Chapter.7 西の塔、銀のタブレット

  

「あっ、これ、持ってきちゃった」

 東の塔を出て西の塔へ向かう途中になってから、ぼくはようやくランプを返し忘れたことに気づいた。すっかり忘れてたよ。

「いいんじゃない? もうしばらく借りておけば」
 ミュアもそう言うことだし、ぼくはもう少しランプを借りておくことにした。戻って、またあの赤髭と会うのもごめんだしね。

 西の塔は、入り口の上の方に、除き窓みたいな四角い穴が開いている。身をかがめれば、楽に通り抜けられるぐらいの大きさだ。


 だけどわざわざよじ登り、苦労してそんな所から入り込む必要はなさそう。だって、入り口の扉は両側に開いたまんまなんだもん。
 さあどうぞ、って言わんばかりだ。

「なんか、罠がありそうだな」

 ぼくは息を潜めて、中を伺った。――しーんと静まり返っていて、何の気配もない。
 念のため、ぼくより五感の鋭いミュアに目をやると、ミュアは黙って首を振った。
 ……ミュアの耳や目にも、異常はなしか。でも、真っ暗な闇の中には、何が潜んでいるか分からない怖さがある。

「用心、しなきゃな」

 ミュアに、というよりは自分に言い聞かせるために言い、ぼくはランプを掲げて中に入った。

「げっ、やばそ……」

 入って一目見た途端、ぼくは呻いた。塔の中は、細かな小部屋に仕切られ、いくつもの階段が見えるっ。こりゃあ、へたすれば迷子になってうろうろと何時間も迷うことになるぞっ!
   そして、予感は的中した。

「違うよ、インディ! そっちはさっきも行っただろっ?! もう、本当に脳味噌がタコなんだからっ」

「違っているのは、ミュアだろっ! さっき、ミュアの言う通りに進んで、袋小路に迷いこんだんだから、今度はぼくの言う方向に進む番だって!」

 階段を登ったり、降りたり、扉を開けたり――もう、ぼく逹はうんざりするほど何回も、似たよーなとこばっか歩き回っているんだ。
 なんせ、目印を書いておいても、いつの間にか消えてしまう。扉は入った途端、自動的に締まってしまう。  これじゃあ、迷うばっかりだ !

「じゃあ、今回はこっちの部屋っ」

 なんとか意見が一致して、ぼく逹は一つの部屋に入った。が、その部屋に入った途端、足元の床が大きく傾いたっ!
 部屋のほとんどが大きな円柱によってっふさがれていたが、そのことに気づいたのは、円柱の下側に口を開けた四角い穴の中に放り込まれた後だった。

「わ、わ、わあぁぁああ――?!」

 螺旋状にくねった穴の中を、下へ、下へ!
 かなりの急傾斜を、勢い良く滑り落ちていくがまま――。
 やがて、いきなり宙に投げ出されたっ。落ちるっ、と思う前に、固い岩の上に、どしんと尻もち。

「あてて……ここは?」

 ――塔の外だ。少し遅れて、ミュアが飛び出してくる。
 なるほど、あそこからか!
 最初に、なんだろうと思って見上げた、入り口の上のほうにある穴。

 ぼく逹はそこから落ちてきたんだ。ミュアは宙で泳ぎ、くるりと一回転して、見事に足から着地した。

「ちえっ、こんな仕掛けがあるなんて」

 まるで、ダストシュートだ。塔を見上げて、もううんざり。引き返したくなったけど、ここでひっこんじゃなんにもなりゃしない。

「しょうがないや。もう一回行くぞ、ミュア」

 ぼく逹は重い足取りで、再び塔の中へと入っていった。

 

 

 

「あー、疲れたな。ちょっと、休も……」

 ミュアと怒鳴り合うのにも疲れたし、いい加減歩くのも嫌になって、ぼくは廊下に座り込んだ。こうしていると、胸に下げている指輪が目につく。

  ―これを使えば、一瞬で疲れが吹き飛ぶと分かっているのに、あえてがまんするのって、ストレスがたまるんだよね〜。
 溜め息をつくぼくを、いつの間にかミュアの水色の瞳がじっと見つめている。

