Chapter.2 インフェルノ・タウンにようこそ

 

「エタナアルデリラアム、我に道を示さん!」

 ぼくの呪文に応じて、ロッドの先がわずかに光った。
 そして、手にした本が異様なまでに熱くなる。

 驚いたことに本は勝手に宙に浮き上がり、見えない誰かにページを繰られているみたいにパラパラと開き出した。
 やがて、あるぺージを開いたままぼくの手に戻る。

「そのページを見てごらんよ」

「そのぐらい、言われなくって分かるよっ」

 開いたページを除き込むと、そこだけは読むことができる。他のページは相変わらず意味不明なのに、どの国の言葉とも分からないままなのに読めるなんて不思議だけど、この際些細な、問題を気にしちゃいられない!

 ぼくは書かれている文字を一つも見落とさないように、よーく頭にたたき込んだ。 

 
   第一章
     ☆第三魔界封印の術
      六角魔法陣を描きて 所定の位置に以下の物を捧げん

      ベルフェガーの炎
      ベルゼブルの触覚
      ブローケルの鱗
      ベリアルの鎌 
      サタンのブラックバイブル
      百面樹の根

      しかるのち 聖魔主のロッドをかかげ 呪文を唱えるべし
      『エンドゥラ エンドゥーレ』

 言葉の他に、地下室にあったのと同じ魔法陣の図形も描かれている。

「なーんだ、簡単、簡単」

 ことさら明るく言って、ぼくは本を閉じた。

「で、この魔法アイテムはどこに売ってるんだい?」

 ミュアがひげをこするのをやめて、呆れたようにぼくを見る。

「しっかりしろよ、そんなもの売ってるわけないじゃないか。ベルフェガーもベルゼブルも、みんな有名で邪悪な魔物なんだぜ。触覚をください、はいどうぞ、てな具合にいくと思ってんの?」

「冗談だよ。猫には冗談が通じないんだな」

 まあ、半分ぐらいは本気で言ったんだけど。

「そんなことばっか言うなら、もう教えてやらないぞ。ぼくは、魔界商人の店を知ってるのに。何か役に立つものもあると思うけどなあ」

 ……ホント、可愛げのない猫だ。
 なんとかなだめすかした末、歩かなくてすむようにぼくの肩に乗せてからやっと、ミュアは道を教えてくれる気になったみたいだ。

「あっちだよ」

 ぼく達は――つっても、歩いてるのはぼく一人だけど――街の路地裏へと入っていった。迷子になりそうな込み入った道の奥に、三軒の店があった。
 それぞれの看板には、『初級マジシャン専門』『中級マジシャン専門』『上級マジシャン専門』と書かれてある。

 やっぱり初級の店は構えからして安っぽく、級が上がるにつれ立派になっている。
 なるほどねえ。
 納得して、ぼくは物は試しと上級マジシャン専門店を除き込んだ。
 が、角をはやした店の主人はぼくの顔を見るなり言った。

「……字が読めなかったのかね?」

 さらに、ミュアが皮肉たっぷりに追い討ちをかける。

「これも冗談なんだろう?」

 ふん、そうさっ。
 プライドがぐっさり傷ついたのをこらえて、ぼくは今度は迷わずに初級店へと向かった。


「キミは本当に見栄っ張りだねえ。魔力が低いんだから、この店にしか入れないっって分かってもよさそうなのに」

 うるさいぞ、ミュア!
 それこそ、余計なお世話だ。
 初級店では綺麗なおねーさんが、にっこり笑って迎えてくれた。

「ようこそ? 当店では初級マジシャンに書かせない必携アイテムを取りそろえていましてよ。いかがかしら?」

 その美貌には、思わずポーッと見惚れてしまう。

「あなた、新顔ね。珍しいわ、ここ数十年も新入りはいなかったんだもの」

 そりゃあ、そうだろう。
 アザゼル先生がいつごろこの魔界を封印したのか知らないけど、その間は誰も魔界にこれるはずない。

「うんとサービスしちゃうわ? この孔雀の羽なんかどう? 恋愛成就によく効くのよ」

「……いや、もっと実戦的っていうか、役に立つものがいいんだけど」

 なんせ、お金はなけなしの450Ψ(ゼニー)……いや、ミュアを買い戻すのに50かかったから、400Ψしかないんだ。慎重に、役に立つものだけを選ばなきゃ。

     《はしばみの枝……悪魔退散・小鬼封じに効あり 50Ψ》
     《聖水…………汚れた大地を清めるに効あり 100Ψ》
     《護符付きマント…悪しき風を避けるのに効あり 200Ψ》

 ほかにもいろいろとあるけど、役に立ちそうなのはこの3つぐらいだ。この先なにが起こるか分からない以上どれも欲しいけど、全部買うとお金がほとんど無くなってしまうなあ。
 迷っていると、ミュアが興奮してぼくの肩に爪を立てた。

「いってえ〜、何すんだよ、ミュアっ」

「インディ、あれを見てよっ! ボクの首輪だ」

     《青玉石………護身に効あり 700Ψ》

 げっ、高い!
 ……じゃなくて、青玉石なんてごたいそうな名前がつけられているけど、これは確かにミュアの首輪だ。

「あの男が売ったんだ。ねえ、インディ、これ買い戻してよ。先生から貰った、大切な首輪なんだ」

「高すぎるよ、ぜんぜん買えないって」

「でも、これ、ボクのだよ!」

 耳元で騒ぐミュアがあんまりうるさいから、ぼくは無駄と思いつつ一応お姉さんに事情を話して交渉してみた。

「まあ……それはお気の毒な話ねえ」

 おっ、脈があるかな?

