Chapter.9 罠を覆す鍵 |
「な…なんだって……?!」 ぼくが、サタンの配下になる――そんな……そんなのって、冗談じゃないっ! そんなの、絶対にいやだっ!! 「いやだっ! ぼくはおまえの配下になんか、ならないっ!! 死んだってなるもんかっ!」
「なぜ、そうまであがくのです? わたしの配下になれば、今までとは比べ物にならない魔力、そして力が君のものになるのですよ。それが欲しくはないのですか」 「いやだ、ぼくがどうするかは自分で決める! 勝手に配下になんかされて、たまるもんかっ」 魔力がどうのこうのいうより、自分が自分でなくなることが怖い。 外から加えられた圧力で、人に言われた言葉をそのまま真実だと思いこまされてしまう。なにか変だと思ってはいても、それを追及する意思さえなくして――それで、友達でさえ信じられなくなってしまうんだ。 「ぼくはおまえのいいなりになんか、ならない! ぼくの意思は、ぼくのものだ!!」 「だが、いずれはわたしの物となる。魂は、すでに我が手中にあるのですから」 サタンの組んだ手の下で、砂時計は静かに、だが一定の速度を保って下へと落ちていく。砂は下側に小さな山を築き、その裾野をジリジリと広げていた。 「インディ、魔術書が!!」 ミュアの叫びに、魔術書のページが動いているのに気がついた。ミュアを助ける方法が分かった時みたいに、一人でにめくれている。
第十二章 サタン 汝を侮りたること おおいなり
――なんなんだか分からないじゃないか、ちっとも! ぼくが悩んでいる間にも、砂は落ち続けていく。――もう、半分近くも落ちているっ。 「わ――っ、やめろっ!」 言っても無駄と分かってても、叫んでしまう。 何が、サタンに通用するんだ? 「分かったぞ、インディ!」 本をじっと睨んでいたミュアが叫んだ。 「ランプだ……こいつが、キミにランプをくれたんじゃないか!」 さすがはミュアだ! ぼくより、ずっと冷静だっ。 「……ベルフェガーの炎か?!」 そうだ、それに違いない。 はん、バカなうぬぼれ屋め、こんな罠すぐ見破れるじゃないか! ……ぼくは分かんなかったけど。でも、ぼくの側にはミュアがいるんだ! ぼくはにわかに勢いづいた。 「ほう、やっと気がつきましたか。それで、どうなさいます?」 サタンはあくまで余裕たっぷりに、意地悪く笑う。 「いけえっ!」 ベルフェガーの炎をまとったブーメランは、一直線にサタンへと飛んでいった! 「うわっ?!」 見えない力に打ちのめされ、ダメージを負ったのはぼくの方だった。だが、そのダメージよりも精神的なショックの方がずっと、大きかった。 ブーメランが力を失って、それでも忠実な鳩のようにぼくの目の前に戻ってきた。ブーメランは、まだベルフェガーの炎に覆われている。 「ベルフェガーは魔界の生き物、我が同族です。その力がどうしてわたしを倒せる道理があります?」 サタンがぼくの愚かさを、心底楽しそうに笑っている。 悩むぼくの目の前で、容赦なく砂は落ちていく。 「いやだ……」 自分を失いたくはない、でもそうするための方法が分からない……。 …いや……違う……でも、分からない――もう、どうしていいのか、分からない! 「そうですとも。 おとなしく、わたしの前に跪きなさい。後、少しで、君の魂はわたしのものです」 砂は八分目までこぼれおちていた。 「インディ! いったい、どうしたんだよ、ここまできて諦めるのか?! ミュアがぼくのくるぶしを噛み、膝をひっかき、腕に飛びついた。 「だけど……もう、ぼくには何もできない…」 魔力は効かない。 「魔力がなければ、キミはただの意気地無しかい?! なんとかしろよ、考えろよ、最後までやれよ! ここで諦めるんだったら、あの時、炎の湖に飛び込んだ方がよかったじゃないかっ!!」 泣き叫ぶように、ミュアは激しく叫んだ。 「そうさ――諦めるんなら、……意気地無しのインディなんか、さっさとサタンに魂をやっちゃえ! どうせなら、焼いちゃえばいいんだ!」 焼く……。 「そうか…!」 分かった……分かったぞ!
