Chapter.7 西の塔、銀のタブレット |
「あっ、これ、持ってきちゃった」 東の塔を出て西の塔へ向かう途中になってから、ぼくはようやくランプを返し忘れたことに気づいた。すっかり忘れてたよ。 「いいんじゃない? もうしばらく借りておけば」 西の塔は、入り口の上の方に、除き窓みたいな四角い穴が開いている。身をかがめれば、楽に通り抜けられるぐらいの大きさだ。
「なんか、罠がありそうだな」 ぼくは息を潜めて、中を伺った。――しーんと静まり返っていて、何の気配もない。 「用心、しなきゃな」 ミュアに、というよりは自分に言い聞かせるために言い、ぼくはランプを掲げて中に入った。 「げっ、やばそ……」 入って一目見た途端、ぼくは呻いた。塔の中は、細かな小部屋に仕切られ、いくつもの階段が見えるっ。こりゃあ、へたすれば迷子になってうろうろと何時間も迷うことになるぞっ! 「違うよ、インディ! そっちはさっきも行っただろっ?! もう、本当に脳味噌がタコなんだからっ」 「違っているのは、ミュアだろっ! さっき、ミュアの言う通りに進んで、袋小路に迷いこんだんだから、今度はぼくの言う方向に進む番だって!」 階段を登ったり、降りたり、扉を開けたり――もう、ぼく逹はうんざりするほど何回も、似たよーなとこばっか歩き回っているんだ。 「じゃあ、今回はこっちの部屋っ」 なんとか意見が一致して、ぼく逹は一つの部屋に入った。が、その部屋に入った途端、足元の床が大きく傾いたっ! 「わ、わ、わあぁぁああ――?!」 螺旋状にくねった穴の中を、下へ、下へ! 「あてて……ここは?」 ――塔の外だ。少し遅れて、ミュアが飛び出してくる。 ぼく逹はそこから落ちてきたんだ。ミュアは宙で泳ぎ、くるりと一回転して、見事に足から着地した。 「ちえっ、こんな仕掛けがあるなんて」 まるで、ダストシュートだ。塔を見上げて、もううんざり。引き返したくなったけど、ここでひっこんじゃなんにもなりゃしない。 「しょうがないや。もう一回行くぞ、ミュア」 ぼく逹は重い足取りで、再び塔の中へと入っていった。
「あー、疲れたな。ちょっと、休も……」 ミュアと怒鳴り合うのにも疲れたし、いい加減歩くのも嫌になって、ぼくは廊下に座り込んだ。こうしていると、胸に下げている指輪が目につく。 ―これを使えば、一瞬で疲れが吹き飛ぶと分かっているのに、あえてがまんするのって、ストレスがたまるんだよね〜。 「な、なんだよ」 「セミヤザの魔法を使いたいんじゃないの? なら、ボクに遠慮することなんてないのに」 責める口調でも皮肉を言う口調でもなく、ミュアが真面目に言う。 「なに言ってんだよ、使うなって言ったのはミュアだろ」 「うん。そうだけど…………インディ、しんどそうだし……」 後半は聞き取りにくいほど、小さな声でミュアが言う。 ミュアの奴、気をつかってくれてるらしいな。 「――ヘン、心配御無用!」 ぼくは勢いをつけて立ち上がった。 「まだまだ、ぼくは元気だよ。さっ、いつまでもグダグダ言ってないで、歩いた、歩いたっ」 疲れはまだ残っているけど、気分がしゃっきりしたせいか、足取りがちょっと軽くなる。またいくつかの扉を開け、いくつもの階段を上った時、突然ごとごとと床石が鳴った。 これで、進める道は西の壁にある扉だけ 罠にはまった、というショックもあるけど、これで事態が動く、という直感もする。 『死者が目覚めたぞ……扉の中で目覚めたぞ……』 小さな呟き声に、ぼくは飛び上がった! 『死者の冷気を封じるには、炎の魔法……そして、悪霊もまた同じこと……』 これで、知恵の実の残りは3つになったか。 身構えつつ、扉の中に入る。 「あれだ!」 だが、すぐにそれを手にすることは出来そうもない。回りの壁に沿って、ずらりと並んでいるのは棺だ。 「う……っ?!」
