Chapter.1 復活!! 封印魔界(マジカルインフェルノ) |
(ど、どっど、どどうしよう、なんかとんでもないことになっちゃったよ?!) 館がふっとんでしまった……おそるおそる頭を上げた時、まず頭に浮かんだのはそんな考えだった。 魔法陣と、その場にうずくまったぼくだけを残して、消えてしまっている。 いや、そもそもぼくは地下室にいたはずなのに、なんだって街なんかが見えるんだ?! パニックって空を見上げたぼくの目に写ったのは、雲一つない空だった。 「あ…はははは……」 乾いた笑いが虚しく響く。 とんでもないはめになった 情けないけど、ぼくに分かるのはそれだけ。 ……夢であってほしい。 黒い翼に、角と尻尾、それにレーキを持っている人型の魔物――どー見たって悪魔だっ。 逃げようにも、こんなに見晴らしのいい丘の上からじゃ逃げられっこない。 なんか、せめて武器でもないか、と見回した時、自分がまだロッドと本を握り締めているのに気づいた。それに、いつもそうしているように、ブーメランを腰に下げている。 ぼくはまだ、魔法を一回も習ってはいないけど、ブーメランにはちょいと自信がある。ブーメランで鳥や兎を捕まえるのなんて、朝飯前だ。……魔術師にしちゃ、威張れた特技じゃないけどさ。 でも、こーゆー時には魔術師見習いのプライドなんか、どーでもいい。やっぱし、成功率の高い方に賭けるべし! ひたすら自分の短気さを後悔しているぼくに、二人組の悪魔はニヤニヤしながら近づいてきた。どんな罵声を浴びせられるか……そう覚悟していたのに、悪魔は妙に馴々しく声をかけてきた。 「これはごあいさつだな、新入り」 ぼくのしたことなんかまるで怒ってないみたいに、拾ったブーメランを返してくれる。 「さあさあ、あいさつはどのぐらいでいいから、一緒に来てもらおうか。さっさと登録を済ませてもらわないとこっちも困るし、おまえだって困るだろう」 正直言って、悪魔を前にしてぼくは少し……うん、ほんのちょびっと、少しだけ驚いていたんだ。だから、とりあえず彼らの言う通りにして様子を見ようと判断した。 それに、その方が事情がよく分かるだろうし。……でも、登録ってなんのことだろ? 街と言っても、妙に統一感がなくて、いろんな大きさや形の建物を好き勝手に並べた感じだ。時代や趣味がめちゃくちゃで、それが寄せ集められているからなおさら雑然とした街に見える。 ぼくが悪魔達に引っ張っていかれたのは、その中では比較的まともな建物だった。 ぼくがぼんやりと砂時計の山を見ていると、悪魔は部屋の中央に安置されている机から一枚の紙切れを出して、何やら書き込み出した。 「持ち物はロッドに、魔術書に、それからブーメランだな。魔力は……」 悪魔はぼくをジロジロ眺めた。 「ふふん、せいぜい10マジックってところだろうぜ。当座の生活費として魔界通貨を支給するが……、そうだな、普通は500Ψ(ゼニー)だが、ブーメランを返してやるんだから450Ψにしておくぞ、いいな。 恩着せがましくまくし立てる悪魔に言われるまま、ぼくはペンを取った。理解能力を越えた事態に巻き込まれて、きっと、ぼくはものすごくぼんやりしていたらしい。 ――で、気がついたのはその直後だった。 『魂預かり書』 なっ、なんなんだ、これはっ?! 「なに、一人で騒いでんだ。ここは魔界じゃないか、魂と引き換えにここでの権利が認められるのは常識だろうに。おまえだって、知らないわけじゃないだろ」 冗談じゃないっ、知らないよっ! 「ここの住人は、みーんなおまえとご同類の偽魔術師や魔術師くずれ。地上で長い時間をかけて辛い修行をするより、魂と引き換えに楽して魔力を得る道をを選んだ奴のくるところさ。おまえも、その仲間入りしにきたんじゃないのかい」 「な、な、な、なんだってっ?! ぼくは偽魔術師でも魔術師くずれでもないぞっ。ちゃんとした大魔術師アザゼル先生の弟子だってば! なんだか知らないけど、これは間違いだ! ぼくは間違ってここに来たんだよっ!」 「ふうん、そうかね。だとしても、来てしまった以上は仕方がないだろう。契約する前ならまだしも、もう契約しちまったんだし」 悪魔は気のない調子で、そんな無責任な台詞を言う。 「ぼくは帰るっ! 帰してくれよっ!!」 しかし、悪魔達は大笑いしながら、ぼくを建物の外に放り出した。 それを思い出そうとしたけれど、もともといいかげんに唱えたんだもの、ちゃんと思い出せるわけがない。 この先、いったいどうすればいいのやら……ぼくは途方にくれて、ただただ、ボーゼンとその場に立ちすくんでいた。 何をどうすればいいやら、わけもなく辺りを見回していた時、向こうからやってくる人に気がついた。 普通の……そう、魔術師風の格好をしている人だ。そうか、ここは偽魔術師や魔術師くずれの街だって言ってたっけ。 「にゃあォ」 籠の中から、猫の鳴き声がした。 「にゃおーん」 鮮やかな水色の目をした猫が、ぼくに向かって鳴きかけた。小さめの頭に、均整の取れた体つきのシャム猫で、瞳と同じ淡い青の石のついた首輪をしている……ってことは。 まさか、ぼくと一緒にここに来てしまったなんて。 「あのおっ、すいません! それ、ぼくの先生の猫なんですけどっ」 とっさのことで、とんでもなく失礼な台詞を言ったぼくに、相手は不機嫌に答えた。 