『四界の楔 ー死の大地編 3ー』 彼方様作 |
一方、パプニカ城。 だが、レオナの表情は晴れない。 二人が戻ってくるまでは本当の意味で一息つけないのは、ここにいる全員が同じだろう。 「全く、あの魔女っ娘ときたら…」 チウがブツクサ言いながら、部屋の中をうろつく。 「ダイ君は何で、あんなのが好きなんだ」 何処がどう、と言う訳ではないが、どうにもポップとチウは相性が良くないらしい。 「チ、チウ君?それって、どういう…」 尋いたのはレオナではなく、エイミだ。 「まぁ、ぼくに言わせれば男心を全く理解出来ない魔女っ娘も、大概子どもだ 最後のそう締め括った時、チウは初めて周囲の視線に気付いたらしい。 正確に言えば、全員の気が逸れただけの話だ。 だが、その安堵の気持ちが消えるのは早かった。 「ダイ君?あなただけなの?ポップ君は!?」 真っ先にレオナが尋ねる。 「わ、わかんない。でも早く戻らないと、ポップが…」 焦りと恐怖と、いきなりパプニカ城まで戻ってきた不可解さで一杯一杯になっているダイの説明は要領を得ない。 「落ち着いて、ダイ君。詳しい事が解らないと、手も打てないわ」 「う、うん」 気は急くが、確かにレオナの言う通りだ。 マァムやメルルと言った女性陣を中心に、部屋中が心配と不安に包まれる中、全員が一言も聞き漏らすまいと二人のやりとりに集中する。 ダイに、ポップの発動の言葉が聞こえた訳ではない。 「…それって、バシルーラなんじゃ」 レオナの呟きに、元・僧侶戦士のマァムが反応する。 「でもバシルーラって、僧侶の呪文よ?」 「そうだけど…ポップ君、ルーラを覚えるのは遅かったけど、覚えてからは得意にしてたもの。バシルーラそのものでなくても、アレンジを加える位の事は出来てもおかしくないわ」 この中で魔法に一番詳しいレオナの言葉に、マァムが黙り込む。 「姫。オレは魔法には全く疎いのだが…マホカトールと言うのは、魔法使いが使えるものなのか?」 それはあのロモス城での戦いまで、クロコダインの知識にはなかったものだ。 しかしメガンテだけでなく、魔法使いが使えない筈の呪文を他にも使ったと言うのなら、話は別だ。 「マホカトールって…それ、賢者の呪文じゃない!」 その驚愕はレオナだけのものではなかった。 「……そんなに凄い事なの?」 「賢者の中でも、かなり高位でないと使えないものよ。契約をしていたとも思えないし…ポップ君って、一体…」 だがここでレオナは大きく頭を振った。 「いえ、今はそんな事より、ポップ君を助ける方が先よ。…クロコダイン、お願いできるかしら」 「おう、勿論だとも」 この中で死の大地までの移動手段を持っているのは彼だけだ。 「レオナ、おれも行く!」 「ダイ君…」 「おれ…っ何も出来なかった。ポップを助けに行った筈なのに、逆に助けられただけで」 あのまま戦っていても、恐らく自分は負けていた。 けれどそうではなかったから、ポップは最後の力を振り絞って自分だけを逃がしたのだ。 そう思って必死に言い募るダイに、またレオナの胸が小さく痛む。 そうは言っても、殆ど力を使い果たしているダイが行って何が出来るだろう。寧ろクロコダインの足手纏いになるだけではなかろうか。 「姫。オレからも頼みます」 「ヒュンケル?」 今までベッドの上で事の成り行きを見ていただけのヒュンケルが、初めて声をかける。ダイの状態を知りながらこう言えるのは、飛び出す前のポップの瞳を見ているからだ。 ほんの一瞬だったが、長く戦場に身を置いてきたヒュンケルには解った。あれは激昂している者の目ではない。確かによく無茶をする少女だが、無策で動く少女ではない。 それが何かまでは解らない。 「そうだな。