『四界の楔 ー楽土編 1ー』 彼方様作

《お読みになる前に、一言♪》

 ・ポップが女の子です。
 ・千年後の設定なので、主要キャラの変貌や死亡している場合があります。
 ・キルバーンの設定が大幅に変更されています。善人風キルバーンが苦手な方は、ご注意を。
 ・ダイとポップが、通常の恋人同士としてのハッピーエンドは迎えません(悲恋やバッドエンドではないです)

 以上の点にご注意の上、お楽しみくださいませ♪













それから二人は、様々な場所へ足を延ばした。

ルーラやトベルーラを使うのではなく、他の人々と同じように交通機関を使って。

ダイが好きな場所、ポップが好きそうな場所。

絶景と言われる場所。逆に人類の進歩を端的に表した、大都会と言われる場所。

その土地ごとの名産品、そこでしか食べられないような名物。

千年前には有り得なかった、世界中に展開しているファーストフードやレストラン。

そうやって一年も経つ頃には、ポップはダイの手助けを全く必要としなくなっていた。

“う〜ん、残念”

ポップの順応力と学習能力の高さは解っていたが、まさかここまでとは。「飛行機」のチケットも一人で取れるし、最新機器の扱いに関しては、既にポップの方が詳しい位だ。

“どんな事も一回で覚えて忘れないって、特殊能力だよな”

ただ、ポップ以外にもそう言う人に会った事はある。人数こそ少ないが、それはつまり「楔としての能力」ではない、という事だ。

そのポップは…最近憂いの表情が増えている。

“予想してなかった訳じゃないけど…”

けれど、幾らなんでも早すぎる気もする。

背負った運命のせいか、ポップは我欲と言うものがないに等しい。それに加えて、直接自分が関わる事が不可能だと解っているからこそ、余計に心を痛めるのか。

これも本で読んでいただけとは、重みが違ったのだろう。

今の世界を覆う、様々な問題。

差別・貧困・飢餓・流行病・自然災害etc…。

勿論これらの問題は、千年前にも存在していた。それでもあの頃は、楔としての目的と打倒・バーンと言う大きな問題があったせいで、そこまで気を回す余裕がなかったのだ。

けれど今は「特にやる事がない」。

“損な性分だよなぁ”

あれだけの事をやり遂げたのだ。

もう少し自由気ままに生きても、罰は当たらないだろうに。

けれどそうやって、他人の事ばかり気に掛ける彼女を好きになった。その最たる対象が自分だった、と言うのもあるけれど。

「ポップ。次、何処に行く?」

ホテルの朝食バイキングを楽しみながら尋く。

ヴェルザーのポップへの甘やかしは大したもので、ポップが気に病まないようにか、ダイの分の費用まで出している。

何しろヴェルザーも自分自身の為に大金を使う事は殆どなく、「王」としての収入は貯まる一方なのだ。

「ん…」

元々朝に弱く食が細いポップは、朝食の時は大抵こんな感じだ。食事を楽しむと言うより、周囲の動きに合わせている、と言う空気が強い。

ダイが一番大きなプレートに目一杯盛り付けているのに対し、ポップはカルボナーラを小さめの皿にとり、他にはロールパンを一個とグレープフルーツのジュース。

毎日の事ながら、良くあれだけで足りるものだと不思議に思う。

“お腹空いたって言葉も聞いた事ないし”

確かにポップは「人間」ではないけれど、どう言う体をしているんだろうと思ってしまう。

「遅くなったけど…先生の所に行こうと思う」

「ポップ…」

「一年以上かかったけどさ、やっと決心着いた」

「そっか」

ポップにしては長くかかったなとは思うが、この時間の長さは、ポップのアバンへの想い入れの深さだ。そしてこれを乗り越えれば、本当の意味でポップは「今」を生きられるようになる筈だ。





あの日、手を伸ばす事も出来なかった墓石にそっと触れる。

王家の墓所ではあるが、奥まった場所にある為訪れる者はそこまで多くない。人の流れが完全に切れた瞬間を狙っての事だ。

「あ…」

墓石の本体と蓋の継ぎ目に光が走る。

仕掛けがあるのは、恐らく蓋の裏。複雑な魔法陣や模様を表面に刻んで、下手に研究などされるのを防ぐ為に。

―――お帰りなさい、ポップ

「先生…」

柔らかく優しい、彼らしい声音。けれど、ポップの記憶より大分年老いた声。

―――貴女が蒔いた種に、私達は沢山の水と肥料を与えました。私達は漸く芽吹いた所までしか見られませんでしたが、どうです?貴女が今いる場所で、花は咲いていますか?

メルルやマトリフとは違い、為政者の視点が入ったメッセージはアバンならではだろう。

―――後継者もきちんと育てたつもりです。出来れば、大輪の花が咲いている事を期待しています

ポップの瞳に涙が浮かぶ。

やっぱり、あの日そのまま触れなくてよかった。
一年もの時間をおいて、ある程度この世界を見て回って変化を実感して、それ相応の覚悟もしてきたのに、これだ。

―――もう一つ。ダイ君かヒュンケル、或いはその両名に会えましたか。ね、私の言った事は当たっていたでしょう?

「先生?」

アバンに貰った言葉は多すぎて、この言い方ではどれの事なのか解らない。

―――貴女はとても魅力的な女の子だと。少しは自覚出来ましたか?まぁ、流石に女神は言いすぎかと思いますが、そうですねぇ…一般にイメージされる天使ならピッタリでしょうか?