「何を言う、これはワシの猫だ」 嘘つきめ。 先生はこのくそ生意気で可愛げのカケラもない猫を、弟子のぼくよりずっと大事にしてるんだから。 「でもっ。でも、ほらっ、ぼくに懐いてるでしょ?」 狭い籠の隙間に無理やり手を押し込んで、ぼくはミュアの頭をなでた。 それに、ミュアもなぜか都合よく喉をゴロゴロ鳴らして調子を合わせる。 「とにかく、この猫を拾ったのはワシだ。魔界では落とし物は拾った者の物、どうしようとワシの勝手だろう」 「勝手って……ミュアをどうする気?」 「600Ψで買い取るという店があるんだが……それだけの金をだすなら、おまえに売ってもいい」 「えーっ、困るよーっ、ぼく、そんなにお金を持ってないもん」 「なら、50Ψでいい。その代わりこの首輪は貰うぞ、いい石がついているからな」 くっそお、最初っからそれが目当てだったんだな。 元はと言えば、こんな男に拾われたドジなミュアが悪い! 「いやなら、いいんだぜ。この猫は、ワシのものだ」 「いやとは言ってないっ! 払うから、返してくれよっ」 自棄気味に言い返して、ぼくは言われた金額を手渡した。 「やれやれ。どーしておまえは世話を焼かせるんだよ? ここ、魔界なんだぜ。 腹立ち紛れにミュアの頭をコツンと叩いてみたけど、本当は少しだけホッとしてた。 「ふん、猫は気楽でいいな。……それにしても、いったいどうすればいいのかな…」 と、まるでその言葉が分かったみたいに、ミュアが顔を上げてぼくを見た。 「教えてやってもいいよ、インディ」 女の子のように甲高く、小生意気な口調の声は、ミュアの口の動きに合わせて発せられた。 「猫は気楽だ、なんて言わなければね」 「ミュッ、ミュアッ?!」 聞き間違いじゃない、猫が喋っているっ! 「そうさ、ボクには魔力があるもの。知らなかっただろう? 得意げに長い尻尾を動かし、ミュアはいかにも軽蔑しきった視線をぼくに向ける。 「けど、こんな非常事態に陥ったからには、ボクも黙って見ているわけにはいかないからね。ボクの力を見せるしかないじゃないか」 さすがにこうまで高飛車に言われると、反発心が膨れ上がってくる。 「ミュアの力って……いったい、何ができるんだよ?」 いっくら喋れるといっても、ミュアは結局猫なんだからたいしたことなんかできないに決まっている! 「まずは、知識を。魔術師にとって知識は又とない力だよ、キミが思っているような物理的な力や魔法よりも、使い様によってはずっと役に立つ力だ」 ミュアの口調は、先生が殊に大切な事を教えてくれる時とそっくりだった。 「たとえば、キミは自分が何をしてしまったのか知らない。その重大さ、責任の重さを知らない。 重々しい台詞に、なんとなく不吉な予感が込み上げてくる。 「じゃあ……ミュアは、どうしてこんなことになったか、知ってるのか」 こくん、とミュアはうなずいた。 「修行を嫌うくせに、魔法だけを望んで魔術師に憧れるキミのような愚か者は、昔からたくさんいてね、悪魔達はそれにつけこんだ。そんな考えを持つ人間達を集めて、一つの世界を作り上げたんだよ。それがここ……魔界ってわけさ。それを知ったアザゼル先生は、悪魔達の悪事を封じるため、中にいる人間ごと魔界を封印したんだ」 「ちょっと待ってよ。悪魔はともかく、なんで人間まで封じちゃうのさ」 思わず質問したぼくに、ミュアは肩を落として溜め息をついてみせる。 「やれやれ、全く君って奴は……少しはその、空っぽの頭を働かせてみたら? 悪魔に魂を売った人間は、そのままじゃ人間界に帰れない。かといって、元は人間だったものを悪魔ごと退治するわけにもいかないだろ。 ぎろり、と厳しい視線がぼくに向けられる。 「ギリギリの線でかけられた弱い封印だからこそ、キミ程度のおそまつな魔力でも簡単に封印が解けちゃうんだな。ただでさえ、魔界はチャンスを狙ってたし……。これで、せっかく封印した魔物どもが、人間界に蘇ってしまう。 「ぼ、ぼくのせい……?」 ここにいたって、よーやくぼくは自分がとんでもない失敗をしてしまった事に気づいた。 「じゃあ…じゃあ、どーしたって手遅れじゃないかっ」 「まあ、落ち着いて、落ち着いて」 と、ミュアは余裕たっぷりに前足でひげをこする。 「空を見てごらん。一面の灰色だろう? ……ということは、ここはまだ現実世界と交わってはいないんだ。きっと、魂のエネルギー量が足りないんだろうな。 「マジッ?! そんなこと、できるの?」 「難しいけど、そのロッドと魔術書があるなら不可能じゃないよ」 今度は後ろ足で耳の後ろを掻きながら、ミュアはもったいぶって言った。 「ふうん……その様子だと、なんにも知らないんだな。じゃあ、教えてやるとするか。どうしていいか分からない時は、魔術書に聞くんだよ」 魔術書に聞け、と言われても、まさかこの本までもがミュアのようにしゃべるとは思えないぞ。 「左手には本を、右手にはロッドを。そう、そんな感じ。で、こう唱えるんだ。 ミュアは喋らなかった時以上に、態度がでかい。かなりムッとしたけど、この場はしょうがない。 「エタナアルデリラアム、我に道を示さん!」
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