Chapter.6 東の塔の幽霊鍛冶屋

  

 元の道まで戻ると、寒気は嘘のように消えさった。
 やがて、ぼく逹は大きな城壁を前にしていた。
 それは、一つの谷間の端から端にまたがる壁だ。両側には塔がそびえたっている――これが、エクトロイの岩山。
 ぼく逹はその巨大な影の中にいるんだ。

「ヨギの魔力は、まだ生きている……」

 とっくにマントから出たミュアが、重々しい声で呟く。それをカッコつけてら、とひやかす気にもなれない。
 だってぼくも魔術師のはしくれ、ここに働く強大な魔力の片鱗ぐらいは感じ取れる。  『それ』は、ぼく逹を受け入れてくれるんだろうか……。
 陰鬱とした霧が、ぼく達の上に降りてくる。

「突っ立ってったって、始まらないや。こーなったら、でたとこ勝負だ。行くぞ、ミュア」


「――つまりは、キミのお得意の行き当たりばったり方式だね」

 うっ、うるさいなっ!
 とにかく、ぼく逹は見上げるばかりの城壁の中央にある、入り口へと移動した。
 堅く閉ざされた扉には、古い文字で文字が刻まれている。

『我れ 大いなる力を 得たり
 されど あまりに過ぎたる力ゆえ その力封印せり
 汝 力を求むる者なりや?

 されば 挑むもよし
 ここに鍵の5つあり
 我が僧院に伝えし聖櫃を 開く鍵なり    

 西の塔にて 死者より奪え    
 財宝の洞窟にて ドラボアより取り戻せ
 影の岩棚にて ドルバの卵の中から選びだせ    
 炎の泉にて 炎の中からすくい取れ
 ドラゴン岩の 我が碑文の謎を解け』

「鍵はどこにあるのかっていうのは教えてくれても、入り口は開けてくれないつもりらしいな」

 試しに叩いてみたけど、城壁の扉はびくともしない。他に入り口はないし……いや、塔があるか。
 城壁の両端に位置する塔。

『西の塔にて、死者より奪え』って、扉の文句でも言ってたぐらいだ。入れる上に鍵もあるってわけか。――おまけに敵までついてるし。

「いきなり、だね、インディ。何をぐずぐずしてんの? 早く行こうよ」

 首をうんとひねり、後ろ足で耳を掻きながら言うもんだから、ミュアの顔はとびっきり意地悪そうに見える。……こんにゃろ、ぼくがビビッてすくんでいると思っているな。いや、実際、そうだけどさ。

「ばーか。入り口は東の塔にもあるだろ。先にそっちに行った方がいいかどうか、考えていたんだよっ」

「そーお? 今、思いついたんじゃないの?」

「さっ、最初っから、そう思ってたよっ。さっ、行くぞミュアっ」

 ぼくはミュアにこれ以上何か言われるよりも早く、東の塔に向かって歩き出した。
 入り口の扉は開いている。中は真っ暗。
 が、入口の脇に小さなランプがかけてあるので、ぼくはそれを手にとった。たよりない明りだけど、無いよりましってもの。

「……なんだ、なんにもないじゃないか」

 東の塔の中は、上の方までがらんどう。まるで、井戸の底にいるみたいだ。
 ――井戸の底と言えば、アザゼル先生んとこに弟子入りしてすぐの頃、間違って空井戸に落ちちゃったことがあったな。先生ってば、おっちょこちょいの罰だっていって、なかなか助けてくれないんだもん、まいったよなー、あん時は。

「インディ、ぶつぶつ言うのやめてくれよ。音が聞こえないだろ」


 ミュアが小さな声で言う。
 ぼく、いつのまに声に出してたっけ? ……いや、それよりも音だ、音!

 カツーンカツーン……
 耳を澄ますと、確かにがらんどうの塔の内部にかすかな音が響いている。やっと闇に慣れた目に、地下へ降りる階段が写った。

 音が聞こえるのは、そっからだ。
 何か、固い物を叩いているみたいな音。
 変にリズムに乗っていて、調子がいい。まるで――そう、鍛冶屋そっくりだ。なんだろう?

