Chapter.5 ベリアルの大鎌 |
「ふうーっ、いい気持ち。ほら、ミュアも浴びてみろよ」 「やめてってば! ボクはキミと違って、魂を売ったわけじゃないんだからねっ、再生の川の水もただの水に過ぎないのっ」 ふざけて水を跳ね返すと、ミュアは大袈裟に跳びずさった。 「しかし……魔界に来てからずいぶん経つのに、ちっとも日が沈まないし、おなかも空かないなあ。これも、魂を売ったせいかな?」 物は試しと聞いてみると、ミュアはスラスラと答える。 「魔界ではもともと太陽もないし、朝も夜もないもの。言わば、時間の止まった世界なんだ。だからおなかも空かないし、成長することもないんだ」 便利と言えば便利だけど、味も素っ気もないなあ。 「ミュアー、次に行こう……あれ、どこにいったんだい?」 水から離れた場所にいたはずのミュアは、いつの間にか浅瀬の石の上に下りてきていた。 前足を水の中に入れようとしているらしいけど、先っちょが少し浸かっただけで慌ててひっ込め、濡れた足をしきりに振る。 どう見ても楽しんでいるとか、遊んでいるっていう感じじゃない。近づいて見ると、水の中に光るコインが落ちていた。 「やった、お金だっ!」 「ちぇっ、こっそり拾って恩にきせようと思ったのに」 ぼくがコインを拾いあげると、ミュアが悔しそうにブツブツぼやく。勝手な奴! 数えてみると、600Ψもあった。 ちょっとなさけないけど、この際プライドよりも実用第一! 「前に使った分と合わせて、650Ψか。これなら、何かいい物が買えるかもしれないな」
「あれ?」 真っ先に向かった初心者用の店は、なぜか『本日よりしばらく休業』の札が下がっていた。 「なんだあ、あのお姉さんに会いたかったのに」 「……インディは、女の子なら誰でもいいんだね」 ミュアがジト目でぼくを睨む。 「よくいらしてくれたのコトね。当店はワンランク上の魔術師を目指す方々のための、品ぞろえがしてアルよ」 ワンランクねえ? 《聖水………………汚れた大地を清めるに効あり 200Ψ》 これなんて、初級店でも売ってたっけ。値段が倍になってるけど。 《破邪の槍…………毒蛇退治に必携 250Ψ》 「あっ、ボクの首輪っ」 突然、ミュアがすっとんきょうな声をあげる。 「本当だ。……でも、確か、隣で売ってたんじゃなかったっけ?」 「お隣がしばらく店を閉めるアルよ。だから、うちで置くことにしたアルね」 なぜか値段と効果が違っている。それにしても、高いなー。 「ねえ、インディ、買ってよ。あれはアザゼル先生がボクに特別にくれたんだ。買い戻してよ、お金拾っただろ?」 「ええ? でも、ぼくは槍が欲しいな。戦いになにかと便利だし」 「何言ってるんだよ、キミは魔術師だろ、戦いに武器なんて必要ないじゃないかっ。 お金、ボクが見つけてやったんじゃないか。ねえってば!」 ミュアが背伸びしながら、ぼくにしがみつく。なんだって、首輪、首輪ってうるさいんだ? ――あのコは、あなたの行動を邪魔するだけ……そして、必ずあなたを裏切るわよ 「なんだよ、そんなに嫌なの。そんなら、もう、いいよっ」 ぷいっ、とミュアがそっぽを向く。よっぽどご機嫌ななめなのか、尻尾の先までけばだたせているや。 「嫌とは言ってないだろ。まだ、なんにも言ってないしさ」 「目は口ほどに物を言い――っていうだろ。少しぐらい騒いだからって、そんな化け物でも見るような目で見なくったっていいじゃないか」 「え……っ?!」 ぜ、ぜんぜん意識してなかったけど、ぼくはひょっとして、ミュアを……?。 「んな、バカな!」 冗談じゃない、ブローケルが死に際に言った台詞なんかに、惑わされるもんか。 