ゆらゆら動く度に、顔のようなものが浮かび上がる。それは少しも同じ形をとどめていないで、不気味に歪んでは消え、また現れては消える。 「死の霊気の固まりなんだ。気をつけろ、こいつらは強い魔力を持っているぞっ」 ミュアが言い終わらないうちに、死霊の指先から青白い光が伸びてきた! 「死の霊気だっ! インディ、こいつを倒さなきゃ、そのまま……!」 くそっ、やられてたまるかっ、打ち破ってやるとも! 「カトゥラブーラ、善き火の精霊サラマンデルよ……」 「インディ、だめーっ!」 呪文の途中で、ミュアが叫ぶ。 「火の精霊の力を借りたら、冬の老人にもらった物が溶けちゃうよ!」 「あ……」 氷の彫刻 すっかり忘れてた。なるほど、火の精霊を呼べば、氷は溶けるに決まってるよな。 「でもっ、こんままじゃ、霊気にやられちまうよっ?! 氷の剣やリュートを守るために、死ねってえのっ?」 半ばパニックるぼくに、ミュアは毛を逆立てながら叫んだ。 「氷の剣――そうだ、それだよ! 生きている者を斬れないって言ってた――つまり、死者には何か力を現すんだ!」 本当なのかな。
ぼくは背負っていた氷の剣を身構え、目の端でミュアが離れるのを確認した。 いくつもの口が、青白い光をふぉっと吐き出す。それは波をうって押し寄せた。 いけるぞ! おぞましい変貌をきたした死者達は、その霊気を寄せ集め、強い力を送り込んできた。青白い光りが膨れ上がる。 「う……」 見る見る、体力が奪われていく。だが、ぼくは自ら足を進め、死霊との距離を縮めた。 そして、真っ直ぐに剣を突き出す! 青白い光は、剣を中心に奇怪な渦となった。 「……ふうっ……」 使者の邪悪な冷気は消えた――ぼくの体にまとわりつく残骸だけを残して。 「インディ、大丈夫っ?!」 駆け寄ってこようとするミュアを、ぼくは押しとどめた。 「くるなっ、ミュア!」 「だって……っ」 「来ちゃだめだ、まだぼくに死霊の霊気が残ってるんだから!」 ぼくはランプをかざして、ミュアをよく見てみた。 ずっと片手で持っていたランプを床に置き、ぼくは氷の剣を両手で逆に持ち直した。刃先を自分の胸に向けるように、だ。 「インディ、何を?!」 ギョッとしたようにミュアが叫ぶのと、ぼくが剣を心臓に突き刺したのは同時だった。 ぼくの体にまとわりついた青白い光は、剣へと吸い込まれて消えていく。そして、柄まで埋まった剣から、シュウシュウと煙が立ち上ぼりだした。 ジュワッ。 厚い鉄板に水を落としたような音を立てて、氷の剣は跡形もなく消えていった。 「――もう、いいよ、ミュア。これで死霊は全部封じ込めた」 「……な…なんともないの、インディ?」 「あったりまえだろ! 忘れたのか、ミュア? 氷の剣は生きている者は斬れない――つまり、ぼくに取り憑いた死霊ごとぼくを斬れば、消えるのは死霊だけさ」 まあ、氷の剣まで消えちゃうとは思わなかったけど。 「『死者より奪え』――一つ目の試練は合格ってわけだな。よし、鍵をいただきっ!」 部屋の中央の台座には、ちょうど掌に収まるぐらいの正方形のタブレットがあった。どうやら銀製らしい。 「ふうん、これが?」 なんか、思ったより粗末……。 「床が沈んでいる!」 台座の周囲の床は、ほかの所と石組みが違っている。そこだけ、ゆっくりと沈んでいるんだ。 「なすほど。『では、次へ』ってわけか…」 ぼく逹が今居る場所は、城壁の内側。険しい岩肌にへばりついたような道がある。 「よおし、じゃあ二つ目の鍵に挑戦しようぜ、ミュア」
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