Chapter.1  ヨギの聖櫃、ヨギの封印

  

「見えたよ、インディ。多分、あそこがヨギの僧院だ」

 ミュアがそう言ったのは、アザゼル先生の館を出てから3日も経ってからのことだった。 僧院に来るまでにはいくつもの山を越えなきゃなんなかったけど、なに、そんなのはへっちゃらさ。

 大魔術師ヨギの聖櫃。封印された力。
 聞いてるだけでうずうずするような秘密が隠されているかと思うと、それだけで疲れなんか吹き飛んじゃうもんね。

 でも、そんな野次馬気分も、こうしてヨギの僧院を目の当たりにすると――少しだけ引っ込んだ。
 険しい山の頂きに見つけた、重々しい建物。ずんぐりした五角形の塔がいかにも秘密めいている。

 なにか、近づくのをためらわせるような……それとも、単に霧が立ち込めているせいでそう思うのだろうか?
 だけど、ここまで来て引き返す気なんて、ない!
 急斜面を登り出したぼくに、行く手を真っ直ぐに見つめて、ミュアは言った。

「インディ、忘れちゃだめだぞ。ここには何か問題があるってことを」

 言い返さなかったのは、いつもならうるさく感じるミュアの忠告が、今回だけは確かだと思えたからだ。
 門につるされた紐を引っ張ると、ギョッとする程大きく、鐘が鳴り響いた。それが消えてしまわないうちに、ぎぃいい……ときしみながら扉が開く。

 その途端、ぼくもミュアも飛び上がった!
 だって、その不気味な音と同時に登場したのは、片目の小柄な老人だったんだからっ。 彼はひどく焦った様子で、少しばかり残った銀髪を振り乱し、腕を仕切りに振り回す。


「……っ………っ…!」

 ぼくの肩を揺さぶり元来た道を指しながら、しきりに口をパクパクさせているけど、声になっていない。
 口がきけない……らしい。
 でも、ぼくを必死になって追い返そうとしていることだけは分かる。

 冗談じゃない、なんだか分からないけど、ぼくはこれ程怪しいお爺さんにいきなり追い返される程、人相が悪くはないぞっ。

「ちょっ……ちょっと、ぼくは怪しいもんじゃないですよ。アザゼル先生の使いで来ただけで!」

 なんとかお爺さんを説得しようとした時、どこからともなく声がした。

「ザミール、入れておあげなさい」

 声がそう言ってくれたのに、片目の老人はなおもぼくを押しやろうとする。
 が、急に見えない何かに打たれたように、その場に大きくよろめいた。やがて、あきらめたのか、しょぼしょぼと僧院の門を開く。
 ……なんだか、とても苦しげだ。

「い……いったい、どうなってんわけ?」

 すっかりめんくらったぼく逹に、声はさらに言った。

「すまないことをしたね。今、ザミールに案内させよう。……ただ、その猫をつれてこられては困る。わたしは病気なのだ、悪いが……」

 どうやら、声の主がセミヤザらしい。ミュアがすっかりムクれたが、館の主人の意向じゃしかたがない。

「ふん、いいさ。ボクはその辺を散歩してるから」

 ま、ミュアなら迷子になる心配もないだろ。ぼくはとぼとぼと案内してくれるザミールの後について、ヨギの僧院の門をくぐった。
 僧院自体も大きさ的にはアザゼル先生の館と同じ位の大きさだけど、長い廊下を歩いた末、通された部屋もどこか先生の部屋と似ていた。

 壁一面を覆いつくす書物に、怪しげなものの並ぶ机……ま、魔術師なんてこんなもんなのかもな。
 ぼくを案内してくれた片目の老人は、部屋につくなり、まるで追い払われたみたいにそそくさといなくなる。

 机の向こうに座っている、立派な体躯の人は思ったよりも若かった。
 アザゼル先生の友達だと聞いたから同じぐらいの年かと思ったのに、せいぜい30代ぐらいじゃないかな。黒々とした髪や髭が見事で、それに合わせたように黒い長衣を着ている。

 鋭い目付きの悪人面だけど――はっきりいって、先生も顔は似たりよったりだもんな。論評は避けよう……。
 大きな椅子に身をうずめたセミヤザは、ぼくに向かって頷いた。

「ザミールが失礼をしてすまなかった。あの通り、年を重ねて体が不自由なゆえ……許されよ。
 わたしがセミヤザだが、そなたはアザゼルの使いかね?」

「はい、ぼくはインディ=ルルクといって、アザゼル先生の弟子です」

 先生が旅に出かけていることや、とりあえず薬草をもってきたことを簡単に説明すると、セミヤザは何度も頷きながら熱心に聞いてくれた。

「ふむ、アザゼルは留守か……。それでおまえが代わりに薬草を届けてくれたとは、ありがたい話だな」

 だけどそう言う割には、セミヤザはぼくのだした薬草の包みを開きもせずに、難しい顔をしてぼくを見つめる。

「――インディ=ルルクと言ったな。おまえの魔術の腕はどのくらいだ?」

「え? えーと……5つの精霊の力を借りることは、もうできますっ」

 ここぞとばかり、ぼくはようやく持つのを許されたばかりのロッドを示した。それよりももっと得意なブーメランも一緒に持っているんだけど、……こっちの方は言わない方がいいだろう。魔術師っぽくないし。

「そうか、それなら……」

 パッと顔を輝かせたセミヤザは、思い直したように首を振った。

「いや……いかん。こんなことを頼んでは、いかんな……」

「あの、ぼくにできることなら、なんでも言ってください」

 ぼくは身を乗り出した。
 なんせやっと魔術師になったとはいえ、毎日毎日練習ばかりで実践で魔法を使った試しなんてないもんね。ぼくだって、先生みたいに誰かの頼みを魔法でパアッと解決してみたいさっ?
 セミヤザはしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「では、話すだけ話そう。最初にいっておくが、この話が嫌なら嫌と言っていい。無理に頼むわけにはいかんのでな」