「おじさん、これ下さいっ! はい、500Ψっ」 「ま、まいどあり、アル。それにしてもお客さん、凄い気迫アルね」 「インディ、別に無理してまで買って、とは言ってないけど……」 ミュアがやつにしては珍しく、遠慮がちな台詞を言ったけど、ここで買わなかったら、まるでぼくがミュアを疑っているみたいで、後味が悪いじゃないか。 「いいんだよ、ぼくは赤丸つきレベルアップ中の魔術師なんだから。アイテムや、武器なんかなくったって、なんとかなるさっ」 いいながら、ミュアの首に首輪をはめてやる。 「行こうぜ、ミュア。三番目の魔物退治だ」
滅びの大地を目指して進む。 「墓場みたいだね」 ミュアがひげを震わせて言った。 ああっ、ぼくは青い空に青い海、元気いっぱいの海水浴客に、おいしそうな焼きトウモロコシの匂いが好きだっ!! 「インディ、何ブツブツ言ってんの? ほら、変なものが見えるよ」 「……あれは?」 大きな石が積み重なっている。先史時代の墓(ドルメン)だ。 「ミュア?!」 何かを感じとったのか、ミュアは警戒体勢を取っていた。 「うわぁっ!!」 いきなり土が跳ね上がったっ。 腐った土と同じ色で体は皺だらけ、おまけに耳は大きく尖り、三本しかない爪には長いかぎ爪が生えているっ。 「小鬼!」 ミュアが叫ぶのと同時に、ぼくはブーメランを投げつけた。 次々に土を跳ねあげて、長いかぎ爪をふりたてて、群がりよってくるっ。 結局、蹴とばしたり放り投げたりするしかなかった。だけど、いったい何匹いるんだっ?! 「インディっ、後ろっ! ああ、もう、鈍いなあっ、右もっ」 ミュアの声が上の方から聞こえる。…………くそ、一人だけ安全な木の上に逃げたな。 ああーっ、やっぱり首輪なんか買ってやるんじゃなかったっ! 左右から、小鬼が歯をむき出して躍りかかった。かろうじて、一匹はかわしたけど、もう片方に肩をつかまれた。 「くっ!!」 けど、かぎ爪が深く食い込んでたから、皮膚が裂けてら血が吹き出してきた。 「うわっ、痛っ、痛っ」 たまらずに、ぼくはロッドをぶんぶん振り回して、手当たり次第に小鬼を殴りつけたっ。 「インディ、それだよ! やつらの数が減ってきたぞっ。ロッドでごんごん殴っちゃえ!」
ぼくはめちゃくちゃにロッドを振り回した。……ううっ、なんか戦えば戦うほど、魔術師とはかけ離れていくような……。 とにかく、しばらくロッドをぶんまわしていると、小鬼どもの姿が消えた。 「インディ、小鬼はまだ消えてない!」 鋭くミュアが叫ぶ。 どうやら、血の臭いがやつらを引きつけるらしい。 「エタナアルデリラアム、小鬼封じの術を我に示さん!」
第五章 ☆悪鬼・死鬼を封ず術
複雑な図形を覚えるためにそこを読み返してから本を閉じると、すぐ側まで小鬼達が戻ってきていた。 「インディ、早く、早く!」 「分かってるさっ」 買っててよかった、はしばみの枝っ。 油断はできない。 「グラングラーディン、 はしばみの枝にやどる魔力を、はっきりと感じる。――それを引き出しているのは、ぼくだ! 「キキィイッ」 小鬼達が後ずさる。うまくいくか?! 「やったあ!」 ミュアが木の上から駆け下りてきた。 その時、先史時代の墓の積み石が崩れた。その下からは、地下へと続く階段がのぞいている。 「……っ」 ミュアが背中の毛を立てて、針鼠みたいになった。――よっぽど、よくない気配を感じているらしい。 「ミュアはここで待っててもいいよ」 ぼくは意を決して、その階段を下りていった。 ミュアめ、こなくてもいいって言ったのに……でも、一人で進むよりも心強かった。