『四界の楔 ー死の大地編 3ー』 彼方様作

一方、パプニカ城。
怪我人の収容や手当て、被害状況の把握など早急にやらなければならない事は、とりあえず一段落した。
サミットも内容的には成功したと言っていいだろう。

だが、レオナの表情は晴れない。
飛び出して行ったポップ。
彼女を追って行ったダイ。

二人が戻ってくるまでは本当の意味で一息つけないのは、ここにいる全員が同じだろう。

「全く、あの魔女っ娘ときたら…」

チウがブツクサ言いながら、部屋の中をうろつく。

「ダイ君は何で、あんなのが好きなんだ」

何処がどう、と言う訳ではないが、どうにもポップとチウは相性が良くないらしい。
だがこの一言で、室内の空気が微妙に凍った。

「チ、チウ君?それって、どういう…」

尋いたのはレオナではなく、エイミだ。
この時、部屋中の耳目がチウとエイミに集中した。何しろこの場にいるのはレオナに近しい者ばかりで、それはつまりレオナのダイへの気持ちを知っている者が殆どだと言う事だ。
だがチウがそんな微妙な雰囲気に気付く筈もなく、無駄に偉そうにランカークスでの一幕を語ってみせた。

「まぁ、ぼくに言わせれば男心を全く理解出来ない魔女っ娘も、大概子どもだ
と思いますけどね」

最後のそう締め括った時、チウは初めて周囲の視線に気付いたらしい。
頭の周りに「?」を飛ばしまくって、あたふたと部屋全体に目を向ける。だが流石にここで助け舟を出す者はいなかった―――が、全く予想外な所から助け舟がやってきた。

正確に言えば、全員の気が逸れただけの話だ。
窓の外にルーラの光が見えたからだ。
これに全員の顔に安堵が広がる。今、このパプニカ城にルーラでやってくる者は、ダイとポップ以外に考えられないのだから。

だが、その安堵の気持ちが消えるのは早かった。
兵士に案内されてやってきたのが、ひどく顔色の悪いダイだけだったからだ。

「ダイ君?あなただけなの?ポップ君は!?」

真っ先にレオナが尋ねる。
今のチウの話に胸が痛まなかった訳ではないが、この状況でその事に拘る程、レオナは愚かではない。

「わ、わかんない。でも早く戻らないと、ポップが…」

焦りと恐怖と、いきなりパプニカ城まで戻ってきた不可解さで一杯一杯になっているダイの説明は要領を得ない。

「落ち着いて、ダイ君。詳しい事が解らないと、手も打てないわ」

「う、うん」

気は急くが、確かにレオナの言う通りだ。
それでも要点だけを話すと言う器用な事が出来ず、見たままを片言に近い話し方で説明するダイに、レオナは根気よく質問を重ねる。

マァムやメルルと言った女性陣を中心に、部屋中が心配と不安に包まれる中、全員が一言も聞き漏らすまいと二人のやりとりに集中する。
ハドラーの登場とその変容に話が移った時も驚愕が広がったが、最大の驚きは最後にやってきた。

ダイに、ポップの発動の言葉が聞こえた訳ではない。
だがその効力を考えた場合、自ずとその答えは見えてくる。

「…それって、バシルーラなんじゃ」

レオナの呟きに、元・僧侶戦士のマァムが反応する。

「でもバシルーラって、僧侶の呪文よ?」

「そうだけど…ポップ君、ルーラを覚えるのは遅かったけど、覚えてからは得意にしてたもの。バシルーラそのものでなくても、アレンジを加える位の事は出来てもおかしくないわ」

この中で魔法に一番詳しいレオナの言葉に、マァムが黙り込む。
それはレオナが言った事に、ポップならやりかねないと思ってしまったからだ。
更にそこに、今まで何やら考え込んでいたクロコダインが口を挟む。

