『四界の楔 ー北の勇者編 4ー』 彼方様作


拠点となっている施設の中でリンガイアのバウスン将軍とレオナを中心に様々な説明と話し合いが行われている中、いきなりルーラの着地音が響いた。

「あんた、確かロモスで…」

マァムと共に武闘大会に出ていた魔法使い。

だがその様子は、誰が見ても普通ではなかった。
彼が持ってきたのは、ベンガーナが主となっている、死の大地へ向かう為の船を建造中の港町・サババが魔王軍に襲撃を受け、壊滅寸前に追い込まれていると言う凶報だった。

「ダイ!」

机の上に広げられていた地図を確認したポップが、ダイを呼ぶ。

「うんっ」

それを受けて、ダイも立ち上がる。

だが。

「そんな必要はない」

きっぱりとそれを否定しながら、一人の少年が現れた。バウスンの息子、北の勇者と呼ばれるノヴァだ。

「ノヴァ!」

「そんなチビや、ひ弱そうな女の子の力なんか必要ない。ボク一人で十分だ」

父親の叱責も歯牙にもかけず、傲然と言い切る。

そのまま彼の持論を聞いていたポップは、言葉が途切れた隙間にポツリと呟いた。

「下らない」

「何だと」

「あんたの勇者論やプライドなんかより、今大切なのはサババの人達を助ける事だろ。この際、船だって二の次だ。命より大切なものがあるか」

「うるさい!そもそも女が戦場に出るなんて」

これにはポップだけでなく、マァムやレオナも反応する。だが彼女達が何か言うより早く、ポップが更に続ける。

「見かけや性別で実力を測るなんて、三流がやる事だぜ?」

「な…っ」

辛辣な言葉に、ノヴァが絶句する。だがそれも一瞬で、すぐに今までと同じ口調で言い返す。

「とにかく、君達の力は必要ない。人数が増えた所で、力不足な奴は足手纏いにしかならないんだからな」

「力不足…ねぇ」

それはどっちだと言いたげな、何処か小バカにしたようなポップの声音に、ノヴァはカッとなった。

「今から証明してみせるさ!いいか、手出しは無用だからな!」

殆ど意固地と言っていい捨て台詞を残して、ノヴァはルーラを使った。ご丁寧に、実力を見せる為か、態々闘気弾で穴を開けた天井から、だ。

「何だか、随分と自己中な“勇者サマ”ねぇ」

レオナが親の前だと言うのも構わず、呆れと共に吐き出す。

「ポップの言い方も相当だったけどね」

先程のノヴァの言葉に多少の怒りを見せたマァムが、苦笑しながら言う。

「いや、本当に申し訳ない。幼い頃から男手一つで育てたせいか、どうにも躾が行き届かなかったようで」

「それで本人が痛い目を見るだけならいいけど、危険に晒されている人の命より、自分のプライドを優先させるなんてやっていい事じゃない」
バウスンの謝罪と言い訳に、ポップはきっぱりと言い切った。

そうして、隣にいる自分の勇者を見やる。

「どうする?ダイ」

「勿論、行くよ」

ノヴァに散々バカにされたにも関わらず、何の屈託もなくあっさりと言ったダイに、ポップは晴れやかに笑った。

「だよな」

自分と同じように重いものを背負っているのに、何に対しても大らかに対応出来るダイの素直な正義感と優しさが、ポップにはとても眩しく見える。

「じゃあ、俺とダイがトベルーラで先行するから」

「ちょっと待って、ポップ君」

そのまま出て行こうとしたポップを、レオナが呼び止める。

「君の為の新しい装備を用意してあるの」

今の服の上から羽織るだけでいいと言われて渡されたそれに、ポップは顔をひきつらせた。

「ひ、姫さん…これ…」

「あら、何かしら?パプニカの布で作った特別製よ。魔法防御力は格段に上がるし、打撃の衝撃もある程度吸収してくれるわ。君には打ってつけだと思うけど?」

「そうじゃなくて!この色とデザイン!!」

機能性とデザイン性の折り合いをギリギリの所でつけたような、ケープ状のライン。首元を細めのリボンで合わせる仕様。何よりも基調の色がパステル・ピンクと言うのが、たまらない。