……すぐ図に乗るから、本人に言う気はないけどさ。 「げっ……」 中に足を踏み入れた途端、ぼくは思わず立ちすくんでいた。そこは、不吉な地下墳墓だったんだ! それもきちんと埋められているのではなく、無造作に次から次へと積み重ねられたような有様だ。 「インディ、あれ……」 ミュアが先に気づいた。奥の祭壇の上にうずくまっている、黒い布の塊に。 深くかぶったフードの下から、髑髏がニヤリと笑う。 「くっ!!」 先手必勝! 同時に、眩暈に襲われる。 「インディ、魔術書っ! 早く、早くっ」 ぼくは慌ててロッドで魔術書に触れ、呪文を唱えた。 「エタナアルデリラアム、 後退りながら、素早く本を読み取った。
第七章 初めに聖魔主のロッドにて 己がまわりを三つのサークルで閉じん
ぼくは本を開いたまま、その指示に従った。 「ミュア、離れるなよ!」 呪文を唱えながら、ロッドで床に円を描く。 重なり会うサークルの中央に立ち、それから――それから、肝心の部分が消えて読めなくなっているっ! その、どちらの目なんだぁっ?! 右目か左目かっ?! どっちの目を突けばいいんだ?! ホッとしたのも束の間、ベリアルは長い鎌をふりあげた。 鎌は十分に、ここまでとどく……! ぼくはとっさに、右の目を狙っていた。ロッドがベリアルの右目を貫く! 「う…っ?!」 一瞬、ベリアルの動きが止まった。が、それもほんの少しの間のことで、ふりあげた鎌がジリジリとぼくに向かって動いてくる。それを避けようと、ぼくは必死に腕に力を込めた。 「インディ、違うっ、魔力だ! ベリアルを封じるには、魔力がいるんだっ」 もどかしげなミュアの叫びに、ぼくはさっき、小鬼を封じた時の感覚を思い出した。あの時――ぼくはどうやったっけ? 確か、軽く握ったはしばしの枝に、体の奥から力が流れていく感じ……ぼくは手の力を抜いた。 ロッドが輝いていく。 負けない。 髑髏なのにもかかわらず、ぼくにはやつの焦りを感じとれた。ぼくも疲れているけど、ベリアルも疲れているんだ。 だんだんと、ぼくは焦ってきた。 長引けば、間違いなくぼくの精神力が持たなくなる。 「……ベリアル…! ぼくに従えっ…封じられるんだ……っ」 ぼくの挑発に、ベリアルは乗った。 ロッドが一瞬強く輝き、ぼくは思わず目を閉じていた。 どうなったんだ……?! 「………」 やがて、ミュアがまず溜め息をついた。そして、ぼくも息を吐く。 何かがひび割れる音が断続的に響き、ベリアルの髑髏面にいくつものひび割れが走った。ロッドで貫いた目の回りから、全身へと、蜘蛛の巣のように広がっていく。 残ったのは、宙に浮かんだままの大鎌だけ――それに触れると、鎌はごく当たり前の重みを伴ってぼくの手に収まった。 「これで、3つ目だ……」 満足感を噛み締めていると、ミュアが憎まれ口をたたく。 「こんなのに手間取ってちゃ、まだまだ魔術師とは言えないよ」 ミュアはしきりと、背中の毛をなめようとしていた。 どんなに大口叩いてたって、ごまかされない。ミュアがそうやって毛をなめたがる時は、気を静めようとしている時だってことを。 「さあ、はやいとこ、こんな所からひきあげようぜ」 ぼくはミュアを軽くけっとばし、先に立って地下墳墓から駆け出した。魔力比べでなんか、体がというよりは心がぐったりと疲れているけど、こんなとこ、一秒だって長居はしたくはないもんね。 「あっ、インディ、待ってよ」 「早くこないと、置いてっちゃうぜ。さあ、街に戻ろうっ」
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