「…せんせー」

これにポップは脱力し、ダイは肩を竦めた。

らしいと言えば、これ以上無いほどらしい言い回しではある。

―――何はともあれ、私達はそれぞれ幸せになりましたよ。ですから、貴女も目覚めた後にも幸せになって下さい

メルルにも、マトリフにも言われた言葉。

こんなにも想われていた。それだけで幸せだと言ったら、きっと怒られるんだろう。

―――貴女の師として、そして面映ゆいですが初恋の相手として、ポップ…貴女の幸せを願います

ここで音声が終わった。

使われた方法は、恐らくマトリフと同じもの。

二人で開発したのか、マトリフが完成させたものをアバンに遺したのか…それはもう永遠に解らない。

「先生、花は咲いています。まだ満開ではないけれど、綺麗な花が」

もう人の世に、自分は直接手出し出来ない。それでも、この流れが途切れる事はないだろう。そう願う。

「女神とか天使とかはともかく」

ポップはチラリとダイを見上げた。

「?」

ダイが不思議そうに瞬きして、ポップはフ、と笑みを浮かべた。その瞳に、既に涙はない。

「大丈夫です。きっと私は、世界で一番幸せな女です」

「ポップ…!」

直接的な愛の言葉ではない。

けれどあれ程「幸せ」と言う言葉に拘ってきたポップのこの発言は、ダイにも大きな喜びと幸せをもたらした。

「ね、ポップ。今のって…」

「さ、もう行こうぜ」

「ポップってば」

「っうるさい、うるさい、うるさい」

あんなにあっさりと言ってのけたのに、直接ダイに尋かれると耳や首筋まで真っ赤にして、早足で歩いて行くポップに、ダイは満面の笑みを浮かべながらついていく。

“ああ、もう。ほんっと、可愛過ぎ”

今すぐ後ろから抱き締めたいけれど、流石にそれをやってしまったらぶん殴られそうなので諦めた。

“拗ねたポップも可愛いけど”

アバン絡みでは、やらない方がいい筈だ。





その後、ポップは久々にルーラを使い、もう一度全員の墓を回った。

「もう何もないんだな」

「まぁ、大抵そう言うもんだ」

メルルの水晶も、マトリフの墓石も、ポップが触れても何の反応も示さなかった。

「それに、一度で十分だ」

柔らかく微笑んで、穏やかに呟く。

「じゃ、戻るか」

「え?」

「魔界に」

「行く」ではなく「戻る」と言ったポップにダイは瞬きした。彼女にとって、地上はもう故郷ではないのか。「帰る」と言わなかっただけ、まだマシなのか。

「もう?」

だが、それを言うのは止めた方がいいような気がした。何となく、感覚的に。だから、それだけを口にする。地上でもまだ行っていない所の方が多いのに。

「もう二度と来ない訳じゃないから」

「けど…」

「…地上にある問題は、魔界にもあるのかないのか。あるんなら、どう対処してるのか。それが地上にも通じるのか」

「―――――ポップ」

「そう言う問題だけじゃなくて、魔界の発展・変化も見たいしな」

寧ろ魔界の方が、より大きく変わっているだろう。これも本の中だけとは違う筈だ。

デルムリン島の風が、ポップのスカートをフワフワと揺らす。

結局、この約一年間、ポップはずっとスカートで通した。少女らしいファッションに抵抗感を見せていた千年前が嘘のように、ごく自然に着こなしていた。

今日のはやはりワンピースで、襟は純白で下に行くにつれグラデーションで青が濃くなっていく。裾の部分は鮮やかなオーシャンブルー。

ちなみに、刺繍はもうない。

これもまた、ポップは既に身につけていた。

ただ、魔界はヴェルザーの国だ。ダイとしてはそこが複雑な所ではあるが、行かない訳にもいかない。





当然、最初に行くのはヴェルザーの所。

「早かったな」

「そうかな」

ヴェルザーはチラリとダイへと視線を投げた。それに対して、ダイは反応のしようがなかった。だがヴェルザーは特に気にせず、すぐにポップへ視線を戻した。

「五年は上にいると思っていた」

「まぁ…気になる事があって」

ポップが一年間、地上で見て感じた事を説明すると、ヴェルザーは低く唸った。

「全く、お前は…」

「駄目か?」

「いいや。そうだな、お前が上手く報告書を纏められたら、オレが地上の国へ提案してやろう」

「そこまで期待されるのもちょっと…」

「何を言う。疑似太陽の理論構築より余程も簡単だろう」

「分野が全く違うけど」

苦笑するポップだが、出来ないとは思っていないらしい。

地上と同じく、魔界にも様々な交通機関が出来ている。とはいえ、地上程魔法が廃れているという訳ではないので、運行本数自体は多くはない。

「どうするんだ?」

「別に変わった事をやる訳じゃない」

観光しながら、現在進行形で情報を仕入れて行く。それを後で纏めて、比較検証する。

「それ以降は政治の仕事だ」

やり過ぎると、内政干渉になりかねない。

“何か、こう…”

ポップの優しさから出た行動なのは解るが、そこはかとなくヴェルザーへの内助の功な匂いがするのは、何故だろう。

                   (続)

2に続く
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