今までのものと違い、明らかに女性向けなのだ。

「言っておくけど、あたしは何も指示してないわよ。ポップ君用って事で、皆が随分と張り切っちゃっただけ」

自分の悪戯心ではなく、皆からの好意だと言うレオナに、ポップは黙るしかない。

こう言う服は正直かなり心理的抵抗があるのだが、防御力アップ自体は喜ぶべき事だし、そもそも装備のデザインに文句を言っている時間などない。

「……」

ポップは無言でそれを纏うと、ダイへ視線を戻した。

「行くぞ、ダイ」

「―――う、うんっ」

ダイの返事が一拍遅れる。初めて見る女性らしい恰好をしたポップに、思わず見惚れてしまっていたせいだ。そんなダイをポップは一瞬だけ胡乱な目で見たが、すぐに気を取り直す。

「行くぞ…」

笑いながら呆れると言う器用な真似をするポップに、ダイは慌ててついて行った。






空へ出ると、ポップはダイの手を取った。

「ポップ?」

「飛ばすぞ」
言うが早いか、ポップは一気に加速した。グン!と加速の重圧を感じて、ダイは一瞬息を詰めた。

“凄い…!”

ポップの魔法使いとしての実力は、出会った頃から比べると驚く程伸びている。何時だったかマトリフが言ったように、魔法に関しては紋章の力を使ってもポップには敵わないだろう。

「ダイ。着いたらすぐ戦闘になる位、考えとけよ」

「すぐ?」

「ああ。あいつの実力がどの位か知らないが、敵は複数だ。あのハドラーの部下が一人で全員を相手に出来る程、生易しい筈がない」

「解った」

ダイも、もう一度気を引き締める。

そうして到着したサババは、見る影もなく破壊されていた。

「ノヴァ!」

その中でノヴァの姿を見付ける。更にその先に銀色に輝く人型の影がある。

「親衛騎団…」

自信と余裕の表れなのだろう、きちんと自己紹介してくれた彼らに、ポップは駒一種類につき一体だった事にホッとした。

彼らと同じく自信満々だったノヴァだが、彼の技は全く通用していない。

「ダメだ、このままじゃ」

「手を出すなと言っただろう!」

「俺も命より大切なものはないと言った筈だ」

ポップの一人称に一瞬ノヴァは目を丸くするが、すぐに意識を切り替える。

僅かな時間の口論の後、再びノヴァが突出する。

けれどその結果は惨敗。

今にも留めが刺されようとした時に、ヒュンケル達がやってきた。

「これで漸く、全員が揃った訳ですね」

アルビナスが不敵に呟く。既に彼女の意識からは、ノヴァは消えているらしい。

そのままパーティ・バトルに突入する。

だが流石と言うべきか、基礎能力は向こうの方が上のようだ。

“マズい…”

後方でメドローアのタイミングを伺っていたポップは、布陣のミスを悟った。何とかしてフォーメーションを変更しなければ、敗北が待っている。

「―――っ!」

「ほう。魔法使いにしては、気配に敏感なようだな」

バッと振り返った先にいたのはフェンブレンだった。殆ど条件反射のようにポップは杖を前方に振りかざす。だがその杖が一瞬で真っ二つにされる。

「ワシの全身は刃物になっている」

フェンブレンがニィと、嫌な笑みを浮かべる。そして再びその右腕が振り下ろされる。

「くぅっ」

「ム!?」

しかし、今度はポップは鈍い音と共に、残った杖の柄の部分で刃の右手を受け止めた。

「やりおる、やりおる」

ほんの一瞬驚いたような顔をしたフェンブレンだが、そのまま腕に力を込める。

「う…あ…」

ギリギリと押し込まれて行く。

「何の魔法力を込めているか知らんが、悲しいかな、非力すぎる」

ポップの背が地面につく。フェンブレンはニタニタと笑いながらも、力を緩めない。

「ポップ!」

その様子に、ヒムに苦戦しているダイが気付く。反射的にそちらに向かおうとしたダイだったが、当然ヒムがそれを許す筈がない。

「人の心配してる場合かよ!」

「ぐっ」

どうしても剣が抜けないダイは、パプニカのナイフで応戦するしかない。

その間にも、ポップの状況は悪くなっていく。杖が折られ、その刃が体に届くのも時間の問題だ。ミシリ、と嫌な音が鳴る。

「終わりだ」

勝利を確信したフェンブレンだったが、その瞬間ポップはフッと力を抜いた。まさか自分から防御を放棄するような真似をすると思っていなかったフェンブレンが、僅かとはいえ体勢を崩す。

その一瞬を逃さず、ポップはフェンブレンの体の正面、最も切れ味の鈍い部分に蹴りを入れた。互いの力の反動があった為、実際の力以上にフェンブレンはのけ反った。

大した隙間が出来た訳ではないが、ポップはトベルーラで素早く距離を取った。

「流石はハドラー様が認めた魔法使い、と言う訳か」

技術的にはどうと言う事はないが、近接戦闘に追い込まれた魔法使いが、魔法の効かない敵を前にして冷静に対処出来るだけでも、並以上だと言える。

“くっそ…”

ポップはゆっくりと近づいてくるフェンブレンを睨みつける。

腕は痺れているし、魔法が効かない事に変わりはない。ベタンを使えば足止め位は出来るだろうが、あれも魔法力の消費が大きい呪文だ。決定打にはならない上、メドローアの使用が前提にあるのだから控えた方がいいに違いない。

“どうする…?”