なら、それを覆すには――。 でも、それでもいい! ぼくはすぐさま、行動に移った。 ロッドだけは、戦いに備えて手に握っておく。……これが、役に立ってくれればいいんだけど。 「ミュア、後は任せたっ! ……もしもの時は、きっと、魔界を封印してくれよ」 ミュアならできる。ぼくはそう確信していた。自分でやるよりも、安心できる。 「インディ、まさか…?! ――自分の魂を焼く気かっ!?」 自分で言い出したくせに、ミュアが驚いた顔をする。 「やめろっ、やめろってばっ!! どうなると思ってるんだよっ!!」 ミュアの声を聞いていると決心が鈍りそうなので、ぼくはあえてサタンにだけに神経を集中させた。 「やめろっ! おまえは、魂を失うことになるぞっ!!」 サタンが初めて声を荒げた。 「いいよ」 ぼくは強気に言い返した。 「言っただろう? 死んだっておまえのいいなりになんか、ならないってっ!」 最後の数粒が落ちる瞬間、ぼくのブーメランは砂時計を一瞬で灰に変えた。 「ぐ……ぁああああ――っ!!」 その途端、鋭い痛みがつきぬけた。 「く…へ…へへ、やったね……」 痛みをこらえて、ぼくはロッドを握りしめた。……ちゃんと、持つことができる。魂を焼いても、まだ、ぼくは生きている。
サタンは、偽りの仮面を脱ぎ捨てた。 長い骨張った指先がひらめいて、目の前のなにもない宙をつかんだ。 「混沌の淵に落ちるがいい。そして、永遠にさ迷うのだ……」 ぼくとサタンは、ぽっかりと口を開けた灰色の空間をはさんで、睨み合っていた。 今こそ、戦う時だ。サタンの力を打ち破るために。 「カトゥラタンブーラ、善き精霊達よ、聞け。 風の精霊シルフェが、 灰色の空間をはさみ、見えないうねりが起きていた。ぼくの力とサタンの力との、互いに逆向きに力のうねりだ。 大きなうねりがぼくを襲う。 ロッドの輝きが揺らぐ。 最後の、とてつもなく大きなうなりの前兆を感じた。 「カトゥラヴラドゥ……汝、選ばれし者の国へ還れ! ぼくはロッドを灰色の空間に向け、残る力すべてをそこに解き放った。 サタンの指先から、見えない力が襲いかかる!! そして、ふいにその中央に穴が開いた。――これこそ、混沌の淵、魔界の司祭者サタンの戻るべき所だ。 「カトゥラヴラドゥ……サタンよ、還れ!」 灰色の渦が膨れ上がった。 「わたしの……負けのようだな」 混沌の淵に沈みつつあるサタンが、苦笑気味に笑う。 「……だが、おまえはこの魔界を……はたして、出られるのかね…」 不吉な言葉だ。最後のあがき――か? 「だけど、ぼくは勝ったよ……!」 渦に飲み込まれるサタンに、ぼくは言った。 「そうかもしれない……だが、魂をなくしたおまえは…もう長くはないぞ……今のおまえは…肉体の生命力の余力で生きているに過ぎん…。すぐに…それも尽きる……おまえが生き延びる道は一つ……我らと同じく闇に落ち、他の人間の魂を刈り取るしかないぞ……!」 ゆっくりと、混沌はサタンを飲み込んだ。 「でも、ぼくの勝ちだ。ぼくはおまえのいいなりになんか、ならなかった。――これからだって、ならないよ……!」 サタンを封じ込めた灰色の混沌は、次第に縮んで、やがて消えた。 「ミュア……ぼくは諦めなかったよ。最後まで、ちゃんとやりとげただろ?」 「インディ…キミってやつは……っ!」 ミュアがぼくに駆け寄ってきて、飛びつこうとした。ちょうど、炎の湖でやったみたいに。 「えっ、なんだよ、これ、どーなんってんだよ?!」 手からロッドがすり抜けて、からんと床に落ちた。よく見ると、体の末端の部分が、透けているっ? ぼくは落ちたロッドにもう一度触れてみた。……ふむ、気合いを入れていれば、まだ物をつかむことぐらいはできるみたいだ。 「インディ……」 ミュアが辛そうにぼくを見上げた。そんなミュアに、ぼくはつとめて明るく声をかけた。 「大丈夫だよ、ミュア。ぼくは、死んだりなんかしない。そして、サタンみたいな魔物にもならない。ちゃんと魔界を封印をして、おまえと一緒に人間界に帰るんだ」 焼けて灰になってしまったぼくの魂と、ミュアを見比べながら、ぼくは言った。 《続く》
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