Chapter.8 サタンの罠
 

 再生の川で、ぼくは今までになく長く紫色の水を浴びた。
 ――多分、もう、ここには戻ってくることはない。心のどこかに、そんな決意があったからだ。

 それに、ベルフェガーの炎を欲しいと言ったランプをくれた男……彼がくるんじゃないかとも思って、しばらく待ってみた。
 でも、男は現れなかった。

「ま、いいや。どうせ、あの人は気にいらなかったしさ。そうだろ?」

 つい、返事を求めて辺りに目をやってしまう。
 ……ダメだな、こんな弱気じゃ。しっかりしろ、インディ=ルルク!
 自分で自分にハッパをかけて、ぼくは町の出口に佇み、灰色の彼方を望む。

 最後の魔境が待っているんだ――永遠の淵が。
 なにか、これまでとは違う戦いになりそうな予感がした。今度こそ、だめかもしれない……そんな気もする。心が弱い方へ弱い方へ、と流されていくみたいだ。

 こんな嫌な予感って、初めてだ。
 単に神経質になり過ぎているのか、それともこれは本当に起こる未来を感じとっているだけなのか。

 そんなことは分からないけど、戦いの前に弱気になるなんて、縁起でもないや。
 ……こんな時、あいつがいてくれたら――。
 ぼくはミュアの小さな黒い頭を思い出した。

 顔の中心と、手足と尻尾だけが、きれいに塗り分けられたようにこげ茶色に染まった、スマートな猫。
 ぼくを見上げる、鮮やかな水色の瞳。あいつが今、ここにいたらなんて言うだろう?

 ――きっと、いつものように小生意気に、小首をかしげてぼくを見上げて、こう言うんだ。

『ここまできて、おじけついたのかい、インディ? それじゃあ、やっぱり意気地無しじゃないか』

 ふん、ぼくが意気地無しだって? ここまで戦い抜いてきたぼくが?
 冗談じゃない、ぼくはもう元のぼくじゃない。

『へえ? どこか変わったっていうのかい?』

 そうとも、ぼくはもう、落ちこぼれ魔術師なんかじゃないんだ。

『じゃあ、なんでさっさと出発しないのさ。ボクが面倒を見てないと、あんよもできないんだろ』

 ミュアなんかいなくったって、平気だよ! それに、今出発しようとしてたんじゃないか。

「さあ、行くぞ!」

 ぼくは頭の中でミュアにやり返し、最後の戦いに向かって歩き出した。目指すは永遠の淵。最後の魔境だ。

 

 

 二つの川の流れが見えてきた。
 町にあった魔界地図で、それが妖水の沼からの流れと、炎熱の砂漠からの炎の流れだとは知っている。それらが、永遠の淵に注ぎ込まれているんだ。

 二つの川に挟まれた道を、ぼくは進んだ。やがて、それは流れが途絶えた所へと集まる。
 ……けど、こーゆーのを途絶えている、と言っていいもんなのかなあ。
 そこは断崖の淵になっていて、二つの川が並んで滝となって落ちている。だけど、その先は見えないんだ。

 水と炎の川が合わさって、霧のようなものが立ち込めている。どうやら本物の霧じゃなくてここの世界の灰色の空と同じく、灰色の塊をした何か…らしいんだけど。
 底がどれだけ深いのか、見当もつかない。

 それに、ここを降りていく方法も……。見渡す限り、一直線に切り立った断崖が続いてるんだから。
 だからといって、このぼくがこれぐらいで諦めると思ってもらっちゃ困るぞっ。

「さあて、精霊の力でも借りてみるか」

 しかし、こんな状況でどの精霊が一番有効なんだろ?
 さんざん頭を悩ました結果、ぼくは火の精霊を呼んでみることにした。とりあえず、この炎の川さえなんとかなればいい。水だけなら泳げるかもしんないもんね。滝をどうやって泳ぐか、って問題は残るけどさ。

「カトゥラタンブーラ、善き火の精霊サラマンデルよ、聞け。
 魔術師インディ=ルルクにその加護を!
 永遠の淵の閉ざされたる道を開きたまえ!!」

 ロッドに輝きがともる。火の精霊の力は、炎の川を堰きとめた。予想外だったが、滝の下には地下への階段が備えてある。
 ふむ、出足快調!