姫、オレからも頼む」 クロコダインも同調する。 「エイミ、マリンから魔法の聖水を貰ってきて」 「は、はい」 エイミが慌てて部屋を出て行く。 「魔法の聖水?」 「少しだけど魔法力を回復してくれるアイテムよ」 魔法王国パプニカでも貴重品だが、ポップの命には代えられない。彼女を失うと言う事は、単純に戦力が減少すると言う程度で済む問題ではないのだから。 「それから…」 レオナがダイに全力でベホマをかける。 「行こう、クロコダイン!」 準備を整えたダイがクロコダインに声をかける。 「うむ」 「あ!ぼく、ぼくも行きます!」 出て行こうとする二人に、先刻の失点を取り返そうとしてか、慌ててチウが追いすがる。 「お前一人なら、大丈夫だが…」 ここで問答する時間も惜しいと思ったのか、クロコダインはすぐに許可を出した。それにチウは喜び勇んで二人と共に出て行ったが、残された面々は一様に余計な不安を抱える事になった。 「止めるべきだったかしら?」 「いいんじゃない?クロコダインが無責任に許可を出す訳ないんだし」 今更のように呟いたマァムに、レオナは軽く返す。 「それよりマァム。ポップ君がマホカトールを使った時の事を詳しく教えて頂戴」 「え?ええ」 レオナとしては、宿屋での一件よりこっちの方が余程も重要なのに、何故話さなかったのかと言いたい位だ。単純に「ポップが女だった事」に気を取られていたせいなのだろうが。 「…砕いた魔法石で、ねぇ」 ポップの指先の器用さにも感心するより呆れてしまうが、問題はそこではない。 「姫様?」 「エイミ。そんな脆い魔法石にマホカトールを維持するだけの魔力があると思う?」 「あ…っ」 「その魔法石の力が全くなかったとは言わないわ。仮にも勇者・アバンが弟子に与えたものですもの。それなりの物ではある筈だけど…どう考えてもポップ君の力の方が大きいとしか思えないのよ」 「では、ポップ君には賢者の資質が?」 「あるでしょうね。そう考えれば、メガンテを使っても肉体が無事だった説明もつくわ」 「それでは何故、アバン様はあの子を賢者として育てなかったのでしょうか?それに、マトリフ師も」 「問題はそこよね。ポップ君本人は解ってなくても、その二人が揃って彼女の資質に気付かないなんて、有り得ない」 二人の賢者の会話に、周りは口を挟めない。 「…でも、それもこれも…やっぱりポップ君達が帰ってきてからよね」 ポップのことだけを考えていられる状況でもない。けれど、この疑問を直接本人にぶつけたい。 “ちゃんと帰ってこないと許さないわよ” ポップ自身の事だって好きなのだから。 死の大地へ向かう途中、クロコダインがチウを促す。 「ご、ごめんなさいっ!!」 いきなり謝られて、ダイは目を白黒させた。 「あー、ダイ…大丈夫か?」 クロコダインの気遣いに、ダイはあっけらかんと言った。 「おれ、別にポップを好きだって事を隠すつもりなんかないし」 恋する気持ちを知られるのが気恥ずかしい、という感覚はないらしい。寧ろ、知られた方が自分に遠慮してくれるようになるんじゃないかなー、なんて無意識とはいえ、ダイには珍しい打算も働いていた。 あの月下のポップに注目していた人間の多さを考えれば、自然そうなってしまうのかもしれない。 「ポップって、そこまでおれのこと子ども扱いしてたんだ」 母親、だなんて。 “―――これは嵐が起きるな” 今考える事ではないが、ポップを無事に救出できた後の人間関係の波乱は凄まじそうだ。 だが、たとえどんな波乱があるにしろ、やはり今は彼女の救出が第一だ。
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