめえと言う天才に会えて、全てを伝えられて、人生の満足度が格段に跳ね上がった

恐らくマトリフは「映像」を捨てて、「言葉」を多く伝える方を選んだのだろう。そしてやはりメルルとは違い、それは一方的なメッセージだ。

―――最後にもう一花って奴だな。つまり俺はてめえに会って、また一つ幸せを重ねた訳だ。オレみてえな捻くれたジジイをちゃんと理解して、尊敬までしてくれたってーのもポイント高かったぜ

最後だから。

直接、ポップに話す訳ではないから。

だからマトリフとは思えない程、真っ直ぐに伝えているのだろう。

ポップの足元がフラリと揺れ、ダイにもたれかかる体勢になった。

「ポップ…?」

―――で、周りの連中にも散々幸せになれって言ってたんだって?なら、てめえも幸せになれよ。でねぇと、あいつら納得しねえぞ。勿論、このオレもな

ダイが聞いた事のない、柔らかな優しい声。

マトリフがどれだけポップを大切に思っていたのか、よく解る。

―――幸せに生きろよ、ポップ。オレの唯一の愛弟子

ここで光が消えた。

その後、ダイは暫くポップの反応を待った。けれど、ポップはダイにもたれかかったまま、動かない。彼女の気持ちも何となく察する事は出来るが、余り自分の理性によろしくない。

「え、と…ポップ…」

ダイが声をかけた瞬間、ポップはバッと体勢を入れ替えてダイにしがみついた。

「う…わああぁぁっ!」

「ポ、ポ…ップ…」

いきなり大声で泣き出したポップに、ダイは狼狽えた。あの冷静なポップがと思うと同時に、出会った頃の事を思い出す。ああ、これはアバンがメガンテを使った時と同じ泣き方だ、と。

それを思い出した後、ダイは右手でポップの頭を抱いて、左手で薄い背中を撫で始めた。

号泣が嗚咽に変わり、漸くポップが泣き止んだのは10分以上経ってからだった。

「大丈夫…?」

「―――悪い。解っては、いたんだけどな」

頭で考えていたのと、実際にそれを目の前にする…現実だと認識するのは想像以上の落差だった。そして、今回で限界が来た。

「甘かった…」

喪う事は解っていたのに。

「仕方ないよ、それは」

覚悟はしていても、実際に突き付けられれば心が揺れるのは当たり前の事だ。

「だけど」

「ポップ?」

「お前も辛かったよな」

「そう…だね…」

沢山の仲間を見送って、それからもそれなりに親しくなった者もかなりの数がいた筈だ。だが今の自分と同じように、ダイも見た目が変わらなくなっているから、相当な孤独を味わってきたのも想像がつく。

ヒュンケルやヒムがいたとしても。

そんな孤独や、色々な辛さを自分と会う為だけに乗り越えて来てくれた。こんな簡単な事を、実体験するまで気付けなかった自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

そしてダイは、この半年と言うものそんな事を匂わせもせず、ずっと見守ってくれていたのだ。

「お前がいてくれて、良かった」

最初から予定していた事だったが、一人で全員の墓を回るなんてきっと無理だった。ヒュンケルのことも…ヒムから話を聞いただけでは受け止めきれなかったに違いない。

ダイがいたから。
同じように自分を待ち続けたダイが、それを欠片も後悔していないと行動で伝え、愛していると言葉で伝えてくれたから、どうにか自分の中に落とし込めたのだ。

「やっぱりお前は、私の光だ」

「それ…」

「言った事、なかったっけ」

「初めて聞いた」

「救われてたよ。お前の純粋さに、屈託のなさに。それは私にはないものだったから」

そしてほぼ全ての人間が、成長と共に失くしてしまうもの。

流石に、こればかりはアバンも与えられはしなかった。

「オレ、あの頃もポップの役に立ててた?」

勇者としてだけでなく。

手のかかる弟のような存在と言うだけでなく。

「…私は相当、言葉が足りなかったんだな」

一番の存在だと言った事はあったが、告白を退け続けていた事実の方が大きいのだろう。

だが、ポップのそう言った感慨とは裏腹に、ダイはそこまで辛いと思った事はなかった。

もう一度ポップに会うという大きな目標を立て、会えた時には彼女の支えとなれる存在になる為に頑張るという努力目標も同時に立て、そこに意識の殆どを割いていたから。

勿論、仲間の死に遭う度にとても悲しかったし、泣きもした。

ただそれを上回るポップへの想いがあった。自分のことを「重い」と言ったのはその為だ。

そしてこの半年の事も、認識にズレがある。

ダイはポップの傍にいられる事が只管嬉しくて、その喜びの前にこれまでの辛さとかそんなものが吹っ飛んでいただけで、本人的には「見守っている」と言う意識などなかった。

これに関してはポップは知らないままでいた方がそれこそ幸せな事だろうし、ダイの方もポップの感慨に考えが及ばない以上、取り立てて話す事もしない。

「…私の方からも、頼む。離れないで、傍にいて」

「当たり前だろ。ずっと一緒だ」

耳元で囁いて、ポップを抱く腕に力を込めた。

                         (続)











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