 炎に触れないように注意して階段を下りてみると、意外なことが分かった。断崖は、少しも深くなかったんだ!
 せいぜい、小川の土手ぐらいの高さだ。……こんなのなんか、魔法を使わなくても跳び下りられたわいっ!

 なんだか、からかわれているみたいだ。
 灰色の霧のようなものは、触ってもそれと感じることのない膜みたいなもので、このばかげた断崖を下りてから見上げると、空――もちろん、灰色の空もどきの偽物だけど――にしか見えない。

 だから一見すると、断崖は果てしなく上に続いているように見えるんだ。
 ようするに、見せかけだけっ。
 どうにも感じの悪いところだ。

 それに向こうに見えるものが、またふるっている。とても、こんな魔界にはふさわしくないものだ。
 ぼくが今までに見た、どんな建物よりも立派な宮殿がそびえたっているんだ。

「ふんだ、実際は犬小屋かもしれないや」

 いまさら、そんなこけおどしに驚いたりびっくりしていても始まらない。とりあえず、あそこにここのボスがいると決めて、ぼくは宮殿目指して歩き出した。
 だけど、地面が妙に柔らかくて歩きにくい。ここは土じゃなくて、一面に灰が降り積もっているんだ。

 それに、よく見るとあちこちに骨が埋もれている。
 ……できるだけ、踏まないように心がけよう。
 大きいのやら小さいのやら、人間のやら動物のやら、いろいろあるみたいだ。

 できるだけ目を見張って、骨を見ながら歩いていたぼくは、ハッとして足をとめた。
 ある小さな骨と一緒に、見覚えのあるものを発見したんだ。

「あれは……!!」

 間違いない。ミュアの目と同じ、きれいな水色の石の埋め込まれた首輪――ミュアの首輪だ!
 するとこの転がっている小さな骨は、……ミュア?!
 炎の湖から、ここに流れついたのか!

「…こんな姿になって……」

 ぼくはその場にしゃがみ込んでいた。

「ごめんな、ミュア……ぼくのせいで……」

 白い、小さな骨を手にとった。気持ちが悪いなんて思わなかった、だって、これはミュアなんだ……ずいぶんと変わっちゃったけど。
 そのまま、白い骨を軽く撫でる。

 ――そうすれば少しでも、ぼくの気持ちが伝わるような気がしたんだ。
 ミュアを骨に変えてしまった炎も、首輪だけは溶かせなかったみたいだ。ミュアの首輪だけは、少しも傷がついていない。

 ……そういえば、この首輪を買い戻すかどうかで、ケンカもしたっけ。
 それを懐かしく思いだしながら首輪の石に触れた時、突然ロッドが光った。そして、魔術書が呪文を唱えた時のように勝手にめくれていく。

 なぜ? ぼくは何もしていないのに!
 呆然とするぼくの前で、魔術書はあるページを開いて止まった。

 

 

  第十九章
    ☆選ばれし者なりや ならばその秘儀をするべし

       サラマンデルよりもたらされし 黒き炎 大いなる力あり
       灰になりしもの蘇らさんと欲するならば 黒い炎を用いるべし
       その骨灰 黒き炎にて焼き しかるのち復活の呪文を唱えよ
       『アラールウルライーム』

 

 

 灰になったものを蘇らせる?! 黒い炎――ブラックファイアで?!

