Chapter.1 ヨギの聖櫃、ヨギの封印 |
「見えたよ、インディ。多分、あそこがヨギの僧院だ」 ミュアがそう言ったのは、アザゼル先生の館を出てから3日も経ってからのことだった。 僧院に来るまでにはいくつもの山を越えなきゃなんなかったけど、なに、そんなのはへっちゃらさ。 大魔術師ヨギの聖櫃。封印された力。 でも、そんな野次馬気分も、こうしてヨギの僧院を目の当たりにすると――少しだけ引っ込んだ。 なにか、近づくのをためらわせるような……それとも、単に霧が立ち込めているせいでそう思うのだろうか? 「インディ、忘れちゃだめだぞ。ここには何か問題があるってことを」 言い返さなかったのは、いつもならうるさく感じるミュアの忠告が、今回だけは確かだと思えたからだ。 その途端、ぼくもミュアも飛び上がった!
ぼくの肩を揺さぶり元来た道を指しながら、しきりに口をパクパクさせているけど、声になっていない。 冗談じゃない、なんだか分からないけど、ぼくはこれ程怪しいお爺さんにいきなり追い返される程、人相が悪くはないぞっ。 「ちょっ……ちょっと、ぼくは怪しいもんじゃないですよ。アザゼル先生の使いで来ただけで!」 なんとかお爺さんを説得しようとした時、どこからともなく声がした。 「ザミール、入れておあげなさい」 声がそう言ってくれたのに、片目の老人はなおもぼくを押しやろうとする。 「い……いったい、どうなってんわけ?」 すっかりめんくらったぼく逹に、声はさらに言った。 「すまないことをしたね。今、ザミールに案内させよう。……ただ、その猫をつれてこられては困る。わたしは病気なのだ、悪いが……」 どうやら、声の主がセミヤザらしい。ミュアがすっかりムクれたが、館の主人の意向じゃしかたがない。 「ふん、いいさ。ボクはその辺を散歩してるから」 ま、ミュアなら迷子になる心配もないだろ。ぼくはとぼとぼと案内してくれるザミールの後について、ヨギの僧院の門をくぐった。 壁一面を覆いつくす書物に、怪しげなものの並ぶ机……ま、魔術師なんてこんなもんなのかもな。 机の向こうに座っている、立派な体躯の人は思ったよりも若かった。 鋭い目付きの悪人面だけど――はっきりいって、先生も顔は似たりよったりだもんな。論評は避けよう……。 「ザミールが失礼をしてすまなかった。あの通り、年を重ねて体が不自由なゆえ……許されよ。 「はい、ぼくはインディ=ルルクといって、アザゼル先生の弟子です」 先生が旅に出かけていることや、とりあえず薬草をもってきたことを簡単に説明すると、セミヤザは何度も頷きながら熱心に聞いてくれた。 「ふむ、アザゼルは留守か……。それでおまえが代わりに薬草を届けてくれたとは、ありがたい話だな」 だけどそう言う割には、セミヤザはぼくのだした薬草の包みを開きもせずに、難しい顔をしてぼくを見つめる。 「――インディ=ルルクと言ったな。おまえの魔術の腕はどのくらいだ?」 「え? えーと……5つの精霊の力を借りることは、もうできますっ」 ここぞとばかり、ぼくはようやく持つのを許されたばかりのロッドを示した。それよりももっと得意なブーメランも一緒に持っているんだけど、……こっちの方は言わない方がいいだろう。魔術師っぽくないし。 「そうか、それなら……」 パッと顔を輝かせたセミヤザは、思い直したように首を振った。 「いや……いかん。こんなことを頼んでは、いかんな……」 「あの、ぼくにできることなら、なんでも言ってください」 ぼくは身を乗り出した。 「では、話すだけ話そう。最初にいっておくが、この話が嫌なら嫌と言っていい。無理に頼むわけにはいかんのでな」 大きな水晶球を取り出し、セミヤザはそれに手をかざした。 「この僧院に伝えられるヨギの聖櫃だ」 「これが……?」 「そうだ。昔、ヨギという力のある魔術師がいた。ヨギはここにある力を封印したのだ。封印を解くには5つの銘板(タブレット)が必要だ。いわば、それは鍵、というわけだな。