「な、なんだよ」
 

「セミヤザの魔法を使いたいんじゃないの? なら、ボクに遠慮することなんてないのに」

 責める口調でも皮肉を言う口調でもなく、ミュアが真面目に言う。

「なに言ってんだよ、使うなって言ったのはミュアだろ」

「うん。そうだけど…………インディ、しんどそうだし……」

 後半は聞き取りにくいほど、小さな声でミュアが言う。  ミュアの奴、気をつかってくれてるらしいな。

「――ヘン、心配御無用!」

 ぼくは勢いをつけて立ち上がった。

「まだまだ、ぼくは元気だよ。さっ、いつまでもグダグダ言ってないで、歩いた、歩いたっ」

 疲れはまだ残っているけど、気分がしゃっきりしたせいか、足取りがちょっと軽くなる。またいくつかの扉を開け、いくつもの階段を上った時、突然ごとごとと床石が鳴った。
 ハッとして振り返ると、上ってきた階段がふさがれたのが見えた。

 これで、進める道は西の壁にある扉だけ  罠にはまった、というショックもあるけど、これで事態が動く、という直感もする。
 開いたままの扉を見つめ、ぼく達は顔を見合わせた。

『死者が目覚めたぞ……扉の中で目覚めたぞ……』

 小さな呟き声に、ぼくは飛び上がった!
 知恵の実だ!
 1つが弾けた。中から飛び出した、小さなきらめき。それが残していった言葉は、こんなもの。

『死者の冷気を封じるには、炎の魔法……そして、悪霊もまた同じこと……』

 これで、知恵の実の残りは3つになったか。
 ぼくは戦いに備えて、ロッドを構えた。この先、敵がいると分かっている以上、心の準備はして置かないと――。

 身構えつつ、扉の中に入る。
 部屋の中央に石の台座があり、その上に何か光るものが乗っている。

「あれだ!」

 だが、すぐにそれを手にすることは出来そうもない。回りの壁に沿って、ずらりと並んでいるのは棺だ。
 その蓋が、次々と音もなく開いていく!

「う……っ?!」


 棺のふちを伝って、青白く光る物がはい出してくる。霧のように形がない。それが一つに集まって、しだいに人間の形を作っていく。
 だが、溶けて歪んだような、恐ろしい姿だ。

 ゆらゆら動く度に、顔のようなものが浮かび上がる。それは少しも同じ形をとどめていないで、不気味に歪んでは消え、また現れては消える。
 その奇怪さに、思わず立ちすくむ……。

「死の霊気の固まりなんだ。気をつけろ、こいつらは強い魔力を持っているぞっ」

 ミュアが言い終わらないうちに、死霊の指先から青白い光が伸びてきた!
 それがぼくを捕らえ、全身を包む。

「死の霊気だっ! インディ、こいつを倒さなきゃ、そのまま……!」

 くそっ、やられてたまるかっ、打ち破ってやるとも!
 ぼくは青白い死の霊気に包まれたまま、ロッドを握り締めた。
 精霊の力を!

「カトゥラブーラ、善き火の精霊サラマンデルよ……」

「インディ、だめーっ!」

 呪文の途中で、ミュアが叫ぶ。

「火の精霊の力を借りたら、冬の老人にもらった物が溶けちゃうよ!」

「あ……」

 氷の彫刻  すっかり忘れてた。なるほど、火の精霊を呼べば、氷は溶けるに決まってるよな。

「でもっ、こんままじゃ、霊気にやられちまうよっ?! 氷の剣やリュートを守るために、死ねってえのっ?」

 半ばパニックるぼくに、ミュアは毛を逆立てながら叫んだ。

「氷の剣――そうだ、それだよ! 生きている者を斬れないって言ってた――つまり、死者には何か力を現すんだ!」

 本当なのかな。
 知恵の実の言った言葉も頭にちらつく。でも、どっちを信じるか、と言われれば――。


「ミュアッ、離れてろよっ」

 ぼくは背負っていた氷の剣を身構え、目の端でミュアが離れるのを確認した。
 何が起こるか分からない以上、ミュアが近くにいたらかえって危ないもんな。
 歪んだ顔が、いくつも浮かび上がる。霊力を結集しようろしているせいか?!  さらに霊気を送り込むつもりだ!