「…い……やっったああっっ!!」

 ぼくは飛び上がった。
 きっと、ミュアが教えてくれたんだっ。
 あの蘊蓄たれの、教えたがり屋のマジカル・キャットは、知ってる知識はペラペラしゃべらなきゃ気がすまないんだから。

「待ってろよ、ミュア! すぐ、生き返らせてやるからなっ」

 すっかり興奮しちゃって、準備を整えるのも一苦労だった。

「アラールウルライームっ、アラールウルライ……」

 呪文を唱えながら、ブラックファイアをそっとミュアの骨の上に乗せる。
 黒い炎が広がった。
 もやもやと、その中で何かが起きている。ぼくは瞬きすら惜しんで、じっとそれを見つめていた。

 とくんとくんと、うるさいぐらいに心臓が高鳴る。
 ちくしょう、こんなにどきどきしたことってないじゃないか、ミュアのやつめ――。

 黒い炎は一瞬ぱあっと赤く燃え上がった。そして、きれいに消えてまた黒い炎の塊に戻る。
 その後には――。

「ミュア!」

 毛の一本も焦げていない。ミュアは小首をかしげ、あの生意気な口調で言った。

「インディ、ボクがいない間、少しは修行をつんだかい?」

 なにごともなかったように、顔なんかを洗ってみせる。――ミュアのやつめ!

「ごらんのとおりさ。だから、助けてやれただろ?」

「ふんだ、ボクが教えてやったからじゃないか」

 ああ言えばこう言う憎まれ口も、元通りだ。ちえっ。……でも、ま、いいや。
 とにかく、ミュアが生き返ったんだから。

「いつまでも顔を洗っている場合じゃないぞ、最後の戦いだぜ。見ろよ、あの宮殿。なんだか、白々しいと思わないか?」

「ふうん?」

 やっと一通り毛並みを整え終わったミュアは、当然のようにぼくの肩に飛び乗った。やっぱり、こうじゃなくっちゃ。

「――サタンがいるんだ、あそこにはさ。魔界のボス……、かつてはアザゼル先生と戦った相手だよ。少々手強いぜ、インディ」

「望むところだよ」

 ぼくはブラックファイアをもう一度しまい込んで、宮殿に向かい直った。さっきまでの弱気は、きれいさっぱりと吹き飛んだもんね。
 今なら、なんにだって勝てそうな気がする。
 ぼくは蘇ったミュアと共に、サタンの宮殿へと向かっていった。

 

 

 

「ごめんくださーい、誰かいませんかあ」

「……インディ、ここが敵の本拠地だって、分かってんの?」

 ミュアがジト目で、ねめつける。
 ふんっ、いいじゃないか、軽いギャグぐらいやったって! ……しかし、宮殿はシンとしていて、物音一つしない。

 とても立派だ。
 どこか、昔の神殿に似ている。だけど、なにか嫌な感じがする。
 多分、見えない気が漂っているんだ。

 そう、それに違いない……ここにあるのは悪意をたっぷりと含んだ邪悪な気だ。
 けど、ここでおじけずくと思ったら大間違いだ!

「ミュア、入るぞ」

 中は外に輪をかけて、いやな気配に満ちている。いまや邪悪な気が、直接肌を刺している感じだ。ミュアどころか、ぼくでさえそれを感じる。
 ぼく達はその気配が濃くなる方に向かって、緊張しながら奥に進んだ。

 気配の発信点は、それ程広くもないガランとした部屋だった。床の中央に魔法陣みたいな図形が描かれ、正面の壁には祭壇みたいなものもある。
 その前に立っている人を見て、ぼくは怖い夢から覚めた時のような感じを味わった。

「インディよ、遅かったではないか」

 笑いながらそう言ったのは、アザゼル先生だったんだ。

「せ、先生……が、どーして、ここに?」

 つい、どもってしまう。わけが分かんないや。

「どうしてもこうしてもあるか、この悪戯坊主め。おまえが封印を解いたことなど、わしにはすぐに分かったわい」

 先生がギロリとぼくを睨む。

「おまえ一人でこの後始末ができるはずもないと思ってな、すぐ引き返してきたのじゃ。 ふむ、しかしおまえにしてはうまくやってきたじゃないか、え?
 だが、サタンはそうはいかんぞ、おまえなどでは歯がたたん。だから、わしがちょいと片付けてやったぞ。ほい、これがブラックバイブルだ」

 先生はいつも通り、目をカッと見開いて笑った。本人は上機嫌なのに、他人からは極めて怖く見える、あの笑顔だ。

「だ、だけど」

 ぼくはミュアに目をやった。
 ミュアは3倍ほどにも膨れ上がり、うなっている。なのに、アザゼル先生はミュアには見向きもしない。そして、なぜか祭壇の所に立ったままだ。

「なにをしておる、封印の道具はこれでそろったのだぞ。この魔界を封印して、戻ろうではないか。早くほかの5つの道具を渡さんか。おまえにはまだ、魔界封印の術はできやせん。わしに貸せ、そのロッドも返すんだ、さあ早く」

 先生が急き立てる。
 ――だけど、なんなんだ? なぜ、ぼくは迷っているんだ?

