Chapter.8 ドラボアの洞窟、ルビーのタブレット |
複雑な形をした岩の間を擦り抜け、よじ登りながら、ぼく逹は中腹辺りまでたどり着いた。 洞窟だ。 入り口で様子を窺うが、すぐに通路がまがっていて奥が見えない。一歩踏み出した足の下に、何か光るもの。 「へえ! ホントに財宝があるみたいだぜ」 「喜ぶなよ、インディ」 と、ミュアはいたってそっけない。 「財宝なんかがあるような所に、いいことが待っているとでも思うの? だとしたら、キミってボクが思っていたよりも、う――んと間抜けだとしか言えないよ」 「ふ、ふん、分かってすよ! だから用心しなくちゃな、って言おうとしてたんですよーだ! とにかく、行ってみようぜ」
「……なんか、ここ、くさいや」 ミュアがしきりに鼻をヒクヒクさせる。洞窟は細長く奥に伸びていて、幸い妙なしかけにぶつからずに歩いているが、そう言えば空気がなんとなく生臭い。 「ホントだ。この匂いは……?」 「しっ!」 いつものように、ミュアが先に気がついた。――何か、聞こえてくる。 「八十九万二千三百九十四、八十九万二千三百九十五…、九十六、九十七……や、1つ足らんぞっ! おかしい、もう一度数え直してみようっ」 ごろごろと耳障りな声は、すぐ先の曲がり角から。そっと除いて見ると――。 「……すっごい!」 財宝の洞窟 確かに、一目でそうだと分かる。 でも、なによりぼく逹をあっけにとらせたのは、この財宝の山を抱え込んで、気の遠くなるような勘定をしている生き物の存在だった。 「に、似合わない……」 赤茶けた鱗、ぶよぶよにたるんだ体付き ああ、ドラゴンという生き物に描いていた夢が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく……っ! 「なんだ、おまえらは?」 ドラボアはひんまがった目をぎょろりと剥いて、生臭い息を吐きかけてきた。 「一、二……ははーん、おまえら、ヨギの聖櫃の鍵でも探しにきたんのか? ……三、四、まったくうざったいったら……五、六……とにかく数え終わるまで待ってろ!」 じょっ、冗談じゃない! 「あー、もしかして?!」 ぼくはさっき入り口で拾った首飾りを取り出した。 「足りないのって、これじゃないの。入り口に落ちてたよ」 ちょっと惜しい気がするけど、このさい目的が最優先だ。 「おお、こいつだ、こいつだ。これで数が合うぞっ!」 ドラボアは小躍りせんばかりに喜び、一転して猫撫で声で――やっぱし聞き心地は悪いけど――話しかけてきた。 「よしよし、なかなか正直な奴だな。褒美に、聖櫃の鍵はくれてやろう。欲しければ、勝手に持っていきな」 ドラボアが首飾りをうっとりと眺めながら、奥を指す。 片方には茶色い石ころ。 「やったあ!」 「待てよ、インディ! 話がうますぎると思わないのか?」 ミュアの言葉が、ぼくの手を止めさせた。――言われてみれば、その通りだ。 「むふふ、気がついたか」 気がついたことが嬉しい、とばかりにドラボアが笑う。 「そうよ、その石は上等のルビーでな、ただ手放すのはおしいのよ。 ドラボアが体をかがめて、窪みの中にいるぼくを真正面から見つめた。 「もちろん、天秤が傾くな。ついでにおまえの足の下の岩も傾く。足の下には、地の底まで届く深い穴がある……」 ゾクッと背筋に震えが走る。……ああ、すぐに手を出さないでよかった! 「オレはこの天秤の番人でな、これに触れるものを拒むわけにはいかん。それが決まりだからな。 「ゲーム?」 「そうさ。鍵をそのまま取れば、おまえは地の底に落ちる。だが、その天秤は手で触れても別にペナルティーはない。これがどういう意味か分かるか?」 ぼくより早く、ミュアがドラボアの意図に気づいた。 「そうか――つまり、天秤を手で押さえている間に、鍵とぴったち同じ重さのものを乗せればいいんだ! そうすれば、手を離しても下には落ちない」 「ご名答! むふっ、人間の小僧よりもその猫すけの方が、血の巡りが良さそうだな」 ほっ、ほっとけっ! 「さて、親切なオレ様は、重りとしてその黒真珠を提供しよう。 ドラボアの言う通り、窪みの片隅に真珠貝に乗せられた黒真珠があった。……けど、それも4個づつしかない。 「どうすれば、タブレットと釣り合うんだ?」 「いろいろなやり方があるぞ。 「……ちょっと待ていっ! 数が全然足りないじゃないかっ!」 思わず怒鳴り返したぼくに、ドラボアは声を立てて笑った。 「ふむ、残念ながらな。まあ、足りないものは仕方がない、あるものだけでまにあわせるといい」 ――恥を承知で告白すれば、ぼくは数術がいっちば〜ん苦手だっ! だって、魔法を使うのに直接関係ないし、やたらめったらと難しいんだもんっ。 「ふっふっふ、どうした? やらんのかね。