「姫。オレは魔法には全く疎いのだが…マホカトールと言うのは、魔法使いが使えるものなのか?」

それはあのロモス城での戦いまで、クロコダインの知識にはなかったものだ。
この疑問は、あの時からずっと持っていた。しかし、今までは気にする程の事ではないと思っていた。魔法使いは攻撃魔法をメインに覚えるが、補助系もない訳ではないからだ。

しかしメガンテだけでなく、魔法使いが使えない筈の呪文を他にも使ったと言うのなら、話は別だ。
そう思って念の為にと尋いたのだが、レオナの反応はクロコダインの想像以上だった。

「マホカトールって…それ、賢者の呪文じゃない!」

その驚愕はレオナだけのものではなかった。

「……そんなに凄い事なの?」
けれど同じく魔法に疎いダイには、何の事やら解らない。あの時ポップは、自分の全魔法力を使ってまでブラスを救ってくれた。ダイにとっては、それが全てだ。

「賢者の中でも、かなり高位でないと使えないものよ。契約をしていたとも思えないし…ポップ君って、一体…」

だがここでレオナは大きく頭を振った。

「いえ、今はそんな事より、ポップ君を助ける方が先よ。…クロコダイン、お願いできるかしら」

「おう、勿論だとも」

この中で死の大地までの移動手段を持っているのは彼だけだ。

「レオナ、おれも行く!」

「ダイ君…」

「おれ…っ何も出来なかった。ポップを助けに行った筈なのに、逆に助けられただけで」

あのまま戦っていても、恐らく自分は負けていた。
それに飛ぶ直前、ポップは何か言おうとしてはいなかったか。もし、自分がそれを聞いていれば、今頃は二人でここにいられたのかもしれない。

けれどそうではなかったから、ポップは最後の力を振り絞って自分だけを逃がしたのだ。
ポップはろくに動く事さえ出来なかったのに。魔法力までも使い切った彼女があの場に一人残る事が何を意味するのか、考えたくもない。

そう思って必死に言い募るダイに、またレオナの胸が小さく痛む。
けれどダイのこの反応は、相手がポップだからと言う訳でもないだろう。―――必死さの度合いは違うかもしれないが。

そうは言っても、殆ど力を使い果たしているダイが行って何が出来るだろう。寧ろクロコダインの足手纏いになるだけではなかろうか。

「姫。オレからも頼みます」

「ヒュンケル?」

今までベッドの上で事の成り行きを見ていただけのヒュンケルが、初めて声をかける。ダイの状態を知りながらこう言えるのは、飛び出す前のポップの瞳を見ているからだ。

ほんの一瞬だったが、長く戦場に身を置いてきたヒュンケルには解った。あれは激昂している者の目ではない。確かによく無茶をする少女だが、無策で動く少女ではない。

それが何かまでは解らない。
だが、ただ危険の中にいるだけとも思えない。
それに心理的な意味でも、ダイに行かせるべきではないかと思うのだ。先刻のチウの話を考えれば、もし、今の状況でポップを失う事になれば、恐らくこの先ダイは「勇者」としては動けなくなる。

「そうだな。姫、オレからも頼む」

クロコダインも同調する。
今ヒュンケルが抱えている不安を、クロコダインはもっと早くから感じていたのだから。
生粋の戦士二人に言われて、レオナは2〜3度瞬きした。
どうやら自分には解らない感覚的なものがあるらしい、と判断する。

「エイミ、マリンから魔法の聖水を貰ってきて」

「は、はい」

エイミが慌てて部屋を出て行く。

「魔法の聖水?」

「少しだけど魔法力を回復してくれるアイテムよ」

魔法王国パプニカでも貴重品だが、ポップの命には代えられない。彼女を失うと言う事は、単純に戦力が減少すると言う程度で済む問題ではないのだから。

「それから…」

レオナがダイに全力でベホマをかける。
防ぎきれなかったとはいえ、竜闘気による全力防御と直後にポップの魔法力に包まれた為、超魔爆炎覇の魔炎気による影響が最小限に抑えられたらしく、きちんと効力を発揮した。
そこへ魔法の聖水を持ったエイミが駆け込んでくる。

