Chapter.6 東の塔の幽霊鍛冶屋 |
元の道まで戻ると、寒気は嘘のように消えさった。 「ヨギの魔力は、まだ生きている……」 とっくにマントから出たミュアが、重々しい声で呟く。それをカッコつけてら、とひやかす気にもなれない。 「突っ立ってったって、始まらないや。こーなったら、でたとこ勝負だ。行くぞ、ミュア」
うっ、うるさいなっ! 『我れ 大いなる力を 得たり されば 挑むもよし 西の塔にて 死者より奪え 「鍵はどこにあるのかっていうのは教えてくれても、入り口は開けてくれないつもりらしいな」 試しに叩いてみたけど、城壁の扉はびくともしない。他に入り口はないし……いや、塔があるか。 『西の塔にて、死者より奪え』って、扉の文句でも言ってたぐらいだ。入れる上に鍵もあるってわけか。――おまけに敵までついてるし。 「いきなり、だね、インディ。何をぐずぐずしてんの? 早く行こうよ」 首をうんとひねり、後ろ足で耳を掻きながら言うもんだから、ミュアの顔はとびっきり意地悪そうに見える。……こんにゃろ、ぼくがビビッてすくんでいると思っているな。いや、実際、そうだけどさ。 「ばーか。入り口は東の塔にもあるだろ。先にそっちに行った方がいいかどうか、考えていたんだよっ」 「そーお? 今、思いついたんじゃないの?」 「さっ、最初っから、そう思ってたよっ。さっ、行くぞミュアっ」 ぼくはミュアにこれ以上何か言われるよりも早く、東の塔に向かって歩き出した。 「……なんだ、なんにもないじゃないか」 東の塔の中は、上の方までがらんどう。まるで、井戸の底にいるみたいだ。 「インディ、ぶつぶつ言うのやめてくれよ。音が聞こえないだろ」
カツーンカツーン…… 音が聞こえるのは、そっからだ。 「おりてみよう」 薄暗いランプの下、ぼく逹が見たのは、村の鍛冶屋とほとんど同じ光景。 「おっと、わしゃあおめえの敵じゃあねえよ。魔法をかけるのは勘弁してもらいてえし、ブーメランもごめんだな」 赤髭は自分の膝を叩いて、下品にゲハゲハ笑う。 「うん? こいつが気になるのかい? ぐふっ、これは棺桶に決まっているじゃねえか。ぐふっふ……ほーれ、もうじきできあがる。後はおめえの名前を入れるだけよ。 かっ、棺桶だって?! ぼくと、ミュアの?! 「おめえら、鍵を取りにきたんだろう、ぐふっ。 ぞぞっとする話を、赤髭はおかしくてたまらないことを話すように、笑いながらしゃべった。 「鍵をほかの者に横取りされるのががまんならんのさ。亡者よの。ぐふふ、ぐふっ。 赤髭の鍛冶屋は、黄色い乱杭歯をにいっとむき出す。 「インディ、あいつ、影が……」 ミュアがそっと囁く。 「ふん、棺桶だって?! 誰がこんなもんに入ってやるかよっ」 ぼくは思いっきり棺桶を蹴っ飛ばした! 「…………っち!」 不吉な箱は、ビクともしやしない。足が痛くなっただけだ。 「ふむ、わしの仕事が一つはぶけたわい」 幽霊鍛冶屋は喉の奥でぐふっと笑い、棺桶の蓋を指差した。 「え?」 棺桶の蓋には、いつのまにやら字が浮かび上がっている。 「おまえは自分で、自分の棺桶に名を刻んだのよ。これで片足をつっこんだも同然だ。ぐふっ、ぐふっ、ぐふふっ……」 そっ、そんな! 「そうかな」 と、やけに余裕の声で言ったのは、棺桶の上に飛び乗ったミュアだった。青くなったぼくを横目に、やけに落ち着き払った態度で断言する。 「これは、無効だよ」 「なんだと?」 聞き捨てならぬとばかりに、赤髭が眉をつり上げる。 「だって綴りが間違ってるもん。よく見なよ、NとDが入れ替わっている。呪文だって、一言間違えると効果はないんだ。名前だって、同じさ。
「……ふうむ」 幽霊鍛冶屋は言葉に詰まり、赤い髭を捻った。 「確かに。これはしくじったわい。わしの霊力も落ちたかな。いかんいかん、作り直さねば」 赤髭は急にぼく逹のことを忘れたように、新しい棺桶に取り組み始めた。 「そうさな、文字にはそれ自体に力があらぁ。同じ文字の組み合わせでも順番が違えば、まったく別の言葉になることがあるんだわい」 勝手に訳の分かんないこといってるけど、構うもんかっ。ぼく逹は東の塔の地下室を飛び出した。
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