「そうか……」

 ぼくは、迷っているんだ。
 ――そう、これにはどこか、おかしいところがあるぞ。……どこがおかしいのか分からないとこが、我ながらなさけないけど。

「フゥウウウウッ」

 ミュアの声を聞いて、ぼくはハッと気がついた。
 そうか、ミュアだ――今までずっと、ぼくの考えや勘よりも、ミュアの直感の方が正しかったんだ。

 そのミュアが、ここまで警戒するってことは、この人はアザゼル先生ではないのでは……。

「どうしたのだ、インディ?

 早く、ロッドを渡さんか」

「いやだ! あんたは、先生なんかじゃないっ!!」

 先生に――先生の姿をしているだけだけど――怒鳴りつけるのは、ある意味じゃ気分がよかった。

「ほう……それでは、わたしが誰だと?」

 先生の声、先生の顔……でもその口調と表情には、なにか見覚えがあった。ぼくの知っている誰かだ――!!
 じーっと見ていると、先生の顔の奥からもう一つの顔が浮かんできた。ぼくに、ランプをくれた男だ!

「あんたが……サタンだったのか!!」

「ふむ、見破る力は持っていたようですね。アザゼルに教えを受けていたにしては、気づくのが遅かったようですが」

 正体を見破られても、サタンは平然としていた。

「わたしは前に一度アザゼルと……あなたの先生と戦って負けたことがありましてね。なに、ちょっとしたミスをしただけですが……この魔界に封じられて、退屈していたんですよ」

 世間話でもするように、サタンが軽く笑う。今までの敵と違って、外見も性格もすっごく人間的だ。

「でもわたしの力を完全に封じるなんて離れ業は、誰にだってできやしませんよ。ほら、あなたの悪戯をきっかけに、封印は破れかけている」

「それは、先生がわざと手加減して封印したからだ!」

 がまんできず、ぼくは言い返していた。

「先生が、この魔界にいる人間達を思いやったから……だから、弱い封印をかけただけだったんだ! 先生が本気なら、おまえなんか完全に封じ込められていたさ!!」

「…あなたがそう思いたいのなら、別にそう思ってもよいですけどね」

 サタンはいかにもぼくをバカにしたように、クックと笑う。

「ですが、本当は違うのですよ、インディ君。教えてあげましょう、この魔界の封印を君が破るように仕向けたのは、何を隠そう、このわたしですよ」

「嘘だっ!」

 あれは、ぼくの失敗だった。褒められた話じゃないけど、ぼくが悪戯心を起こしたのが始まりだったんだから。

「嘘ではありませんよ。弱い心を持った人間は、つけいりやすいし操りやすい。わたしが少し心に働きかけただけで、とんでもない真似をしでかすものです。
 お気の毒ですねえ、アザゼルも。彼はなかなかの魔術師ですが、弟子には恵まれないようですね」

 さも同情しているかのように、サタンは言った。つい、信じてしまいたくなるような説得力を持って。
 ぐらつく気分を、ぼくは無理やり払いのけた。

 ――騙されないぞ!
 それに、もし、サタンの言う事が本当だとしても、ぼくはそんなのは認めない! 操られてこんな真似をしただなんて、自力で大失敗をしたよりもとんでもない話だ。

 たとえ間違っていたとしても、ぼくは自分の意思で行動してきたんだ。ミュアと一緒に、あれこれ悩んだり失敗したりしながら、自分の意思でやりたいことやってきたんだ!
 決して、操られていたわけじゃない!!