「おりてみよう」

 薄暗いランプの下、ぼく逹が見たのは、村の鍛冶屋とほとんど同じ光景。
 ただ、赤い髭の人物が取り組んでいるのは剣や盾じゃなくって、何か細長い箱のような物だったけど。
 赤髭はぼく逹が降りていったのに少しも驚かないばかりか、ぼくの考えを読んだみたいにニッと笑った。

「おっと、わしゃあおめえの敵じゃあねえよ。魔法をかけるのは勘弁してもらいてえし、ブーメランもごめんだな」

 赤髭は自分の膝を叩いて、下品にゲハゲハ笑う。

「うん? こいつが気になるのかい? ぐふっ、これは棺桶に決まっているじゃねえか。ぐふっふ……ほーれ、もうじきできあがる。後はおめえの名前を入れるだけよ。
 これが出来たら、そっちの四つ足の連れの分も、ちゃーんと作ってやっからな」

 かっ、棺桶だって?! ぼくと、ミュアの?!

「おめえら、鍵を取りにきたんだろう、ぐふっ。
 今までにもたくさん、そういうやつらが現れたがな、みーんなわしの棺桶の世話担ったのよ。あっち側の塔に置いてあるが、そいつらがまたわしの仕事を増やしてくれる。
 誰かが塔に近づこうもんなら、ぐふっ……棺桶の中でおとなしくしておれんのさ」

 ぞぞっとする話を、赤髭はおかしくてたまらないことを話すように、笑いながらしゃべった。

「鍵をほかの者に横取りされるのががまんならんのさ。亡者よの。ぐふふ、ぐふっ。
 だからおめえらも、すぐにわしの棺桶が必要になるってことよ。どうだ、試しに入ってみっか? いくら死人でも大きさがあわなきゃ、窮屈だろが。今なら直せっぞ」

 赤髭の鍛冶屋は、黄色い乱杭歯をにいっとむき出す。

「インディ、あいつ、影が……」

 ミュアがそっと囁く。
 うす暗いランプの下とはいえ、ぼくとミュアの下にはぼんやりとした影が伸びているのに、この棺桶作りの赤髭にはおぼろな影さえない。 ――そうか、こいつも死者なんだ。
 

「ふん、棺桶だって?! 誰がこんなもんに入ってやるかよっ」

 ぼくは思いっきり棺桶を蹴っ飛ばした!

「…………っち!」

 不吉な箱は、ビクともしやしない。足が痛くなっただけだ。

「ふむ、わしの仕事が一つはぶけたわい」

 幽霊鍛冶屋は喉の奥でぐふっと笑い、棺桶の蓋を指差した。

「え?」

 棺桶の蓋には、いつのまにやら字が浮かび上がっている。

「おまえは自分で、自分の棺桶に名を刻んだのよ。これで片足をつっこんだも同然だ。ぐふっ、ぐふっ、ぐふふっ……」

 そっ、そんな!

「そうかな」

 と、やけに余裕の声で言ったのは、棺桶の上に飛び乗ったミュアだった。青くなったぼくを横目に、やけに落ち着き払った態度で断言する。

「これは、無効だよ」

「なんだと?」

 聞き捨てならぬとばかりに、赤髭が眉をつり上げる。
 ミュアはさもつまらなさそうに、のん気に顔を洗って見せる。よく、もったいつける時にやるしぐさだ。そして、尻尾がやけに勢い良くぱたぱた揺れている。
 なんだ、ミュア、なんでそんなに強気なんだっ?!

「だって綴りが間違ってるもん。よく見なよ、NとDが入れ替わっている。呪文だって、一言間違えると効果はないんだ。名前だって、同じさ。
 これはインディの名前じゃない、別の名前だよ。――こんな名前があるとして、だけど」


 あっ、ホントだっ。
 INDYじゃなくてIDNYになってる。いいぞっ、ミュア!

「……ふうむ」

 幽霊鍛冶屋は言葉に詰まり、赤い髭を捻った。

「確かに。これはしくじったわい。わしの霊力も落ちたかな。いかんいかん、作り直さねば」

 赤髭は急にぼく逹のことを忘れたように、新しい棺桶に取り組み始めた。
 ――よく分からないけど、今こそチャンスだ。
 この隙に、こんな所からは逃げるに限るっ!
 階段に向かったぼく逹の背中で、幽霊鍛冶屋がぶつぶつと独り言を言っている。

「そうさな、文字にはそれ自体に力があらぁ。同じ文字の組み合わせでも順番が違えば、まったく別の言葉になることがあるんだわい」

 勝手に訳の分かんないこといってるけど、構うもんかっ。ぼく逹は東の塔の地下室を飛び出した。
                                    《続く》

 

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