「行こう、クロコダイン!」

準備を整えたダイがクロコダインに声をかける。

「うむ」

「あ!ぼく、ぼくも行きます!」

出て行こうとする二人に、先刻の失点を取り返そうとしてか、慌ててチウが追いすがる。

「お前一人なら、大丈夫だが…」

ここで問答する時間も惜しいと思ったのか、クロコダインはすぐに許可を出した。それにチウは喜び勇んで二人と共に出て行ったが、残された面々は一様に余計な不安を抱える事になった。

「止めるべきだったかしら?」

「いいんじゃない?クロコダインが無責任に許可を出す訳ないんだし」

今更のように呟いたマァムに、レオナは軽く返す。

「それよりマァム。ポップ君がマホカトールを使った時の事を詳しく教えて頂戴」

「え?ええ」

レオナとしては、宿屋での一件よりこっちの方が余程も重要なのに、何故話さなかったのかと言いたい位だ。単純に「ポップが女だった事」に気を取られていたせいなのだろうが。

「…砕いた魔法石で、ねぇ」

ポップの指先の器用さにも感心するより呆れてしまうが、問題はそこではない。

「姫様?」

「エイミ。そんな脆い魔法石にマホカトールを維持するだけの魔力があると思う?」

「あ…っ」

「その魔法石の力が全くなかったとは言わないわ。仮にも勇者・アバンが弟子に与えたものですもの。それなりの物ではある筈だけど…どう考えてもポップ君の力の方が大きいとしか思えないのよ」

「では、ポップ君には賢者の資質が?」

「あるでしょうね。そう考えれば、メガンテを使っても肉体が無事だった説明もつくわ」

「それでは何故、アバン様はあの子を賢者として育てなかったのでしょうか?それに、マトリフ師も」

「問題はそこよね。ポップ君本人は解ってなくても、その二人が揃って彼女の資質に気付かないなんて、有り得ない」

二人の賢者の会話に、周りは口を挟めない。

「…でも、それもこれも…やっぱりポップ君達が帰ってきてからよね」

ポップのことだけを考えていられる状況でもない。けれど、この疑問を直接本人にぶつけたい。
レオナにとっては、もう一つ。
ダイとの事も、話したい。

“ちゃんと帰ってこないと許さないわよ”

ポップ自身の事だって好きなのだから。





死の大地へ向かう途中、クロコダインがチウを促す。

「ご、ごめんなさいっ!!」

いきなり謝られて、ダイは目を白黒させた。
だがチウの、彼らしくもない何処かオドオドとした説明を聞いている中で、何度かトベルーラのコントロールを失いそうになった。
とはいえ、やはりダイの感性は並ではなかった。

「あー、ダイ…大丈夫か?」

クロコダインの気遣いに、ダイはあっけらかんと言った。

「おれ、別にポップを好きだって事を隠すつもりなんかないし」

恋する気持ちを知られるのが気恥ずかしい、という感覚はないらしい。寧ろ、知られた方が自分に遠慮してくれるようになるんじゃないかなー、なんて無意識とはいえ、ダイには珍しい打算も働いていた。

あの月下のポップに注目していた人間の多さを考えれば、自然そうなってしまうのかもしれない。
それより何より、気なるのは別の事だ。

「ポップって、そこまでおれのこと子ども扱いしてたんだ」

母親、だなんて。
ひどくショックを受けているようなダイを見て、流石のクロコダインも言葉が見つからない。
ただ。

“―――これは嵐が起きるな”

今考える事ではないが、ポップを無事に救出できた後の人間関係の波乱は凄まじそうだ。
その中心はポップ。
沢山の謎を抱えた、あの少女。

だが、たとえどんな波乱があるにしろ、やはり今は彼女の救出が第一だ。
死の大地は、目前だった。                                               《続く》

 

4に続く
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