「でも、これは正当な取引の元、あたくしの物となったのよ。悪いけれどこっちも商売ですものねえ、ただで返すわけにはいかなくてよ」

 ……あきらめるしかなさそうだ。
 ふくれっつらのミュアはほうっておいて、ぼくは目星をつけた3つの品を買って店を出た。

 これで曲がりなりにも支度はできた。……あんまり頼りになりそうもないけど、ないよりはましだろう。

「で、ぼくはこれからどーすればいいんだい、ミュア先生?」

 いいかげん、ミュアの偉そうな態度が気に障っていたから、嫌味のつもりでそういってやった。でも、ミュアが真剣な目で見返したので、少しバツが悪くなり、しばらく黙って歩いた。

 ――考えてみれば、ミュアだって何もかも知っているわけじゃないだろう。
 第一、ミュアが止めるのもきかずに悪戯をして、魔界を復活させてしまったのはぼくなんだ。

 さっきまでと違って、ミュアは自分の足で歩いていく。どうも、当てがあって歩いていると言うより、何か宛てを探して歩いているみたいだけど、まあいいや。
 その後についててくてくと歩いているうち、いつのまにか川のほとりにきていた。側に石盤があり、何か彫られている。

「魔界地図だ。もっと、近寄って」

 ぼくが地図の前に立つと、ミュアは身軽にぼくの肩に飛び乗った。
 地図によれば、この街はインフェルノタウンという名で、魔界の中心地に当たるみたいだ。

 魔法で造られた世界らしく、普通の地形と違って幾何学的にきっちりと分類されている。
 街の回りを6つの魔の領域が等分に囲んでいて、それぞれ魔風の谷滅びの大地、永遠の淵、妖水の沼、暗闇の森と、不吉な名が刻んである。

「分かったよ、インディ。さっき魔術書にあっただろ、ベルフェガーとかベルゼブルとか……そいつはここにいるんだ。ほら、ちょうど6つあるじゃないか。ここに行って触覚だとか鎌だとかを取ってくるんだよ」

「……けど、それって魔物を倒して、だろ」

 自満じゃないけど、魔法なんか一度も習ったことのないぼくが、魔物を倒せるわけないや。
 この際、悪名であろうと歴史に名を残した人物として、残りの人生をまっとうするのもいいかもしれない。

 そんな前向きなのか後ろ向きなのか分からない思考に陥ったぼくに、ミュアが厳しい口調で言った。

「いいかい、インディ。キミにだって少しは力があるんだ。試してみたいとは思わないの? それとも、悪戯しかできないのかい? そういうのを、いくじなしっていうんだ」

「誰がいくじなしだって?」

 反射的に怒鳴り返し、ぼくはミュアを振り落とした。けど、猫であるミュアはちっともこたえやしない。
 くるりと体をひねって器用に足からおりる。

「冗談じゃないぞ。もちろん、やるさ。なんだってやってやるとも!」

 売り言葉に買い言葉。
 つい、勢いで言い返してしまったぼくを見て、ミュアが目をきらーんと光らせた。
 してやったりと言わん許りの表情で、肩の毛をひとしきりなめてから言った。

「分かっているじゃないか、インディ。じゃあ行こうよ」

 ……ミュアにうまく乗せられてしまった気が、なんだかすごくするけど、男がいったん口に出した宣言をひっこめるわけにもいかない。
 ぼくらは町の出口を目指して、川沿いに並んで歩きだした。
 薄い紫色の川の河原では、何人かの人達が水浴びをしているのが見えた。

「寒くないのかなあ」

「別に寒くはないよ、魔界では気温や水温は一定しているからね」

 ぼくの何気ない質問にも、物知りなミュアは答えてくれる。これで、妙に説教口調でさえなきゃありがたいんだけど。

「この川は再生の川っていうんだ。魔界の住人はここで水浴びすれば、どんなに死にかけていても復活できるんだ。魂を取られちゃってるかわりにね」

「へー、魂……そう言えば忘れてたけど、ぼくも魂を売っちゃったんだっけ。それなら、ぼくもここで復活出来る?」

 何気なく聞いただけなのに、ミュアは文字通り飛び上がって驚いた。

「なんだって?! それは……問題になるかもしれないぞ」
 

 そんなのミュア以上にぼくだってそう思うけど、でも、ミュアが驚いたところなんて初めて見たぞ。

 なんか、得した気分♪
 魂を売ったのを、初めて嬉しく思ったな。……ま、のん気に喜んでもいられないけど。
 

「しかたがなかったんだよ、なんだか分からない内にサインさせられちゃってさ。まあ、過ぎた話は忘れて、前向きに考えようよ」

「……キミって奴は、どーしてそう物事を深く考えようとしないんだか? ホント、呆れちゃうよ」

 ミュアはしきりと前足をなめつつ、何度も首をかしげた。
 最悪に近い状況からそれでもいい所だけを選び出そうと、考えを巡らせているらしい。


「まあ……少なくとも、ここに戻ってきた時にこの川を利用できる、といったメリットはあるね。どうせ、魔物との戦いじゃ無傷ですまないから、かえって望みが出たとも言えるよ」