だが、ここにはない」 セミヤザの手が再び光を閃かせると、水晶球の中には別のものが現れた。 「エクトロイの岩山だ。5つの鍵はここにある。ここにはヨギの魔力が今も息づいている。よからぬ者、力の足りぬ者はそれを手にすることはできぬ……」 セミヤザはぼくに目を据えた。 「話というのは他でもない。ヨギの聖櫃の封印を解く、5つのタブレットをとってきてもらいたいのだ」 「なぜ……?」 ぼくは無意識に、ごくりとつばを飲み込んだ。 「それはヨギの聖櫃を狙っている者がいるからだよ」 セミヤザは声を潜めて囁いた。 「魔道士ギィ。だが、流派が違うゆえ、奴はエクトロイの岩山には容易に近づけない。だから、封印を解くことはかなわぬ」 それなら、そのままにしといた方がいいんじゃ……と思うのは素人考えだった。 「だが、奴はこの聖櫃を奪い、ヨギの力を滅ぼしてしまう実力がある。それを防ぐには、奴と戦うしかない。魔道士ギィは力のあるもの……そう、だからヨギの力を借りる必要があるのだ」 なるほど。やっと、話が見えてきた。 「ところが、わたしは病んでいる……。エレトロイへの岩山への旅はとうてい無理だ。だからアザゼルの助力を頼んだのだが……」 「まかせてくださいっ、ぼくが行きます!」 こんなワクワクする話、ここでいやだなんていうはずないじゃないかっ。 「――ならば、わたしの力を分け与えよう」 セミヤザは指輪を外し、ぼくの前に置いた。 「この指輪の魔力によって、ある呪文を使う力がもたらされよう。生命力回復の魔法だ」 「へえ、すごいやっ」 生命回復――別名、癒しの呪文はとっても難しくって、ぼくみたいな初心者には使えない高度な魔法だ。それが使えるだなんて、超ラッキーっ! 「その指輪を身につけているがいい。生命回復の魔法を使いたい時は、いつでも使えるぞ。しかも、それはおまえの魔法力を消費しない。いくらでも、好きなだけ使うといい」 そりゃあ、ますますラッキーってものっ? なんせ、初歩の魔法でも、使い過ぎると頭痛がすることがあるもんね。 「分かりました、ありがとうごさいます! ぼく、はりきって行ってきますから、吉報を待っててくださいっ」 すっかり浮かれたぼくは、セミヤザにもらった指輪を握り締め、そう宣言した――。
「インディ、遅かったね」 僧院をでると、締め出しをくったミュアが門の外で待っていた。 「へへっ、まあね。すっごいこと、頼まれちゃった♪」 なりゆきを話している最中に、ぼくはミュアが見慣れない首輪をしているのに気がついた。 「おまえ、それ、いったいどうしたんだよ?」 「いいだろ。さっき、片目のお爺さんにもらったのさ」 あの口のきけないザミール老に? 「あのジイさん、ぼく逹を追い返そうとしたり、なんだか変だったじゃないか。そんな人に物をもらうなよな」 「ふん、アザゼル先生の一番弟子のこのボクを、中に入れてくれないセミヤザって奴よりもずーっと好感がもてるよ。いいじゃないか、ボクがもらったんだもの」 「なんだよ、入れてもらえなかったもんだから、意地になっちゃってさ。……ま、いいや、好きなようにしろよ」 正直いえば、ぼくはあんまりザミールって人が気にいらなかったけど、ミュアが気にいっているらしいから、好きにさせておくことにした。 「あ、そういや、ぼくも指輪をもらったんだった」 もらった指輪を指にはめようとしたけど――入らないっ! しょうがないから、紐を通して首に下げておくことにした。これなら、無くす心配もない。 「……インディ、それ、キミに似合わないよ」 ほっ……ほっとけっ! 「いいのっ、似合わなくてもっ」 「でも、アクセサリーをつけるんなら、センスってもんを磨かなきゃ」 あー、これはおしゃれでつけてるんじゃないっつーのっ! 「いいんだったら! それより、そろそろ出発しようぜ」 こうしてぼく達はひょんなことから、意外な冒険に旅立ったんだ。
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