 いくつもの口が、青白い光をふぉっと吐き出す。それは波をうって押し寄せた。
 ぼくは、氷の剣をふりかざした。
 氷の剣の回りで、青白い霊気が渦を巻く。だが、剣が触れると衰える。見る間に輝きを失い、萎んでいく。ぼくを包んでいる霊気も、僅かに揺らめいた。

 いけるぞ!
 だが、亡者の執念か、青白い燐光の中に浮かび上がった複数の顔は、恐ろしい変形を重ねながら、再び死の霊気をぼくに集めていた。

 おぞましい変貌をきたした死者達は、その霊気を寄せ集め、強い力を送り込んできた。青白い光りが膨れ上がる。
 死霊の本体と、ぼくの体が、死の燐光で繋がった。

「う……」

 見る見る、体力が奪われていく。だが、ぼくは自ら足を進め、死霊との距離を縮めた。 そして、真っ直ぐに剣を突き出す!
 魔力を秘めた氷の剣は、その本当の力を現した。燐光はかき乱れ、その中に浮かび上がった歪んだ顔や手足が、いっそう恐ろしい形に崩れ始める。

 青白い光は、剣を中心に奇怪な渦となった。
 ねじまがった1つの目が最後に青白い光の中に溶け、やがてその光も剣の中に吸い込まれるように薄れていった。

「……ふうっ……」

 使者の邪悪な冷気は消えた――ぼくの体にまとわりつく残骸だけを残して。

「インディ、大丈夫っ?!」

 駆け寄ってこようとするミュアを、ぼくは押しとどめた。

「くるなっ、ミュア!」

「だって……っ」

「来ちゃだめだ、まだぼくに死霊の霊気が残ってるんだから!」

 ぼくはランプをかざして、ミュアをよく見てみた。
 ――うん、ミュアにはなんの変わりもない。ミュアには、霊気が取り憑つかなかったんだ。

 ずっと片手で持っていたランプを床に置き、ぼくは氷の剣を両手で逆に持ち直した。刃先を自分の胸に向けるように、だ。

「インディ、何を?!」

 ギョッとしたようにミュアが叫ぶのと、ぼくが剣を心臓に突き刺したのは同時だった。 ぼくの体にまとわりついた青白い光は、剣へと吸い込まれて消えていく。そして、柄まで埋まった剣から、シュウシュウと煙が立ち上ぼりだした。

   ジュワッ。

 厚い鉄板に水を落としたような音を立てて、氷の剣は跡形もなく消えていった。

「――もう、いいよ、ミュア。これで死霊は全部封じ込めた」

「……な…なんともないの、インディ?」

「あったりまえだろ! 忘れたのか、ミュア? 氷の剣は生きている者は斬れない――つまり、ぼくに取り憑いた死霊ごとぼくを斬れば、消えるのは死霊だけさ」

 まあ、氷の剣まで消えちゃうとは思わなかったけど。
 そう言えば冬の老人は、ぼくが火と風と相性が良く、水とは悪いっていってたっけ。ぼくの体に突き刺した氷の剣が溶けたのも、そのせいかもしれないな。
 まっ、うまくカタがついたんだから、どうでもいいけどさ。

「『死者より奪え』――一つ目の試練は合格ってわけだな。よし、鍵をいただきっ!」

 部屋の中央の台座には、ちょうど掌に収まるぐらいの正方形のタブレットがあった。どうやら銀製らしい。
 まんなかに『S』という字が刻まれている。

「ふうん、これが?」

 なんか、思ったより粗末……。
 それを手にした途端、足元がごとんと鳴った。

「床が沈んでいる!」

 台座の周囲の床は、ほかの所と石組みが違っている。そこだけ、ゆっくりと沈んでいるんだ。
 その気になれば、動かない床へ飛び移ることもできたけど、ぼく逹はあえてそうせず、そのままどんどん下降した。再び、がくんと揺れた時、目の前には短い階段があった。
 出口だ。

「なすほど。『では、次へ』ってわけか…」

 ぼく逹が今居る場所は、城壁の内側。険しい岩肌にへばりついたような道がある。

「よおし、じゃあ二つ目の鍵に挑戦しようぜ、ミュア」 
                                   《続く》

 

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