「だろっ?」

「でも、もっと慎重に考えなきゃだめだよ! 魂を預けたってことは、キミが死んだら、もうお終いなんだ! 即座に魔界が完全復活してしまうんだぞ!!」

「な、なんで?!」

「ボクの話、ちゃんと聞いていたの? 言っただろう、先生はギリギリの弱い封印しか施さなかったって。悪魔がこの封印を打ち破るのには、新しい人間の魂が一つあればそれで事足りる。まあ、いくら契約をしたとしても、悪魔が自由に出来るのは死後の魂……」

 し、死後って嫌な言い方だ。
 だがまあ、今はそんな文句をつけている場合じゃない。今のミュアはちっとも、ふざけてなんかいないんだ。怖いぐらい真剣な口調で、大事な忠告してくれているんだから。

「キミは、戦わなければならない。でも、戦いの中で決して死んではいけない。
 どれかの魔物を倒すのに失敗したら、そいつがキミの魂をエネルギーにして人間界に蘇るだろうし、仮に6つ全部倒して封印したとしても、魂をちゃんと取り返さないと、キミは元の世界に戻れないからね。 永久にここに閉じ込められたままだ」

 全部を聞き、それを自分の頭の中でもう一度確認してから、頷いた。
 ――ぼくだって、口先でふざけているほど気楽でいるわけじゃない。
 全ての責任が、ぼくにあるのぐらい、分かっている。

 そして、一歩間違えれば、世界の危機に繋がる大惨事を招きかねないことだって。
 本来ならぼくのような立場の者は、深刻に落ち込むものなのかもしれない。だけど、そんなのは好きじゃない。

 後悔していたって事態が良くなるわけじゃなし、自分の失敗は自分でなんとかしなきゃ。
 とにかく――そう、とにかく、魔界封じの戦い開始だ。
 まず、目指すべきは魔の領域。

 魔風の谷、滅びの大地、永遠の淵、妖水の沼、暗闇の森……どこにどんな魔物がいるのか、まずは手探りで行ってみるしかない。

「行こう、ミュア」

 姿勢を正して歩きだそうとしたぼくに、ミュアは話しかけてきた。

「ねえ、インディ。アザゼル先生は5つの精霊の力を操る技を身につけているんだ」

 なぜか、ミュアが返事の代わりにそんな話を言い出す。

「知ってるよ、そんなの。なんでいきなり、そんな当たり前のこと言うわけ?」

 ぼくの疑問をまるで無視して、ミュアは一方的に話し続ける。

「キミはまだまだ魔力が足りないけど、魔力の働きやすい魔界にいるし、先生のロッドを持っている。もしかしたら、うまくいくかもしれないね。いいかい、精霊の力を求める方法は……」

 おっと、その先は言わせないぞ。いつもいつも先輩面されてばかりじゃたまらないや。
 左手に魔術書、右手にロッド、そして呪文  。
 もっともこのやり方もミュアに習ったものだけど、二度も三度も恩着せがましく言われたくはない。

「エタナアルデリラアム、精霊の力を求める術を示さん!」

 誰の手も触れていないのに、パラパラと自動的にページがめくれた。

    第四章
     ☆5つの善き精霊の力を求めよ

      良き精霊は次の5つなり
      風の精霊シルフェ
      水の精霊オンディーヌ
      光の精霊ケレット
      地の精霊グノーメ
      火の精霊サラマンデル

      精霊の力を求めるには 次のごとく行うべし
      まず呪文を唱えよ『カトゥラタンブーラ』
      聖魔主のロッドをかざし 精霊の名を唱えよ

      しかるのち自らの名に置いて その加護を願うべし
      精霊の力はその支配領域において その加護を願うべし

      しかし 力及ばざるもの呼びかけることなかれ
      過ぎたる力願うもの 自らの力をも失うであろう

 ふむふむ、けっこう簡単なんだな。

「早く試してみたいな」

「みゃっ! どーだか。なんたって、キミは初級だからなあ」

 冷やかしながらも、ミュアは先生に対してそうするように、ぼくの肩に飛びのってきた。子猫というには大きすぎるけど、大人の猫と言うほども大きくないミュアの体は、肩に乗せるにはちょうどいいぐらいの重さだ。

「これから上級になるんだよ! さ、行くぜ」

 ぼくは街を出て、魔の領域に向けて足を踏み出した。この先に待ち受けているであろう戦いに大きな不安と、ちょっぴり、ほんの少しばかりの期待を抱いて――。
                                  《続く》

 

3に続く→ 
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