「ポップ―――!」

「ダ…っ」

腕を振り上げたフェンブレンと、ポップの間に割り込んだのは、何とかヒムを躱したダイだった。その体のあちこちに小さな傷が出来ている。

「バカっ、お前…」

「放っとける訳ないだろ!」

戻れと言いかけたポップに、ダイが被せる。
ポップの視界の端に、こちらに向かってくるヒムの姿が映る。ポップが選択したのはマヒャドだった。先刻のノヴァのように全体にではなく、足下に威力を集中させれば、僅かでも時間を稼げる筈だ。

そうしてマヒャドを発動させようとした直前、少し軽い、けれど鋭い音を立てて何本かのナイフがフェンブレンに突き刺さった。

「…え?」

驚いてナイフが飛んできた方を見ると、上半身だけ起こしているノヴァがいた。そしてその手には、先程斬り飛ばされたポップの杖の先端部分が握られていた。

「あいつ…」

ナイフと同じく闘気を纏ったそれは、正確にフェンブレンを捉えた。しかも狙ったのか偶然かは解らないが、弾き飛ばされたフェンブレンはヒムとぶつかり、もつれ合って倒れ込んだ為に二人分の足止めをする結果になった。

「ノヴァ!」

今のが最後の力だったらしく、バッタリと倒れ込んだノヴァに二人が駆け寄る。

「無茶な事を」

闘気は生命エネルギーを戦闘用に変化させたものだ。無理な使い方をすれば命に係わる。

「フン…弱い者を守るのは…勇者として、当然…だろ」

「ノヴァ!?」

それだけ言って目を閉じたノヴァに、ダイが慌てる。

「大丈夫、生きてるよ」

ポップが呼吸を確かめながら、苦笑交じりに言う。意識は失ったものの、顔色は悪くないし、呼吸も安定している。それ程心配はいらないだろう。

「伊達や酔狂で『勇者』を名乗ってないって事だな。限界ギリギリの状態で力を振り絞るなんてさ」

この言葉に、ダイがハッとしたような表情になる。

ザムザとの戦いで理解し、体得した筈の力の使い方を何時の間にか忘れていた。剣の力に目が眩んでいた、と言ってもいい。

「ダイ?」

「もう、大丈夫。ポップとノヴァに教えて貰ったから」

「あ、ああ…?」

戦士としての思考回路を持たないポップには、今のやり取りでダイが何を掴んだのかピンとこなかったが、これだけハッキリと言い切ったのだ、こちらももう苦戦の心配はないだろう。






その後、ダイとヒュンケルの合わせ技でヒムに止めを刺せる寸前まで待って行けたが、アルビナスの毒針により阻止される。

それを仕切り直しとし、ダイ達はポップの指示で布陣を変更した。

“頑張ってくれ…”

仲間達の力を信じて、ポップは両手に魔法力を集中させる。
暫くして、クロコダインの新しい必殺技がシグマを捉える。次の瞬間、シグマの腕が引き千切られ、同時にシャハルの鏡が飛ばされる。

ダメージを受けたシグマの許に、他の親衛騎団が集まる。

“ああ言う所が…”

今まで戦ってきた魔王軍とは違う点だ。「仲間」なのだ、彼らは。間違いなく。だが、敵は敵だ。

ポップは即座にメドローアを完成させると、狙いを定めた。

「皆、散れ――――っ!」

この叫びに、ダイ達が一斉に射線上から退く。ただ当の親衛騎団は「自分達には魔法は効かない」と言う事実を前に、何ら動きを見せない。

メドローアが撃たれる直前、リーダーであるアルビナスが漸くその危険性に気付く。

だが。

「遅いっ!」

弓矢状に引き絞られた魔法力が放たれる。

圧倒的なエネルギーを秘めた光弾は、違う事なく親衛騎団を貫いた。                              《続く》

 

5に続く
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