もっとも、度胸がないなら、とっとと逃げ出すことだな。天秤が傾けばどうなるか、分かるだろう?」 脅すように言うドラボアに、またむかっぱらが立つ。 「誰が逃げるもんかっ!!」 ぼくは勢いで天秤に手をかけた。 「インディっ?!」 ミュアが焦って止めるけど、もう遅い。ぼくは天秤の中心をがっちり掴んで、タブレットを手にとった。 「ほう、見直した。度胸だけはたいしたものだ。手も少しも震えていないな」 ふん、どんなもんだい! 「だが、その先は? もう、謎が解けたのかね?」 「うっ……!」 なっ、謎のことはなーんも考えてなかった! 「ほらほらどうした、早く真珠を乗せないと、手が疲れて痺れるぞ。ほら、今、ちょっと天秤が揺れた。あっと、こんどはこっちに揺れた…」 意地悪い声で、ドラボアがぼくを冷やかす。くそっ、余計頭がこんがらがっちゃうじゃないかっ! 「黙っててくれよ! えーと、小さいのは確か3個で……」 「――4つだよ」 あきれた声で、ミュア。 「もういいよ、インディは頭を使わなくたって。天秤に全神経を集中させて、絶対に傾けちゃだめだよ!」 厳しく言うミュアの口調は、ぼくを叱る時のアザゼル先生の口調にそっくりだった。 「でも、考えなきゃ……」 「だから、キミは考えなくっていい! 頭はいいから、体だけ使っていろよ、ボクが今から考えるから!!」 「……はい」 逆らえない自分が悲しい……。 「むっふっふ、自分は肉体労働に徹して、猫なんぞに謎を考えさせた魔術師はおまえがはじめてだぞっ」 ドラボアが爆笑するのも、無視だ、無視っ!
ミュアはぱちりと目を開けた。 「インディ、大きい真珠を1個、中くらいの真珠を2個、それから小さい真珠を4個乗せて」 ドラボアがむふうと鼻の穴を膨らませた。 「ははん、それで勝負をかけるのか」 いかにもバカにした言い方に、気が散らされる。 「インディ、あんなの気にしないで、真珠を置いて! いいかい、落ち着いて……くれぐれも間違えないようにね」 ――ミュアの奴、ぼくが一桁の数でさえ数え間違えると思ってんのかいっ! 「ドラボア――これであってるんだろ?」 「むふっ、それを知りたけりゃ、手を離してみりゃ分かるこった。もちろん、最初からやりなおしたって、オレ様はいっこうにかまわんぞ。 ……くそっ、ああいういわれ方じゃ分からないや。なまじ自分で考えたことじゃない分、『どーなったっていいや』っていう踏ん切りがつかなかった。 「ミュア……窪みからでてろよ」 気を遣っての発言に、ミュアは露骨に怒ったふりをしてみせる。 「インディ。ぼくを信じてないのかい? 避難する必要なんて、ぜんぜーんないよ!」 ――どこからこの自信がでてくんだか。 「分かったよ、じゃ……離すぞ」 ぼくは天秤を支えていた手を、そっと離した。 「だめだ、止まれ……ッ!」 「へっ、どうだい! 鍵はいただきさっ」 ぼくはドラボアの鼻先に、タブレットを突き出してやった。 「――ふん!」 ドラボアは、思いっきり生臭い息を吐き出した。 「……それなら、これで用はすんだだろう、とっとと失せてくれ。こっちは仕事があるんだ。ぐずぐすしてると、ドルバは巣に帰って来るぞ、行け、さあ、早く!」 ドラボアはぼく逹をせき立てると、くるりと背を向け、再び宝の勘定に取り掛かった。……これが『仕事』ね。 「行こうぜ、ミュア」 ところが歩き出した途端、ぼくの左手が赤く輝き出した! 「え……なんだ、これ?」 今、ぼくはなんの魔法も使っていないのに? 「そうか――魔力の井戸だ、インディ!」 「ああ、そうか……。偽りにであった時、汝の左手が知るって、こーゆーことか」 ぼく逹は足を止めて、ドラボアに聞こえないようにこそこそ話し合った。 「おい、まだぐずぐずしてるのか? 早く失せろ、気が散ってしょうがない」 ぼく逹を追い出そうとするドラボアに、ぼくは正面から疑問をぶつけてみた。 「ドラボア、なんかを隠してるんだろう?」 「むふふふう、隠しているだと? 何を?」 ドラボアの表情は、変化は見られない。――あるいはあるのかもしれないけど、ぼくにはドラゴンの顔色なんてよく分からないんだ。 「何のことか、さっぱり分からんな」 「とぼけんなよ、何かを隠しているのは分かっているんだ!」 「むふっ、なら、何を隠しているか、言ってみな。ほら、ほらっ」 「そっ、それは……っ」 くそっ、ぼくが『何か』は知らないのを知ってて、嫌みな奴だっ! 答えに詰まるぼくをからかうように、ドラボアは調子っぱずれな鼻歌を歌い始める。それがまた、それにしてもひっどい音痴! 「しかたがないよ、インディ。ここは引こう」 そうするしかなさそうだ。
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