「サタン! おまえがぼくを操っていた、というなら――なんで、ぼくが魔界を封印しなおすアイテムを集めてきたんだ?! それこそ、おかしな話じゃないか!」

 ぼくの的を射た反論に、サタンはわずかに眉を潜める。だが、すぐに余裕たっぷりのニヤニヤ笑いを取り戻した。

「フッ、君程度の実力で魔界を封印しなおせると? これはおもしろい、お手並み拝見といきましょうか、魔術師インディ=ルルク。さあさあどうしました、遠慮なくどうぞ。まずは精霊の力を呼び出すのではないのですか?」

 ……こ、こんな悔しい思いをしたのは初めてだ。
 くっそお……じゃあ、じゃあ、お望み通りやってやる。やってやるとも!
 ぼくは怒りに震えながら、ロッドを高くかかげた。

「カトゥラタンブーラ、善き光の精霊ケレットよ、聞け!
 魔術師インディ=ルルクに、その加護をっ!
 なんじのその眩き光を持って、闇の支配者に鉄槌を!!
 魔界の忌まわしき支配者、サタンの力を打ち破らん!!」

 呪文を口にした途端、ぼくは見えない波に打ち倒された。

「インディ、大丈夫っ?!」

 ミュアの声に、答える余裕はなかった。なぜ、魔法が効かないんだ……?

「無駄ですよ、インディ=ルルク。君にいくら魔力があろうとも、わたしには通用しません。なぜなら――」

 サタンはこれ程楽しいことはない、と言わんばかりにくつくつと笑い声を立てた。

「なぜなら、わたしは君の魂を持っていますから」

 祭壇の上に、サタンが小さな砂時計を乗せる。
 あれは……あれは、確か――。
 そのことを、ぼくはすっかり忘れていた。

 この魔界に迷い込んできた時、まず悪魔どもに魔界管理局とやらに連れていかれたんだ。そして、なにやら分からないうちに魂の預かり書にサインさせられてしまった……。
 あの時、悪魔は棚に砂時計を一つ置いていたっけ。

 あれが、ぼくの魂?
 そして今、サタンの手にあるのか……?
 愕然とするぼくの目の前で、サタンは砂時計を掌に乗せて転がしてみせる。

 無造作に、いかにも手持ちぶさただ、とばかりに。ぼくがその動きで顔色を変えるのを、楽しんでいるに違いない。

「これが壊れれば、君は魂を失います。もちろん、ご存じでしょうが、魂を失った人間は長くは生きられませんよ」

 軽く、砂時計を握り締めるような手つきをしてみせる。――た、魂より先に、心臓がつぶれそうだっ。

「やめろ――っ!」

 耐え切れず、ぼくは無意識にブーメランを投げつけていた。が、サタンは避ける素振りさえ見せない。

「な、なんだって?!」

 ブーメランは常識では考えられない軌道を描き、ぼくの元に戻ってきた。それと同時に、見えない波がぼくを襲う。ぼくは再び床に打ち倒された。

「無駄だ、と言ったでしょう? 君の魂はわたしの名に置いて、わたしの力の元に封印してあるのですよ。
 ちょうど、君が自分の名に置いて、わたしの配下の者達を封印したようにね。君が封じた魔物が君に害を加えられないように、わたしが封じた君も、わたしに害を加えられないのですよ」

 聞分けのない小さな子に対するように、サタンは優しくぼくに説明する。
 ――それなのに何も、打つ手がないだなんて!

「君の活躍はなかなか興味深かったですよ。ですが、お遊びはこれまでにしましょうか」


 サタンはおもむろに、砂時計を逆さにした。さらさらと砂がこぼれ始める。その音が、聞こえるような気がした。

「な……何をっ?」

 変に胸騒ぎがした。
 足元から何かが崩れ去っていくような――単なる言葉のたとえじゃなくて、本当に体の中から何かが奪われていくのを、ぼくは確かに感じていた。

「ぼくに何をしたんだ、サタン!!」

 不安のせいで、声が必要以上にうわずったものになる。
 それに対し、サタンはどこまでも自信に満ち溢れていた。

「聞きたいですか? この砂が落ち切った時、君の魂は完全にわたしに捧げられるのです。
 そして、永遠にわたしの配下になるのですよ」
                                 《続く》

 

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