 大きな水晶球を取り出し、セミヤザはそれに手をかざした。
 最初はなんにも見えなかったけど、次第にぼんやりとしたものが浮かび上がってくる。 ……箱だ。立派な装飾のついた長方形の箱だ。

「この僧院に伝えられるヨギの聖櫃だ」

「これが……?」

「そうだ。昔、ヨギという力のある魔術師がいた。ヨギはここにある力を封印したのだ。封印を解くには5つの銘板(タブレット)が必要だ。いわば、それは鍵、というわけだな。だが、ここにはない」

 セミヤザの手が再び光を閃かせると、水晶球の中には別のものが現れた。

「エクトロイの岩山だ。5つの鍵はここにある。ここにはヨギの魔力が今も息づいている。よからぬ者、力の足りぬ者はそれを手にすることはできぬ……」

 セミヤザはぼくに目を据えた。

「話というのは他でもない。ヨギの聖櫃の封印を解く、5つのタブレットをとってきてもらいたいのだ」

「なぜ……?」

 ぼくは無意識に、ごくりとつばを飲み込んだ。

「それはヨギの聖櫃を狙っている者がいるからだよ」

 セミヤザは声を潜めて囁いた。

「魔道士ギィ。だが、流派が違うゆえ、奴はエクトロイの岩山には容易に近づけない。だから、封印を解くことはかなわぬ」

 それなら、そのままにしといた方がいいんじゃ……と思うのは素人考えだった。

「だが、奴はこの聖櫃を奪い、ヨギの力を滅ぼしてしまう実力がある。それを防ぐには、奴と戦うしかない。魔道士ギィは力のあるもの……そう、だからヨギの力を借りる必要があるのだ」

 なるほど。やっと、話が見えてきた。

「ところが、わたしは病んでいる……。エレトロイへの岩山への旅はとうてい無理だ。だからアザゼルの助力を頼んだのだが……」

「まかせてくださいっ、ぼくが行きます!」

 こんなワクワクする話、ここでいやだなんていうはずないじゃないかっ。
 黒い髪の下で、セミヤザの目が輝いた。

「――ならば、わたしの力を分け与えよう」

 セミヤザは指輪を外し、ぼくの前に置いた。
 眼をモチーフにした、凝ったデザインの指輪だ。男の人向きの指輪なのか、綺麗というより無骨な印象の強い、大きめのものだ。

「この指輪の魔力によって、ある呪文を使う力がもたらされよう。生命力回復の魔法だ」
 

「へえ、すごいやっ」

 生命回復――別名、癒しの呪文はとっても難しくって、ぼくみたいな初心者には使えない高度な魔法だ。それが使えるだなんて、超ラッキーっ!

「その指輪を身につけているがいい。生命回復の魔法を使いたい時は、いつでも使えるぞ。しかも、それはおまえの魔法力を消費しない。いくらでも、好きなだけ使うといい」

 そりゃあ、ますますラッキーってものっ? なんせ、初歩の魔法でも、使い過ぎると頭痛がすることがあるもんね。

「分かりました、ありがとうごさいます! ぼく、はりきって行ってきますから、吉報を待っててくださいっ」

 すっかり浮かれたぼくは、セミヤザにもらった指輪を握り締め、そう宣言した――。

 

 

「インディ、遅かったね」

 僧院をでると、締め出しをくったミュアが門の外で待っていた。

「へへっ、まあね。すっごいこと、頼まれちゃった♪」

 なりゆきを話している最中に、ぼくはミュアが見慣れない首輪をしているのに気がついた。
 透き通った石のついた首輪。……こんなの、さっきまでしてなかったぞ。

「おまえ、それ、いったいどうしたんだよ?」

「いいだろ。さっき、片目のお爺さんにもらったのさ」

 あの口のきけないザミール老に?

「あのジイさん、ぼく逹を追い返そうとしたり、なんだか変だったじゃないか。そんな人に物をもらうなよな」

「ふん、アザゼル先生の一番弟子のこのボクを、中に入れてくれないセミヤザって奴よりもずーっと好感がもてるよ。いいじゃないか、ボクがもらったんだもの」

「なんだよ、入れてもらえなかったもんだから、意地になっちゃってさ。……ま、いいや、好きなようにしろよ」

 正直いえば、ぼくはあんまりザミールって人が気にいらなかったけど、ミュアが気にいっているらしいから、好きにさせておくことにした。
 それに、なかなかミュアに似合っているし。

「あ、そういや、ぼくも指輪をもらったんだった」

 もらった指輪を指にはめようとしたけど――入らないっ!
 大きすぎて、ブカブカだあ〜。親指でさえ、かぽかぽしてしまっている。ううっ、情けない……。

 しょうがないから、紐を通して首に下げておくことにした。これなら、無くす心配もない。
 だが、ミュアはまじまじとぼくを見た揚げ句、言った。

「……インディ、それ、キミに似合わないよ」

 ほっ……ほっとけっ!

「いいのっ、似合わなくてもっ」

「でも、アクセサリーをつけるんなら、センスってもんを磨かなきゃ」

 あー、これはおしゃれでつけてるんじゃないっつーのっ!

「いいんだったら! それより、そろそろ出発しようぜ」

 こうしてぼく達はひょんなことから、意外な冒険に旅立ったんだ。
                                            《続く》

 

2に続く→ 
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